この農業害虫を防除する手段の一つに「天敵昆虫」を利用する方法があります。自然界にもともといる生物なので環境に優しく、化学農薬の使用を軽減できるので、生態系を維持しながら作物を育てることができます。農業での利用が広まりつつある天敵昆虫について、栽培に取り入れるメリットや注意点、すぐに取り入れやすい天敵製剤について紹介します。
天敵昆虫とは
植物連鎖で下位にいるものに対して、上位にいるものを天敵といいます。天敵昆虫の種類
農業において問題となる害虫を捕食、または寄生することによって殺虫してくれるのが天敵です。農業における天敵には、「天敵昆虫」と「天敵線虫」がありますが、今回は「天敵昆虫」について説明します。※天敵線虫とは、土の中にいる線虫の中で、特定の昆虫(害虫)だけに感染させて防除することができる線虫のこと。
捕食性天敵
餌として昆虫を捕まえて食べる天敵昆虫のことを捕食性天敵といいます。アザミウマ類やアブラムシ類、ハダニ類、コナジラミ類、ハモグリバエ類などを捕獲して体液を吸汁、殺虫する「ヒメハナカメムシ類」や、アブラムシ類を好んで捕食する「テントウムシ」などの昆虫です。
▼コナジラミ類、ハモグリバエ類のことならこちらをご覧ください。
▼カメムシのことならこちらをご覧ください。
寄生性天敵
寄生性天敵は、昆虫に産卵するなど寄生した体を拠り所として成長し、最終的に殺してしまう昆虫です。寄生蜂と呼ばれるハチや、寄生バエなどの種類が多くいます。
農業で利用されている天敵昆虫
もともと日本国内にいた多くのハチ・カメムシ・ダニなどが天敵昆虫として利用されているだけでなく、国内の生態系に影響を与えないと確認され、海外から導入された天敵昆虫もいます。土着天敵
自然界に定着している天敵のことを「土着天敵」といいます。圃場の周りにいる土着天敵を捕獲して、天敵専用のハウスで増殖し、栽培圃場に放飼して害虫防除に使うという防除方法を使います。
※圃場(ほじょう)とは、田や畑のような農作物を育てる場所のこと。
天敵昆虫の導入
海外からの天敵昆虫導入の歴史は古く、ミカンやレモンに寄生し重大な被害を与えた「イセリアカイガラムシ」を捕食するオーストラリア原産のテントウムシの仲間「ベダリアテントウ」は、1911年に台湾から導入され、日本全国に広まり定着しています。▼カイガラムシのことならこちらをご覧ください。
天敵製剤
農薬メーカーによって一部の天敵昆虫を増殖、製剤化されたものを「天敵製剤(天敵農薬)」といいます。自分で捕まえる必要が無く、製剤化されているので天敵での防除が始めやすいのも利点のひとつです。
▼天敵製剤のことならこちらもご覧ください。
農業で天敵昆虫を利用するメリットと注意点
天敵昆虫を農作物の栽培に取り入れることで、環境に優しい害虫の防除が可能になり、化学農薬の使用を抑えることができます。しかし、天敵昆虫は生き物なので、農業での利用が難しい場面があります。▼化学農薬など農薬の種類、害虫を防除する殺虫剤のことならこちらをご覧ください。
天敵昆虫を利用するメリット
農作物に発生する害虫の防除で天敵昆虫を利用するメリットについて説明します。1. 環境・人に優しい
天敵昆虫が圃場で定着すれば、害虫対策のために散布していた化学農薬を減らすことができ、栽培者の負担の軽減や環境保護にも貢献できます。▼農薬を安全に使用することならこちらをご覧ください。
2. 防除効果が持続する
天敵昆虫が圃場に定着、産卵し増殖すれば、長期間に亘って天敵昆虫が働いてくれます。化学農薬の散布回数を減らすことができるため、農薬にかかっていた経費を節減することもできます。
3. 薬剤抵抗性害虫発現の抑制
化学農薬を連続して使用していると薬剤に抵抗性を持った害虫が現れることがありますが、天敵昆虫の利用では、抵抗性を持った害虫を発生させる心配はありません。また、既存の農薬抵抗性害虫に対しても、天敵は関係なく捕食、寄生します。
