令和3年5月12日に策定された「みどりの食料システム戦略」が目標とする、有機農業の取り組み面積の割合25%(100万ha)へ拡大について、農業界からは「実現できるの?」などのさまざまな声があがっています。実現可能性の提言などは、生産者や専門家にお任せし、私はそもそも戦略で示されている「有機」が消費者と生産者でどのように異なるのかを考えます。いつもどおり(?)「おしゃれ」は無視して、オランダ有機農業の状況と、オランダの市民農園での経験を照らし合わせて本気で考えます。
本物の有機と偽物の有機?
オランダの市民農園では、有機農業や有機農作物について以下のように語られていました。あくまでも市民農園の人たちが、「本物」と「偽物」と定義をしていたに過ぎず、私は真偽などなくどちらもありだと思います。彼らのいう「本物の有機農作物」とは、在来種の種つぎ&種の交換、基本的には管理もあまりしない自然栽培で、有機(オーガニック)認証を取得していない農作物のことを示していました。
一方、彼らの考える「偽物の有機農作物」とは、ほ場面積も大規模で、機械も使って効率的に栽培されている有機農作物だそうです。有機認証を保有していると「偽物」だと彼らが語る根拠は、有機認証には使用が認められている農薬もあり、有機栽培に適した品種が使用されているからだそうです…。認証にのっとって資材を活用しているために、スーパーマーケットなどでもあまり高くない価格で簡単に手に入るのですが。また、他国からの輸入品や、オランダから他国への輸出も盛んです。
みどりの食料システム戦略が示す「有機」とは
みどりの食料システム戦略がイメージしている有機農業とは、どのようなものなのでしょうか。具体的な取り組みの中に、スマート農業やスマート育種との組み合わせで、有機農業であっても大規模経営ができる栽培体系を考えよう、反収を上げていこう、販路を国外にも確保していこうという文言が見られることから、後者(オランダの市民農園の人たちのいう「有機認証を保有、大規模経営、スーパーマーケットや他国への輸出もする」“偽物”の有機)のようにも読み取れます。大企業の有機農業への参入も増加するかもしれません。懸念点があるとすれば、日本の消費者がイメージしている有機農業は、前者(オランダの市民農園の人たちのいう「在来種の種つぎ&種の交換、基本的には管理もあまりしない⾃然栽培で、有機(オーガニック)認証を取得していない」“本物”の有機)に近いというか後者ではないように思います。種の交換や自然栽培はともかく、“農家さん”から直接購入するとか、手作業で大切に育てていますよ、とかそんなイメージを有機やオーガニックに持っている人も多そうです。
有機農業の中で真偽を語るのではなく、この消費者と農業関係者が持つイメージの乖離(かいり)を早い段階で是正することは大切だと思います。そうでないと、有機農業の中においても善し悪しが語られてしまい、ますます複雑で不毛な議論が生まれてしまいそうです。
環境負荷の低減は有機農業だけが正解?
もし、この戦略の大きな目的が、環境への負荷を低減することなのであれば、必ずしも有機農業のほ場面積を増やす方法だけではなく、慣行農業、有機農業にかかわらず農薬散布や肥料の最適な散布や施用の取り組みや、有機資材の適切な活用などをもっと前面に出した方がいい気がしますが、インパクトに欠けるのでしょうか。それも「オーガニック」や「有機」が持つ言葉の強さかもしれません。有機農家が二極化した場合のポジショニングは?
最後に、「日本もヨーロッパのような農業に」や「オランダ式農業を目指せ」という話を耳にするので、オランダの有機農業の状況についてまとめます。2020年の時点で、オランダの全農地に占める有機ほ場面積(認証を受けたもののみ、つまりオランダの市民農園の人たちが言う”偽物”の有機)の割合は4.0%です。そして、そのうち約70%が牧草地です。全有機ほ場面積のうちの17%を占め、種イモやタマネギの栽培・輸出が盛んなフレボランド州ですが、同州においても有機ほ場は牧草地と飼料用作物が大半を占めています。露地野菜、畑作作物などの有機ほ場面積は少しずつ増加しているものの、同年の全農地に占める割合は5%でした。
ただ、オランダが環境に配慮していないかといえばそうではありません。LCA(ライフサイクルアセスメント:一つのパーツではなく、全体のエネルギー収支を評価してサステナブルかどうかを評価する手法)という考え方を使って、広い視野で環境への負荷低減に努めています。
また、2020年のオランダの有機農家の平均ほ場面積は約35ha(出典:Statista 2021)です。これは平均値であり分布ではありません。私が見聞きしたオランダの有機農業は、基本的には50ha以上はあり大きな流通にのせる大規模農家と地域の消費者に販売する小規模農家の二極化構図です。小規模農家は、宅配便などが信用できないので、遠方へ野菜を宅配する手段は考えにくく、そうなると取りに来られる範囲の顧客に限られます。結果的に地域に根ざしていることが多いです。以前、CSAのように会員制で野菜セットを販売する3haの小規模有機農家(つっこんでください)が、「この面積で営農する人がおらず、3haに適切な機械を要する人がいないので、中古でいいものが手に入る」と言っていたことからもわかります。
ただ、日本の有機農業おいては、同様の構図ではないような気がします。宅配便を使って遠方に有機農作物を宅配することも一般的です。仮にみどりの食料システム戦略により日本で大規模有機農家が増えるとしたら、現在の「中規模」でしっかり営農している人たちはどのポジションになるのだろうか、という点も気になるところです。
出典:Growth in organic livestock farming|CBS(オランダ中央統計局)
Gestage groei biologische land- en tuinbouw|Wageningen University
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紀平真理子(きひらまりこ)プロフィール
1985年生まれ。大学ではスペイン・ラテンアメリカ哲学を専攻し、卒業後はコンタクトレンズメーカーにて国内、海外営業に携わる。2011年にオランダ アムステルダムに移住したことをきっかけに、農業界に足を踏み入れる。2013年より雑誌『農業経営者』、ジャガイモ専門誌『ポテカル』にて執筆を開始。『AGRI FACT』編集。取材活動と並行してオランダの大学院にて農村開発(農村部におけるコミュニケーション・イノベーション)を専攻し、修士号取得。2016年に帰国したのち、静岡県浜松市を拠点にmaru communicateを立ち上げ、農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートなどを行う。食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫 農業経営アドバイザー試験合格。著書『FOOD&BABY世界の赤ちゃんとたべもの』
趣味は大相撲観戦と音楽。行ってみたい国はアルゼンチン、ブータン、ルワンダ、南アフリカ。
ウェブサイト:maru communicate