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【毎月更新!】農業なくして持続可能な社会なし農村には先生がいっぱい
就農して19年、母親になって16年目に入りました。夫婦2人で就農したときと、子どもができてからでは、農業や農村暮らしに対する見方や感じ方はいろいろ変わりました。その中でも、教育についての想いは、最も大きく変わったといっても過言ではないでしょう。農業・農村、そして社会全体が直面している課題はたくさんありますが、結局すべては「教育」で解決していかないと、と思っています。教育とは…
教育とは、ブリタニカ国際大百科事典によると「教え育てること。知識、技術などを教え授けること。人を導いて善良な人間とすること。人間に内在する素質、能力を発展させ、これを助長する作用。人間を望ましい姿に変化させ、価値を実現させる活動。」とのこと。引用:コトバンク「教育/ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説」
であれば、たくさんの知識・技術・道徳を持っているおじいちゃんおばあちゃんがいっぱいいて、自然から学ぶこともいっぱいの農村は、めっちゃ良い教育環境なのでは?と思ったのが最初でした。今回は、農村に暮らしているからこそ思うこと、農業しているからこそできることなどを書いてみようと思います。
今回のテーマ:SDGs目標4|質の高い教育をみんなに
今回のコラムと関係するSDGs目標は、【4:質の高い教育をみんなに】。目標4の内容は「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」です。
SDGs目標別アーカイブ
目標1・2・3|目標4|目標5|目標6|目標7|目標8|目標10|目標11|目標12|目標13|目標14・15幼少期の早期教育はぜひとも農村で
子どもたちが小学校に入学するまでの6年間は、ただひたすら「田舎で良かった!」と心から思う日々でした。私は研究者でも政治家でもないので自由に表現すると、「農村に住み、そして家業が農業であるというのは、これ以上ない最高の教育環境だ」と思っています。もちろん、感じ方や捉え方は人それぞれですから、そう思わない人もいるでしょう。例えば、家族が持病やアレルギーを持っていて、定期的に病院などに通わなければならない人にとっては、病院が少なかったり遠かったりすることが多い田舎暮らしは大変です。また、一挙手一投足が知れ渡るような環境を、息苦しいと感じる人ももちろんいるでしょう。
でも、育てる側の親にとってではなく、あくまでも「子どもにとっての教育環境」という視点で考えると、やっぱり農村は最高だと思っています。
体幹と五感を育てる農村
初めての妊娠で双子を授かり、生まれてからは、並んでゴロンと寝かせられるタイプの二人乗りのベビーカーで毎日散歩をするのが楽しみでした。雨の日は散歩に行けないので、彼らに見えているのは、基本的に晴れた日の青空か、曇りの日の灰色空。そして視界に入る「動くもの」は雲と鳥、そして時々のぞき込む人の顔。遠くのものを長い間見つめることで視力が良くなったり、何かを目で追うことで動体視力も養われたりするのではないでしょうか。
数カ月過ぎ、腰の据わってきた息子たちをあぜ道に座らせておくと、目の前を通り過ぎるカエル。捕まえたい、という男子の本能(?)が働き、それをハイハイで夢中になって追いかけ始めます。さらに立って歩き出すと、楽には歩けない凸凹な地面しかないので、必然と体幹が鍛えられます。さらに、季節ごとに変わる植生とその匂い。
幼少期が五感を育てる時期だとすれば、農村は最高!もうこの時点で「SDGs目標4:質の高い教育をみんなに」をクリアできてる?(笑)貧困や児童労働といった問題を抱える国や地域もありますが、幼少期に関していえば、全世界共通で「質の高い教育環境は、自然豊かな農村にあり」と私は思っています。
