第三者農業経営継承で農家の後継ぎに。北海道訓子府町で新規就農した中根さんの事例

第三者農業経営継承とは、第三者に引き継ぎたい農業経営者と新規就農したい方を結ぶ制度のことです。未経験者でも、研修を通して農業を学びながら最大で年150万円の補助金を受け取れます。第三者農業経営継承による新規就農を果たした北海道訓子府町の中根正登さんにその実際を伺いました。


トラクターと中根正登さん

撮影:高橋みゆき
畑や施設、農業・経営のノウハウや販路まで、あらゆる資産を第三者に引き継ぐ取り組みを「第三者農業経営継承」といいます。後継者の不在で悩む農家と、新規就農したい人を結ぶ仕組みです。
農家の高齢化と農業人口の減少によって、耕作放棄地の増加などが問題になっている現在、スムーズな第三者農業経営継承による新規就農者の受け入れは地域を挙げて強化すべき取り組みといえるでしょう。

訓子府町
出典:イラストAC
筆者が暮らす北海道のオホーツク地方は農業が盛んな地域で、第三者農業経営継承による新規就農者の受け入れ事例も多々あります。この記事では、新潟県南魚沼市出身で北海道訓子府町に移住・就農した中根正登さんに伺った、第三者農業経営継承の実際をお伝えします。

インタビューイー:中根正登さん
1989年生まれ、新潟県南魚沼市出身。大学進学とともに東京へ移り住み、卒業後は一般企業に4年間勤務。結婚後、配偶者の実家がある北海道訓子府町を訪れ、農業に興味を持ち2017年に移住。2年間の研修後、2019年1月に第三者農業経営継承にて経営移譲を受ける。タマネギ1ヘクタール、花き4反(ハウス4棟)を栽培。

農家側の手続を知りたい方はこちら。


未経験から農家へ。第三者農業経営継承による新規就農を選択した理由

中根さんが受け継いだ畑とハウス
撮影:高橋みゆき
ーー新潟県の南魚沼市と聞くと、農業が盛んな地域というイメージがあります。中根さんが出身地の新潟ではなく北海道で農業を始めようと思ったきっかけについて教えてください。

中根さん:
新潟の南魚沼は確かに農業が盛んな地域なのですが、私自身は農家の出身ではありません。また、大学進学とともに地元を離れ東京で暮らすようになり、新卒で就職した企業でも農業にはまったくかかわりがありませんでした。

農業との出会いは本当に偶然で、「妻の実家が農家だった」ことが就農のきっかけです。一般企業に就職後、結婚して妻が妊娠したときに、実家のある北海道で里帰り出産をすることになりました。その際、私も妻の実家を訪れて、農業に少し触れる機会があって。「ああ、農業っておもしろいな。やってみたいな」と思ったのはその頃です。

妻の両親からも「こちらにも仕事はある」といわれましたし、”じゃぁ移住しようか”となったときに、「農家をやめたいけれど、施設や土地を手放すのには手間がかかるし、更地にするのはお金がかかる。誰かに引き継いでもらいたい」と後継者を探している農家さんの存在を知り、2017年に移住して、その農家さんのもとで第三者農業経営継承を前提とした研修を始めました。

こちらの農家さんが妻の実家のご近所で、話がトントン拍子に進んだことを覚えています。2年間の研修の後、2019年1月には経営移譲して、私の名前で経営をスタートしています。

第三者農業経営継承の流れ:中根さんのケース

花卉用ハウス施設
撮影:高橋みゆき
ーー第三者農業経営継承はどのような手順で行われましたか?

中根さん:
経営継承自体はとてもスムーズだったと思います。私の場合は、はじめに担い手を探している農家さんのお話を伺って、それから訓子府町の農林商工課(地域担い手センターの窓口)で各種手続きを進めていきました。経営や資金繰りに関しては、農協と相談しながらという感じで。

私が移住したころ、ちょうど訓子府町で新規就農者支援制度という事業が始まったとのことで、国からの補助(農業次世代人材投資資金)だけでなく、町からの支援も受けつつ今に至ります。

2年間の研修で学んだこと

引き継いだハウスは4棟が通路でつながっている
撮影:高橋みゆき
ーー2019年1月に経営を引き継ぐ前は、2年間の研修を受けたとのことですが、具体的にはどのようなことを学ばれたのでしょうか。

中根さん:
研修では、農業に関するあらゆる業務について教わったのはもちろんのこと、経営や販路についても学びました。私は現在、先代の農家さんから引き継いだ畑とハウスで、同じくタマネギと花きを栽培しています。
この近辺では花きを栽培する農家は珍しく、また販売先も市場ではなく造園業者などに直接販売するスタイルだったので、販路を引き継ぐために販売先に挨拶をして顔を覚えてもらう、というようなこともしました。

あらゆるものを引き継いだ

引き継いだ玉ねぎ畑
撮影:高橋みゆき
ーー第三者農業経営継承で先代から引き継いだものについて教えてください。

中根さん:
あらゆるものを引き継ぎました。D型倉庫やハウスなどの施設・設備、畑、作業用の機械。それに、販路とパート作業員も引き継いでいます。引き継いだ畑はタマネギが1ヘクタール分、花きを栽培するハウスが4棟、面積にして4反分です。ただ、施設や土地は5年間の賃貸という形をとっています。
パートの作業員に関しては、繁忙期に手伝いをしてくれる方3名を、先代から引き続きお願いしています。花きの栽培はそのほとんどが手作業なので、どうしても1人だけではやりきれない仕事が多くあるためです。

