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連載「農業法人を設立するには?」バックナンバーはこちら。
最終回となる第5回は、2,000名もの農業経営塾の卒業生を輩出し、数多くの農業経営に関するアドバイスを行なっている、AGRI PICKの運営会社でもあるアグリコネクト株式会社 代表取締役社長 熊本伊織に、農業コンサルタントの視点から農業の法人化によって経営が向上する秘訣を語ってもらいました。
法人化をきっかけに農業経営に取り組もう
ある一定の売上や収益が上がったら、農業者の頭に浮かぶのは「法人化」という文字です。「節税対策には法人化がよい」などの情報を目にしたことがある方も多いと思います。しかし、個人事業と法人は、それぞれ経営の目的が異なり、法人化の目的も節税だけではありません。経営目的の相違や、法人化の真の意味とは?教えてくれたのは
熊本伊織(アグリコネクト株式会社 代表取締役社長)
1978年生まれ。大阪府立大学経済学部卒業後、松下電工(株)入社。2006年に㈱船井総合研究所に転職した後、農業・食品リサイクルビジネス支援チームで企業向け農業参入プログラムを確立し企業の農業ビジネスコンサルティングを開始。2013年に創業し、現職。大手IT企業、旅行会社、食品スーパー、鉄道会社、金融機関、食品メーカー、食品卸企業、広告代理店など大手企業のアグリビジネス参入コンサルティングや、大規模農業法人の経営コンサルティング、農林水産省はじめ自治体の新事業策定や農産物マーケティング、地域活性化プロジェクトを手掛ける。農業経営者育成に関しては、熊本県、宮崎県、長野県、佐賀県などの農業経営専門の塾、研修の企画・プロデュース・講師を務め、受講者は2,000人を超える。
農業法人とは
「農業法人」とは、法人の形態をとって農業を営む法人に対して任意で使用されます。農業法人の形態は、「会社法人」と「農事組合法人」に分類されます。また、農地法第2条第3項の以下の要件に適合し、農業経営を行うために農地を取得できる農業法人である「農地所有適格法人」もあります。ここでは、主に「個人事業」を営む生産者による「会社法人」の設立について紹介していきます。
法人は新「会社法」にしたがって設立・運営
企業は、2006年に施行された新「会社法」にしたがって、設立・運営されます。新「会社法」とは、株主、債権者、従業員など企業に関わる人々の利害を調整するために作られました。この会社法によって企業が守られる側面もありますが、同時に規則も多くなり、事業や決済も透明化することが求められるようになりました。個人事業と法人とでは事業の目的が異なる
熊本は、「個人事業」と「法人」とでは、事業目的がそれぞれ異なるといいます。その相違をふまえたうえで、法人化の要否を検討することが望ましいそうです。それでは、どのような違いがあるのでしょうか。個人事業は所得の最大化
個人事業の場合は、基本的には所得の最大化が事業の目的です。つまり、経営を通じて自分の所得を増やしたいと考えるなら、個人事業が適しています。法人は利益の最大化
一方で、法人の場合は、基本的には利益の最大化が事業の目的です。法人化をすることで、経営者は社会のために会社があることを知ることができます。個人の利益追求だけでなく、会社が企業活動によって得た利益を納税などを含めて何らかの形で還元し、地域や社会に貢献していきたいと考えるなら、法人化が適しています。節税ではなく、農業経営に取り組むために法人化しよう
ある一定の所得に達したことを理由に、節税の目的で法人化するケースが多くみられます。しかし、「節税して所得を増やしたい」という目的のみで法人化すると、法人化したことによる手間やコストの増加などでメリットを感じにくくなってしまうことも。また、節税を主な目的にしてしまうと、本来の目的である「農業経営にしっかりと取り組む」ことから遠ざかってしまう恐れがあります。農業ビジネスの未来を直感し、法人を立ち上げたアイ・エス・フーズ徳島株式会社の事例はこちら。
法人化によって得られること
では、法人化をすることで農業経営者は何が得られ、今後の経営にどのように活用できるのでしょうか。経営の根本を理解できる
法人化をすることにより、会社で何かを決定する場合に、個人の視点だけではなく、法人の代表者として考えることができるようになります。つまり、経営者として正しい役割や位置づけを理解したうえで方針を決め、事業を推進できるようになります。熊本伊織
法人化することの最大の意味は、「経営者としての意識が持てる」という点です。法人化をすると、経営者は自分のお金、個人の所得より「会社にとって何がいいのか、会社の収益になるか」という視点で考えるようになります。会社のお金は、社長のお金ではありません。これを理解できることが価値ですね。
組織のことを考えられる
法人化をしたことで、「みんな(従業員)のために会社が存在する」という意識をより明確に持てるようになることも法人化のメリットです。個人事業では、基本的には「最後に残った所得を皆で分配する」という発想ですが、法人では経営者を含めたそれぞれの従業員の活動も経費の一部だと発想の転換ができるようになることも利点です。この発想により、経営者として従業員の給料をいかに上げていくのかということも考え始められるようになります。熊本伊織
