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【農福連携事例】福祉に支えられて規模拡大した笠間農園。農作業を分解し作業単価の明瞭化で進捗管理もスムーズに


複数の就労継続支援事業所に農作業を委託する形態で農福連携を行なっている事例を紹介します。石川県内灘町の株式会社笠間農園は、周年でコマツナやホウレンソウ、そのほかにエダマメ、タマネギ苗なども生産しています。その生産を支えているのが、笠間農園とつきあいがある6つの就労継続支援事業所です。どのように農作業を分解し、単価を決め、依頼をしているのか。農業と福祉の双方が無理なく持続的に関係を続けるための秘訣は?

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紀平 真理子

オランダ大学院にて、開発学(農村部におけるイノベーション・コミュニケーション専攻)修士卒業。農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートやイベントコーディネートなどを行うmaru communicate代表。 食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫農業経営アドバイザー試験合格。 農業専門誌など、他メディアでも執筆中。…続きを読む

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笠間農園農福連携

撮影:紀平真理子
農業と福祉のマッチングにより、それぞれを刺激しあい、相乗効果を生み出すことが期待できる「農福連携」にはさまざまな事例があります。

今回お話を聞いた石川県内灘町の株式会社笠間農園は、コマツナとホウレンソウの栽培を主軸にさまざまな作目を栽培しています。2017年から取締役を務め作業療法士でもある笠間令子さんは、複数の就労継続支援事業所とつきあいながら施設外就労として農作業を委託する形態で農福連携に取り組んでいます。農福連携に取り組んだ経緯、作目や作業工程ごとに委託する場合の注意点や工夫、今後笠間さんが目指すことなどについて話を聞きました。

農福連携について詳しくはこちら

話を聞いた人

笠間令子
撮影:紀平真理子

笠間令子さんプロフィール
株式会社 笠間農園取締役、作業療法士、石川県農福連携促進アドバイザー、農福連携技術支援者(農林水産省認定)
所在地:石川県河北郡内灘町
栽培作目:コマツナ、ホウレンソウ、タマネギ苗(いずれもハウス)、枝豆、ニンジン、ハクサイ、ブロッコリー(いずれも露地)
経営面積:ハウス58棟(1.7ha)、露地(5ha)
従業員数:15名(パート従業員含)+笠間夫妻と父親
販売:ほぼ地元の市場

農福連携をはじめた経緯

笠間農園
撮影:紀平真理子
笠間農園が農福連携をはじめたきっかけは、2017年に金沢市にある農業を専門にした就労継続支援B型事業所から声がかかったことです。笠間さんは、作業療法士だということもありすぐに「やらせてほしい」と夫の勝弘さんに打診したそうです。
笠間農園は細かく手がかかり、スピードを要する作業が多いです。障がいについての理解や障がいの度合いが違うなどの基本的な知識もまったく持っていなかったこともあり、「障がいを持った人はどんな仕事ができるのかな」と心配しました。
笠間勝弘さん
笠間勝弘さん

このような経緯ではじめたこともあり、現在でも「福祉に助けてもらうことで笠間農園の作業がスムーズにいき、農業経営がよくなるためには農園側がどう動けばいいのか」という視点も忘れずに工夫し続けています。

福祉に委託している作業|仕事を分解して時給をベースに単価を決める

農福連携コマツナ
撮影:紀平真理子
笠間農園は、年間を通して工程を細かく分解した農作業の一部を複数の就労継続支援事業所に委託しています。基本は9:30〜11:30で、作業内容や状況に応じて作業時間も相談しながら作業を依頼しています。事業所は基本的には、障がい者最大7人とスタッフ1人のチームで農作業を受託しますが、農繁期には2チームに来てもらうこともあります。
作業委託(例)事業所1事業所2事業所3事業所4事業所5事業所6
コマツナの収穫周年(週3回)周年(週2回)
エダマメの選別夏季のみ夏季のみ夏季のみ夏季のみ夏季のみ夏季のみ
タマネギ苗の結束秋のみ
草むしり必要時必要時必要時必要時必要時必要時
水稲の苗箱並べ春季

コマツナの収穫|出来高制でケースごとに単価を決める

コマツナの収穫作業を2つの就労継続支援事業所に周年で委託しています。作業の単価は、時給ではなく笠間農園の従業員が1時間でできる作業量をもとに出来高制で作業単価を決めています。そうすることで、福祉事業所にその日に完了してもらいたい作業量とその価格を明瞭に伝えることができます。この仕組みによって委託した作業をしっかりと遂行してもらえることがありがたいと笠間さんは話します。
笠間令子さん
笠間令子さん
うちの従業員は、1時間に6〜7ケースを収穫します。パート従業員の時給から換算して、6ケース収穫すると1ケースは140円という計算です。また、事業所には1日に20ケース以上は収穫してほしいとお願いしています。