小1から中3までの農村での義務教育は一長一短
双子の長男と次男が小学校に入学したときは、1年生は4人しかおらず、その中の2人が我が子という状況に。農村では基本的に、通える小学校や中学校は選べません。小中学校の統廃合が全国どこでも進んでいることもあり、それぞれの学校がある場所が離れていて、通うのが大変過ぎることが多いからです。周りを見る限り、仕方がないなとも思いますが、その選択肢の少なさや同調圧力がマイナスに働くことも。
初めて感じた田舎のデメリット
田舎の小規模校は、アットホームな雰囲気で学校全体が家族、地域全体が親戚、みたいな感覚です。双子の息子たちが入学した時は、「まるでマンツーマンのような授業で、わかるまで教えてくれるし、地域のみんなが見守ってくれてありがた過ぎる」と思っていました。ところが、弟の三男坊が2年生のときに学校に行くのを嫌がりだし、ついには不登校に。子どもたちの主体性を重視して、幼児期から自由に育てている我が家。「学校に行きたくない」と息子が言い出したとき、「やっぱりきたか」と正直思いました。息子が通っていた学校が悪かったわけでも、友達や先生が悪かったわけでもありません。ただ単に“規格外”の息子が、学校に居心地の悪さを感じたのでしょう。
そんなとき、ある程度大きな都市であれば、ほかにも通える学校や特色のあるフリースクールがあるのでしょうが、南阿蘇村周辺にはそんな可能性はありませんでした。そのときに初めて田舎のデメリットを感じたのでした。そして結局、「学校に行かない」という選択肢になりました。
世にも明るい不登校児と家族農業
でも田舎のすごいところは、学校に行かなくても、学びは足元にたくさん転がっているということ。植物や虫の観察で理科はもちろん、肥料や苗箱の計算で算数も勉強できるし、体を動かすので体育もバッチリ!“のうかになって ポルシェをかって うみにいきたい”という夢を、小学校1年生のときに書いていた息子。「学校いかないなら農業手伝ってよ」という無情な母親のリクエストに応えて、息子は毎日楽しそうに家の手伝いをし、3年生の誕生日には「トラクターが欲しい」と言い出すほど。
自然や農作業を通じて「生きた学び」ができる環境
多様性や選択肢の少なさという意味では、農村はマイナス面もあるかもしれません。でも、選択肢こそ都会より少ないものの、どんな田舎にいてもバスなどを使えば学校に通えて教育も受けられます。なにより、「田んぼ学校」「山学校」と昔の人が呼んでいた、農作業や山仕事を通じた「生きた学び」ができる現場や自然が身近にいっぱいあるのは、やっぱり農村の強み。格差が出てくる!?農村から高校や大学への進学
農山村での高等教育については圧倒的に不利、という印象を受けています。まず、高校や大学がないんですから。
南阿蘇村は珍しく大学がある村だったのですが、熊本地震でキャンパスが大きく被災。再建する努力も数多くされましたが、ついに移転が決まり、「村内の大学」はなくなってしまいました。
高校については、希望の学校があっても通うのが大変だったり、そもそも通えない場合も。農村には進学校があまりないので、スポーツや勉強で上を目指す場合、必然と遠くの学校を受験することになります。しかし、都心部にある公立高校の「校区外」からの募集には制限があり、選択肢が減ったり倍率が高くなったりするので、入試でもハンディがあります。
今年、長男と次男が高校受験だった我が家。受ける高校が遠いので、試験の前日には、息子たちは熊本市内のホテルに宿泊したのですが、ちょうどGoToキャンペーンが中断したのも重なり、余計な出費になりました。
都市と農村では所得格差があるのに、傾向として都市部より所得が低いとされる農村部の家庭が、学費に加えて下宿費や通学費を負担しなければならない現実があります。
オンラインなら農村でもいいじゃん!
マイナス面を克服するチャンスがみえてきた!
