- YumiYamashita
作家・コラムニスト 身体と社会との関わりに関心を持ち、五感、食、日本文化、ヒット商品などをテーマに取材。新聞、月刊誌、週刊誌、大手ニュースサイトにて時事問題からテレビドラマまで幅広く執筆。…続きを読む
アーティチョーク農家として日本一の規模を誇るタケイファーム・武井敏信さん。「農業の地位を上げる」を目標に、さまざまな試みや情報発信を続ける1人都市型農業の成功事例として注目を浴びています。 当連載ではそんなタケイファームの実践を通して、目指すべき仕事の価値、価格とは何か、商品デザイン、ブランド構築、顧客との関係、情報発信といったテーマについて読み解いてきました。 連載9回目はお金以外に農家が受け取る「対価」について考えてみたいと思います。武井さんが掲げている農業の「価値」とも、実は深く関係しているテーマです。
農家にとっての金銭以外の対価とは何か
野菜を購入してもらったとき、生産者が手に入れるのはまず「お金」です。金銭的な対価は仕事において最も重要なもの、と言っていいでしょう。 これまで連載の中でも「価格を安易に考えてはいけない」「高い価格で売れるように商品価値を上げていく」といった武井さんの考え方を紹介してきました。 ただし、仕事というものをよく考えてみると金銭には換算できない側面があることもまた事実です。そのことが想像以上に深い意味を持っていることに気づいているでしょうか。 ▼武井さんが考える野菜の価値や価格についてはこちらの記事をご覧ください。
タケイファームが得ているお金に換算できない対価
タケイファームの場合、金銭にはならない対価といえば、野菜に対する賞賛、仕事の姿勢に対する共感、人との出会い、異業種の人から得られるアイディアや新しい仕事、社会貢献しているという評価、ブランドの向上など、実にさまざまなものを受け取っています、と武井さん。
「農業をするうえで、お金以外に自分を支えてくれる対価について意識することも大切です。 なぜなら、自分ではどうにもならない自然の力に左右されるのが農業だからです。 害虫、異常気象、今回のような巨大化した台風、記録的大雨など思いもよらない外的要因によって、どうしても影響を受けてしまいます。いくら努力しても、せっかく育てた作物が異常気象のせいで枯れてしまったり、害虫被害でダメになってしまったり、野菜が収穫できないとなると精神的ダメージは大きく、心が折れてしまいます。僕自身、仕事を続ける気力がなくなってしまうことも一度や二度ではありませんでした。」
「お金」という対価が得られないときに支えてくれるもの
収穫がないということはイコール「収益がない」ということ。厳しい現実です。 自力で立ち向かえない困難に直面したとき、ポキッと折れない「強さ」を身に付けるには、いったいどうしたらいいのでしょうか。
もしも収益・お金だけではない別の目標があったらとしたら、どうでしょう?
「これまでお話してきたように僕自身は『農業の地位を上げる』という究極の目標を持って仕事をしてきました。困難に直面したときも、その目標があるから何とか仕事を続けようというモチベーションが生まれてきます。もしその目標がなかったら、今日まで続けてこられたかどうかわかりません。」
夢をもって始めた農業だけに、続けることが辛くなったときどうすればいいのか。 「収益」だけではない別の目的や目標を持つことができれば、やっぱりこの仕事を続けようと、改めて奮起できるということかもしれません。 ▼農業の地位を上げようと決意した武井さんの想いはこちらをご覧ください。
シェフの料理も大きな対価に
収穫した野菜の95%をレストランに販売しているタケイファームの販売先には、有名なレストランがいくつもあります。超有名ファッションブランドが経営する銀座のレストランもその一つ。 この超有名店で自分が育てた野菜がいったいどのような料理になるのか、一度食べてみたいと思い続けてきた武井さん。今年とうとうその夢がかなったそうです。
「タケイファームのフィレンツェナスが、お皿の上で美しくて素晴らしい料理になって出てきたときは、心から感激しました。さらにシェフが厨房にまで招き入れてくださったんです。こんなにうれしいことはありません。まさに生産者の特権ですね。お金には換算できない、かけがえのない対価の一つです。」
手塩にかけて育てた野菜の魅力をシェフが最大限引き出してくれたとき、明日への活力が涌きます、と武井さん。 そのうえシェフの料理は、結果としてタケイファームを広く知らしめる宣伝にもつながり、タケイファームのブランドを高める力にもなっています。 つまり、広告費という金銭を投入しなくても、宣伝という対価を武井さんは受け取っているというわけです。 ▼シェフとの関係性を築くことならこちらをご覧ください。
▼タケイファームの宣伝・情報発信のことならこちらをご覧ください。売れない野菜が物語を生むこともある
お金にならない野菜。売れない野菜。それを「失敗作」と呼ぶのは自然なことかもしれません。 しかし、お金にならない野菜でも、何らかの対価を生むことがあるとしたら? それはどんな場合なのでしょうか。
失敗野菜のカルドンセルバチコがくれたもの
