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【毎月更新!】農業なくして持続可能な社会なし今回のテーマは、SDGs目標14:海の豊かさを守ろう/15:陸の豊かさも守ろう
今回のコラムと関係するSDGs目標は、14と15。目標14の内容は、「海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する」です。
目標15の内容は、「陸上生態系の保護、回復および持続可能な利用の推進、森林の持続可能な管理、砂漠化への対処、土地劣化の阻止および逆転、ならびに生物多様性損失の阻止を図る」です。
SDGs目標別アーカイブ
目標1・2・3|目標4|目標5|目標6|目標7|目標8|目標10|目標11|目標12|目標13|目標14・15海が好き!
縁あって熊本県南阿蘇村に暮らし始めて早19年。「都会が恋しいでしょう?」と聞かれることも多いのですが、「都会は特に恋しいとは思わないけど、時々海が恋しくなる」と答えます。私が育った東京都練馬区は海から遠い場所でしたが、大学時代の4年間を過ごしたのは、湘南・藤沢エリア。夫と出会ったのも、ビーチバレーサークルの活動をしていた浜辺でした。海の近くに住むのは苦労も多いと思います。自転車とかすぐにさびるっていうし、台風のときとか怖いし…。でも、私や子どもたちのような山に住む人間としては、たまに海を見ると「わぁ!」と叫びたくなるぐらいテンションが上がります。
海が好きなのに、海から離れて暮らしている。でも、「やれることはある」。もう、このフレーズの繰り返しでしかないですが(笑)。しかも、最近では本当に良くテレビや雑誌でも、SDGsの目標に対して「自分ができること」の紹介をするようになってきましたよね。というわけで、まずは海の話から。
海が遠くても、やれることは必ずある
2011年、東日本大震災のあった年の夏。春休みに南阿蘇に避難してきてた子どもたちが、「また阿蘇に行きたい」と言ってくれたので、忙しい親御さんたち抜きで、はじめてO2Farmで1週間の「子ども合宿」を開きました。余談ですが、この子ども合宿はその後5年間続き、熊本地震の後に「リトルファーマーズ養成塾」としてバージョンアップしました。その当時、沖縄に住んでいた友人が「この先、海です」という環境教育ワークショップをあちこちでやっていることを知って、せっかく子どもたちが集まるのだから、そのワークショップを一緒にやろう~!ということになって、沖縄から友人夫妻が駆けつけてくれました。
この先、海です
やることは、「この先、海です」という看板をつくったり、排水溝やマンホールに直接ペイントしたり。山で暮らす自分たちが流す水が、いずれは海につながっていくんだ、という意識を育てることが目的です。子どもたちだけでなく、親御さんにも参加してもらい、神社の境内をお借りしてみんなで楽しくできました。保育園で魚の着ぐるみ
その後、息子たちが通っていた保育園でもこのワークショップをやらせてもらえることになり、アシスタント役になった私は、魚の着ぐるみを着るハメに(笑)。価値あり!シンプルで子どもにもわかりやすい環境保護活動
魚の着ぐるみは子どもたちにいじられまくりましたが、魚の絵を描き始めたらみんな夢中。スポンジのような吸収力を持った彼らの脳に、山と海はつながっている、という情報がインプットされたはず!ご夫妻はその後、東北に移住して、東日本大震災後の南三陸地方を中心に、「NPO法人 海の自然史研究所(海研)」という団体で、「この先、海です。プロジェクト」も含めた環境保護活動を続けられています。シンプルだけどとっても効果のある環境学習だと思うので、「お、やってみたい」と思っていただけたら、ぜひ問い合わせてみてくださいね。
海はボーダーレス
家族でハワイへ留学
2016年に熊本地震が発災。南阿蘇村に通じる橋もトンネルも崩れ、迂回路(うかいろ)はどちらも標高700mを超えた凍結の恐れがある道だったため、その年の冬、南阿蘇村は陸の孤島になるかもしれない、といわれていました。「そのことにおびえて過ごすぐらいなら、この際、家族で留学だ」と、スーパーポジティブ思考の母(私)は家族を連れてハワイへGO!
