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【毎月更新!】農業なくして持続可能な社会なし今回のテーマ:SDGs目標8|働きがいも経済成長も
今回のコラムと関係するSDGs目標は、【8:働きがいも経済成長も】。目標8の内容は「すべての人のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する」です。
SDGs目標別アーカイブ
目標1・2・3|目標4|目標5|目標6|目標7|目標8|目標10|目標11|目標12|目標13|目標14・15農業なんて働きがいしかないじゃん!
コロナ禍になってから、SDGsという言葉を聞く機会がなんだか減ったような気がします。それは単に私が外の世界に触れる機会が減ったからだけなのか、それとも、人類史上に残るもっと切迫した課題を前に色あせてしまっているのか…。100年前に世界的流行を引き起こしたというスペイン風邪だって、当時の医療技術でも2年ほどで収束していることを考えれば、終わりの見えないコロナ禍にもきっといつか終止符が打たれるはず。そうなったとき、どんな世界や社会が待っているのでしょう。
経済は?環境は?など、想像するのが難しいですが、やらなくていいこととか、いらないこととかだいぶあったよね、といったコロナ禍で気づいたことをできれば生かしていきたいですよね。だからこそ忘れたくないのがSDGs=持続可能な開発目標というわけです。
決してなくなることのないのが農業・農家・農民
たとえどんな未来が待っているとしても、絶対に欠かせないのが農業・農家・農民です。生きて行く上で、絶対に必要な食糧を生産するための農家や農民はいなくなりません。ほとんどの人が「農民」だった時代から、社会が発展(といっていいのかはさておき)するにつれて、土を耕さない層も出てきました。そして今では、少なくとも日本では、どうやって食べるものができているかを知らない人が多くなっているそうです。生き物としてそれはどうなの?と思いますが、実際に私自身も都会で育って、そのころは農業とはまったく無縁でした。
そんな状況の中、先進国と自負している日本において、今あえて農業を選んでいる若い世代は特にですが、「農業はつらい」という時代から「農業はやりがいがある」「農業は働きがいがある」と思っている人の方が多くなっているのでは?と感じています。少なくとも私はそうです。これほど働きがいのある職業はほかにあまりない!とさえ、能天気に思っています。
「どうでもいい仕事」の対極
まだ読んではいないのですが、世界的なベストセラーになっているという『ブルシット・ジョブ–クソどうでもいい仕事の理論』という本によると、先進国の労働者に対する調査で、自分のやっている仕事にはまったく意味がないと自分から答えた人が40%もいるとのこと。それに対し、自分のやっている仕事には意味がない、と思っている農家は皆無なのではないでしょうか。ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)とは、「本人でさえその存在を正当化し難いほど、完璧に無意味で不必要で有害でもある雇用の形態である。とはいえ、本人はそうではないと取り繕わなければならないように感じている」と定義されているそうですが、農業はその対極にある気がします。
SDGsで掲げられている17個の目標のうち、この「働きがい」に関する目標8だけが腹落ちしていないというか、「これだ!」といえるものがまだつかめていないのですが、全部の目標に関与できるのが女性農家!と豪語してしまっている私。今回は私なりの勝手な解釈をつづらせていただきたいと思います。
家族経営農家の幸福量は多いかも
私が知っている周りの農家さんのほとんどは、ハッピーにみえます。世界では国によって大きく「農家」の位置付けが違うと思いますし、日本全国の農家さんを知っているわけでもありません。楽な仕事ではもちろんないですし、昨年の豪雨被害など、自然災害を受けた農家仲間の心中を察すると安易なことはいえません。完全なる私見です。
農家をしていることで感じる、やりがいに満ちている仕事をしているという充実感と、好きで一緒になったパートナーと職場でも一緒にいられる幸せ。一緒にいる時間が長い分、もちろんけんかをすることもありますが、私が子育てをする中で一番幸せだと感じていたのが、子どもたちが両親が働いている姿を日常的に見ることができる、ということ。
男の子にとっては特に、家を出て行ったきり、何の仕事をしているかわからないけど疲れて帰ってくる父親ではなく、トラクターに乗ってたり、重い米を力強く運んでいる「かっこいい父親の働く姿」を見ながら育つことができます。これだけでも農業を選んで良かった、と思っています。
農家に直接聞いてみたら、「農業は大変」って答えるでしょう。でもきっと、みんな笑顔です。だって、大変だけどやりがいだらけの仕事ですから。
アフターコロナも経済成長は最優先?
