ここでは新たなIPMの可能性として、近年注目を集めている「紫外線」を用いたハダニ防除について紹介します。
※植食性とは、植物を食べて生きる昆虫などの食物に関する性質のことです。
※IPM(Integrated Pest Management)とは、総合的に病害虫や雑草管理を行うことです。
ハダニ類の特徴と作物への被害状況
まずはハダニ類の生態とその被害の特徴を紹介します。農作物に被害を与えるハダニ類
ハダニが重要害虫である理由の一つには、その増殖スピードが挙げられます。主なハダニ類の種類
ナミハダニ、カンザワハダニ、ミカンハダニ、リンゴハダニなどハダニ類が好む環境
高温で乾燥した環境を好むため、雨の少ない年に発生しやすくなります。特に乾燥して密閉された夏季の施設栽培では、大発生する可能性があります。発生する時期
3~10月に発生し、特に梅雨明けから9月ごろに繁殖が盛んになります。7~8月の盛夏期は高温(28℃以上)により増殖量がやや低下しますが、暑さのピークを越えた夏の終わり~秋の始めごろに増殖のピークを迎えることも知られています。また、冬でも暖かい施設栽培などでは年中発生します。
増殖スピード
ハダニ類は増殖スピードが速く、25℃で雌成虫は一日に数個~10個ほどの卵を産卵します。未交尾雌でも卵を産むことができるので、未受精卵からは雄個体、受精卵からは雌個体が生まれます。また、雌成虫は自分が生んだ雄と交尾して受精卵を生み、個体を増やすことができるため、雌成虫一匹でコロニーを作ることが可能です。
ハダニ類による被害状況
さまざまな作物を食害する広食性のハダニは多くの農作物に被害をもたらします。作物
ハダニ類の被害はナス科やウリ科、イチゴなどの農作物で大きな問題となっています。被害状況
ハダニ類は主に葉裏に生息し、葉に口針を刺して吸汁します。その痕(あと)が黄白色や褐色の斑点として残り、増殖すると葉が枯れて植物の生育を抑制します。被害は下葉から上の葉に向かって拡大し、クモのような糸を出して葉や花を覆うことがあります。
▼ハダニ類のことならこちらをご覧ください。
従来のハダニ防除対策と難防除の理由
ハダニ類の防除対策で、従来よく用いられている方法について説明します。化学的防除
ハダニに対する殺虫剤は古くからさまざまな作用機構をもつものが開発・利用されています。即効性のある剤も多く、最も手っ取り早く防除効果を得られる方法の一つです。▼殺虫剤や微生物農薬のことならこちらをご覧ください。
生物的防除
ハダニ類を捕食するチリカブリダニやミヤコカブリダニなどの天敵昆虫を放飼し、捕食させて防除する方法です。発生初期に用いることで効果が出やすく、逆にハダニが増殖して高密度になってからだと効果が得られない場合があります。▼天敵昆虫のことならこちらをご覧ください。
耕種的防除
農薬を使わずに圃場の管理で行う防除方法です。圃場周辺の環境整備
ハダニ類は広食性で雑草などを含め、さまざまな植物に寄生します。圃場周辺の雑草や樹木類からハダニが発生し作物に寄生する場合も多いため、周辺の雑草管理を適切に行います。▼除草剤のことならこちらをご覧ください。
圃場内の残渣(ざんさ)を捨てる
枯れた植物や落ち葉などに潜んでいるハダニ類が作物に寄生する可能性があります。前作の残渣などは適切に処分し、清潔な環境を保ちましょう。※残渣とは、圃場などに残った生育(栽培)を終え枯れた植物体。
物理的防除
機械や器具などを利用して害虫の生存に不適切な環境を作り出して防除する方法です。ハダニ類は体サイズが小さいため、ほかの害虫類の物理的防除でよく用いられる防虫ネットなどは利用できず、機器などによる環境条件のコントロールなどが挙げられます。湿度を保つ
ハダニは乾燥条件を好むので、ひとたび湿度が下がると一気に増殖してしまいます。施設栽培では、ある程度湿度を保つことが防除につながります。▼ハウス栽培での湿度管理のことならこちらをご覧ください。
防除しきれない?ハダニが難防除の理由
ハダニ類は薬剤抵抗性の発達が顕著な害虫ですが、この理由としても増殖サイクルの速さが挙げられます。薬剤抵抗性の発達
薬剤抵抗性は「作用性」が同じ薬剤を連用することで、抵抗性をもつ害虫だけが生き残り、それらが増えることで集団全体における薬剤抵抗性が発達してしまいます。増殖スピード、世代のサイクルが速いハダニは、生き残った抵抗性個体が増えるのも速いため、抵抗性の顕著な発達につながります。これを防ぐために薬剤のローテーション散布が推奨されています。
▼薬剤抵抗性やローテーション散布のことならこちらをご覧ください。
リサージェンス
