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【スマート農業事例】中小規模経営のためのアグリテック|IoTはかりで経営改善のきっかけに


「スマート農業」や「アグリテック」は、大規模生産者が導入する最新の機械やシステムだと考えられがちです。スマート農業の本質は、製品の導入ではなく、導入をきっかけにさまざまな波及効果が得られることです。中小規模の生産者がスマート農業に取り組んだことをきっかけに、経営改善に目が向いた事例を紹介します。

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紀平 真理子

オランダ大学院にて、開発学(農村部におけるイノベーション・コミュニケーション専攻)修士卒業。農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートやイベントコーディネートなどを行うmaru communicate代表。 食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫農業経営アドバイザー試験合格。 農業専門誌など、他メディアでも執筆中。…続きを読む

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ハピフルトマト

写真提供:まるたか農園 鈴木崇司(ハピフルトマト)
スマート農業と聞くと、自動走行トラクター、ロボットやドローンの活用などが注目されており、中小規模の生産者の中にはスマート農業には無縁だと考える人もいます。しかし、ほんの少しのスマート化で経営改善のきっかけをつかむことができた事例があります。静岡県浜松市でIoTはかり(自動選果計量機)を導入したまるたか農園に起こった変化を紹介します。

お話を聞いた人

まるたか農園
写真提供:まるたか農園 鈴木崇司

プロフィール:まるたか農園 鈴木崇司さん
所在地:静岡県浜松市
栽培品目:大玉トマト&ミニトマト(ハウス10棟/1ha)、梨(60a)
雇用人数:11名(うち1名社員)、農福連携で作業委託
販売:流通業者への卸売、スーパーマーケットとの直接取引など
生産量:年間約150トン(大玉トマト80トン、ミニトマト70トン)
ホームページ:まるたか農園

スマート農業とは

アグリテック
出典:写真AC
スマート農業とは、ロボット、AI、IoTなど先端技術を活用する農業のことをいいます。スマート農業を実践する目的は、生産現場の課題を先端技術で解決することです。

スマートの農業の効果

スマート農業は、先端技術を導入することで、自動化による作業の省力化、記録のデジタル化による作業情報の共有、データの解析による予測という効果が得られるといわれています。

作業の自動化

作業を自動化することで、少ない人数でも効率よく作業ができます。

情報共有の簡易化

作業の記録をデジタル化や自動化し、スタッフ間などで情報を共有することで熟練者以外でも主な生産活動ができるようにします。

データの活用

データやデータの解析により、農作物の生育や病害虫を予測して、圃場(ほじょう)ごとの状況に応じて作業計画を調整し、適切なタイミングで施肥や収穫ができるので、より高度な農業経営ができるようになります。

参考:農林水産省「スマート農業の展開について」

アグリテックとは

農林水産省は「スマート農業」を、先端技術を活用する農業と定義していますが、Agriculture(農業)とTechnology(技術)を組み合わせた造語である「アグリテック」という言葉が使われることもあります。スマート農業もアグリテックも広義には同じコンセプトです。

    静岡県浜松市での取組み

    静岡県浜松市では、浜松市商工会議所が「はままつアグリテック推進プロジェクト」に参画しており、ロボット、AI、IoTなどの技術を使って、浜松ならではのアグリテックを目指し、新たな農業のあり方に取り組んでいます。その一環として、まるたか農園のIoTはかりの導入プロジェクトが実施されました。

    スマート農業やアグリテックと聞くと、「最先端技術の導入や高額な設備投資が必要なのでは?」と考える中小規模の生産者もいます。しかし、今回紹介するIoTはかりは、多様な作目を栽培し、中小規模の経営体の生産者も多い浜松市での取り組みなので、参考になる人も多いでしょう。

    スマート農業についてはこちらもチェック


    IoTはかりでスマート農業の第一歩

    IoTはかり
    写真提供:紀平真理子
    鈴木さんは、年間で約70トンのミニトマトを地域の卸売業者を介してスーパーマーケットなどへ出荷しています。収穫したミニトマトは、選果機で大きさ別に分け、サイズ別に折りたたみコンテナに入れていきます。選果が終わると、コンテナごと出荷する場合と、さらに小分けに梱包して出荷する場合がありますが、いずれにせよミニトマトは収穫した分すべてを選果し、サイズごとに分けます。


    選果する理由は?

    鈴木さんがミニトマトを選果するのは、パック詰めしたときにきれいだからです。卸売業者を介した小売店などへの販売やスーパーマーケットなどに直接販売しており、農産物の規格で出荷額は変わりませんが、玉サイズがそろっているほうが消費者に手にとられやすいという理由から選果をしています。

    もともとどのように選果していた?

