今回も海外+日本ネタでいきましょう。農業と環境というフレームで考えるときに、「地域のものは地域で食べよう!」と語られることがあります。地産地消を実現するためには、何らかの生産と消費を結びつけ、対話ができる「場」が必要です。今はいろいろな形の場が構築されていますが、朝市やマーケット、もしくはおしゃれなマルシェも地産地消を実現するための大切な「場」の一つです。今回は、海外のMarketの話も交えて叙情的に語りたいと思います。
マーケットの「音」
先日読んだラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『クレオール料理読本』の「夜明けの調べ」というコラムには、ニューオーリンズにあるマーケットの描写がありました。とても気に入ったので紹介します。「リィンゴォ!」「イチゴォ、イチゴッ!」「黒イチゴォ!」それぞれ独特の、もったいぶった節回しである。(中略)品行方正な御仁ならば耳にしたくないような内容の言葉を大声で叫んでいる物売りもいる。実際には、単においしいジャガイモがあるよと宣伝しているだけなのだが。
文字を見ただけで頭の中にパーっと光景が広がる「音がある朝市」です。今まで行ったマーケットのことを思い出そうとすると、音が聞こえるところばかりが浮かんでは消えていきます。
「マーケット/朝市」といっても、市民の生活に根付いたものから観光客向けのものまでさまざまです。ヨーロッパ在住時には、旅行のたびに機会があれば市場をのぞいていました。その中で印象的だったマーケットを紹介します(ここでは、朝のみ開催しているマーケットを「朝市」、比較的長い時間空いている場所を「マーケット」とします)。
オランダの朝市
アムステルフェーン市の金曜日の朝市。日本人在住者が多い地域なので、刺身用の魚や薄切り肉、日本の野菜を専門に扱う屋台もあり、ゆずが1個8ユーロ(当時のレートで1,000円弱)で売っていることも。そして、アジア人が通りがかるとお声がかかります。「SASHIMI! SASHIMI!」「ウスギーリ!」「コマツゥーナ!」
この朝市なくして、オランダ生活はできませんでした。毎回、ルンピア(インドネシアの春巻きのようなスナック)をつまむのが楽しみだったな。そして、スーパーマーケットにはない、わずかながら会話を楽しむというのもマーケットでの買い物の醍醐味でした。
オランダのブラックマーケット
ブラックマーケットと呼ばれており、土日のみ開催しているマーケットがありました(違法ではありません)。主に中東からオランダまで農産物やスパイス、日用品をトラックで運んで販売しており、オクラなどはここで購入していました。オランダ在住ムスリムにとって、なくてはならない場であったことは間違いありません。買い物途中に突如流れるコーランと、そこにいる大半がはじめるお祈りの声、その間もこれはチャンスと営業を続けるトルコ人店主の叫び声、そんなマーケットの音を今でも思い出します。
フランス、バスク地方の朝市
フランスのバスク地方のサン=ジャン=ド=リュズで開催される週末の朝市。当地に住む日本人の友人に連れて行ってもらいました。販売しているものは日用で使う野菜がメイン。短期滞在者には購入できるものはあまりなく、ローカル過ぎて入りにくい雰囲気はありますが、地域住民にとってはなくてはならない日常の一コマになっている印象でした。お客さんと店主の交渉とも雑談ともいえる会話が方々から聞こえてきました。スペイン、サンティアゴ・デ・コンポステーラのマーケット
2階建ての広い常設マーケットで、観光客向けの店と地域住民向けの店が混在しています。独断と偏見ですが、フルーツが多いマーケットは観光客向け!というのも、フルーツやトマトなどであればホテルで食べられるし、また日持ちのする加工品はお土産用として観光客も購入します。一方で、調理が必要な野菜類は、最も観光客に選ばれにくく住民以外はなかなか手を出さないな、と。観光客としてさまざまなマーケットを訪れて学んだことです。このマーケットでは、魚を狙う猫の鳴き声や、観光客を呼び込んでいるマーケット内にある食堂の店主、そんな音が聞こえてきました。
言い訳をすると、おしゃれなマルシェにも行っているし、十分楽しんでいました。でも、今改めて思い出そうとすると、写真を見ただけで音が聞こえてくるマーケットの方が鮮明に思い出せるのです。売ってやろうという気概が好きなのかもしれません。お客さんと店主の雑談をこっそり聞くのが好きなのかもしれません。もし、海外のマーケット/朝市の話に興味がある方がいれば、持ちネタはまだあります。
京都、大原ふれあい朝市
そもそも朝市/マーケットの話をしようと思ったのは、先日、京都市の北東部に位置する大原の朝市に行ってきたからです。京都の街中から車で20分程度で到着する「大原ふれあい朝市」もまた、音がある朝市でした。この朝市は、約20年前に立ち上がったそうですが、現在は30代後半から40代の若手移住組の農家(主に新規就農者)が中心となり朝市を盛り上げています。といってもニューオーリンズのように購買意欲を掻き立てる音ではなく、顔見知りの常連さんたちとの話し声や、毎週の井戸端会議を楽しみにしているであろうお客さんたちの声であふれています。フランスバスクの朝市に近いかな。
朝早い時間には、料理人たちや八百屋さんが並び戦場のような状態だそうですが、残念ながら到着が遅く見られませんでした。私たちが到着した7時台になると、近隣の年配の常連さんたちが1週間分の野菜と思われる量をお目当ての生産者から買っていました。もう少し時間が進むと、若者や家族づれが増えてきて、朝市が終了する9時になると、直売所「里の駅」がオープンし、さまざまな年代の人が列をなします。
この多様な来客は、出店者が多様で、コンセプトがかっちり決まり過ぎていないところからくるものなのかなとぼんやり考えました。ただ、大原という土地に根付いた一本の筋があるから脇道に逸れていかないとも。誰にとっても居心地がよく、よい雰囲気が醸成されているのは、やはりそこに集まる「人」とその人たちが作った「野菜」があるからだと思います。そこでは、有機だとか慣行だとか、認証があるとかないとか、そんなものをいともたやすく超えていると感じました。
バックナンバーはこちら
毎週水曜日更新おしゃれじゃないサステナブル日記
紀平真理子(きひらまりこ)プロフィール
1985年生まれ。大学ではスペイン・ラテンアメリカ哲学を専攻し、卒業後はコンタクトレンズメーカーにて国内、海外営業に携わる。2011年にオランダ アムステルダムに移住したことをきっかけに、農業界に足を踏み入れる。2013年より雑誌『農業経営者』、ジャガイモ専門誌『ポテカル』にて執筆を開始。『AGRI FACT』編集。取材活動と並行してオランダの大学院にて農村開発(農村部におけるコミュニケーション・イノベーション)を専攻し、修士号取得。2016年に帰国したのち、静岡県浜松市を拠点にmaru communicateを立ち上げ、農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートなどを行う。食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫 農業経営アドバイザー試験合格。著書『FOOD&BABY世界の赤ちゃんとたべもの』
趣味は大相撲観戦と音楽。行ってみたい国はアルゼンチン、ブータン、ルワンダ、南アフリカ。
ウェブサイト:maru communicate