農学博士
木嶋 利男■主な経歴:1987年 農学博士(東京大学)、1993~1999年 栃木県農業試験場 生物工学部長、1999~2004年 自然農法大学校 校長、2004~2010年 WSAA 日本本部 専務理事、2006~2013年(財)環境科学総合研究所 所長、2015~2019年(公財)農業・環境・健康研究所 代表理事 ■上記以外の主な役職:一般社団法人MOA自然農法文化事業団 理事、伝統農法文化研究所 代表 ■主な著書:『プロに教わる安心!はじめての野菜づくり』(学研プラス)、『「育つ土」を作る家庭菜園の科学 』(講談社)、『コンテナでつくる家庭菜園[新版]』(マイナビ出版)…続きを読む
本記事は、現在「伝統農法文化研究所」で代表を務め、数多くの栽培方法や農業技術の書籍を執筆されている農学博士の木嶋先生に、ホウレンソウの栽培について監修いただきました。
ホウレンソウについて
ホウレンソウは、原産地である中央アジアから東の中国、日本へと伝わった東洋系の品種と、中央アジアから西のヨーロッパや北欧に伝わり、主にオランダで品種改良が進んだ後、アメリカに渡った西洋系の品種があります。現在栽培されている主なホウレンソウは、収穫量が多く出荷など流通に適した性質を合せ持つ東洋系と西洋系を掛け合わせた品種が数多く栽培されています。
植物名 | ホウレンソウ(法蓮草) |
学名 | Spinacia oleracea |
英名 | Spinach |
科名 | アカザ科 |
属名 | ホウレンソウ属 |
原産地 | 中央アジア |
生育適温 | 15~20℃ |
東洋系と西洋系のホウレンソウ
東洋系と西洋系、それぞれのホウレンソウの特徴を紹介します。東洋系のホウレンソウ
耐寒性があり、長日条件下でとう立ちしやすい性質から、秋まき栽培に適した「冬ホウレンソウ」です。東洋系のホウレンソウの種はトゲがある尖った形をしています。葉も同じように先が尖った切葉です。
お浸しなどのシンプルな調理で使用される日本人の食味に合った品種です。
西洋系のホウレンソウ
とう立ちが遅いので、春まき栽培もできる「夏ホウレンソウ」です。東洋系のホウレンソウに比べて耐寒性は弱い傾向があります。西洋系の種はトゲのない丸い形で、葉も丸い形をした品種が多くあります。
葉肉が厚いので、缶詰や冷凍など加工品やバター炒めなどしっかり調理するときの食材に適した品種です。
特徴
ホウレンソウは冷涼な気候を好む性質があります。特に高温期は発芽しづらいので、栽培する地域に合った品種選択や、発芽適温時期に種をまきましょう。種子
ホウレンソウの種子は、硬い殻(果実の皮)に覆われた中にあります。発芽適温が15~20℃とほかの作物に比べても低めです。
また、採取したばかりの種子は3カ月ほど休眠するので、種をまいてもすぐには発芽しません。
とう立ち
ホウレンソウのとう立ちは、日長条件が大きく影響しています。品種にもよりますが、長日条件下では花芽分化が促進され、とう立ちが早まる特性があります。太陽の光だけでなく、街灯などの照明によっても早期とう立ちを引き起こすので栽培時には注意が必要です。雌雄異株植物
一般的な植物は、雌しべと雄しべが一つの花の中にある両性花なので、受粉して種をつけます。しかし、ホウレンソウは雌株と雄株が別々の雌雄異株の風媒植物なので、風によって雄株の花粉が運ばれて、雌株で受粉します。
そのほかにも雄株の中に雌花が咲いたり、雌株に両性花が存在するような中間の性質を持った間性株(雌雄同株)も出現します。
栽培時期
育てる地域や栽培する品種によってまきどきが異なりますので、種を購入するときに確認しましょう。※主に露地栽培の栽培時期。
ホウレンソウの栽培準備
作付け計画を立て、種を注文したら播種に向けて畑の準備を済ませましょう。※播種(はしゅ)とは、作物の種をまくことです。
▼ビニールハウスなど設備関係のことならこちらをご覧ください。
収量
1a(100平方メートル)で111kgほど収穫することができます。出典:作物統計調査 平成29年産野菜生産出荷統計
「都道府県別の作付面積、10a当たり収量、収穫量及び出荷量」(農林水産省)
種・苗の用意
地域の種苗会社やホームセンターから購入することができます。ホウレンソウは温室やビニールハウスなどの施設で周年育てられる作物なので、栽培時期に合った品種を選ぶことも重要なポイントです。主な品種 | 主な産地 |
ミラージュ | 千葉、群馬、茨城 |
クロノス | 千葉、群馬、宮崎 |
オシリス | 千葉、埼玉 |
