今回は、「農業と環境」のテーマに戻ります。農業は自然災害の影響を受ける産業です。インドネシアのジャワ島中部にあるムラピ山では、2度にわたる大規模な噴火の後もコーヒー栽培を続けている農家がいます。2017年に訪問したときの裏話を交えて、珍道中を紹介します。
なぜ、インドネシアのムラピ山を訪問したのか?
そもそもインドネシアのジャワ島を訪れたのは、友人Putriの結婚式に参列するためでした。イスラム式+ジャワ式の儀式や音楽、地域ごとの民族衣装の美しさに魅せられました。また、式では朝食と昼食が提供されるので、食べ続けられるという素晴らしい結婚式でした。さらに、友人Nurulとその友人Aininがジョグジャカルタ周辺で取材できるところを探そう!と提案してくれて、ドラクエのような旅がスタートします。ムラピ山でコーヒー農家に迫る
「2006年と2010年に噴火したムラピ山には、噴火後に何もなくなった場所でもコーヒー栽培を続けている農家がいる!」と、農水省関連の組織で働くNurulが情報をつかんできてくれました。移動手段はほぼバイクしかない(車だと大渋滞)インドネシア。私たちも、借りたバイクで山の中を目指すことにしました。何人もの村人にその農家の行方を尋ね、その農家が経営するという山の頂付近に位置する24時間営業のカフェに到着するも、彼はすでに帰宅後でした。「また明日来てください」といわれ、仕方なく宿泊場所を探しましたが、途中でまさかのエンスト。修理工場のおじさんを叩き起こし、バイクを直してもらい、よくわからない宿に到着するころには深夜0時をゆうに超えていました。
翌朝改めて訪問し、ようやくコーヒー農家Sumijo氏に出会えました。
なぜ災害が起こる場所で農業を続けているの?
ムラピ山の噴火後には、約半数の農家、特に若者は離農し、街へ出て行ってしまったそうです。降灰によりコーヒーの木が枯れてしまい再び収入が得られるようになるのには時間がかかるので、これは仕方がないことかもしれません。また、コーヒーから短期で収穫ができ、収入が得られる作物に転作した農家も多かったそうです。ムラピコーヒーは産地として危機に陥りますが、Sumijo氏は仲間を集めて、コーヒー栽培から加工、販売まで手がけるビジネス組織を立ち上げました。カフェも、ムラピコーヒーを紹介する手段の一つです。
彼に「自然災害が起こりうる場所を出て行こうと思ったことはない?」と尋ねたところ、次のように想いを語ってくれました。
「ムラピ山は友人です。先祖が伝統的なコーヒーを作ったんです。家は3回建て直しましたが、出て行こうと思ったことは全くありません。自然はコントロールできません。災害が起こって何もなくなったら、そこからまた考えればいいのです。でも、悪いことばかりではないのですよ。火山の降灰で、土質が変わり、コーヒーの味がマイルドになって“ガールズコーヒー”と呼ばれています」
ムラピコーヒーに興味がある方、詳細はこちら
共通の話は北海道の有珠山でも
北海道にある活火山の一つ有珠山(うすざん)の近郊で農業を営む方からも、同様の話を聞いたことがあります。有珠山は20〜30年に一度の周期で噴火するそうです。噴火規模の大小はありますが、降灰が起こり畑に灰がかぶると、農産物の収穫はできなくなります。一方で、降灰を除去した後に土に混合することで土壌改良につながるそうです。そもそも、噴火が定期的に起こることを前提として営農しているため、農業保険に加入したり、レジリエンス(立ち直ることのできるしなやかな強さ)を高める農業スタイルを考えているという話を聞き、なるほどなー、と思いました。管理されていない自然は脅威
自然環境が激変する中で営農を続けることは、簡単なことではありません。耐性品種や栽培技術、研究など農業関係者総出で対策を考えているし、これからも考え続けていく必要があります。しかし、それらの準備を超えるような自然災害が起こる可能性も否定できません。管理されていない自然は脅威だとつくづく思います。インドネシアや日本をはじめとしたアジア諸国は「自然とつきあっていく」という感覚が元来備わっている気がします(宗教観も関係しているのかもしれませんが)。もしかしたら、それが自然災害が多い日本で、変動する自然環境とつきあいながら営農するヒントなのかもしれません。
それにしても、30歳過ぎてからこのスタイルの旅は身体にこたえました。環境に適応できないタイプです。
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毎週水曜日更新おしゃれじゃないサステナブル日記
紀平真理子(きひらまりこ)プロフィール
1985年生まれ。大学ではスペイン・ラテンアメリカ哲学を専攻し、卒業後はコンタクトレンズメーカーにて国内、海外営業に携わる。2011年にオランダ アムステルダムに移住したことをきっかけに、農業界に足を踏み入れる。2013年より雑誌『農業経営者』、ジャガイモ専門誌『ポテカル』にて執筆を開始。『AGRI FACT』編集。取材活動と並行してオランダの大学院にて農村開発(農村部におけるコミュニケーション・イノベーション)を専攻し、修士号取得。2016年に帰国したのち、静岡県浜松市を拠点にmaru communicateを立ち上げ、農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートなどを行う。食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫 農業経営アドバイザー試験合格。著書『FOOD&BABY世界の赤ちゃんとたべもの』
趣味は大相撲観戦と音楽。行ってみたい国はアルゼンチン、ブータン、ルワンダ、南アフリカ。
ウェブサイト:maru communicate