以前タケイファームはニュース番組『news zero』(日本テレビ系2017.1.19)に取材されたことがあります。 取材レポーターは、何とあの芥川賞受賞作家であり、お笑い芸人の又吉直樹さんでした。 タケイファームの畑にやってきた又吉さんは、トゲトゲの葉っぱに目をとめました。 武井さんが差し出すと、又吉さんはぱくっと口に入れました。 このトゲトゲの葉っぱは、実は日本ではほぼ目にすることの無い「カルドンセルバチコ」という珍しい野菜で、タケイファームで実験的に栽培していたのです。 興味深そうにカルドンセルバチコのトゲトゲの葉っぱを又吉さんは口に入れました。
又吉さん:「ホンマ痛くて食べられないですね(笑)」
苦笑いして、カルドンセルバチコを口から出して一言。
又吉さん:「これ失敗ですか?」
取材VTRが終わりスタジオにカメラが切り替わったとき、又吉さんが改めてコメントしたのも、トゲトゲで痛い野菜カルドンセルバチコのことでした。よほどその体験が印象的だったのでしょう。
又吉さん:「忍者のマキビシ(逃げるときばら撒く武具)ってあるじゃないですか。あれを食べているのと同じでしたね」
又吉さんが冗談を飛ばすと、スタジオ内でどっと笑いが沸きました。
取材のときを振り返って武井さんは言います。
「僕もつい『トゲが痛くて食べられない野菜なんで失敗作ですよね』と返事しました。商品としては売れなかったしお金にならなかったから。でも、これだけ面白いエピソードを生んでくれたんですよ。テレビ映えする話になったわけで、カルドンセルバチコという野菜を育てたことは、ある意味成功とも言えるんです。人を惹き付ける野菜としての大きな役割を果たしてくれて、話題性やストーリー性という対価をくれたのです。」
トゲのあるカルドンセルバチコは結局商品化できなかったため、1円も稼いでいません。しかし、武井さんが手に入れた「対価」は確実にありました。
価値のある対価とは?
コストカットの意識ばかり先走っているこのご時世です。 「できればタダでやって欲しい」「ボランティアで参加して欲しい」といったちゃっかりした依頼も入ってくるかもしれません。手弁当で来てほしいという要請も多いのかもしれません。 そうした仕事については、どう考えたらいいのでしょう。
自分にとって重要な対価になるのか
特に新規就農者の場合、農家の知り合いは少ないはずです。無償であっても、自ら手をあげて率先して動くことで人脈を作るのは大事でしょう。武井さん自身、名前が売れていないときには自分から活動の場を作っていくことを意識していたと言います。 例えばイベントに参加して欲しい、と打診された場合。 野菜が売れるから、ノーギャラではないかもしれません。しかし、交通費等はすべて自前で、かつその日は畑で収穫や出荷の仕事もできないし、イベントで野菜の売り上げが少なければ、結果として赤字になってしまうこともあり得ます。
「自分にとってどんな意味があるのか、考えてみるといいと思います。何かご縁ができるとか、新たな発見につながると期待できるなら、たとえ金銭的対価がなくても活動すべきときもあります。 反対に、どんなに高いギャラを提示されても、農家を低く見ているような相手からの依頼は、僕はきっぱり断っています。」
ただ漫然と引き受けるのではなくて、一つずつその意味を考えながら選んでいくことが大切、と武井さんは言います。 あまり自分を安売りしてしまうと、結果として農業の地位も上がっていかないからです。赤字になっても参加するケースもあれば、仕事ベースで収益をきちんと確保できない場合は受けない、といったようにケースバイケースで複数の基準をもって判断しているそうです。
自分を本気にさせる対価が必要
農業を始める前は営業の仕事をしていた武井さん。自動車販売の店長として現場で学んだことが今、農業ビジネスにも活きている、という話を連載でも紹介してきました。
「今思うと単純ですが、営業マンのときは隣のライバルに勝ちたい、といった競争心が仕事に対するモチベーションになりました。農業においては形は違うけれど、自分自身を奮い立たせる目標や仕掛けといったものがやはり必要だと思います。それがあれば頑張れるし、面白がれますから。」
畑の上の生産だけに目を向けていると、息苦しくなってしまうこともあるはずです。 ワクワクしたり面白くなるような仕掛けを作り、自分のやる気をかき立て、畑の外へと目を向けていくことも大切でしょう。たとえギャランティーが少なくてもイベントなどさまざまな活動をする理由とは、「やりがい」「新鮮な出会い」「発想の転換」が得られるからかもしれません。 武井さんの場合は、自分がこれまでしてもらったことを社会へと還元していくという感覚があるそうです。
「結局、過去に自分が引き立ててもらった経験があるからこそ、今があるんです。だから自分もできるだけ、良いと思えること、やる気のある人を応援し、農業を通して自分が得たチャンスや恩義を世の中にお返しできたら、と思います。」
農家はお金以外の対価に支えられている
誰かが背中を押してくれた。そして、助言し、励ましてくれた。 お金には直接換算できないけれど、かけがえのない体験が力を与えてくれることもあります。 自然と対話し向き合う「農業」という奥深い仕事だからこそ、お金以外の対価が意味を持つのかもしれません。 次回は「農業のイベント」について考えてみたいと思います。 栽培や収穫の体験が流行している昨今、あえて「1000円イベントはやらない!」という武井さんに、その理由や意味を解説してもらいます。
「タケイファームから学ぶ時短と収益UPを目指すヒント」バックナンバーはこちらから。