エダマメの選別作業|福祉事業所のために機械を導入

エダマメの選別は、夏季の2カ月間のみの作業です。笠間農園は20年以上コマツナ専業農家でしたが、市場価格の下落などもあり新たな可能性を模索しようと6年前からエダマメの栽培も始めました。作付け面積も出荷量も微増していましたが、勝弘さんの「もう少し増やしたい」との声で令子さんが動きました。

就労継続支援事業所に手伝ってくれるところはないかと声をかけたところ、選別作業をしてもらえる事業所が2つ見つかりました。現在では、規模拡大に伴い6事業所とのつきあいまで広がっています。(上記「作業委託(例)」参照)
出荷量の変化単位2015年度2016年度2017年度2018年度2019年度2020年度2021年度
エダマメ〈市場出荷分のみ〉トン(1.1)(2.2)(2.5)4.16.27.414.0
収穫したエダマメのさやをA品、B品、それ以外に選別するという細かい作業を2018年度より事業所に委託できたことで、出荷量を増やすことができました。(カッコ内の数字は農福連携開始前)

2事業所は笠間農園内で選別し、4事業所は朝に受け取り、それぞれが事業所内で作業したものを夕方に笠間農園に納品する形で連携しています。
笠間令子さん
笠間令子さん
昨年選別機を購入しました。福祉事業所に動画を見せながら機械を入れるかどうか相談したところご快諾いただいたので、「よし!買うぞ!」って。農業法人が福祉事業所が使う機械を買うことはなかなかありませんが、事業所がプロの視点で選別機の横に立つ位置などの人員配置を工夫してくれたことも相まって同じ時間で1.5倍の量が選別できるようになりました。事業所は出来高制なので報酬が上がりますし、うちは出荷量が増やせるのでwin-winです。

タマネギ苗|福祉の力を借りて規模拡大

家庭菜園用のタマネギ苗も栽培しています。苗を育てて収穫したものを50本ずつ結束し、一度に何百も納品するような細かくスピードを要する作業です。その作業の9割ほどを、就労継続支援事業所に委託しています。福祉の力を借りたことでハウス3棟から始まり、昨年は5棟、今年は8棟分まで増やすことができました。

複数の就労継続支援事業所への施設外就労委託を選択した理由

農福連携事例
撮影:紀平真理子
笠間農園が複数の就労継続支援事業所とつき合いながら、施設外就労を受け入れて作業委託をしている理由は何でしょうか。


農福連携の形
・障がい者の直接雇用
・就労継続支援事業所の施設外就労を受け入れて作業委託
・生産者が就労継続支援事業所を立ち上げるなど


福祉事業所の経営を考えたこともあった

複数の事業所とつきあいを続ける中で、農業からの仕事を受けるか否かは事業所のスタッフの判断になることがわかりました。関係が続かなかった事業所の中に農作業を熱望する障がい者がいたこともあり、笠間さんも自ら就労継続支援事業所を立ち上げ、農業をやりたい障がい者の人たちを支えてあげたいと考えたこともありました。
笠間令子さん
笠間令子さん
福祉は人が中心で、一番大事にしているのはそれぞれの人生です。農業は安全安心な農産物をしっかり作ってきちんと多く提供することが重要です。目的が異なる2つの会社を私と夫で持つことは今は難しいと感じました。

就労支援継続事業所へ作業を委託する形態は、リスクが少ないとも考えられますが、来年は作業に来てくれなくなるリスクもあると笠間さんは話します。以前は福祉事業所が施設外で就労する際には加算がありましたが、施設外就労加算は2021年4月の報酬改定で廃止になりました。事業所にとって外に出て働くことの金銭的なメリットが減ってしまってもなお農作業に来てもらうためには、常にいい、選んでもらえる仕事であり続ける努力をしないといけないと言います。

就労継続支援事業所として農福連携を実践する事例はこちら


複数の就労継続支援事業所に作業委託するときの事例

笠間農園農福連携
撮影:紀平真理子
普段はあまりないそうですが、取材時にはタマネギ苗の間に生えた雑草の除草作業を急ぎで対処する必要があり4事業所が作業をしていました。笠間さんにそれぞれの事業所にどのような作業をお願いし、どのように価格を決めているのか聞きました。