みんなでやれば楽しいビーチクリーン
そのときに訪れたのが、農村地帯が広がる人口7千人のモロカイ島。モロカイ島は海流の影響で、東日本大震災の津波で流されたゴミが大量に運ばれてきた場所なのですが、日本政府からの援助も賠償もないまま、島民たちは5年間以上も、月に一度のビーチクリーン活動を続けていました。モロカイ島に行く前に、そのことを知る由もなかった私たちですが、滞在中、一緒にビーチクリーンに参加!実際に日本の地名や商品名が書かれたゴミが、たくさん流れ着いていました。
モロカイ島を再訪
いつか必ず仲間たちとこのモロカイ島に来て、ビーチクリーンをまたやりたい!と心に決めた私。その翌年、女性農家を中心メンバーとしたNPO法人 田舎のヒロインズの役員さんやその子どもたちと一緒に、モロカイ島を再訪しました。前回も書きましたが「有言実行」を信条としてますので。家族留学中に仲良くなった地元の友人たちや子どもたちも加わってくれて、海のゴミ拾い。英語なんかわからなくても、言葉の壁を越えて、子どもたちには海がつながっていることや海遊びは楽しいことが、記憶として残ったに違いありません。
中村天平さんもモロカイ島に
そんな私たちの取り組みに関心を示してくれたのが、東日本大震災後に被災地でチャリティーコンサートを、継続的に仲間たちと開催していたコンポーザーピアニスト(作曲も演奏もするピアニスト)の中村天平さん。共通の友人を通じて仲良くさせてもらっていた天平さんに、モロカイ島には津波で流されたゴミが5年以上も流れて来ていること、島民のみんながボランティアで集め続けていること、それを私たち農家仲間や子どもたちと、微力だけど手伝いたいと思っていることなどを伝えたら、「俺も行く」と。
パンデミックが始まる前は、毎年国内外のツアーをしている多忙な身でありながら、島民の皆さんのこれまでの努力に少しでも恩返しがしたい、と駆けつけてくれました。
音楽の力もボーダーレス
島にはピアノがいくつかしかありません。ハワイというと華やかなイメージを持ちますが、完全な農村地帯のモロカイ島は半農半漁の文化を持ち、目立った観光資源もなく、ハンセン病患者の隔離施設があったという悲しい歴史を持つ島。さらに、温暖な気候であるため、遺伝子組み換え作物の大掛かりな実験圃場(ほじょう)が、外国資本でつくられている複雑な状況の場所でもあります。天平さんは、さびれた教会の調律もほとんどしていないようなピアノで、魂が震えるような演奏をボランティアでしてくださり、島の皆さんの中には涙を流していた人もいました。環境問題とか、人権問題とか、経済格差とか、とかく複雑でどこから手を付けていいかわからない大きな社会課題がいくつも横たわっていますが、音楽は言葉や人種の壁を超えて、ときに慰め、ときに勇気を与え、そしてみんなを笑顔にしてくれるんだ、としみじみと感じました。本題とは少しズレますが、ぜひ紹介したいエピソードでした。
陸の豊かさ、守ってますよ~
続けて山、つまり陸の話をします。陸の豊かさを守るために、私たちO2Farmでしていることはたくさんあります。まず、農薬をほとんど使いません。合成洗剤も使いません。これらは、海の豊かさを守ることにも直結します。保水力も生物多様性もアップする、適正な間伐や山の手入れもしています。
今年から、冬にも田んぼに水をためておく冬季湛水(たんすい)をしています。そのことで、地下水の涵養(かんよう:少しずつ自然に染み込み養生すること)にもなれば、渡り鳥のえさ場にもなるそうです。これらも海と連動しますね。結局、この目標14と15は切っても切り離せない目標です。
ガーンと思ったことも、もちろんあります
ただ、20年近くもやっていたら、残念なこともありました。田んぼと水路の区画整理です。それまで生物多様性の宝庫だった土の水路がU字溝に変わり、生き物の種類も数も激減しました。私たちは、これからもこの場所で農業を続ける後継者として、計画の見直しをあの手この手で提案していましたが、多勢に無勢でした。土水路だったときは、春先に泥をかき出す作業を毎年していました。コンクリートのU字溝になって、その作業は楽にはなりましたが…。でも、生き物の力は計り知れません。工事が終わって4年が経った今、工事の前とは比べものになりませんが、工事直後よりはずいぶんと生き物の種類も数も回復してきました。
共存する心を育てる
いるのが当たり前という感覚
いるはずがないと思うからなのか、都会では「虫、キライ」と言っている子たちでも、農村に来ると最初こそキャーキャー言いますが、不思議なことに、割とすぐに慣れて観察を始めます。なんなら、捕まえるようになっていきます。私だって別に特に虫が好きな女子ではなかったし、むしろ苦手でした。でも、農村に暮らしていると、虫がいるのが当たり前な訳ですから、耐性ができるというか、そりゃいるよねみたいな気になるわけです。かくいう我が家の子どもたちも、さんざん虫を捕まえたり遊んだりしている割には、虫が好きという訳ではないそうで。でも、付き合い方を知っている、というのは強みだなと思います。
関心を持つ
実は今シーズン、「バイオーム」といういきものコレクションアプリにちょいハマりしていました。見つけた植物や動物や昆虫の写真を撮ると、AI判定して種類を教えてくれるだけでなく、超ローカルデータベースとして蓄積していくことができるのです。作業中に手袋を外さなければならない、というのが唯一の難点なんですが。米づくりに農薬を使わなかったり、微量に抑えたりしている我が家では、生物多様性が今後の大きな「付加価値」あるいは「存在価値」になっていくという想いで、せっせと写真を撮ってはAI判定してもらっていました。なんか、見つけた種類によってはボーナスポイントがもらえたり、レベルアップしたりとゲーム感覚で生き物調査と記録ができるので、めっちゃおすすめです!
