目次
株式会社久松農園 久松達央さんによる、豊かな農業者になるためのメッセージを伝える連載。
久松農園は、1カ月に1,000以上の野菜セットを直接顧客へ発送しています。定期便の購入者に対しては、毎週、隔週、毎月などそれぞれの頻度で野菜セットを送り、農園から野菜の情報を伝えたり、時には顧客からフィードバックを得る形で、顧客と関わっています。消費者への直販は、業者を介さず生産者と顧客が直接つながっているため、顧客からの喜びの声などのうれしいフィードバックを受けやすい販売方法です。同時に、顧客からの意見やクレームも入りやすい仕組みです。
直販、野菜セットの関連記事はこちら
今回は、消費者直販における「顧客とのつきあい方」について、顧客との関係が近いからこそ生産者側が留意すべきことについて、久松さんに解説してもらいました。
プロフィール
株式会社 久松農園 代表 久松達央(ひさまつ たつおう)
1970年茨城県生まれ。1994年慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人株式会社を経て、1998年に茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を有機栽培し、個人消費者や飲食店に直接販売。補助金や大組織に頼らない「小さくて強い農業」を模索している。さらに、他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行っている。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)
自分か顧客か?|こだわりと世間の声の接点にビジネスがある
マーケティングの考え方をもとに、その時代の顧客に求められているものをリサーチし、世間の声に沿ってものづくりをする方法があります。久松さんは、マーケティング思考を参考にすることは大切だとしながらも、生産者自身が作りたい、顧客へ提供したいと思えるものを作らないと、農業をしている理由を見失ってしまうのではないかと問います。久松さんは「マーケティング戦略」で流行に合わせることは得意ではない
久松さんは、就農時から今のように「好きなもの、やりたいこと」を貫くスタイルだったのでしょうか。
久松達央さん
農業をはじめたときは、特に意識もせずに自分が好きなものを作ることが当然だと思っていました。でも、いざやってみると、うまくいかないことも多々ありました。マーケティング的なことを考えた時期もありますよ。
お客さんに求められて、流行のものを作って売っていたということでしょうか。
久松達央さん
そうです。あまり好きではないけれども、流行っているという理由だけで作って売っていたことがあります。でも、途中でお客さんにそれをほめられても、僕はうれしくないことに気づいちゃったんです。
今は、お客さんの要望に合わせて野菜を作っていないのでしょうか。
久松達央さん
そんなことはありません。マーケティング的な考え方や手法にも学ぶことは多いので、ある程度は考えます。ただ、優れた営業パーソンは個人的に好きかどうかに関わらず上手に販売ができるかもしれませんが、僕はそれができるタイプではないんです。自分が好きじゃないものは売れないんですよね。
何をほめられたいのか
そのほかに流行に合わせない理由は何かありますか。
久松達央さん
適応できる能力をほめてほしいのではなく、自分がいいと思ったものをお客さんにもいいと思ってもらいたいからというのも大きいです。
お客さんが望むものを作って喜んでほしいというよりも、久松さんがいいと思うものを共有したいという意味ですか。
久松達央さん
そうですね。「僕はこの野菜をいいと思うけど、いいよね?」というスタンスです。特に消費者へ直販をしている場合には、本当にいいと思えるもの、おいしいと思うものを作って、自分が良いことをしているんだと思えないと、次第に「あれ?何のために農業をしているんだっけ?」という壁にぶち当たってしまうと思うんです。
自分と顧客の接点にしかビジネスはない
はじめたばかりの生産者の中には、本当にやりたいことや作りたいものがあるものの、収入につながらなさそうという理由で、まずは顧客に人気で売りやすいなどの収入につながる品目や品種を選ぼうと考える人も多くいます。久松さんはこれをどのように考えているのでしょうか。はじめは売れるものを作って、あとからこだわりを追求するのはいかがでしょうか。
久松達央さん
ミュージシャンがレコード会社から「こだわりも大事だけれども、まずは売れて、それからやりたいことをやりなさい」と言われて実践した場合、はじめに支持してくれる顧客は、流行に合わせたものを好きな人ですよね。売れてからこだわり方向へ転換しても、その人たちはついてきてくれるのでしょうか。しかも、売れることに注力しているうちに、作り手側のクリエイティビティは失われてしまいます。
こだわりが大事ということですね。
久松達央さん
そうです。とはいえ、ある程度は世間の声に耳を傾けないと独りよがりになってしまいます。自分がいいと思っているものと、顧客がいいと思っているものの接点にしかビジネスはないんです。聴衆がいないとライブが成立しないように、食べてくれるお客さんがいなければ直販も成立しません。また、こだわり職人側と、企業側の気持ちでせめぎあうことも大事だと思っています。
それはどういう意味でしょうか。
久松達央さん
こだわっておいしいものを作りたいと同時に、そうは言っても所詮(しょせん)野菜だという覚悟も持ち合わせています。かつて、うちのニンジンやトマトを練り込んだ生パスタを製麺所に委託して作っていたのですが、そこの社長に「うますぎるものを作るともうからないぞ。繰り返し食べられるものは無個性だよ」と言われたことがあります。この感性もとても大事。これが雇用も創出して大きくなれる企業だと思うし、リスペクトもしています。この2つの視点を行き来しながら、考え方も含めて自分がいいと思えるものをお客さんに食べてもらいたいですね。
クレームにどう対応する?|涙でPDCAを回し続ける
生産者から直接農産物が届くという非日常の体験に、心を躍らせて楽しみに待つ消費者も多くいます。その期待の大きさは、消費者直販の野菜セットをおいしいと感じさせる理由の一つになるのですが、その分がっかりしたときにはクレームが発生しやすいともいえます。久松さんは、クレームをどのように捉え、どのように対処しているのでしょうか。クレームにぐらつかなくなったのは?