「働きがいも経済成長も」というのが今回取り上げるSDGsの目標ですが、経済成長に重きを置き過ぎた結果として、さまざまな弊害が起きていて、それこそがSDGsを掲げた理由だったのではないでしょうか。そして、今回のような感染症の世界的流行によるダメージを世界中が受け、経済成長がどれだけ重要なのかを疑問視した人も少なくないでしょう。
私が大好きな江戸文化研究者・石川英輔氏の計算によると、幕府が雇う大工の賃金が2倍になるのに200年かかったそうで、ここから計算すると、経済成長率は年に0.3%ぐらい。つまり2世紀半も安定した人口と社会を保っていた江戸時代は、経済成長という点では評価できず、むしろ「定常型経済」だったということです。そう考えると、この目標そのものを見直す必要があるのかもしれません。
数字の捉え方によっては断言できませんが、農家と非農家の所得格差が広がっていたり、働いたのに搾取される、という状況は改善されるべきだと思っています。例えば、国民皆保険制度でお医者さんの収入は保証されているのに、医食同源といわれる食べ物をつくる農家は各種手当などはあるとはいえ、収入が不安定というのは「え〜、なんで〜?」と思ってしまいます。あまり深掘りはしませんが(笑)。
じゃあ、このまま農家でいいや
学生時代からの親友が、都内の一等地にある高級マンションに住んでいます。遊びに行くと、まるでテレビドラマのセットみたい、とキョロキョロしてしまいますが、最寄りのスーパーに行ってビックリ。野菜の値段が阿蘇村の数倍するのですから!!これじゃ、どんなに稼いでもどんどん減っちゃうんじゃない?という素直な疑問から、お酒を飲みながら試しに計算してみたんです。いくら収入があって、いくら支出があるかを。そうしたら、収入は3倍も4倍もあるのに(これが所得格差!? 笑)、最終的に残るのは農家と大差がない、という結果に。友人も私も既にほろ酔いだったので、数字の正確さはまったくありませんが、「まぁ、じゃあこのまま農家でいいや」と、ニコニコしながら言ったのは覚えています。
経済成長が目標じゃないとしたら何が大切?
そんな私たち夫婦は、就農した当初は夫婦合わせて月収10万円ほどでした。脱サラで就農とかだと感覚が違うかもしれませんが、就農する直前は、海外の学生として限られた金額の奨学金を頂いて、工夫をしながらなんとか暮らす生活だったので、その月収でも低過ぎるっとびっくりするような金額ではありませんでした。しかも、夫の郷里で家と土地があって、農家なので車も何台もあって、揚げ句に食べるものも十分にあるわけですから、夫婦2人だったら問題なく生活ができていたのです。年に数回、人づてにバイトをもらって、その収入で旅行に行ったり欲しいものが買えたりしたのも、また幸せでした。
その後、作付け面積を徐々に増やし、お客さんも増え、専業農家として子ども4人を育てているわけですから、「経済成長」もずいぶんしたものです。じゃあどんどん成長したいかというとそういうわけでもなく、「これぐらいでいいか」という足るを知る暮らし方が、私たちには心地いいと思っています。せっかく田舎に暮らしていて、季節の移り変わりや子どもとの時間を大切にしたいと思うと、常に右肩上がりの成長をする必要は特にありません。
今できること
私が自分の立場でこの目標に対してできることといえば、「働きがいしかない」農業という仕事をこのまま続け、子どもたちが「やりたい」と本気で思うことをやらせてあげられるだけの経済成長を、子どもたちが成人するまでは目指す、ことかなと思います。あとは、私たちが日本という国に暮らして、自分たちがつくるもの以外は当たり前のように買う消費行動こそが、目を背けたくなるような世界で起きている環境問題や人権問題に直結している、ということを認識することではないでしょうか。
同じキャンパスを卒業した後輩の末吉りかちゃんが力強く引っ張っている、一般社団法人エシカル協会という団体が、着実に活動の輪を広げていますが、他人ごとと思わずに自分の消費行動を見直す人が増えてくれたら、と願って止みません。
「働きがいも経済成長も」がついに腹落ちした件
嫁が来た!