1a(100平方メートル)あたりの使用種子量
1a(100平方メートル)あたりの使用種子量は丸種子(主に西洋系)で400mlほど、角種子(主に東洋系)で1Lほど、ホウレンソウの硬い殻を取り除いたネーキッド種子ならだいたい1Lが目安です。ホウレンソウ種子
ホウレンソウ種子にはネーキッド種子(硬い果皮を取り除いた種子。根を発生させないで発芽する場合があるが、保存性が悪い)、プライム種子(吸水から発芽までの代謝過程を人工的に進めた種子。保存性が悪い)、エボプライム種子(吸水しやすいように果皮を薄く柔らかくした種子。保存性が良い)、ペレット種子(吸水しやすい資材でコートして発芽しやすくした種子。保存性が良い)があります。土づくり
排水性、通気性、保水性の整った団粒構造の土質は、微生物が多く住む作物にとって良い土壌です。作物を作る土壌の状態が良ければ、石灰資材など多く投入する必要がない場合もあるので、栽培の前には必ず土壌診断をし、pH、ECなどを測定したうえで、診断結果に基づいた適切な堆肥資材等の散布を心がけましょう。▼土壌消毒や土づくり、土壌診断のことならこちらをご覧ください。
土壌pH
pH6~7が適しています。酸性土壌に弱いので、必ず酸度調整を行うようにしましょう。適した土壌
直根性の作物なので、根が伸びやすいように深めに耕します。多湿にも弱いため、排水性の高い土壌に改良するか、畝を高くするなどして土壌の湿害から根を守ります。肥料
使用される肥料は、目安として10平方メートルあたり窒素150~200g、リン酸200〜230g、カリ150~200gほどです。畝立て
畝幅は60~120cm、条間は15〜20cmくらいにします。播種機を使う場合は、使用する機械の仕様に合わせた畝の向きや高さ、幅にする必要があります。ホウレンソウの育て方
畝や種の準備が整ったら栽培のスタートです。春~夏収穫するホウレンソウは、雨除け栽培すると「苗立枯病」や「萎凋(いちょう)病」の発生が少なくなります。また、光飽和点が低いので、日射量の多い時期は寒冷紗などで遮光しましょう。▼寒冷紗のことならこちらをご覧ください。
種まき
発芽するまでの間の種子が乾燥すると発芽率が下がるので、適度な土壌水分を保つことが重要です。発芽適温
発芽適温は15~20℃です。25℃以上の環境下では発芽率が低下します。芽出しのコツ
高温期にホウレンソウの種をまく場合、発芽率が悪い傾向があります。その際には、ネーキッド種子を使用するか芽出しを行います。
ネーキッド種子以外の芽出しの方法は、種を一晩水に漬けた後、水切りして湿った布に種を包み、ビニール袋などに入れます。高温期の際は冷蔵庫(低温期は日の当たる場所)で保管します。種から根が1mmほど出たころに種まきをすると発芽がそろいやすくなります。
すじまきのポイント
深さ1.5〜2cmくらいの溝を付けてすじまきで種をまき、1cmほど覆土して土を軽く押さえます。このとき覆土の表面が均一でなければ、適度に水やりを行っても、どうしても水が溜まる場所ができます。その結果、生育にムラが生じてしまうので注意しましょう。
▼播種機のことならこちらをご覧ください。
間引き
1回目は本葉1~2枚のころに3~4cm間隔で、2回目は本葉が3~4枚になったら5~6cm間隔にします。水やり
基本的にほかの野菜と同じように水やりは午前中に行います。暑い時期の水やりは、日中を避けて気温の低い早朝に行わないと根を傷めてしまいますので注意しましょう。生育初期の生育ムラに注意
灌水に部分的なムラが生じると、生育にばらつきが出るので注意しましょう。生育が均一に揃ったら、土壌は乾き気味に管理します。※灌水(かんすい)とは水を注ぐこと、植物に水を与えること。
追肥
追肥は基本的に元肥のみで、生育不良な場合は液肥、または窒素肥料で10平方メートルあたり窒素30gほどを施用して対応します。▼液肥のことならこちらをご覧ください。
ホウレンソウの収穫
春まきや夏まきのホウレンソウ(品種にもよる)の収穫は、とう立ちしやすい傾向があるので採り遅れに注意します。収穫適期
一般的にホウレンソウの草丈が20cm前後になったら収穫適期です。品種や栽培時期にもよりますが、耐寒性のあるホウレンソウは霜にあたると甘みが増します。厳寒期の葉の傷みは寒冷紗や不織布などを施用して、じっくり育てて甘みを引き出して育てましょう。
収穫方法
