先月、みどりの食料システム戦略が策定され、農業界で大きな議論となっています。この戦略では、農業に関連する項目においては、2050年までに目指す姿として「農林水産業の二酸化炭素ゼロエミッション化の実現」「化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減」「化学肥料の使用量を30%低減」「耕地面積に占める有機農業の取組面積を25%、100万haに拡大」「2030年までに持続可能性に配慮した輸入原材料調達の実現」などの目標が掲げられています。
参考:農林水産省「みどりの食料システム戦略」
このなかでも、農業関係者の度肝を抜いたのは「有機農業の取組面積を25%、100万haに拡大」という目標です。実現可能性の提言などは、生産者や専門家にお任せして、私はそもそも「有機やオーガニックって何?」や、「生産者と消費者がイメージしている有機やオーガニックに乖離(かいり)はない?」という視点から、2回にわたって意見を述べたいと思います。
オーガニックという言葉が放つイメージ
最近ハマっているドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』を食い入るように見ていると、あるフレーズがひときわ大きく聞こえました。「オーガニックなホスト」
これは、「自然にしていてもモテてしまう人」を形容するためのフレーズとして使用されていましたが、私が感じている「オーガニック」の意味とズレている気がしました。そこで、「オーガニック」や「有機」という言葉が放つイメージはどのようなものなのかを考えてみます。
有機農業の「有機」って何?
まずは、「有機」についてです。有機農業とは、有機物を入れる農法とか、化学肥料や化学農薬を使わない農法といわれていますし、広辞苑 第七版にはそのように説明されています。2006年に制定された有機農業推進法でも、「有機農業とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう」と定義されています。もともと「有機」はこの定義で使われていたのでしょうか。1960年代後半から70年代にかけて起こった有機農業運動は、当時はまだ使用されていた急性毒性をもつ化学農薬などを懸念した消費者と農業者がグループをつくり始まったものです。特徴としては、農産物の売り買いのみではなく、信頼を土台にした相互扶助を目的として、生産者と消費者の有機的関係である「提携」が軸にありました。また、土地や作物と人間の関係における物質循環の原理に立脚しつつ、生産力を維持する農業へ一丸となって志向していくものでした。
このことからも、個人的には、「有機」とは、岩波国語辞典の「多くの部分が緊密な連関をもちつつ統一された全体」や、広辞苑の「有機的」の説明として挙げられている「有機体のように多くの部分が集まって1個のものをつくり、その各部分の間に緊密な統一感があって、部分と全体とが必然的な関係を有しているさま」の方がしっくりきます。
現在でも、有機農業に取り組んでいる人は、「有機資材を使って栽培をしたい!」というよりも、いろいろな人との有機的なつながりを求めているように見えます。また、栽培においても、部分と全体を観察しながらつながりの中で農産物を作りたいのではないかと勝手に思っています。
オランダ語のbiologisch(よくbioと表現されます)や英語のbiologicalも、「生物の」や「生命に関する」という意味なので、こちらも農法や資材を示しているというよりも、「生物と共存する」や「生物を活用する」といったイメージでしょうか。
「オーガニック」のもとの意味は自然派でも健康にいいでもない
オーガニックという言葉も、もともとは「有機体の、生物から生じた、炭素を含む、根本的な、相互連関的な」という意味を持つそうです。(Cambridge Dictionary、ジーニアス英和辞典)脱炭素を目指すために「炭素を含む」という意味を持つオーガニック…というツッコミは野暮(やぼ)なのでやめておきます。その言葉から派生して、今ではオーガニックは「ナチュラル、自然派、身体にいい」などのイメージを持たれていますし、その言葉が使われる対象は衣食住に及びます。オーガニックライフなんて言葉は、まさにそれです。冒頭の「オーガニックなホスト」はまさしく現代の使用例でしょう。
友人が「オーガニック野菜なのに虫がいたんだよ」と言っていたので、「だから」じゃなくて「なのに」なのかと聞いてしまいました。それくらい、「オーガニック」や「有機」という言葉が持つイメージは、消費者と生産者の間で異なっているように思います。
次回は、みどりの食料システム戦略が指す有機農業とは何かということについて、オランダの市民農園での経験と照らし合わせて考えます。
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毎週水曜日更新おしゃれじゃないサステナブル日記
紀平真理子(きひらまりこ)プロフィール
1985年生まれ。大学ではスペイン・ラテンアメリカ哲学を専攻し、卒業後はコンタクトレンズメーカーにて国内、海外営業に携わる。2011年にオランダ アムステルダムに移住したことをきっかけに、農業界に足を踏み入れる。2013年より雑誌『農業経営者』、ジャガイモ専門誌『ポテカル』にて執筆を開始。『AGRI FACT』編集。取材活動と並行してオランダの大学院にて農村開発(農村部におけるコミュニケーション・イノベーション)を専攻し、修士号取得。2016年に帰国したのち、静岡県浜松市を拠点にmaru communicateを立ち上げ、農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートなどを行う。食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫 農業経営アドバイザー試験合格。著書『FOOD&BABY世界の赤ちゃんとたべもの』
趣味は大相撲観戦と音楽。行ってみたい国はアルゼンチン、ブータン、ルワンダ、南アフリカ。
ウェブサイト:maru communicate