▼薬剤抵抗性のことならこちらをご覧ください。
天敵昆虫利用の注意点
天敵昆虫の取り扱いには主に以下のような注意点があります。1. 使用方法を守る
製剤化されて販売されている天敵製剤は「農薬」として登録されているので、必ず定められた使用方法を守る必要があります。土着天敵も「特定農薬」として登録されており、増殖して利用する場合、県外に持ち出すことは、法律で禁止されています。
※増殖して利用、もしくは販売する場合にかかる留意事項は下記サイトを参考にしてください。
出典:「特定農薬(特定防除資材)として指定された天敵の留意事項について」(農林水産省)
2. 化学農薬は天敵昆虫に影響の無いものを
天敵昆虫の餌以外の害虫を防除したり、作物の病気を防ぐために、やはり農薬の散布は欠かせません。しかし、天敵昆虫も害虫と同じように農薬による影響を受けます。従来通りの農薬散布では、せっかく放飼した天敵昆虫を殺してしまうことがあります。例えば、アザミウマ類、コナジラミ類を捕食する「タバコカスミカメ」はカメムシの一種で、カメムシ防除でよく使用されるネオニコチノイド系殺虫剤による影響を強く受けるため、放飼後の使用はできません。
天敵昆虫を利用する際は防除態形を見直し、化学農薬を使用する場合は天敵昆虫に影響の無い、もしくは影響の少ないものを選択します。
使用したい農薬が天敵昆虫に影響があるかどうかは、農薬のサイトや天敵製剤のボトルなどに記載されている注意書きで確認します。
3. 天敵昆虫の飼育環境
天敵昆虫も生き物なので温度や湿度などの環境に影響されます。一般的な昆虫と同じように寒くなると動きが鈍くなり、数が減少したり生育できないことが多く、うまく定着しない場合があります。▼ハウス栽培での温度や湿度管理のことならこちらをご覧ください。
4. 天敵昆虫と相性の良い農作物
天敵昆虫はどの栽培作物でも定着するわけではなく、作物に繁殖する害虫の種類、作物の生育環境など、さまざまな要因があります。なかには栽培している作物自体を加害してしまう天敵昆虫もいるため、導入する際には、栽培している作物で導入した事例があるかどうか、確認してから行いましょう。
▼作物に発生する害虫対策のまとめ
5. 天敵昆虫の生息地バンカープランツの設置
天敵昆虫の餌となる害虫が圃場内にいない場合、数が減少したり、圃場外に逃げ出すだけでなく、栽培作物を吸汁して被害を与えてしまう天敵昆虫もいます。そのような事態にならないように、あらかじめ天敵昆虫の居場所となる「バンカープランツ(天敵温存植物)」を圃場内で育てる必要があります。天敵昆虫は栽培作物に被害を与えることなく、バンカープランツをすみかとしながら増殖し、害虫が作物にやってくるのを待ち伏せすることができます。
※バンカープランツとは、天敵昆虫とその餌となる害虫が繁殖する植物で、栽培中の作物に悪影響を与えず、土着化して雑草にならない植物。
▼バンカープランツのことならこちらをご覧ください。
今すぐ活用できる天敵製剤
自分で天敵昆虫を捕まえる必要が無く、製剤化されているので防除形態に導入しやすい天敵製剤を紹介します。アザミウマ類の天敵製剤
アザミウマ類の天敵で、製剤化されているものについて説明します。▼アザミウマ類についてはこちらをご覧下さい。
タイリクヒメハナカメムシ
タイリクヒメハナカメムシは、2mmほどの大きさで、アザミウマ類を捕食する力が強いカメムシです。日本ではタイリクヒメハナカメムシのほかに、ナミヒメハナカメムシなど8種類ほどが土着のヒメハナカメムシ類として知られています。
天敵名 | タイリクヒメハナカメムシ |
商品名 | ・タイリク(アリスタライフサイエンス) ・リクトップ(出光興産) ・オリスターA(住化テクノサービス) |