そういえば、今年、大きく前進したことが1つあります。基本的に、農家じゃなくても子育て中のワーキングマザーは、やることが多くて毎日てんてこまい。望んで産んだ子どもたちとはいえ、4人がそれぞれにいろいろなニーズや希望を抱え、私は私で農業に加えてさまざまな仕事が増え、どうにもならなくなっていた今年の春先。
ポジティブな投稿しかしないと決めているSNSですが、例外的に悲痛な叫びをあげました。日常的に、6人家族の家事や炊事が私に重くのしかかっていたので、「嫁が欲しい。何なら第二夫人でもいい」と投稿したのです。すると、「夫がいるから第二夫人にはなれないけど、えりちゃんのお嫁さんになってあげる♪」と移住直後から仲良くしてもらっている、近所の友人からありがたいお申し出があり、すぐにお嫁に来てもらうことになりました!
平日のみの1日1時間。タイマーがなるとササッと帰るあたり、嫁というより愛人っぽいね、と笑っていますが、家事を1時間助けてもらうだけで、こんなにも生活が変わり、ストレスが減るものなんだ!!と驚きました。台所にたまった食器を洗ったり、洗濯物を干したり、食事の支度が早くなるよう食材を切ったり。友人の手際がいいのももちろん大きいですが、野良仕事から帰ってきて、台所がきれいになっていたり、夕飯のおかずが一品できていたりすると、「愛してる〜♪」と抱きつきたい気持ちになるぐらい、目がハートになります。
強いていえばアンペイドワークが課題
さて、ここからが問題。これまで私が自分でなんとかしようとあがいていた、家事や育児など、報酬の発生しない仕事=アンペイドワークを第三者にお願いする場合、その費用を誰が負担するのか?農業以外の仕事が増えて私の手が回らなくなったんだから、払うのはキミだろう、と一般論としての認識を持つ夫。子どもたちが親との時間よりお金が必要なステージに入り、仕事、つまりは収入を増やすのは家庭として必要なことだから、これは事業主が払うべきであろう、と私。これは結構、大事なポイントだと思うのです。
何度か話し合った末に、家計から支出することにはなりましたが、夫と交渉をしている間は、「主婦の時給」とか、「アンペイドワーク」とかのキーワードで何度も検索したものです。
ワーキングマザーだった私の母は、やはり週に1、2度、家政婦さんに来てもらっていましたが、それは母が払っていたんだと思います。好きで「仕事をやらせてもらっている」、という感覚の母でした。
女性に限らず、農村に暮らしていると、男性のアンペイドワークもたくさんあります。そして人口減少が激しい農村部では、その量や種類がどんどん増えている気がします。働きがいも経済成長も、という議論のとき、必ず出てくるのが強制労働とか搾取とかの問題なのですが、身近なアンペイドワークをどうやって「働きがい」につなげていけるか、が私の課題です。
嫁の「働きがいも経済成長も」
とはいえ、私に「嫁」ができてからの幸せぶりを考えると、その費用対効果は計り知れず、そして嫁になってくれている友人にとっても、ちょっとしたバイト&働きがいになっているとのことで、つまりは目標8を達成できている!?私が多めに作ったおかずを渡すと、翌日には別のおかずになって返ってきたりして、目標17の「パートナーシップで目標を達成しよう」もしっかり達成!上の写真は、私が絶対に手が回らないフキをとっているところ。これがキャラブキになって、おかずで届くことの幸せは言葉にできません。
これが本当の嫁だったら、愛さえあれば支払い=ペイメントはいらない!?(笑)という永遠の議題は置いておいて、ごく身近なところで実現できた「働きがいも経済成長も」の実例を紹介したところで今回はおしまいにします。
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【毎月更新!】農業なくして持続可能な社会なし家族経営農家の生活を写真と共に紹介♪「ハッピーファミリーファーマーズ日記」
大津 愛梨(おおつ えり)プロフィール
1974年ドイツ生まれ東京育ち。慶応大学環境情報学部卒業後、熊本出身の夫と結婚し、共にミュンヘン工科大学で修士号取得。2003年より夫の郷里である南阿蘇で農業後継者として就農し、有機肥料を使った無農薬・減農薬の米を栽培し、全国の一般家庭に産直販売している。
女性農家を中心としたNPO法人田舎のヒロインズ理事長を務めるほか、里山エナジー株式会社の代表取締役社長、一般社団法人GIAHSライフ阿蘇の理事長などを兼任。日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」やオーライニッポン「ライフスタイル賞」のほか、2017年には国連の機関(FAO)から「模範農業者賞」を受賞した。農業、農村の価値や魅力について発信を続けている4児の母。
ブログ「o2farm’s blog」