今回は、静岡県浜松市の谷野ファームを訪問した話を交えて、葉物野菜と気温の上昇により起こりうる変化について考えを述べます。
年平均気温の上昇と露地栽培
日本の年平均気温偏差(1981〜2010年の30年平均値を基準値として、各年の平均気温の基準値からの偏差を示したもの)は、1981年から上昇を続けており、特に1990年代以降は高温となる年が頻出しています。そうなると、高温下では栽培がしにくい作物の生産は、気温の上昇と共に困難になるのではないでしょうか。葉物野菜(特にレタス類)に関していえば、現在は植物工場での生産が供給量の約1割だといわれています。その中で、スーパーなど小売店の店頭に並ぶ野菜を、より環境からの影響を受けやすい露地やビニールハウスで栽培する生産者が減ってしまうのではないかと懸念しています。
谷野ファーム|サラダ菜の共同出荷からリーフレタスの直販への転換
水耕栽培で8種類のリーフレタスを栽培している谷野ファームの谷野守彦さんは、現在はファーマーズマーケットなどの委託販売や仲卸を通じて飲食店などに販売しています。しかし、3年前までは、サラダ菜を栽培しJAを通じて共同出荷していました。谷野さんが、作目も販路も変えるという大きな転換をした理由はいくつかありますが、年平均気温が上昇すると共に、年々サラダ菜が作りにくくなってきたことも一つだといいます。谷野さんのお父さんは、産地であるセルリー(JAとぴあ浜松のハウスでの冬どり、春どりの生産量は日本一!)を栽培しており、35年ほど前にビニールハウスを建設しました。その後、水耕栽培でサラダ菜の栽培を始めたのでハウス内に水耕プラントを設置しました。
しかし、通常の水耕栽培用のハウスと比較して、台風が毎年のように直撃していた1980年代に建てられたハウスは、台風被害を考慮してハウスの高さが低く設定されているため、天井とベッドまでの距離が近くなってしまいます。距離が近い分、日光の影響を受けやすく、水耕ベッドの温度が極端に暑くなってしまうことが後になってわかったそうです。これが原因で、収穫後にJAへ出荷し、各市場に届く頃には葉が溶けてしまい、買取価格が極端に安くなってしまうこともしばしばありました。また、多くの人を雇用し、とにかく大量に収穫・出荷していましたが、価格の変動が激しく経営を圧迫していました。
栽培が難しくなっているのにもかかわらず、共販では市場原理の価格変動に飲み込まれ、十分に収益を上げられない状況が続いたため、作物や販売方法の転換に踏み切りました。JAのサラダ菜部会を脱退し、リーフレタスへ転換後は、取引先から折りたたみ式のフレコン(フレキシブルコンテナ)を貸付してもらい、販売手数料などの出荷経費を抑え、自分で価格を決め、高値で販売できるようになりました。そのため、雇用人数も大幅に減らしました。工業系のメーカーが多い浜松市という土地柄、かつては近隣の主婦たちが農家でパートをする機会が多くありました。そのため、周年栽培が可能な施設園芸が発達したという背景がありますが、現代では職業の選択肢が増え、人材の確保も簡単ではないことも経営方針を切り替えた理由の一つです。
また、豊洲市場の老舗問屋にも一箱に9種類のレタス(グリーンクリスピー、レッドコーラル、グリーンオーク、レッドオークなど)を入れて出荷しています。市場でも、毎日9種類のレタスを集めることが難しく、面白い!という理由で、おつきあいが始まったそうです。
しかし、直販は自分で価格を決められるメリットがある一方で、小売店や納品業者まで配達をすることが負担になっています。また、直販であっても現在は豊作のため、希望している価格より低く販売せざるを得ない状況だそうです。
植物工場は定量定価で販売できる
温暖化が加速した場合、もともと温暖な地域では、葉物野菜を大量に栽培して、市場に出荷することは年々難しくなってくるのではないでしょうか。環境制御ができない露地栽培となると、ことさら気温の変化に影響を受けます。販路についても、完全閉鎖型や太陽光利用型の植物工場では周年で安定的に供給ができるため、定量定価でスーパーやコンビニ、カット野菜などの食品工場へ販売できます。
そうすると、植物工場で栽培しやすい品種や、流通に適した品種、店頭に並べやすい品種が葉物野菜のメインストリームになるでしょう。これは経営上、とても自然で必要な選択です。また、今後新規で就農する際に、大きなロットを生産し流通させる露地での葉物野菜専業農家で生計を立てることはなかなか難しく、選択する人は減少するかもしれません。これもまた経営判断です。
メインストリームがあってこそのサブカル
この変化によって、一般の小売店で購入できる葉物の品種が限定されることが起こる可能性があります。ただし、このメインストリームは必要不可欠で、これを否定することは賢明ではありません。それは、消費者視点でも、食料が安定供給されることはとても大切だし、安定した価格でおいしい野菜が食べられるというメリットを享受できるからです。でも、この変化を違った視点で捉えると、一般的な方法(JA出荷など)ではない独自路線を開拓している谷野さんの例のように、メインストリームではなくサブカルチャーとして、面白そうなビジネスができる可能性も秘めているような気がします。
間違ってはいけないのは、あくまでもメインストリームが存在してこそ、サブカルに価値を見出す人もいる、ということ。供給側がこぞって同じジャンルのサブカルに流れれば、そこがメインストリームと化します。農業の場合、直販がメインストリーム化すること(そもそもできるのか?という議論もありますが)で生じる利益だけでなく、危険性も考えた方がいいかな、と思っています。
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紀平真理子(きひらまりこ)プロフィール
1985年生まれ。大学ではスペイン・ラテンアメリカ哲学を専攻し、卒業後はコンタクトレンズメーカーにて国内、海外営業に携わる。2011年にオランダ アムステルダムに移住したことをきっかけに、農業界に足を踏み入れる。2013年より雑誌『農業経営者』、ジャガイモ専門誌『ポテカル』にて執筆を開始。『AGRI FACT』編集。取材活動と並行してオランダの大学院にて農村開発(農村部におけるコミュニケーション・イノベーション)を専攻し、修士号取得。2016年に帰国したのち、静岡県浜松市を拠点にmaru communicateを立ち上げ、農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートなどを行う。食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫 農業経営アドバイザー試験合格。著書『FOOD&BABY世界の赤ちゃんとたべもの』
趣味は大相撲観戦と音楽。行ってみたい国はアルゼンチン、ブータン、ルワンダ、南アフリカ。
ウェブサイト:maru communicate