収穫する際は根ごと抜き取るとほかの株を傷めるので、はさみやノコギリ鎌などで地際からカットして収穫します。このとき根は1cmほど残しておきましょう。雨天時の収穫は葉に泥が付いたり、出荷後の品質が低下したりするので、晴天時または曇天時に行います。収穫後は葉が萎(しお)れやすいので、陽の当たらない作業場に移動して出荷調整を行います。
機械での収穫
葉物野菜のホウレンソウは傷みやすいので、出荷までの時間を短縮するため機械での収穫も行われています。ホウレンソウの病害虫
栽培する上でかかりやすい病気や気をつけたい害虫について紹介します。▼ハウス栽培での病害虫対策にはこちらをご覧ください。
▼病害虫対策に欠かせない農薬のまとめ
かかりやすい病気
特にべと病に注意が必要です。▼植物全体の病気のことならこちらをご覧ください。
▼台風後の病気を防ぐ対策についてはこちらをご覧ください。
べと病
葉脈で区切られた淡黄色の多角形の病斑が特徴的で、多湿環境で発生しやすい糸状菌(カビ)による病気です。病変の葉の裏側に灰白色のカビが生じます。▼べと病のことならこちらをご覧ください。
モザイク病
葉がモザイク状に黄化したり、淡黄色の斑入りで葉が萎縮、または葉の中心を境に両側が巻き上がったようになる、アブラムシを媒介にして発病するウィルス性の病気です。▼モザイク病のことならこちらをご覧ください。
立枯病
カビ(糸状菌)が原因となる病気で、感染すると根は褐色に腐敗し、下葉から黄化して葉は枯れ上がります。▼立枯病のことならこちらをご覧ください。
苗立枯病
幼苗が立ち枯れたり、発芽不良を起こす糸状菌(カビ)による病気です。地際部に水浸状の病斑ができたり、褐色~黒色に変色し、腐敗すると水を上げることができずに生育が止まり枯死します。▼苗立枯病のことならこちらをご覧ください。
萎凋病
地際の下葉から黄化、萎凋して、次第に株全体の生育が衰える糸状菌(カビ)による病気です。食害する害虫
土の中にいるタネバエの幼虫は、ホウレンソウの種子や発芽直後の根を食害するため、発芽しない、立枯れるなどの被害が出るので注意しましょう。▼ホウレンソウの害虫のことならこちらをご覧ください。
▼そのほかの病害虫対策のまとめ
ホウレンソウの生理障害
続いてホウレンソウの生理障害を紹介します。葉先枯れ
被害状況 | 葉が丸まり、やがて葉縁の方から枯れる。 |
原因 | カルシウム不足。 |
▼そのほかの生理障害のまとめ
ホウレンソウの栽培のまとめ
ホウレンソウは、西洋系と東洋系によって食味や食材として適するものも違ってくることから、出荷を見据えた品種選定が必要です。また、種の形や使用する量も西洋系と東洋系とでは大きく異なるので、種子の性質を十分理解し、発芽しやすいように芽出しを行ったり、発芽率の良い加工したネーキッド種子を使用するなどの工夫を凝らすことが求められます。
ハウスなどの施設栽培では、ホウレンソウは一年中栽培できます。種をまいてから収穫まで春まきで30日ほど、秋まきでは50日程度で収穫できるので、栽培スケジュールをしっかり立てて、効率良く栽培しましょう。
▼そのほかの野菜の栽培方法はこちら
以上、農学博士の木嶋先生に監修いただきました。
ホウレンソウの経営指標
ここからはホウレンソウの経営指標について説明します。新規就農者への道は、各都道府県にある農業の支援機構などに相談してみることから始めます。というのも、新規就農者の多くが悩まされる農地の確保は、農地法や農業経営基盤強化促進法の要件をクリアしないと購入したり借りたりできないようになっているからです。
新規就農までの流れ
相談から農地の準備までの7つのステップを踏みながら、その土地の一員として「自覚」と「信頼」を第一に考えて、地域に溶け込んでいきましょう。1. 相談 | 実際に相談窓口で相談(忙しい方にはメールでの対応もできます) |
2. 情報収集 | 研修先や農業普及センター、農協、営農のプロのアドバイスや手助け先の獲得 |
3. 経営像 | 各都道府県の経営指標を参考にして、自身の農業計画を立てる |
4. 就農計画 | 農地の確保、栽培作物の選定、農業技術の取得方法、資金などの具体的なプランを作り |
5. 農業技術 | 栽培に適した作物、栽培方法などを身に付ける |
6. 資金確保 | 自己資金、公的助成金・融資の確認 |
7. 農地の準備 | そのほかの住居や農機具、農業施設等の準備 |
▼新規就農が必要な情報についてはこちらをご覧ください。
▼後継者がいない農家から農地や施設とともに経営を引き継ぐ第三者農業経営継承のことならこちらをご覧ください。
▼農業の課題と将来の展望についてはこちらをご覧ください。
ホウレンソウの農業経営指標