雑草の密度に応じて畝ごとに除草作業の単価を決める

畝によって、雑草の密集度が異なります。笠間さんの「この生え方なら1時間でこの程度できる」という作業経験と石川県の最低賃金から、畝ごとの単価を決めます。就労継続支援事業所ごとに、それぞれ作業に来る人数が異なります。チームの大きさや作業の経験日数などを踏まえて、事業所ごとに依頼する畝を決定していきます。

それぞれに適した作業を依頼するよう心がける

笠間さんは、それぞれの作業をお願いするときに「この作業ならこの事業所は喜んで引き受けてもらえるのでは」と意識しながら依頼をしていると言います。もちろんすべての要望に応えることは難しいですが、依頼の仕方を含めてきめ細やかに対応しています。

笠間さんが考える事業所ごとに適した作業
A型事業所:袋詰めが得意
単純で同じ動作を繰り返す作業を好む。精神障がいの利用者も多く、体力に不安がある場合もある
B型事業所:収穫や草むしりが得意
体力もあり、黙々と集中して取り組む利用者も多い。発達障がいや知的障がいの人は達成感が目に見えるとやる気につながる


作業の改善|生産者・作業療法士視点で提案

農福連携作業姿勢
撮影:紀平真理子(下に敷くパットを使用)
就労継続支援事業所に作業を委託する中で作業の改善点が見えることもあります。そのようなときは生産者視点で提案をしますが、それを取り入れるか否かは事業所のスタッフの意向もあると言います。

発達障がいの中にはしゃがむことが難しい人もいます。笠間さんは、作業療法士視点で、片膝を立てる姿勢や横向きになってみるなど作業姿勢についてアドバイスします。
笠間令子さん
笠間令子さん
しゃがみ続けること、同じ姿勢を取り続けることが作業自体よりも大変だと思います。はじめはしゃがめなかった人が今では自分でやりやすいポーズが取れていることがとてもうれしいです。例えば、ある事業所は片膝を立てながらの作業だと膝が痛くなると、スタッフが下に敷くパットを見つけて持ってきています。お互い工夫をしながら歩み寄ることが大事だと考えています。

農福連携に取り組んで起きた変化

農福連携事例
撮影:紀平真理子
2017年から農福連携に取り組んだことで、笠間農園ではさまざまな変化が起こっています。

農場の変化|作業が安定し経営を考える余裕ができた

笠間農園の従業員たちと就労継続支援事業所のチームは特別接点があるわけではありません。しかし、障がい者の人たちが収穫作業に慣れてコツをつかみ、向きをそろえて葉に泥がつかないなど細かい変化を感じると、笠間農園の従業員は「最近上手になったね」などと評価し成長を喜んでくれていると言います。農福連携に取り組んでいる人の中には、従業員と障がい者の関係性があまりうまくいかない場合もあります。笠間農園はどのような工夫をしているのでしょうか。
笠間令子さん
笠間令子さん
笠間農園の従業員が嫌な思いをしそうな場合には、私がしっかり福祉側に話すようにしています。農業経営の中で私自身の動きにはお金は生まれていません。暑くても寒くても作業をしてくれる従業員という主軸があってこその農福連携だということを忘れていはいけないと考えています。
農福連携を始めてから作業が安定するようになりました。今まで自身で作業していた分が減り、夜に少し休めるようになったことで経営のことを考える時間を持てるようになりました
笠間勝弘さん
笠間勝弘さん

笠間令子さんの変化|どんな場所でも好きな仕事はできる

笠間さんは人の笑顔を生み出すことができる作業療法士という仕事が本当に好きだったと話します。笑いの中で、患者さんが必要とする動きを身につけてもらうことが得意で「作業療法士は天職だと思っている」と言います。結婚後も仕事を続けましたが、子育てが始まると同時に退職し農園を手伝うことになりました。しかし、農作業自体に没頭はできませんでした。そして「奥さん」と呼ばれ続けたことで、自分の生き方や存在について思うところがあったと言います。


笠間令子さん
笠間令子さん
今は農福連携を通じて、農園で作業療法ができています。楽しくて仕方ありません。偶然の産物ではありますが、自分が選んだ道ではないところへ進んだとしても、自分で切り拓いていかないといけないと思いました。

