本記事ではこの暑さ対策の一つとして、施設栽培におけるミスト(細霧冷房)の導入事例や効果的な使い方について、新規就農者など栽培初心者の方にもわかりやすく説明します。
作物や人間にとって夏場のハウスは危険スポット!?
ハウスなど施設栽培は、季節による寒暖の差を無くし、悪天候からも作物を守るため周年栽培を可能にしています。しかし、温度や湿度など作物によって適切な環境制御を行わなければ、露地で栽培するよりもかえって生育が悪くなったり、病害虫などの被害が増大したりすることもあります。特に夏場のハウス内の温度上昇は、農作業を行う私たち人間にも危険が及びます。作物:高温障害・発芽、活着率の低下
作物には生育に適した温度(生育適温)があります。生育適温より5~10℃高い温度、または極端な高温になると、作物には萎(しお)れや葉焼け、着果不良などの被害が出て収量も低下してしまいます。高温障害の症状
- 萎れ
- 葉焼け
- 着果不良
- 奇形果
- 果実の変色
- 裂果
- 結球異常
- チップバーンなど
▼高温障害についてはこちらをご覧ください。
発芽、活着率の低下
高温により、発芽が阻害されるほか、定植後の根の活着も難しくなります。根が生えても、根腐れを起こし初期生育不良となる可能性があります。
人:熱中症
農作業中の熱中症による死亡者数は、毎年20人前後で推移しており、時期は7〜8月にかけて多発しています。ハウスなど施設栽培においては、例年5〜6月の日中長時間締め切った状態で作業している際に、熱中症による死亡事故が発生しています。
出典:「農作業中の熱中症対策について」(農林水産省)
▼熱中症予防についてはこちらもご覧ください。
ハウスの温度を下げる基本的な対策
ハウスなど閉鎖された施設栽培では、高温環境を乗り切るためにどのような管理や対策を行えばいいのでしょうか。ハウスの温度を下げる3つの方法
ハウスの温度を下げるには冷房、換気、遮光の3つの方法があります。▼ハウスの温度管理についてはこちらもご覧ください。
1. 冷房
装置を使って人工的にハウスの温度を下げる方法です。2. 換気
天窓・谷換気や、側窓のサイド換気、換気扇(換気ファン)を回すなどで暑い空気を外へ逃がし、外気を取り入れて温度を下げる方法です。※谷換気とはハウスの連結部である谷の肩部分を開放する方法。
3. 遮光
ハウスの天井に遮光カーテンや遮光剤を塗布するなどして、太陽の光を和らげることで温度上昇を抑えます。▼遮光についてはこちらもご覧ください。
即効で確実にハウス内の温度を下げる「冷房」
ハウス内の温度が40℃を超える盛夏期は、遮光や換気だけでは温度が下がりにくいというのが現状です。また、遮光し過ぎることで光合成を阻害する可能性もあります。温度を下げる方法の中では、やはり冷房の導入がより即効で確実に温度を下げることが期待できます。この冷房にはどんな種類があるのでしょうか。
ヒートポンプ式エアコン
現在一般的に利用されているハウスの冷房で、家庭用のエアコンと同じ冷房・除湿、暖房運転も可能です。・メリット:省エネ・省CO2
消費電力の3〜6倍の熱エネルギーが利用できることから、省エネ・省CO2に貢献するとして、全国での導入が進んでいます。
・デメリット:コストがかかる
盛夏期のハウス内の温度を下げきることができないため、夏場は夜間と雨天時の冷房・除湿、冬場は暖房(重油式暖房機と併用)として使用されています。
パット・アンド・ファン
換気扇によって強制的に室内の空気を外へ出し、水で濡らしたパット(温室の壁面に設置)を通した冷たい空気が室内に入る冷房の方法です。新設の大規模ハウスや、一部の比較的付加価値の高い育苗・花き鉢物施設などで導入されています。
・メリット:濡れる心配がない
温度が下がる効率が良く、内部に水を噴霧しないため、室内床面や植物体が濡れる心配がありません。
・デメリット:導入コストが高い
大掛かりな装置となるので、設置に高額な費用がかかるほか、大型の換気扇を用いるために運転コストがかかります。
上記2つの冷房の種類のほかに気化熱を利用してハウス内の温度を下げる「ミスト」があります。次の項目では高温対策だけでなく、光合成も高めて作物の収量・品質を向上させる「ミスト」の効果や導入について詳しく紹介していきます。
※気化熱とは水が蒸発する際に周りの熱を奪う性質。
参考:「省エネ設備で施設園芸の収益⼒向上を」(農林水産省)
ハウス栽培におけるミスト導入のすすめ
「細霧冷房(さいむれいぼう)」とも呼ばれる「ミスト」とは、温室内に高圧で細かい霧を発生させ、それが蒸発する気化熱でハウス内の温度を下げる方法です。しかし、以前のミストは水の粒形が大きかったため、水滴がポタポタ落ちたり、ノズルが目詰まりしたりすることが問題となっていました。近年は粒形が細かくなったため、作物に付着しても乾きやすく、服なども濡れない「ドライミスト」が主流となっています。
ハウス栽培におけるミストの効果
水は1L蒸発するために、およそ2,400kJ(約580kcal)の気化熱を必要とします。ミストによって噴霧された水滴は、蒸発する際に周りの熱量を奪うことでハウス内の温度を下げます。噴霧方法によってはハウス内温度を3~7℃も下げる効果が実証されています。光合成の効率もUP!