経営継承までの道のりは平坦ではなかった

山道
出典:写真AC
ーーご自身で経営を始めるまでの間には、苦労されたこともあったのではないでしょうか。

中根さん:
研修の間は生活費の面で厳しいと感じたことが多々ありました。「農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)」制度を活用すると、最大で年間150万円の補助金を受け取れます。
しかし、この補助金を受けるためにはいくつかの要件を満たさなければなりません。例えば、生活費のためにアルバイトをしようと思っても、アルバイトをしていた時間のほうが研修の時間より長いとなれば、補助金を受け取れなくなります。

わが家は私と妻、子ども2人の4人家族で、しかも子どもが2人とも幼いこともあり、農業を含め妻が働くことはできませんでした。生活費の足りない分は、貯金を切り崩したり、両親から支援してもらったりして補いました。
先日、とあるニュースでこの補助金が満額出ない地域があることも知りました。これから補助金などを受けつつ第三者農業経営継承に踏み切ろうと考えている方は、ある程度の貯金があったほうが安心して研修に取り組めると思います。



ーー農業や経営の研修自体はどうでしたか?

中根さん:
研修の最中、継承してくれた農家さんがとてもよくしてくれ、おかげで経営を続けていくことへの不安はありませんでした。研修中には、農作業の合間をぬって今後必要になるであろう大型特殊免許とけん引免許も取得しています。

地元ではない場所で自分が知っている人もほとんどいない中、一から農業を始めるとなると、だれでも大きな不安を抱えてのスタートになるでしょう。土地も設備も販路もそのまま引き継げ、しっかりとした研修制度もある第三者農業経営継承は、そういう点で優れた制度だと感じています。


経営初年度は充実の1年

花卉の栽培に使うポットがずらりと並ぶハウス内
撮影:高橋みゆき
ーー2年の研修を終えて、2019年1月1日に経営移譲。それからおよそ1年が経ちました。自分の力で経営した中で、どのような思いを持ちましたか?

中根さん:
一言でいうと、「楽しかった!」これにつきます。本当に充実した1年でした。花きの栽培は2月から始まり、収穫は6月に終わります。およそ半年の間、ハウスの中で行う作業はそのほとんどが手作業です。

北海道の農業は何もかもスケールが大きく、トラクターなどの重機に乗って行う仕事が多い印象ですが、花きの場合は本当に手作業なんです。種を植えて、芽が出たらポットに移植してハウス内に並べて、収穫時期には花をコンテナに積み込んで…。

わが家のハウス1棟でおよそ3万本の花を栽培できるので、4棟分、約12万本の花を生産しています。作業はとにかく大変の一言です。でも、作物って手間暇をかけた分だけ応えてくれるんですね。手をかけて、その分収穫量が増えると、なんともいえない喜びがあります。


ーー新規就農者を受け入れる周囲の反応はいかがでしたか?

中根さん:
地域の人たちは本当に温かく迎えてくれました。人手が足りなければ手伝いに来てくれたり、余った資材を分けていただいたりすることもあります。

第三者農業経営継承にあたり、町職員や農協職員も尽力してくれました。農協に関しては、地区の担当者が研修から就農、就農後の計画策定・営農管理とさまざまな部分で手を貸してくれました。自分一人ではここまで来るのは難しかったでしょう。皆さんに感謝しています。

取材を終えて~第三者農業経営継承のメリット・デメリット~

玉ねぎ畑
出典:PIXTA
農業に興味・関心があり新規就農を考えているのなら、中根さんのように、施設も土地も、販路も丸ごと引き継げる第三者農業経営継承での就農も一つの手です。
今回、中根さんのお話を伺う中で、第三者農業経営継承には「すべての資産を引き継げる、安定した経営をすぐにスタートできる(可能性が高い)」という利点が見えてきました。その反面、研修期間の生活費の問題も浮き彫りになりました。自分が経営者になるまでの研修期間を安心して過ごすためにも、第三者農業経営継承での就農を考えているのなら、ある程度の貯蓄を用意しておく必要がありそうです。

また、中根さんのケースでは、配偶者の実家が農家だったこと、配偶者の実家の近くの農家がちょうど後継者を探していたことなどのうれしい偶然がありました。もし、自分だけで後継者を探している農家を見つけようと思っても、農業経験がない人にはハードルが高い作業に思えます。その理由は次の3つです。

・農業の規模感がわからない
・経営のいろはを知らない
・作物ごとの収益性や栽培の難易度がわからない

第三者農業経営継承は、農業に関する知識、経営に関する知識をある程度有している方のほうが向いているでしょう。これから新規就農を考えているけれど、何から始めたらよいのかわからないという方は、まずは新規就農セミナーやイベントに参加してみることをおすすめします。


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高橋 みゆき

北海道在住のフリーライター。北海道の畑作農家に生まれ、高校卒業後に農業協同組合に入組。JAでは貯金共済課の共済係として、窓口にて主に組合員の生命保険・損害保険の取り扱いをしていました。退組後、2013年まで酪農業に従事。現在はスマート農業に興味津々。テクノロジーを活用した農業についてお伝えしていければと思います。

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