農福連携を基軸にした今後の取り組み

笠間農園
写真提供:笠間農園
笠間さんは自園での農福連携の実践や作業療法士の経験を生かして、石川県の農福連携促進アドバイザーとしても活動しています。笠間農園のこれからと、地域に受け皿を作り農福連携を広げていく取り組みなど今後の展望を聞きました。

作業場を新設し、依頼できる作業を多様化する

笠間農園では、一つのハウスの中で選別と袋詰め作業をしています。この作業は、一人で選別、外葉を取り計量してから袋詰めをするなど複雑なこともあり従業員のみが行なっています。これらの工程を細かく分解し、作業を割り当てれば障がい者の人たちにもできます。それができる場所を作れば袋詰めもお願いできるのではないかと考え、現在は作業所の新設に向けて動いています。

県のマッチングアドバイザーとして無理せず長続きする関係づくり

笠間さんは石川県の農福連携促進アドバイザーとして、福祉と農業のマッチングもしています。農業側には、過度な期待に対して現実的な作業の出し方を提案し、福祉側には一回の施設外就労で得たい金額や目的などから適した農業経営体を紹介しています。
笠間令子さん
笠間令子さん
農業側も「助かった!」と思うことが大事。ボランティアでは関係が長く続きませんし、どちらかが無理をしてズレがあると長期の連携はできません。農業をやりたいと思う障がい者が、施設の外に出てこられるだけの受入先ができたらいい、障がい者が活躍できる場がもっとできればいい、それが私の使命だと勝手に考えています。

マッチング成功事例
・水稲の苗箱並べ:大人数で短時間で終わらせたい。春に2日間のみ委託。施設外加算がなくなっても、気持ちがある事業所は年に何回か請け負う。
・苗箱洗い:高齢の家族経営農家の苗箱を1枚10円で洗う。出来高制で期限の縛りもゆるやか。


農福連携に適している作業は?

農福連携は、手作業が多く人手がたくさん必要な作目や作業が適しています。特に就労継続支援事業所に委託して作業を依頼する場合、事業所はチームで動くため、個々の能力を必要とせず、皆で一緒にできる作業が向いています。また、少しでも傷がついてしまうと商品価値が落ちてしまう高級品と農福連携のマッチングはあまり良くありません。

農福連携は依頼する作業量もポイント

就労継続支援A型事業所は、利用者と雇用契約を締結し最低賃金を支払っているため、一回の施設外就労でしっかりと報酬を得たいと考えています。生産者が出来高制で農作業を依頼しA型事業所とwin-winの関係を築くためには、事業所が求めている報酬を支払えるだけの仕事量を生産者が依頼できるかどうかがポイントで、一定以上の経営規模が必要です。

農業のリハビリ効果の測定

笠間さんは、以前農業のリハビリ効果を数字で出してみたいと活動計をつけて運動量を計測する研究をしました。農作業にくる人の中には「農業に来ると睡眠剤を飲まずに眠れる」という人もいるそうです。作業療法士の経験を生かし、農林水産省や金沢医科大学の医師たちと「農作業が睡眠の質の向上をもたらす影響」について実証実験にも挑戦する予定で、農業のリハビリ効果についても検証していきたいと言います。
笠間令子さん
笠間令子さん
もちろん働く、人の役に立つ、お金を稼ぐことは素晴らしいです。ただ、重度障がいの人や認知症などお金を稼ぐことができない人にとって居場所としての農業もあっていいと考えています。今、私がやろうとしても余裕も場所もなくボランティアになってしまいます。今後、共生社会を作っていくためにも、農業のリハビリ効果のエビデンスを示し、福祉にとって農業は働くだけではない価値があることを示していくことは大切だと考えています。

笠間農園ファンの利用者たちが活躍できる場を維持するために

農福連携事例
撮影:紀平真理子
笠間農園の取材日には、4つの事業所と笠間農園の従業員たちが暑い中除草作業していました。何年も笠間農園で作業するベテランの利用者たちは「このコマツナはラーメンに入れるとおいしいです」「草むしりよりコマツナの収穫の方が楽しいな」「すべて動く仕事です。暑くても楽しいです!」などと満面の笑みで話してくれました。

事業所内の作業に比べて農作業は暑い中、寒い中で体を使う仕事です。それでも、農作業が好き、笠間農園が好き、笠間令子さんが好きなどさまざまな理由で、笠間農園での施設外就労に手を挙げる利用者たちもいます。笠間さんは、そのような人たちを受け入れ、活躍できる現場を作っていくために今後も自園内外で活動を続けます。

ユニバーサル農業に取り組む静岡県浜松市の京丸園についてはこちらから


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