登録害虫 | アザミウマ類 |
バンカープランツ
・シロツメグサ(クローバー)
・セイタカアワダチソウ
・ソルゴー
・フレンチマリーゴールド
ククメリスカブリダニ
ククメリスカブリダニの成虫の体長は約0.4mmで捕食性のダニの仲間です。アザミウマ類の幼虫を捕食しますが、成虫は攻撃することができません。ダニ類や花粉なども食べて生きていけるため、アザミウマ類の発生がない場合でも、圃場に定着させることができます。
高湿度を好むので、湿度の高いときに放飼します。
天敵名 | ククメリスカブリダニ |
商品名 | ・ククメリス(アリスタライフサイエンス) ・メリトップ(出光興産) |
登録害虫 | アザミウマ類 |
カップ放飼
籾殻や米ぬか、ふすまなどと天敵製剤を入れた紙コップを作物の上部に設置して放飼すると、圃場での定着率がさらに高まります。
アブラムシ類の天敵製剤
アブラムシ類の天敵で、製剤化されているものについて説明します。▼アブラムシ類についてはこちらもご覧下さい。
コレマンアブラバチ
約2mmほどのコレマンアブラバチのメスは、アブラムシの体に卵を産んで寄生する寄生蜂です。アブラムシ、モモアカアブラムシを特に好んで寄生します。ナス、ピーマン、シシトウの農家で利用が進んでいます。天敵名 | コレマンアブラバチ |
商品名 | ・アフィパール(アリスタライフサイエンス) ・コレトップ(出光興産) |
登録害虫 | アブラムシ類 |
バンカープランツ
・ムギ類
アフィバンク(アリスタライフサイエンス)というムギクビレアブラムシをコムギに接種した製品も販売されています。
ナミテントウ
ナミテントウは体長5〜8mm、色彩はいろいろなタイプがあり、全体黄褐色、黄色〜橙色に黒紋などがあります。ナミテントウはアブラムシを食べる力が強いですが、圃場に放っても飛んで行ってしまうことが課題でした。近年、遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウが育成され、製剤化されています。天敵名 | ナミテントウムシ |
商品名 | テントップ(出光興産) |
登録害虫 | アブラムシ類 |
ハダニ類の天敵製剤
ハダニ類の天敵で、製剤化されているものについて説明します。▼ハダニ類についてはこちらもご覧下さい。
チリカブリダニ
チリカブリダニとはカブリダニというダニの仲間です。成虫の体長は0.5mm前後で、赤〜オレンジ色をしています。ナミハダニやカンザワハダニを好み、卵から成虫までを捕食します。
天敵名 | チリカブリダニ |
商品名 | ・チリトップ(出光興産) ・スパイデックス(アリスタライフサイエンス) |
登録害虫 | ハダニ類 |
ミヤコカブリダニ
ミヤコカブリダニはカブリダニの一種で、成虫の体長は0.4mm前後です。乳白色ですが、ハダニ類を捕食すると胴体部が淡赤色〜オレンジ色に変わります。葉裏に寄生するハダニ類を探索して、ハダニの成虫や若虫、幼虫、卵を捕食します。天敵名 | ミヤコカブリダニ |
商品名 | ・ミヤコトップ(出光興産) ・スパイカルEX(アリスタライフサイエンス) |
登録害虫 | ハダニ類 |
土着天敵の種類
自然にいる天敵昆虫で、農業で使用されている種類を紹介します。アザミウマ類の土着天敵
アザミウマ類の土着天敵では、主にカメムシ類が利用されています。ヒメハナカメムシ類
ヒメハナカメムシ類は、アザミウマ類やアブラムシ類、ハダニ類、コナジラミ類、ハモグリバエ類などを捕獲して体液を吸汁、殺虫する天敵です。黄化えそ病を引き起こす「害虫:ミナミキイロアザミウマ」や、黄化葉巻病の原因となる「害虫:タバココナジラミ」など難防除害虫の天敵昆虫として、ナスやシシトウ、ピーマンなど果菜類の栽培で、ヒメハナカメムシ類が利用されています。
