近年では農林水産省の委託研究プロジェクトにおいて、全国の大学、研究機関、企業などが参画し、虫の光に対する習性の研究と光を利用した新しい防除法の開発が進められました。その結果、新しいアイデアでさまざまな防除法が生まれ、実用化が進んでいます。
参考:農研機構「光を利用した害虫防除のための手引き」
なぜ再び光防除が求められているのか?
近年のIPM拡充、減農薬の流れ、消費者の安心感のニーズなどから、農業生産においては農薬だけに頼らない、バランスの良い防除体系がより求められるようになりました。光を利用した防除は環境に非常にクリーンな手法とされ、今後のIPM物理防除の重要なカギであると考えられます。※IPM(Integrated Pest Management)とは、総合的に病害虫や雑草管理を行うことです。
光防除が注目される背景
過去には農薬による化学的防除の盛隆とともに光防除策が減っていった時代もありましたが、近年では再び光防除が関心を集めています。害虫防除に光が注目される理由としては、主に以下が挙げられます。農作物の安全に対する意識
近年、食に対する安全性や安心感が重要視されており、減農薬野菜や有機野菜の需要は年々増加しています。光を利用したクリーンな技術は、そのようなニーズに合致する有効な方法の一つと考えられます。▼農作物の安全・GAP(農業生産工程管理)のことならこちらをご覧ください。
薬剤抵抗性による問題
化学的防除における薬剤使用において、薬剤抵抗性の発達は重大な問題で、古くから代替策が求められています。光防除では抵抗性の発達などの問題はなく、組み合わせて実施することで大きな効果が期待されます。▼薬剤抵抗性のことならこちらをご覧ください。
労働のコストによる問題
例えば農薬散布やいくつかの耕種的防除などには、ある程度の労働が伴うため、人手不足の農業現場では実施するのが大変です。一方で光防除では、スイッチやタイマーなどでON/OFFを管理することができるので、労働コストはとても低い方法です。研究、防除資材の発達
近年では昆虫類の光に対する反応などの研究が進み、さまざまな発見から光防除への応用とその実用化が進みました。また従来の電球などよりも発光効率の高いLEDの開発・生産・低コスト化が進み、光防除の効率化の可能性が広がりました。害虫類の光に対する反応を利用した防除
例えば道の街灯に蛾などの虫が集まっているのを見かけたことがあると思います。虫は光に対して敏感で光の種類、虫の種類によってさまざまな反応を示します。それは害虫にも当てはまり、これまでの研究で害虫の光に対するさまざまな行動が確認されています。ここではこれまで調査されている害虫類の光に対する反応と、それらを応用した害虫防除製品を紹介します。参考:独立行政法人 農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域 昆虫相互作用研究ユニット 霜田政美 氏(2014)
「 昆虫の光に対する反応と害虫防除への利用, 植物防疫 第68巻 第10号 p. 15–19.」
誘引
光源に向かって近づいていく害虫の行動のことで「走光性」または「光走性」とも呼ばれます。昆虫は人間よりも短い波長の光を感じることができるので、誘引力は紫外線領域の光が含まれるブラックライトなどが高いといわれています。誘引を利用した光防除
【夜間の人工光照射】光で誘引した害虫を電撃で駆除します。
【昼間の太陽光反射】
色で誘引した害虫を粘着質で捕らえます。
▼コナジラミ類やアブラムシ類、ハモグリバエ類、アザミウマ類のことならこちらをご覧ください。
忌避
光源を避けるように遠ざかる行動のことで「負の走光性」ともいわれます。害虫が嫌いな色や光をあてることで、施設や作物などから遠ざけることができます。この忌避行動に働く効果的な波長や強度は昆虫の種類によって異なると考えられています。忌避を利用した光防除
【色付きのネット】特にアザミウマ(スリップス)類などの害虫を忌避させる赤色で作物をカバーします。
明順応
夜行性の蛾類(がるい)などでは、夜間の暗闇の中で飛翔や産卵などの行動ができるように眼の状態を変化させます(暗順応)。夜間活動している蛾類に光を当てると眼が昼間の状態に変化し(明順応)、それによって昼間と勘違いした個体の飛翔や産卵などの行動が抑えられます。明順応を利用した光防除
