- YumiYamashita
作家・コラムニスト 身体と社会との関わりに関心を持ち、五感、食、日本文化、ヒット商品などをテーマに取材。新聞、月刊誌、週刊誌、大手ニュースサイトにて時事問題からテレビドラマまで幅広く執筆。…続きを読む
これから農業を始めようという新規就農者や就農して2、3年目の方に、自らの経験を熱く語りかけるタケイファーム・武井敏信さん。 武井さんは、自身が経験したことをフルに活用してもらうことで、新規就農者の農業経営の効率を上げて、農業の地位を上げたいと願う、都市型農業を行うレストラン卸のスペシャリストです。 前回(連載第5回)は安易に考えがちな「野菜の価格」について武井さんにお話をうかがい、価格設定について考察しました。 今回は商品である「野菜」の価値を高める、タケイファームのブランディングについて紹介します。
ブランディング創成期~過酷な状況の先にみえた方向性
武井さんは独学で農業を学び、試行錯誤を重ねてきました。
「多くの失敗も経験した結果として、やっと今の方法にたどり着きました。」
スタート時点から、すべての方法が見えていたわけではありません。 ヤフオクで野菜セットが売れ始め、少しずつネットショップへと移行、順調に個人客も増えて状況が好転してきたかに思えたその矢先… 待っていたのは、避けることができない過酷な状況でした。 2011年3月11日。 東日本大震災発生。 津波による原発事故の影響で、関東にも放射性物質のホットスポットができていると報道されると、たちまち野菜の注文が止まってしまったのです。
「汚染とは関係のないエリアであっても風評被害はすさまじく、関東産の野菜というだけで他県からは敬遠されてしまったんです。ネットショップでつながった個人客たちも離れていきました。 あのとき、わずかな販路としてつながっていた先がレストランだったのです。それで、とにかくレストランとの直接取引を増やしていこうと考えました。」
このきっかけから、野菜の種類も品質もプロ向けに絞り込み、レストランの皿の上で映える野菜をどんどん増やしていくという方向性が生まれました。 現在ではタケイファームの野菜の実に95%がレストラン卸になっています。 ▼武井さんのヤフオクでの経験はこちらをご覧ください。
▼出荷の95%がレストラン!?タケイファームのことならこちらをご覧ください。シェフに選ばれるブランディング7つの要素
現在タケイファームの顧客の大半は、レストランのシェフたちです。では、シェフたちが評価する野菜とはいったいどんな野菜なのでしょうか? 観察してみると、タケイファームの商品にはいくつかの際立った特徴・価値があることに気付きます。独特の商品価値である7つの要素について説明します。
1. 価格:生産者から市場への堂々たるメッセージ
価格とは労働時間やブランディング、納得できる価値を数字にしたものです。 ▼武井さんの価格についての考え方はこちらをご覧ください。
2. 鮮度:採ったその日のうちに出荷することが大原則
タケイファームの商品は鮮度を大事にしています。採ったその日のうちに出荷することが大原則です。
「野菜の持つ独特の風味、個性的な味や香りは鮮度と深くつながっています。単に生長したから収穫して食べる、ということではなく、野菜には一番おいしく食べるタイミングというものがあります。僕はそれを守りながら出荷したいと考えています。」
つまり、出荷する側の都合ではなく顧客においしいと言ってもらえるように、鮮度を保つ工夫を凝らし、顧客側の満足度を維持する努力を怠りません。
例えば、ナスタチウムのようなエディブルフラワー(食べられる花)の場合は蕾(つぼみ)の状態で出荷します。
「シェフが仕上げる料理のピークに、エディブルフラワーの一番美しい状態をもってくるという時間設計も商品の大切なポイントです。最高のものを選ぶ姿勢を保ちたいので、野菜の選択や収穫のタイミングは全てこちらにお任せいただいています。」
3. 美しさ:お皿の上で映えるサイズ、色、形
野菜の美しさ。 これまで一般的にはあまり語られてこなかったテーマかもしれませんが、タケイファームにとって野菜の美しさは大切な商品価値です。お皿の上で映えるサイズ、色合い、模様、形などを強く意識しています。 上の画像はタケイファームの野菜を使った一皿ですが、それぞれ調理にも使いやすいサイズ感で、お皿の上で絵になる姿をしています。
「特にサイズや形というのはポイントになります。 大き過ぎず、素材としても使いやすく、あるいはそのままお皿の上に置いても、きれいに収まることなどを考えながら栽培しています。 ちなみに左上のナスタチウムの葉っぱは、あえて斑入りのものを出荷しました。お皿の上で葉の模様もアクセントになると思ったからです。」
タケイファームの野菜がいかに料理を美しく演出する素材として使われているかが、お皿の上から見えてきますね。
4. 希少性:個性的な野菜を求めて
日本で最大級のアーティチョーク農園といわれるタケイファーム。 まだ他の農家が手がけていないような稀少品種、個性的な野菜を栽培することも基本ポリシーです。実際に年間約140種類もの多品目を生産しています。 では、どうやってその140種類を決めていくのでしょうか?