久松さんは、顧客からの意見やクレームに対して「ごもっとも」と思うこともあれば、「この良さがわからないのか」と思うこともあると話します。就農当初は動揺していたお客さんからのクレームに左右されなくなり、今では意見のすべてを農園の方針に反映させることはないと言います。就農当初と今とでは、クレームに対する考え方や対処法は変わりましたか。
久松達央さん
就農したばかりのころは、クレームで自信をなくしていたことも確かです。当時も今も「自分の好きなことに寄せて、腕を磨いて、それでも支持されなかったら、それは世の中に必要とされていないことだから諦めるしかない」と、自分自身に言い聞かせてはいますが、農業をはじめたころは、何か言われるたびに動揺していました。
あまりお客さんの言葉に左右されなくなったのはなぜですか。
久松達央さん
就農当時は、技術不足でやりたいことが形にできていなかったことも大きいです。お客さんの数が少なかったことも一因です。少ないお客さんに何か言われるたびにぐらぐらしていました。今は、お客さんも増え、栽培技術も向上して、一年間のどこを切り取られても自信を持ってお客さんへ販売できるようになったことが大きいです。
顧客対応もPDCA
野菜セットの直接販売がクレームを受けやすいのはなぜですか。
久松達央さん
お客さんは、野菜の傷みが2回続けば、毎回傷んでいると考えてしまうことは自然です。特に、野菜セットを注文するお客さんは、期待をもって「さあ食べるぞ」と待っていてくれます。だからこそ、おいしさが倍増するのですが、クレームも倍増します。期待させてからがっかりすると、怒りは強くなります。
クレームに対してはどのように考えて、対応していますか。
久松達央さん
農家は毎日収獲をしていますが、お客さんは、隔週とか月に1回しかその野菜を手に取れないし、食べられないわけです。それで、たとえば配送の途中でつぶれたトマトが届いたら、がっかりするのは当たり前です。こちらは、がっかりされたくないと思ってやっているので、納得できるご意見についてはいろいろと対処方法を考えます。
トマトの例では、どのようなことを考えましたか。
久松達央さん
前年にトマトのつぶれについてご意見をいただいたことを受けて、翌年は品種の見直しをしました。やわらかい品種か、硬いけれど、少し作りやすく、配送中につぶれない品種を栽培するのか。検討を重ねて、自分としてはいいところのバランス取ったと思ったのに、お客さんから「硬いね」とご指摘を受けると、「痛いところをつかれたな」と思います。ただ、そう言われたからという理由で、前年の品種に戻すのもまた違うので悩みますね。
久松さんも試行錯誤を重ねているのですね。
久松達央さん
栽培については、「失敗を失敗と思わずにPDCAを回しましょう」と言っています。顧客対応についても、お客さんからの時には厳しい評価を受けて翌年に改善するために、P(計画)を立てるPDCAではありますが、Pを立てるときに、人間関係や気持ちが入るのでにつらくなることもあります。
PDCAとは
Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action (改善)をもとに、仮説を立て、検証を繰り返しながら品質やマネージメントを改善する方法
野菜は芸術作品ではない?|うまくいかない時期の顧客からの反応も引き受ける
一年を通して野菜を栽培し、直接販売していると、端境期などで収穫できるものが少なく、商品ラインナップや品質に自信がない時期も出てきます。その時期に顧客から受けた意見も引き受けることが、自分で作って自分で売ることを選んだ生産者の責務だと久松さんは話します。また、久松さんは、顧客からの反応に動揺しなくなったものの、真剣に取り組んでいるからこそ今でも傷つくと言います。野菜セットをわざわざ注文してくれる顧客の気持ちも理解したうえで、芸術作品ではなく日用品の野菜をつくり、顧客に自分がいいと思うものを提供し続けることが大切ではないかと話します。