リサージェンス(誘導多発性)とは、害虫を減らすために農薬を散布したにもかかわらず、それによって逆に害虫の数が増えることをいいます。その原因としては天敵や競争種の昆虫の減少、農薬による直接的な刺激、植物を介した間接的な刺激および薬剤抵抗性の発達など、さまざまなケースが考えられます。ハダニ類では特に残効性が長いピレスロイド剤などの農薬散布によって天敵類が死滅してしまい、結果的にハダニが異常増殖してしまう場合があります。紫外線を用いた新たなハダニ駆除・防除
近年ハダニに効果的な物理的防除の一つとして「紫外線」を用いた防除が注目され、新たに実用化が進んでいます。紫外線の殺ダニ効果
そもそも紫外線に殺ダニ効果があることが発表され、注目を集めたのは約10年前のことです。屋外の自然環境では、常に上から降り注がれる太陽光に紫外線が含まれているため、当初はそのような効果が信じられにくい部分もありました。以下、紫外線の効果を実証した研究成果を紹介します。紫外線とは
紫外線とは、400nmより短い波長の光のことでヒトの目には見えない波長です。地上に降り注ぐ紫外線の中では、280~315nmの中波長の紫外線UVBが最もエネルギーが高いといわれており、日焼けや、ひどい場合だと皮膚がんの原因になることもあります。ハダニのふ化率と紫外線の関係
ナミハダニの卵に、紫外線を当てたとき(太陽光下においたとき)と、当てない(紫外線だけをカットするフィルム)場合を比べたところ、紫外線を当てたときのふ化率が低下することが判明しました。つまり、紫外線には殺ダニ効果があるということが明らかになったのです。また、同じようにハダニ卵を植物の葉表にのせたときと、葉裏においた場合も比べてみましたが、やはり葉裏においたときの方がふ化率が高い結果となりました。ハダニは植物に寄生する際、葉の表ではなく裏面を利用することが知られていますが、その理由の一つは紫外線を避けるためだと考えられるようになりました。
参考:刑部・大塚 (2009)
「 植物ダニと紫外線:ナミハダニはなぜ葉裏にいるのか?, 植物防疫 第63巻 第9号 p.47–50.」
紫外線を用いた新たなハダニ駆除・防除
紫外線の殺ダニ効果を利用した具体的な防除方法を紹介します。紫外線(UVB)ランプ
ハウス内の天井部分に紫外線ランプを設置基本的にハウス内の天井部分に設置され、上から紫外線(UVB)ランプを照射します。ハダニ防除に必要な照射量が明らかとなっており、株とランプ間の距離などを調整することで照射量を最適化します。
【UV-B電球形蛍光灯】
国の研究機関の防除マニュアルで推奨されている紫外線(UVB)を人工的に照射する専用の電球型の蛍光灯
UV-B電球形蛍光灯+反射傘:6セット入(1キット)
SPWFD24UB2PA・SPWFD24UB2PB
参考:パナソニック ライティングデバイス株式会社 UV-B電球形蛍光灯セット
紫外線高反射率シート
露地・施設栽培の地表部に紫外線の反射率が高いシートハダニは主に葉裏にいるため、上部から紫外線(UVB)を照射しても葉裏に届かない可能性があります。そこで利用されているのが、タイベックと呼ばれる防水・遮熱など、さまざまな用途に用いられるシートです。このシートは、紫外線(UVB)領域の光の反射率が高いという特徴があり、地表部に敷くことで反射光により葉裏にいるハダニにも紫外線(UVB)を照射することが可能となります。
基本的には施設栽培において、紫外線(UVB)ランプの光を反射させて用いられますが、太陽光に含まれる紫外光で防除効果が認められているので、露地栽培での応用可能性も考えられます。
天敵「カブリダニ」との組み合わせ
紫外線が当たらずハダニが生き残っている場所の駆除に、ハダニの天敵カブリダニを組み合わせる防除技術として試みられています。参考
・増井他(2014)
「温室メロンにおけるUV-B照射によるハダニ防除の効果と実用化のための課題, 植物防疫 第68巻 第9号 p. 33–37.」
・田中他(2017)
「 UVBランプと光反射シートによるハダニ物理的防除(UV法)について, 植物防疫 第71巻 第4号 p. 17–22.」
・刑部 (2019)
「紫外線照射技術を基幹としたイチゴ病害虫防除体系構築 UV-B照射によるハダニ類の防除メカニズムと環境要因, 植物防疫 第73巻 第11号 別刷」
紫外線(UVB)ランプ・反射シート・カブリダニの組み合わせ
実際の農業現場における試験では、紫外線(UVB)ランプ・反射シート・カブリダニの組み合わせを用いることで、殺ダニ剤を散布することなく収穫可能であった例も確認されています。化学農薬によるリサージェンスや抵抗性発達などのリスクがない新たな防除法です。※カブリダニは紫外線などの有害な光を速やかに避けて安全な場所に避難する性質があります。
参考:農研機構「紫外光照射を基幹とした イチゴの病害虫防除マニュアル」