雇用を視野に入れている生産者は、現段階では個人事業であっても、法人化を検討している場合が多いですね。
今後の事業拡大と、それに必要な人材を正社員として雇うために法人化を決めた、株式会社J‘Pumpkinの事例はこちら。
将来のビジョンを共有しやすくなる
会社として持っている将来のビジョンを外部に共有しやすくなる点も、法人化により得られることです。また、年度末に残った所得を皆で配分する人も多いですが、そうなると将来のビジョンを達成するための投資が難しくなり、ゆくゆくは経営が行き詰まってしまいます。法人化により、会社のお金と個人のお金を切り離す意識ができるようになると、将来への投資に目が向くようになります。これは、会社を存続させるために大切なことです。熊本伊織
例えば、資金調達をするときに金融機関に企業として将来の目標を共有・説明します。そうすると、金融機関は将来のビジョンを達成するために必要なネットワークの構築など、さまざまな側面でバックアップしてくれてよい関係を築くことができます。これも個人事業ではあまり起こり得ない、法人ならではの利点ではないでしょうか。
さらに、法人の場合は金融機関からの資金調達の際に、融資が個人事業主より増額で受けられるなどのメリットもあります。法人には、金融機関が企業の将来を「担保」にしてくれるためです。
法人化したことに満足しないことが大切
ただし、気をつけなくてはいけないのは、法人化したことに満足してしまうと、本来の目的である「経営者の視点」をいつまでも持てないことがあります。法人化をしたことに満足せず、法人化を活かすためにはどのような点を意識すればよいでしょうか。経営者として意識ができれば、変化が起きる
法人化後に経営者としての視点をもつことができれば、経営は自然と向上していきます。そのためには、「会社は社長のものではなく、社会のものだ」という意識を持つことも大切だといいます。その感覚を理解できるようになるために、さまざまな経営者に会う機会を作ったり、セミナーに参加したりすることも大変有益です。熊本伊織
経営者の意識を持って、事業の改善を積み重ねていけば、事業はきちんと回るようになるはずです。大企業の農業参入においては、はじめから法人で就農し、そこから利益を出し続けるという感覚を当初から持ち合わせています。個人事業主も、法人化をする際にはその感覚を意識的に持っていただきたいですね。
法人化により経営が向上した事例
熊本は、農業経営塾で講師を務めており、これまでで2,000名程度の塾生の前で講演し、卒業生を輩出しています。そのうちの50名以上の卒業生が法人化に至っており、皆経営が良くなっていると話します。熊本伊織
売上5,000〜6,000万円のキャベツ農家(30歳)が、昨年私の話を聞いて法人化し、経営がよくなり3〜5年で売上が1億円を超えました。順調に売上を伸ばしています。
農業コンサルタントとして法人化を検討する人へのメッセージ
最後に、農業コンサルタントの視点から、法人化を検討している農業経営者たちに向けてメッセージをもらいました。法人化はビッグイベントじゃない
熊本は、農業界において法人化は数千万円の売上を達成した後のビッグイベントだと考えられがちですが、そこまで売上金額にこだわることなく法人化をしてもいいのではないかといいます。農村地域においては、家族や親族、近隣農家から法人化を反対されるケースもあるため、経営者は、「なぜ法人化をしたいのか」や「法人化することで、経営がどのように変わるのか」という法人化の理由を明確化して周りに説明することも必要です。しかし、法人化自体は、書類を準備して提出するなど、手続きのみで実現できます。経営をしたい場合は法人化がおすすめ
栽培方法や作目を問わず「きちんと農業経営をして、将来なりたい像を描いている場合」には、100%法人化すべきだと熊本は考えています。それは、法人化することで、個人としての視点や決定だけではなく、法人として組織を考慮して考えられるようになり、結果として会社の経営が向上すると考えているからです。企業として「どのように会社の利益を増やすか」ということはもちろん、「従業員が満足して働きたいと考えるためにはどうすればいいか」、「外部とどのように付き合いネットワークを構築するか」など自ずと考え、決定していくことで、経営がよい方向に向かうといいます。「経営者視点を持つための法人化」と捉えると経営がよくなる
法人化を検討するとき、最初に節税対策について考えるケースが多く、それは当然のことかもしれません。しかし、それを唯一の目的とはせず、経営者として組織や社会のために「企業として何をしていきたいか」という視点をもつことが大切です。また、将来のビジョンを周囲にも共有できれば、芯の通った農業経営が実現でき、自ずと経営がよくなっていくでしょう。新規就農時に、「一定以上の年収を達成したら法人化する」など、法人化が目的化してしまうことがあります。また、節税のためだけに法人化したものの、会計の煩雑化や社会保険の増額などでメリットを感じない場合もみられます。法人化を考えるときに、「どのような経営をしたいのか」、「企業として何を実現したいのか」という点も視野に含めて検討し、農業経営のスタートラインに立ちましょう。
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