    トマトの計量
    写真提供:紀平真理子
    IoTはかりを導入する前は、社員1人とパート従業員1人が選果機の横に立ち、裂果したものなどを手で取り除きながらミニトマトを入れていました。サイズごとに分けられ、選果機の下に設置した折りたたみコンテナに入ります。

    作業者は、目視で折りたたみコンテナが10kgになったと判断すると、選果機を一旦止めて、コンテナを写真のようなアナログはかりまで運び、重量を確認します。10kgに満たない場合は、再び選果機の下に戻し、選果を続けます。
    鈴木崇司さん
    鈴木崇司さん
    10kgだから少し頑張ればできていました。これ以上の重量だとそもそも手で運んでいなかったと思います。


    この作業には、1日に3時間程度を要します。収穫量が多い時期には、1日に300〜400kgを選果し、30〜40コンテナを作ります。そのため、選果機からはかりに10kgのコンテナを運ぶ作業が1日に30〜40回以上あり、作業者にとっても大きな負担となっていました。

    IoTはかりを導入する前|作業工程は7つ
    1. ミニトマト投入
    2. 箱を目視でチェック
    3.(10kgに達したと作業者が思うと)手動で選果機停止
    4. 作業者がミニトマトをアナログはかりまで運搬
    5. アナログはかりで計測
    6. 不足時は2へ戻る
    7. 出荷


    導入したIoTはかりはどのようなもの?

    浜松市のアグリテックプロジェクトで導入したIoTはかりは、ホームセンターやインターネットで容易に手に入る重量センサーやコンピュータCPU、すのこで製作されたものです。もともと鈴木さんが所有していた市販のミニトマトの選果機をそのまま使用でき、システムに関しても、Googleなどの無料のツールを活用したことにより、サーバーレスで取り扱いが簡単で、導入コストも安価におさえられます。
    鈴木崇司さん
    鈴木崇司さん
    もともと市販の電子はかりを購入することを考えていましたが、高額かつオーバースペックで、効果が見えず導入まで至りませんでした。プロジェクトで導入したIoTはかりは今の経営状況に合っていて、簡単という点がいいですね。

    IoTはかりの導入後に変わったこと

    トマト栽培
    写真提供:まるたか農園 鈴木崇司
    2020年の秋にIoTはかりを導入してから、まるたか農園にはどのような変化が起こったのでしょうか。

    作業者の負担軽減

    トマトの選果
    写真提供:紀平真理子
    多い時期には1日に10kgの重さの30〜40コンテナを持ち上げて、はかりと選果機の間を何往復もしていました。IoTはかりは、すのこの下に設置したセンサーにより、一定の重さになると選果機が自動的に停止し、ブザーと同時に声でお知らせします。そのため、目視をして、選果機を止め、10kgコンテナをはかりまで運び、不足していれば選果機まで戻って、また選別を繰り返す工程を削減でき、作業負担を軽減できました。
    鈴木崇司さん
    鈴木崇司さん
    従業員たちからは、「もうこのはかりがない時には戻れない」と言われました。

    IoTはかり導入後|作業工程が7つ→3つへ  ※( )内はIoTはかり導入前の工程の順
    1(1). トマト投入
    2(5). アナログはかりで計測
    3(7). 出荷


    利益の向上

    作業負担軽減
    写真提供:紀平真理子
    現在は、プロジェクトの一環で試験的にIoTはかりを使用しています。ミニトマトの選果作業のみに焦点をしぼり、「IoTはかりがない状態」と「IoTはかりシステム一式(40万円程度)を導入した場合」とで収支計算したところ、導入した場合の方が利益が大きいことがわかりました。

    40万円でIoTはかり導入|選果作業の利益は1日あたり2,000円アップ

    選果作業の収支IoTはかりなしIoTはかり(40万円)導入
    総粗利20,000円
    =100円(ミニトマト1kgの粗利)×200kg(1日の選果量)
    20,000円
    =100円(ミニトマト1kgの粗利)×200kg(1日の選果量)
    固定費