ちょっと写真が多過ぎたかもですが、就農するまで見たこともなかった生き物たちがおもしろ過ぎて、ついつい撮っちゃうんですよね。眺めてあげてください。
私も娘と一緒に1年生に!?
素人だけでは限界があるので、専門家の方にも来ていただいて生き物調査をしたり、「田んぼの学校」という取り組みを通じてアドバイスをいただいてきました。これについては、いつか論文にしたい、という夢を持っていて、この農閑期中に受験をするつもりです。合格したら、来春小学校1年生になる娘と一緒に、1年生になります。合格したら、ですが…。野焼きという陸の豊かさの守り方
阿蘇地方の春の風物詩である「野焼き」。枯草に火をつけて、新芽の芽吹きを促すのが目的です。世界的にみると、「焼き畑農業」という有機物を全部焼き尽くしてしまう、環境に大きな負荷をかける農法と同一視されがちなのですが、野焼きの場合は、地上にある枯れた部分だけを燃やすので、地中の温度は上がらないのだそう。そのおかげで、植物の根っこや虫の卵や幼虫も熱の影響を受けることはなく、むしろ枯れた有機物を燃やすことで生物多様性を豊かにしているのです。これは、先人の知恵としかいいようがないですね。
草原を残していくために
バリバリと音を立てて枯れススキが燃えていくのは迫力満点!危険を伴う作業ではあるので、農村の高齢化や人口減少で、「阿蘇にしかない独特の生態系」を守れるレベルの草原を、今後も維持していけるかどうかは、今のところ何とも言えません。公益財団法人 阿蘇グリーンストックが、野焼きボランティアを募集して草原の減少に歯止めをかけています。美しい草原を残していくためにも、一住民として努力していきたいと思います。ネイチャーポジティブ
陸の豊かさについては、農業と共に暮らしを営むことが自然を豊かにしているという「ネイチャーポジティブ」といわれる概念にのっとって取り組めている、という自負があります。多少、自己満足的な面もあるのかもしれないですが、それでも「環境を壊していない」という自負を持って、日々を生きていけることの幸せは大きいです。もちろん完璧なわけではなく、やるべきことややれることはまだまだある訳ですが、どの目標についても「やり切った」ということはありえません。農業者という立場だからできる、海や陸の豊かさを守る意識や取り組みをする人がどんどん増えてくれたらうれしいです。この辺は、連載の最後となる次回につなげたいと思います。
大津愛梨さんのコラムアーカイブはこちら
【毎月更新!】農業なくして持続可能な社会なし家族経営農家の生活を写真と共に紹介♪「ハッピーファミリーファーマーズ日記」
大津 愛梨(おおつ えり)プロフィール
1974年ドイツ生まれ東京育ち。慶応大学環境情報学部卒業後、熊本出身の夫と結婚し、共にミュンヘン工科大学で修士号取得。2003年より夫の郷里である南阿蘇で農業後継者として就農し、有機肥料を使った無農薬・減農薬の米を栽培し、全国の一般家庭に産直販売している。
女性農家を中心としたNPO法人田舎のヒロインズ理事長を務めるほか、里山エナジー株式会社の代表取締役社長、一般社団法人GIAHSライフ阿蘇の理事長などを兼任。日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」やオーライニッポン「ライフスタイル賞」のほか、2017年には国連の機関(FAO)から「模範農業者賞」を受賞した。農業、農村の価値や魅力について発信を続けている4児の母。
ブログ「o2farm’s blog」