農村から高校や大学への進学に関してのマイナス面を克服するチャンスは、いきなりやってきました。新型コロナウイルスのパンデミックにより、ほとんどの学生が学校に通わずに、家にいながらオンラインでリモートでの授業が受けられるようになったのです。学校やキャンパスに通う意義はもちろんあります。でもそれは、教育を受ける場所としてよりも、友達や部活動、サークル活動を通じて、学び合う大切さを知ることが多いということを、むしろこのコロナ禍が再確認させてくれた気がします。
生きた学びを同時に得られる農村
家でもリモートでの授業を受けられるようになったことで、教育の機会は身近なものになり、農村でも都市と同じように学べるようになりました。さらに農村では、授業の合間や休みの日には身近にある豊かな自然に癒され、そして農業を通して「生きた学び」をさらに得られるのですから最高です。実践する女子大生
コロナ禍で都会の家に帰れなくなり、南阿蘇村でまさに自然の中でのリモート授業を実践した女子大生については、これまでも何度か連載で紹介しました。その姿が地元のテレビで特集として取り上げられたり、書いたレポートが毎日農業記録賞を受賞したりと、ジワジワと話題になりつつあります。大人の私たちも、頭でっかちになりがちな都会の大学生に、「生きる力」や「考える力」を感じてもらえるような農業の場をつくっていけたらと思います。
新たな教育の可能性が見えてきた!?女子大生のステイ農家について、関連記事はこちら
生きることはなにかを考えるリトルファーマーズ養成塾
農家を育てる英才教育
農村は子どもが育つ環境としては最高!と思い続けていた私は、東日本大震災のあった2011年の夏から「子ども合宿」なるものを始めました。最初の数年は純粋に都会の子どもたちが、田舎育ちの子どもたちと一緒に「田舎暮らし」を楽しむものでした。熊本地震が発災した2016年からは、「リトルファーマーズ養成塾」と名付け、その名の通り農家を育てる英才教育として取り組み始めました。参加条件は、「田んぼや畑に慣れ親しんでいる子」「自分のことは自分でできる」の2つだけ。
農業体験や自然体験はもちろん大切だと思っていますが、仕事として農業をしながら、次世代育成も同時進行するのはそれなりに大変です。ひと肌脱ぐ以上は、次世代農家を育てる内容に、ということで、私が代表を務めているNPO法人田舎のヒロインズの活動として取り組み始めたのです。
農村での教育についての過去の関連記事はこちら
子どもたちで目標を決める
子どもたちは自分たちで目標を定め、それに向かってスケジュールやルールを自分たちで決めます。大人はそのサポートをしながら、子どもたちに生きる力と考える力を身につけさせることを目指す合宿です。初年度の目標は「ファーマーズマーケットを開く」。どこで・何を・いくらで・どれぐらい売るのか。それを自分たちなりに考えて、もちろん遊んだりはしゃいだりもしながら、目標達成のために作戦を考えました。
生きるとはなにかの議論
特徴的だったのは、1日1時間、「子どもの哲学」を取り入れたこと。「生きるとは何か」「幸せとは何か」などなど、決して答えのない問いかけに対し、みんなで車座になって議論を深めていく。子どもたちの目覚ましい成長を目の当たりにして、教育の大切さをしみじみと感じました。農村こそ「質の高い教育をみんなに」を提供できる場所
たくさんの子どもや若者の受け入れを続けてきた経験から、農業・農村の教育的価値についてはまだまだ可能性があると思っています。特に棚田や山林といった、生産物をつくるには不利な条件の農地・林地は、逆に教育の場としての価値があるのではないか、農業や農村ができる可能性をしっかりと自覚し、人を育てることにも重きを置くことで、価値は飛躍的に大きくなるんじゃないか、と本気で思っています。教育についてはズブの素人ではありますが、農村こそ「SDGs目標4:質の高い教育をみんなに」を提供できる場所になれるよう、農家仲間たちと協力して、受け入れ体制やプログラム(コンテンツ)を、これからさらに整えていくつもりです!
大津愛梨さんのコラムアーカイブはこちら
【毎月更新!】農業なくして持続可能な社会なし家族経営農家の生活を写真と共に紹介♪「ハッピーファミリーファーマーズ日記」
大津 愛梨(おおつ えり)プロフィール
1974年ドイツ生まれ東京育ち。慶応大学環境情報学部卒業後、熊本出身の夫と結婚し、共にミュンヘン工科大学で修士号取得。2003年より夫の郷里である南阿蘇で農業後継者として就農し、有機肥料を使った無農薬・減農薬の米を栽培し、全国の一般家庭に産直販売している。
女性農家を中心としたNPO法人田舎のヒロインズ理事長を務めるほか、里山エナジー株式会社の代表取締役社長、一般社団法人GIAHSライフ阿蘇の理事長などを兼任。日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」やオーライニッポン「ライフスタイル賞」のほか、2017年には国連の機関(FAO)から「模範農業者賞」を受賞した。農業、農村の価値や魅力について発信を続けている4児の母。
ブログ「o2farm’s blog」