    (3時間の作業)
    15,000円
    =社員6,000円+パート従業員3,000円+その他電気代など6,000円
    13,000円
    =社員6,000円+その他電気代など7,000円
    利益5,000円
    =20,000円(総粗利)-15,000円(固定費)
    7,000円
    =20,000円(総粗利)-13,000円(固定費)
    40万円でIoTはかりを購入し、5年償却にすると、1日あたりの機械工具減価償却費が600円とインターネット回線などの通信費が1日に400円かかるため、そのほかの固定費が1,000円高くなります。しかし、作業の効率化により社員とパート従業員の2名体制での選果から、社員1名でできるようになるため選果にかかる人件費が削減でき、結果として利益も2,000円アップします。
    鈴木崇司さん
    鈴木崇司さん
    作業者への負担がかかりにくいので、今後、選果作業をパートさんにお願いできるようになると、利益がさらに上がります。機械投資に40万円とだけを見ていると、「高いな」と思いますが、作業工程にわけて計算すると、「入れた方がいいな」と思います。1kgあたりのミニトマトの粗利が最悪3割下がったと仮定しても、利益を確保できることが計算からわかったので、導入すると効果が出せると判断しました。



    ハウスごとの収量を把握

    収量の比較
    写真提供:紀平真理子
    IoTはかりの導入前は、ハウスごとの収量の把握はしていませんでした。しかし、選果と同時並行でGoogleのスプレッドシートにハウスごとの収量が記録されるので、「1日」に「どのハウス」で「どのサイズのミニトマト」が「何箱分」収穫できたかを可視化できるようになりました。鈴木さんは、現時点では栽培技術の向上や経営改善のためにデータを活用することが先決だと考えていますが、ゆくゆくはこのデータを販売にも活用したいと考えています。
    鈴木崇司さん
    鈴木崇司さん
    ハウスごとの収量がわかると、それぞれの違いが可視化できるので、このデータを栽培技術向上や販売方法にどのようにつなげるか考えるようになりました。また、何か改善の余地はあるのだろうかと経営を見直すきっかけになりました。今は、農園をもっと良くしていけると思っています。

    従業員と前向きに改善の話ができるようになった

    IoTはかりを導入したことで、鈴木さんに起こった変化は、従業員にも広がっているそうです。
    鈴木崇司さん
    鈴木崇司さん
    ハウスごとに収量の記録ができるようになると、どこのハウスで収穫したトマトかわかるようにと、パート従業員さんたちが自主的に各ハウスの名前を書いた札を作って、収穫したプラスチックケースに入れてくれるようになりました。


    また、IoTはかりの使い方や改善点を社員を含めた従業員と話す中で、農園内のほかの改善点についても前向きに話ができるようになったそうです。

    経営規模に合ったスマート農業への取り組みがよい効果を生む

    トマトの選果
    写真提供:紀平真理子
    スマート農業やIoTは高価で、大規模経営をしている生産者が取り入れるというイメージが持たれます。IoTはかりについても、価格の制約がなければ市販品でも購入できますが、経営規模によっては、価格だけでなく、スペック的にも作業量的にも高額なIoTはかりを購入するに至らない場合があります。現状の農園の実態に合った、機械やシステムを導入することが意味のあるスマート農業に取り組むためには重要です。

    スマート農業は経営改善のきっかけに

    スマート農業を導入するとよい点は、データによって現在の状況が可視化できるようになるので、自然と経営の改善に目が向くようになることです。その次のステップとして、さらに必要なシステムや技術を考えられるようになります。
    鈴木崇司さん
    鈴木崇司さん
    IoTはかりの導入自体が目的ではなく、データを使って分析して、経営の形を変えていくことが経営者の役割です。

    カスタマイズされたスマート農業は贅沢だが有益

    もともと、スマート農業は、作業を統一化、標準化することで効率化をはかり、同じやり方を取り入れることで安価に生産ができる仕組みづくりをするためのものです。しかし、浜松市の場合は、栽培作目や経営規模もバラバラで、それぞれ違うことに価値もあります。この環境下では、スマート農業を普及させるのに適さないと考えられがちです。

    しかし、「カスタマイズされた身の丈に合ったスマート農業」を取り入れた鈴木さんは、「労働負担の減少」「データの集積・分析」、そして「データを用いた経営改善」という大きな第一歩を踏み出すことができました

    小さなステップで身の丈に合ったスマート農業を!

    まるたか農園
    写真提供:まるたか農園 鈴木崇司
    IoTはかり自体は、新しい製品ではなく、市販でも購入できるものです。スマート農業やアグリテックはIoTやAIなどを搭載した製品を導入することに意味があるのではなく、そのツールを使用して経営を見直したり、改善点を発見したり、従業員と話をするきっかけができたりすることに意味を持ちます。そして、それが長期視点での経営改善につながります。

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