【夜間の黄色光照射】夜間の人工黄色光により明順応を促します。
日周リズム
昆虫類の多くは、昼と夜の明暗サイクルを手掛かりとしてさまざまな行動を行う時間帯が決まっています(生物時計)。夜の暗闇の時間帯に光が照射されると生物時計のリズムがリセットされて飛翔や求愛などの行動のタイミングがずれてしまいます。日周リズムを利用した光防除
【夜間の青色光照射】青色LEDによる青色光を夜間に照射することで、害虫の生物時計とそれによる行動の周期を狂わせ、交尾や産卵などの行動を阻害します。現在コナガやハマキガなどの害虫を対象とした研究が進んでおり、今後の照明装置の開発が期待されています。
参考:
・国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 果樹茶業研究部門 佐藤安志 氏(2018)
「青色光を用いたチャノコカクモンハマキの防除技術, 植物防疫 第72巻 第3号」
・地方独立行政法人北海道立総合研究機構中央農業試験場 齊藤美樹 氏(2020)
「暗期 LED 照射によるコナガ(チョウ目:コナガ科)雄成虫の活動抑制, 日本応用動物昆虫学会誌(応動昆)第64巻 第3号 p.138–143」
▼コナガのことならこちらをご覧ください。
傷害
紫外線や青色の光は強いエネルギーをもっており、直接当てることでたんぱく質やDNAなどを傷つけて昆虫の生存・発達に悪影響を与えます。傷害を利用した光防除
【紫外線照射】中波長の紫外線(UVB)を照射して害虫を駆除します。特に園芸作物におけるハダニ類の防除などに応用されています。
※紫外線(UVB)は国の研究機関の防除マニュアルで推奨されているものです。
「紫外線(UVB)を人工的に照射する専用の電球型の蛍光灯」
UV-B電球形蛍光灯+反射傘:6セット入(1キット)
SPWFD24UB2PA・SPWFD24UB2PB
参考:パナソニック ライティングデバイス株式会社 UV-B電球形蛍光灯セット
▼ハダニ類のことならこちらをご覧ください。
▼紫外線(UVB)によるハダニ防除のことならこちらをご覧ください。
視覚遮断
昆虫類の可視光をカットすると周辺などを識別することができなくなります。視覚遮断を利用した光防除
【太陽光中の紫外線をカットする】害虫の可視域である近紫外線をカットすることで、視覚を遮断しハウス内への侵入を抑制します。
光背反応
飛翔する昆虫は、空から降り注ぐ太陽光を背中に受けることで体の姿勢を保っているといわれています。地面に光を反射するシートなどを敷くと、地面からの反射光を受け姿勢が保てなくなってうまく飛ぶことができなくなります。光背反応を利用した光防除
【太陽光紫外線を反射させる】地表に光反射率の高いマルチシートを敷くことで、反射光を照射することができます。
光周性
昆虫類の多くは季節を知り、その変化に対応するために自然環境からさまざまな情報を得ます。中でも昼と夜の長さの変動(日長の変化)はとても重要な情報で、昆虫類はこれをキャッチして生理的・行動的に変化し、季節変化に対応すること(光周性)が知られています。例えば、気温が下がる冬に近づくにつれて日の出ている時間が短くなりますが(短日条件)、いくつかの昆虫ではこれを受けて休眠が誘導されます。一方、温かい季節になるにつれて日の出ている時間は長くなり(長日条件)、これを受けて生殖腺が発達して産卵行動が促されることなどが知られています。
光周性を利用した光防除
害虫を含めた昆虫類の生存に重要な役割を持つ光周性ですが、現在までこの性質を利用した防除は開発されていません。害虫の生理・行動に大きく影響する反応なので今後の防除法の開発が期待されます。IPM物理的防除における「光」に再注目!
光防除は、その効果と環境へのクリーンさから今後の農業生産において重要な役割を果たすと考えられています。これは近年の農作物に対する安全性への意識やGAP(農業生産工程管理)の取り組みにもつながり、持続可能な農業生産の一助になると考えられ、食料供給や環境保持の観点においてもSDGs(持続可能な開発目標)への貢献が期待されます。しかしながら一方で、光防除は化学農薬などと比べて防除実施による効果が判断しにくく、汎用的な技術にまでに至っていないなど、その一般化や十分な普及にはまだまだ道半ばな現状です。今後はさらなる開発・研究が進み、IPM物理的防除の大きな主力の一つとなることが期待されています。