生産者が顧客と安定した絆を作るには?


【連載】タケイファームから学ぶ時短と収益UPを目指すヒント|第7回は生産者が顧客と安定した絆を作るには? 1人都市型農業の成功事例として注目を浴びるタケイファームが、新規就農者や現状を打破したいと考える方へ、いったいどのようにして生産者は顧客との関係を作っていけばいいのかを語ります。

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YumiYamashita

作家・コラムニスト 身体と社会との関わりに関心を持ち、五感、食、日本文化、ヒット商品などをテーマに取材。新聞、月刊誌、週刊誌、大手ニュースサイトにて時事問題からテレビドラマまで幅広く執筆。…続きを読む

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タケイファーム、連載、信頼、絆

出典:Pixabay

これまでの連載で紹介したように、タケイファームはネットやマルシェでの販売経験を経て、今では収穫した野菜の95%をレストランに卸しています。 新規就農者にとって、タケイファームのような経営スタイルを真似したくても、レストラン卸はハードルが高いと感じるかもしれません。 しかし、「レストラン卸は経験の少ない新規就農者でも十分可能です」とタケイファーム・武井敏信さんは言います。 その理由とは何なのか、いったいどのようにして生産者は顧客との関係を作っていけばいいのか、タケイファームとレストランのシェフとのつながり方について具体的にみていきましょう。

タケイファームとレストランとのスタート地点

タケイファーム、武井さん

撮影:AGRI PICK編集部

「新規就農かどうか、農業経験が短いか長いかが決め手ではありません。シェフという食のプロが必要としている野菜をしっかりと見据え、それに見合う商品を生産・出荷できればレストランという販路の開拓は可能です。」

と武井さんは言い切ります。 しかも「こちらから営業はしません」と言うのですから驚きです。 では、タケイファームと顧客であるレストランのシェフとの関係性は、いつ、どのように形成されるのでしょうか。  

 

レストランのシェフとタケイファームとの出会い

下記の3つが典型的な出会いのパターンだそうです。 ・人づてにタケイファームの野菜について評判を聞いた。 ・レストランで食べた料理が、タケイファームの野菜だった。 ・ネットなどで情報を調べて、タケイファームの野菜にたどり着いた。 次に、より具体的なシェフとタケイファームとの出会いについてみていきましょう。

高級和食店のオーナーシェフAさんの場合

カウンター越しにお客様と会話している際、たまたまタケイファームの噂を耳にした高級和食店のオーナーシェフAさん。 「新鮮で個性的な野菜を作っている話題の農家があるよ」という話を聞き、以前から他店と差別化をしたい、和食の食材は決まりきっていて面白みが足りないと感じていたAさんは、お客様から連絡先を教えてもらいました。 さっそくタケイファームに連絡を入れ、畑に足を運び武井さんと話をしたうえで、お試しに1カ月間タケイファームのおまかせ野菜セットを購入してみることになりました。

ブランディングの確立が出会いのきっかけにつながる!

日頃から他店との差別化を望み、面白みのある食材を求めていた高級和食店のオーナーシェフAさんは、希少性や新しい食べ方といったタケイファームの野菜作りのブランディングに価値を見出し、取引をスタートさせました。 このようにタケイファームが営業をしなくても、シェフに選ばれる野菜のブランディングが確立していたからこそ、取引が成立したのです。 ▼希少性や新しい食べ方などタケイファームのブランディングについてはこちらをご覧ください。

ハードルの高い出荷発送ルールを設定する理由

タケイファーム、ブッシュバジル

画像提供:タケイファーム

取引が始まった後は、いよいよ野菜の出荷です。 これまでの連載で紹介したように、タケイファームには通常の農家にはない「基本の4つの出荷発送ルール」を設定しています。

基本の4つの出荷発送ルール

1. 出荷発送は週に1回 2. あらかじめ値段を設定 3. 野菜の種類や量はおまかせ 4. 雨の日は出荷しない アーティチョークをはじめとするタケイファームの野菜はとても個性的で、市場にはない珍しい種類も多くありますが、野菜はすべておまかせなので、レストランのシェフには何が届くかわかりません。箱から出てきた野菜の種類や量に合わせてメニューを柔軟に考え、ときに変えていくことがシェフ側に求められます。シェフにとっては、不自由に感じられるかもしれません。心理的なハードルになるかもしれません。野菜を存分に活かし切れるかどうかも、シェフの腕にかかっています。

通常のビジネスモデルはタケイファームにとって理想の形なのか?