温度を下げると同時に湿度も上げることから、過度な乾燥を防げるので結果的に作物の蒸散を促します。また、ミストの効果によりハウス内の温度が下がることで、遮光時間を減らすなど工夫ができるため、より多くの光を取り入れることができます。
よって作物の光合成を促進し、作物収量の増加や品質向上が見込めます。
▼光合成についてははこちらもご覧ください。
ミストの効果を実感!ハウス栽培の成功事例
ミストを導入したことで収量・品質が向上するハウス栽培の事例について紹介します。【ハウス栽培:バラ】
・無遮光栽培でも花弁焼け・葉焼けが発生しない
・切り花が高品質化し30~58%増収(品種による)
【ハウス栽培:トマト】
・花房あたりの着花数が多い
・裂果の発生率が低下
・販売可能収量(可販果収量)の増加
・収穫開始が1週間ほど早まり、抑制作型において年内収量が30~50%増加
参考:愛知県農業総合試験場「ミストを使った高温対策技術を開発」
ミストを使用する際の重要な目安「飽差」
植物が生長するためは、根から水分と肥料を多く吸い上げることが重要で、それには蒸散が関わります。そして、その蒸散には「飽差」が影響しているため、ミストを使用する際、作物の収量・品質を効果的に向上させるために重要な目安となります。「飽差コントロール」という考え方
飽差とは空気中に「あとどれくらい水分が入るか」を示す数値です。夏場は温度が高く、空気中に含める水分の量も多くなるため、飽差は大きくなりやすい傾向にあります。
一般的な野菜や花など植物の生長にとって最適な飽差は3〜6g/m3です。これを上回ると植物は危険を感じて気孔を閉じてしまうため蒸散が滞ります。
つまり、ミストを使用してハウス内飽差を3〜6g/m3に保つ(近づける)ことで、より効果的に作物の生育を促進することができるのです。
▼ハウスの湿度管理や飽差についてはこちらをご覧ください。
ミスト設置のコスト
実際にミストを設置する場合の導入費用とコストの例について紹介します。ミスト導入費用
種類 | 10aあたりの導入費用(配管、施工費含む) |
高圧細霧装置(福栄産業(株)) | 約180万円 |
飽差制御盤付き高圧細霧装置(イノチオアグリ(株)※旧イシグロ農材) | 約250~300万円 |
出典:神奈川県 神奈川スマート農業普及委員会「施設栽培の収量や品質を向上させたい方へ」
農業技術通信社 農業ビジネス「ミスト設備と炭酸ガス濃度制御で施設内の光合成環境を管理する」
農研機構「細霧ノズル付循環扇を用いた中山間地域向け簡易細霧冷房システムの利用法」
消費コスト
水道代(地下水の場合は給水ポンプの電気代)および高圧ポンプの電気代だけです(場合によっては制御盤等管理システムの電気代もかかる)。「ヒートポンプ式エアコン」を日中に使用する電気代と比べると、かなり低コストに抑えることができます。
出典:岐阜県農業技術センター研究報告「夏期切バラ栽培におけるドライミストと根圏冷却栽培システムの降温効果」
ミスト使用の注意点
ミストを使用する際の注意点について紹介します。ノズルの設置位置
草丈が高くなるトマトなどは、粒形が細かいミストでもノズル近くに作物の芽先が到達してしまうことで、植物体が濡れて病気が発生することがあります。ノズルの設置位置には十分注意しましょう。▼病気のことならこちらもご覧ください。
飽差が管理できる装置の設置
ミストは温度を下げると同時に、加湿目的でも使用することができます。特に春先や秋は気温や天候の変動が激しいため、ミスト使用の際には環境制御に注意が必要です。飽差制御盤や湿度計など飽差が管理できる装置を設置して、ハウス内湿度と飽差を確認しながら噴霧時間・回数などを調節しましょう。飽差制御盤
飽差制御盤(飽差コントローラー)をミストと連動して設置することで、センサーによってハウス内の飽差を感知し、自動的にミストをコントロールして最適な飽差に保ちます。
温湿度計
温湿度計があれば上の飽差表から確認することができます。