「種苗メーカーの種のカタログは見ません。理由は単純です。カタログを見て発注すれば、ほかの農家と同じになってしまうからです。その段階ではもう遅いのです。 僕はシェフのお皿の上を想像して、栽培する野菜を決めていくので、購読するのは料理人が愛読する雑誌です。まだ市場にない野菜であれば、シェフから『何ですかこれは?』という質問がきます。種の由来や調理方法などもあわせてお伝えします。 市場には無い野菜ですから、価格の相場もありません。生産者が価格を決めることができることも大きなメリットです。」
5. ストーリー:野菜の魅力を伝える力
なぜその野菜を栽培することにしたのか? その野菜にたどり着くまでの具体的なストーリーを、しっかり語れる農家は少ないかもしれません。 野菜の栽培に至るまでの過程が大切であればこそ、その野菜を育てる思いは強くなり、それが多くの人に野菜を伝え、届ける原動力になるからです。 魅力的な野菜は、それを大事に育てて、その良さを十分知り尽くしている農家あってのものなのです。
6. 新しい食べ方:規格にとらわれない野菜の提案
今までにない「新たな食べ方」を提案していくことも、タケイファームの考える商品価値の一つです。 アスパラは茎の部分だけでなく、葉の部分もタケイファームの商品となります。
「アスパラの葉は、口に入れるとふわっとアスパラの味が広がりますし、油でカリカリにすると食感も楽しめます。何よりもその姿形が、まるでレースのような繊細さで、お皿の上で料理を演出してくれます。」
ネギの収穫では、普通はネギ坊主が出てきたら収穫が終わりというサインです。 しかし、タケイファームではネギ坊主が商品そのものになります。
武井さんはネギ坊主の中を開いて見せてくれました。薄皮の中には小さな花がぎっしりと入っています。
「これがネギの花です。このまま炒めてもおいしいし、料理の上から散らしてもいい。小さくてもネギのさわやかな辛みがあり、薬味としての存在感もしっかりしているので、新しいスパイスとして料理を引き立てます。」
これまで廃棄されてきた部位も、見方を変えれば新たな食材として再発見できる。 じっくり一つの野菜を観察していると、捨てられたり使われない部位が、じつは貴重な食材になることがわかってきます。 決まりきった野菜の完成図や一般的な市場の規格サイズにとらわれて、規格外とされる野菜たちは、たちまち商品にならないクズ野菜として廃棄してしまう農家も多いのではないでしょうか。 しかし、タケイファームでは小売店で販売されるようなありきたりの規格にこだわりませんし、規格外という概念も無いのです。
7. パッケージ:梱包・出荷にも演出を
土づくりや栽培、収穫に重点を置いている農家は多いことでしょう。それはとても重要ですが、畑の上の作業だけで農家の仕事が終わったと考えてはいけない、と武井さんは言います。 出荷に関する仕事は、野菜を育てることと同じくらい大事なプロセスだ、と。それが商品の顔となるからです。 アーティチョークの出荷の際は、一つひとつ水洗いをして中に入っている虫などは丁寧に筆で取り除いていきます。
「タケイファームの野菜ってこの程度のものなのか、などとネガティブな印象を与えてしまわないように、収穫する際にちょっとでも迷ったら、その野菜は出荷しないと僕は決めています。 たくさんの収穫物の中から、レストランの品質に適したものを選ぶことは、野菜の価値を左右する大切な過程です。」
▼レストラン卸に重要な野菜の出荷方法についてはこちらをご覧ください。
ブランディングが商品価値を高める
このようにタケイファームでは価格、鮮度、美しさ、希少性、ストーリー性、新たな食べ方の提案、パッケージにおいての梱包や出荷の工夫という商品の7つの要素を追求し、それらが一体化したものがタケイファームのブランドを構成していることがわかります。 おろそかにしがちな収穫後の出荷の演出も、時間と手間をかけてブランディングされた商品に仕上げていくことで、商品となる野菜の価値を上げることができます。 レストラン卸は一見難しそうに思えますが、新規就農者であっても可能な取引先です、と武井さんは断言します。 次回は生産者とレストランのシェフがどのように関係を作り、つながっていくのか「顧客との関係構築」というテーマで紹介します!
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