▼黄化えそ病や黄化葉巻病のことならこちらをご覧ください。
野外でソルゴーなどの景観植物を栽培するとナミヒメハナカメムシとタイリクヒメハナカメムシが自然発生します。
フレンチマリーゴールドにはコスモスアザミウマがやってきて、これをヒメハナカメムシが食べて増殖します。ナス栽培などで畝の両肩にフレンチマリーゴールドを植栽すると、ほ場内のヒメハナカメムシ類の発生が安定します。
ちなみに、マリーゴールドはフレンチ種を利用するように注意しましょう。マリーゴールドのアフリカン種には、ナスを加害する昆虫が集まります。
参考:奈良県庁 奈良県農業研究開発センター 「奈良県における土着天敵を活用した露地ナスの減農薬栽培技術マニュアル」
バンカープランツ
・ソルゴー
・マリーゴールド
・シロツメグサ(クローバー)
・セイタカアワダチソウ
タバコカスミカメ
西日本に土着している天敵昆虫です。「害虫:ミナミキイロアザミウマ」の被害が大きいナスや、キュウリ、シシトウ、ピーマン、トマトなどで天敵昆虫として利用が進んでいます。タバコカスミカメは植食性の性質があるため、捕食する害虫の数が減ると、トマトの茎を傷つけたり、キュウリやナスの葉を吸汁するため注意が必要です(ミニトマトでは被害が大きいので、タバコカスミカメは使用しないようにします)。
タバコカスミカメは国内で販売されていないため、自ら入手する必要がありますが、餌となる昆虫がいなくても、バンカープランツを育てることで増殖・温存が可能で、50〜100頭/10a放飼しておくと圃場にも定着します。
参考:農研機構
「タバコカスミカメのアザミウマ類に対する防除効果はバンカー植物で増強できる」
「施設キュウリとトマトにおけるIPMのためのタバコカスミカメ利用技術マニュアル(2015年度版)」
バンカープランツ
・ゴマ
・クレオメ(フウチョウソウ科の草花)
・バーベナ(品種:タピアン)
・スカエボラ
アブラムシ類の土着天敵
アブラムシの天敵には、寄生蜂やテントウムシがいます。コレマンアブラバチ
約2mmほどのコレマンアブラバチは、「害虫:モモアカアブラムシ」などに好んで寄生します。コレマンアブラバチはムギ類を好み、これに寄生するムギクビレアブラムシを餌として、コレマンアブラバチが定着、増殖します。
自分でムギクビレアブラムシを定期的に放餌するのは難しいですが、アフィバンクというムギクビレアブラムシをコムギに接種した製品も販売されています。
バンカープランツ
・ムギ類
テントウムシ
出典:Flickr(Photo by U.S. Department of Agriculture)
テントウムシの中でもヒメカメノコテントウはアブラムシ類を捕食する強力なテントウムシで、日本全土に生息しています。成虫、幼虫ともに捕食しますが、特に雌成虫は1日当たり約50頭のアブラムシを捕食します。そのほか、コナジラミ類、アザミウマ類、ヨコバイ類なども捕食します。
テントウムシにも食の好みがあり、一般的にテントウムシとして良く知られているナミテントウやナナホシテントウはアブラムシ類を好んで捕食し、ヒメアカホシテントウ、アカホシテントウはカイガラムシ類を捕食します。
そのほかうどんこ病などの菌を食べる菌食性のキイロテントウやシロホシテントウがいます。
テントウムシに良く似たテントウムシダマシ類は、作物の葉を食べる農業害虫なので注意が必要です。
▼農業害虫のテントウムシダマシのことならこちらをご覧ください。
昆虫の生態系を維持しながら環境に優しい野菜作りを!
栽培作物に発生した害虫の防除の手段に天敵昆虫を活用することで、化学農薬を低減し、昆虫の生態系を維持しながら環境に優しい野菜作りすることができます。天敵昆虫を上手に農業に取り入れることで、生産者の身体の負担も減らす害虫防除が可能になるので、導入を一度検討してみてはいかがしょうか?