直販はどの時期でもお客さんからの反応を引き受ける売り方
技術の向上にともない、年間を通して納得できる品質の野菜をお客さんへ届けられるようになったのでしょうか。
久松達央さん
そうですね。でも、単発のお客さんから注文が入ったときに「今じゃない」と思うこともあります(笑)。そうはいっても、あまり自信がない時期に、お客さんが「おいしいです」と言ってくれたのに、「今の時期は…」と言い訳をしても、お客さんは戸惑うだけです。僕は、20年間直販をやってきて、自分の中で折り合いをつけることも大事だと学びました。スープの出来がいまいちだという理由で、臨時休業するラーメン店が好きじゃないんですよ。
おもしろい例えですが、それはどういう意味ですか。
久松達央さん
自分で作って、自分で売るということは、うまく作れていないときも含めてある程度お客さんからの反応を引き受けないといけないということです。お客さんに何か言われて嫌な思いをしたくないからと、当てられそうなときだけ勝負する「スープがうまく出来たときだけ開店するラーメン屋」ではなく、変化も含めて楽しんでもらいたいです。芸術作品じゃなく野菜ですよ!こだわりへ走っていきそうになったときには、自分自身にも、「おまえ、芸術家気取りかよ」とたまにつっこんでいます。
では、栽培が難しい時期は品質がばらつくことも含めて説明しているのですか。
久松達央さん
本当は、そういう言い訳をするのも嫌なんですけどね(笑)。野菜セットの場合は、どんな時期でも、どんな年でもまったく同じではおもしろくないとも考えている自分の気持ちを含めて、お客さんに共感してもらえるかどうかですね。
傷つくことから逃げ癖がついていない?|直販は顧客から問われ続ける
顧客と距離が近い消費者直販は「己を売るもの」で、常に顧客から問われ続けると久松さんは言います。全力で勝負するからこそ、顧客から指摘されると、時に自分を否定されたように傷つくこともあるそうです。ただ、傷つきたくないからと、何も考えずに顧客からの要望のままに変えていくのではなく、問われた内容に戸惑いながら、自分が何を大切にしているのかを考え続けなければいけません。直販はお客さんから自分の考えを問われ続ける
傷つきながらも、お客さんからの要望には合わせないのはなぜでしょうか。
久松達央さん
お客さんから言われたから、ニーズがあるからということを言い訳にして、考えを深めず、傷つくことから逃げようとする癖がついてしまうと、中身がないものになっていってしまうからです。
お客さんとのやりとりで何か印象的だったことはありますか。
久松達央さん
久松農園は、野菜を洗わずに土を付けたままお送りしています。長く定期購入し続けてくれていたお客さんが「おいしいし、不満はないけれど、洗うことが嫌になった」とやめてしまいました。
その出来事をどのようにとらえたのでしょうか。
久松達央さん
洗わずに出荷することは、不便だと考える人がいることを理解したうえで、僕が捨てていない部分です。なので、傷つきはしますが、仕方ないと思いました。そのお客さんに対しては、いい生産者を見つけてほしいと素直に思っています。この出来事を「こういう意見があったから」と、何も考えずに洗うことにするのは違いますし、「お客さん10名中の7名から洗ってほしいと要望があったから洗う」というのも違うと思います。自分が洗いたいかどうかを問うべきです。
これからもずっと洗わないというポリシーを貫くのでしょうか。
久松達央さん
そういうわけではないです。洗ってある野菜は便利だと思いますが、僕は洗っていない方がおいしいと思うので、今は洗わないことを選んでいます。でも、常に気持ちがぐらついているし、「100対0で洗わない!」というわけではないです。結論が出ないことを考え続けています。
お客さんとの関わりが深い消費者直販では、問われることが多そうですね。
久松達央さん
そうです、直販はお客さんから問われ続けるので、農家は考え続けなければいけません。決して、パターン化してはいけません。