考えてみると、なんだか不思議ではありませんか? 普通なら「お客様のご要望に最大限お応えします」「お好みの野菜をできるだけ入れます」というのが一般的な農家のビジネススタイルでしょう。 しかし、タケイファームは生産者側が有利とも思える4つのルールを決めて、あえてレストラン卸のハードルを上げ、商売の間口を自ら狭めている方法にさえ思えます。 いったいなぜ、あえてそのような方法をとっているのでしょうか?4つのルールの背後には、どんな理由が存在しているのでしょうか? ▼主導権は生産者!4つの出荷発送ルールについてはこちらをご覧ください。

シェフのスタイルを感知して、ブランディングへの理解を深める

レストランシェフ、畑

出典:flickr (photo by:The Heathman Kirkland

まず出会ったばかりのシェフに対して武井さんが要望すること。 それは畑に来てほしいということです。

「一緒に畑を歩き、野菜を栽培しているところも見ていただき、タケイファームの採れたての野菜を食べてほしいのです。 畑で話をすると一気に距離が縮まりますし、シェフが何を望んでいるのか、どんな考え方なのか、仕事のスタイルが少しずつ見えてきます。これは野菜の出荷のときにとても参考になる情報で、それぞれのシェフにフィットする野菜を選択するヒントにつながります。と同時に、タケイファームのブランディングを伝える貴重な機会でもあります。」

タケイファームのブランディングを伝えることの大切さ

これからタケイファームの野菜を使ってくれるレストランのシェフに、必ず伝えなければならないのは、先ほど紹介した基本の4つの出荷発送ルールです。 特にレストラン卸のハードルを自ら上げているようにみえる「野菜の種類や量はおまかせ」と「雨の日は出荷しない」のルールの背後には、武井さんのどんな思いがあるのでしょうか。

野菜の種類や量はおまかせ

「僕としては『最高の野菜、味やサイズ感などを責任をもって選びます。どうぞ信頼しておまかせください』という気持ちで出荷します。受け取ったシェフが『これが鮮度と品質を追求した最高の結果なんだな』と理解していただけるとありがたいのです。」

「最高の野菜」という精一杯の球をタケイファームが投げる。 そして、受け取ったシェフが野菜の最高の味を引き出し、お客様に届ける。 そんな願いを抱きながら、野菜を栽培し出荷していると武井さん。

「野球で言えば、ピッチャーとバッターとの真剣勝負に似ているかもしれないですね(笑)」

一見マイナスとも思える4つのルールの背後には、タケイファームの野菜に込めた思いがあり、それを顧客であるシェフにしっかり伝えることで、ビジネスを安定的に持続させ、良好な関係を作っていくのです。

雨の日は出荷しない

「生産者のわがままのようにも聞こえますが、ハウス栽培をしていない僕なりの明解な理由があります。 雨などの悪天候時は、野菜の状態もわかりにくく、クオリティを下げてしまう恐れがあります。さらに必要以上の量を収穫するなど作業効率も下がってしまいます。 つまり、最高の野菜を選ぶ環境が整わないから、雨の日は収穫しない、と決めているのです。」

納期を守ることも重要ですが、それ以上にクオリティを高く維持することに重点を置くタケイファームのプライド、ひいては武井さんの究極の目標「農家の地位を上げる」ことにも深く関係しています。 ▼農業の全体的な底上げを目指す武井さんについてはこちらをご覧ください。

対等なシェフとの対話が理想的なビジネスの形

「そうした僕自身のスタンスを理解していただけると、ハードルに思えた4つのルールも、むしろ品質の高い価値ある商品を提供するための行為であることが、シェフにもわかっていただけるのではないかと思っています。 少しでもシェフが疑問に思っていることは丁寧に説明したいのです。だからこそ直接お話をすることが非常に大切なのです。」

レストランのシェフ一人ひとりを相手にしているからこそ、細かなやりとりが可能になります。シェフと互いの価値を共有し、タケイファームとシェフとの絆を深めていく。 どちらか側の一方通行ではない、対等なシェフとの対話こそがタケイファームの理想的なビジネスの形なのです。

野菜を売っているのではない!タケイファームを売っている!!