新規就農者として野菜作りを本格的に始めるならば、農業経営の見通しが不可欠です。職業として生活を成り立たせ、なおかつ豊かなものにするために、しっかりとした農業経営指標を考えましょう。日本政策金融公庫の農林水産事業が、2020年1月に編集・発行した情報戦略レポート「平成30年農業経営動向分析結果」を参考に農業経営の動向について紹介します。
※農業経営動向分析は、農業を営む日本政策金融公庫の融資先を対象に、売上高が最も高い部門で区分し、3カ年(2016~2018年)の決算データを集計して損益の動向や財務指標などを分析したもの。
参考:日本政策金融公庫 農林水産事業 「平成30年農業経営動向分析結果」
2018年農業者決算「露地栽培の動向」
北海道は天候不順による不作のため減収減益。そのほかの地域では、秋からの好天に恵まれたことで回復して増収となったものの、労務費・人件費・燃料動力費などが増加したため、結果的に減益になりました。
この傾向は法人経営も同様で、売上高は前年と同水準となっていますが、材料費や燃料動力費等の増加によって減益となっています。
露地栽培においては、北海道のような大規模栽培においては、農業機械を導入することで人件費を抑えることができますが、小規模栽培ではいかに作業を効率化し、人件費などを削減できるように工夫することが増収の決め手になってきます。
▼ICTやロボット、AIなどを活用した次世代型のスマート農業についてはこちら
▼農作業マッチングサービスのことならこちらをご覧ください。
▼シェアリングサービスのことならこちらをご覧ください。
▼露地栽培での農薬散布の効率を上げるヒントならこちらをご覧ください。
2018年農業者決算「施設栽培の動向」
栽培施設の面積拡大により、作物全般増収となったものの、人件費などの費用が増加したため、結果的に減益となっています。近年、生産規模の拡大に向けた設備投資が活発になっている「施設トマト」の個人経営に着目すると、規模拡大などを背景に若干の増収となったものの、施設面積あたりの売上高は減少しています。というのも、ほかの野菜の施設栽培の経営と比較すると、労務費や燃料動力費の増加率が高いことから、減益幅が大きくなったことが原因のようです。
施設栽培においては温度・湿度などの環境制御が収量・品質向上の要になります。作物の生育の特徴や光合成の仕組み、最適な飽差を知って栽培にいかすことが大切です。
▼ハウス栽培の環境制御のことならこちらをご覧ください。
▼ハウス栽培など施設栽培での農薬散布の効率を上げるヒントならこちらをご覧ください。
ホウレンソウの需要動向
昭和40年代の緑黄色野菜ブームにのって、需要は増加しましたが、2015年の調べでは、年間購入量は1,109gと減少傾向にあります。しかし、加工できる冷凍食品として国内産のホウレンソウの需要が増加しています。出典:農畜産業振興機構「ベジ探」
ホウレンソウの卸価格
ホウレンソウは、周年栽培が可能なので1年中市場で流通しています。そのため、季節や品種によっても価格の差が出ますが、卸価格は2015年の調べで1kgあたり295~857円、平均で521円で取引されています。出典:農畜産業振興機構「ベジ探」
ホウレンソウの販売価格
卸価格同様に販売価格も季節や天候などの影響で前後しますが、2015年の調べで1kgあたり標準品で929円ほどです。出典:農畜産業振興機構「ベジ探」
10aあたりのホウレンソウの経営収支
群馬県の経営収支を例に挙げて説明します。群馬 | 収量(kg) | 粗利(円) | 経営費(円) | 農業所得(円) | 労働時間 |
周年栽培 (雨よけ) | 7,500 | 3,600,000 | 1,478,575 | 2,121,425 | 847.8 |
秋まき | 2,000 | 954,000 | 362,113 | 591,887 | 340.5 |
ホウレンソウの経営の見通し
栽培する圃場の規模から予想される収量と収益、受けられる補助金について把握しておくことは重要です。また、栽培にかかる農業資材や農業機械、それらを保管する倉庫の設置など支出する項目についても予算をしっかり立てておきましょう。▼農業の補助金や収入など就農の基礎知識
▼新型コロナウイルス対応策のことならこちら
ホウレンソウの販路
ホウレンソウの栽培の見通しの前に、販路を設定することが大切です。販売先のニーズに合った栽培・出荷スタイルを考えましょう。▼新規就農者必見!「タケイファームから学ぶ時短と収益UPを目指すヒント」のことならこちらをご覧ください。