タケイファーム、連載、信頼関係

出典:PAKUTASO

こうした顧客との独特な関係の作り方について、実は農業の現場ではなく、かつての仕事経験から学んできたと武井さんは言います。

「以前、僕は自動車の営業マンをしていたのですが、その現場で学んだことが今も生きています。 例えば、初めてのお客様と1時間話をする場合。最初の10分間に何を話すべきでしょうか。世間話から入って10分程、そして新車の説明に40分、残り10分を契約書などの作成に使うのが一般的な営業マンのスタイルでしょう。 しかし、僕は次第にそうではないのでは?と思うようになって自分なりの方法を編み出したんです。」

顧客との関係を作る武井流コミュニケーション

「最初の40分間は、販売する車と直接関係のない世間話などを介して相手を知り、自分という人間について知ってもらい信頼感を深める時間に使います。 次の10分は車の詳細な機能等の説明、残り10分間は事務手続きといった配分です。 普通ならば、車の説明を長くした方がいいだろうと思うでしょう。でも実はそうでもないんですよね。確かに車の説明に終始すれば目の前の一台は売れるかもしれないけれど、その後にリピートはない。一台買ってもらって終わりの関係です。 しかし、話を深めて武井という人間を理解してもらい、信頼していただければ、次に続く関係性ができる。リピートしてくださったり、家族や知人へとつなげてくれたりするわけです。」

武井さんが自動車の営業で発見したこと。 それは、売るべき対象は商品ではなく「武井敏信」自身であって、お互いの信頼関係を結ぶという深い視点でした。

「タケイファームも基本は同じです。 極端に言えば、僕は野菜を売っているのではなく『タケイファーム』という価値を売っているのです。」

共感し合える相手を絞り込むマーケティング

顧客の数を拡大するより、一人の顧客の心を深く掘っていく。タケイファームの考え方に共感するファンになってもらい、互いを理解し価値を共有することによって関係は安定し維持できると武井さんは言います。 これは、言い方を変えれば「絞り込みのマーケティング」でしょう。 明確でブレのないコンセプトがなければファンになってもらうことは不可能ですし、顧客を絞り込む勇気も必要ですが、成功すれば想定を超えた評価も手に入り、安定した経営にもつながります。 ファンになってくれたシェフは、料理を通じて、タケイファームの野菜とお客様をつないでくれます。

「シェフからお客様へ、そしてまた別の誰かに伝わっていくわけです。だから直接的な営業活動をしなくてもいいのです。」

シェフが他店へ移った場合などは、店との取引はなくなっても、シェフ個人との関係は続いていくケースが多いそうです。 ほかに置き換えることができない強い信頼関係、人と人との深いつながりは、いったん生まれたら簡単には消えないものなのです。

生産者と顧客は対等でフラットな信頼関係

タケイファーム、武井さん

画像提供:タケイファーム

顧客との関係で心がけていることを、改めて武井さんに聞いてみました。 ・できる限り直接話をして互いを理解する ・上下関係ではなく対等な関係を作る ・相手の要望に全て従うという姿勢はとらない ・疑問・理由に一つひとつ丁寧に答える ・リストや見積もりを必須条件としない

「タケイファームには、いわゆる”お客様は神様”といった上下関係は必要ありません。購入側のシェフと生産者は、一方的にお願いするのでもなく、過剰にへり下るのでもない。互いに互いのファンとなり、理解しあえる対等な関係だと思います。 お互いが気持ち良く仕事ができたときこそ、最高の味、最高の料理が生まれると思うのです。」

収入のために我慢し過ぎたり、無理してまで付き合う関係は結局長続きしない、と武井さんは言います。 また、「リストや見積もりを必須条件としない」という点も驚きです。一般的なビジネスと逆行する方式にも思えますが、「生産者側にとってはリストや見積もりを作るメリットはあまりないと思います」と武井さん。

「事前に野菜の出荷リストを詳細に提示すれば、契約通りのリストに縛られてしまい、最高の野菜を出荷しにくい状況になります。 また、見積もりを出すと金額ばかりが一人歩きしかねない、数字だけが注目されてしまう、信頼関係としては残念な結果になりかねません。」

こうした理由からタケイファームでは「基本の4つのルール」を原則にしているわけです。 最後に、オープンしてから7年間一貫してタケイファームの野菜を使い続けている、人気イタリア料理店のシェフにタケイファームの野菜を選び続ける理由を聞いてみました。

「個性的な野菜の種類、そして鮮度も抜群ですし、味わいもあるところが魅力的ですが、何より武井さん自身に夢を感じるんです。そこに共感して、ずっとタケイファームの野菜を使い続けているんですよね」

タケイファームとシェフとの深い絆がしっかりと伝わってきました。 次回は直接営業をしないタケイファームの「情報発信術の秘密」について紹介します!

「タケイファームから学ぶ時短と収益UPを目指すヒント」バックナンバーはこちらから。

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