農業法人を設立すると、農家にとってどんな利点があるのでしょうか。「農業法人を設立するには?」第1回は、農業法人について、設立までの手順一覧や、法人化メリット・デメリットなど基本情報を説明します。
農業法人とは?
「農業法人」とは、法人の形態をとって農業を営む法人に対して任意で使用され、法的に定められた「学校法人」や「医療法人」とは扱いが異なります。さらに農業法人の形態は、「会社法人」と「農事組合法人」に分類されます。会社法人
「会社法人」とは、会社法に基づき営利を目的とした法人形態で、株式会社のほかに合同会社、合名会社、合資会社と呼ばれる持分会社の形態もあります。いずれも事業は農業に限定されておらず、構成員数についても1人以上で上限がなく、また構成員資格にも制限がありません。農事組合法人
一方で、「農事組合法人」とは、農業協同組合法に基づき農業生産について協業を図ることで、組合員の共同の利益を増進することが目的の法人形態です。そのため、構成員資格や構成員数3名以上など決まりごとがあります。また、事業内容も以下に限定されます。(ア)農業に係る共同利用施設の設置(当該施設を利用して行う組合員の生産する物資の運搬、加工又は貯蔵の事業を含む。)又は農作業の共同化に関する事業。(イ)農業の経営(その行う農業に関連する事業であって農畜産物を原料又は材料として使用する製造又は加工その他農林水産省令で定めるもの(農作業の受託など及び農業と併せ行う林業の経営を含む。)。(ウ)(ア)(イ)に附帯する事業。2号法人については、農地所有適格法人の要件も満たしています。
参考:農林水産省「農事組合法人とは(設立方法も含む)」(https://www.maff.go.jp/j/keiei/sosiki/kyosoka/k_sido/kumiai/)
農地所有適格法人とは?
では、「農地所有適格法人」とは何でしょうか。農地所有適格法人とは、農地法第2条第3項の以下の要件に適合し、農業経営を行うために農地を取得できる農業法人のことをいいます。農地所有適格法人の要件
項目 | 要件 |
---|---|
法人形態 | 株式会社(非公開会社に限る)、持分会社又は農事組合法人 |
事業 | 売上高の過半が農業(販売・加工などを含む) |
構成員、議決権 | 1. 農業関係者 ・常時従事者、農地を提供した個人、地方公共団体、農協などの議決権が総議決権の1/2超 ・農地中間管理機構又は農地利用集積円滑化団体を通じて法人に農地を貸し付けている個人 2. 農業関係者以外の構成員 ・保有できる議決権は総議決権の1/2未満 |
役員 | 1. 役員の過半が農業(販売・加工など含む)の常時従事者(原則年間150日以上) 2. 役員又は重要な使用人(農場長など)のうち、1人以上が農作業に従事(原則年間60日以上) |
農業法人が、農地(田、畑、牧草地など)を所有・売買する場合には、上記の要件を満たす必要がありますが、農地を利用しない農業を営む法人(養鶏、養豚などの畜産や花きなどの観賞用植物、きのこ類)や、借地で農業経営を行う法人は、必ずしもこの要件を満たす必要はありません。そのため、農地所有適格法人ではない農業法人もあり得ます。
法人設立のための手続き
次に、農業法人を設立するために必要な手続きについて説明します。とりわけ、まずはじめにどのような法人形態にするのかあらかじめ決めておくことが大切です。家族経営を法人化するケースでは、株式会社が選択される場合が多いですが、仲間と共に法人化をする場合は、農事組合法人や集落営農を会社法人化する選択も考えられます。家族や専門家の意見も聞きながら、法人化の目的や状況に合わせて選択してください。また、法人化のための手続きは形態により異なります。
農業法人設立のための手続き
株式会社や合名会社として設立する場合には、基本的に一般的な会社の設立と同様の手続きをとります。1. 事前準備
組織形態、資本金、事業内容、資産の引継ぎなどの基本的事項の決定や、法務局で同一本店所在地に同一の商号の会社があるかどうかの調査など事前準備が必要です。2. 発起人会の開催
発起人会において、基本的事項を決議し、決定事項は発起人会議事録(発起人が一人の場合は発起人決定書)に記載し、発起人全員が捺印します。3. 定款の作成
目的、商号、本店所在地、出資財産の価額の最低額、発起人の氏名又は名称および住所などの「絶対的記載事項」と、発行できる株式総数などの「相対的記載事項」を規程に入れて定款を作成します。4. 定款の認証
公証人により、作成した定款が認証されます。5. 出資の履行
発起人は、設立時に発行株式を引受けた後、遅滞なく設立時の発行株式につき、その出資に係る金銭を全額を払い込みます。または、金銭以外の財産を全て給付します。6. 設立時の役員などの選任
発起人は出資の履行完了後に、遅滞なく設立時取締役など設立時の役員などを選任します。また、設立時の役員などの選任は、発起人の議決権の過半数をもって決定されます。
7. 設立時の取締役の調査
設立時の取締役は、出資の履行の完了や、設立手続の法令または定款の違反がないかどうか調査されます。8. 代表取締役の選定
取締役会が設置された会社の場合は、代表取締役を選定します。これは、設立時の取締役の過半数で決定されます。9. 設立登記
設立登記は、設立時の取締役の調査終了日、または発起人が定めた日のいずれか遅い日から2週間以内に行ってください。10. 諸官庁への届出
登記簿謄本と代表取締役などの印鑑証明を取得し、必要な書類と共に、税務署、都道府県税事務所、市町村役場(税務・国民年金)、労働基準監督署(雇用保険、労災保険)、社会保険事務所(健康保険、厚生年金)などの諸官庁へと届出します。出典:法人の設立手続き|農林水産省(https://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/n_seido/seturitu_tetuzuki.html)
雇用保険、労災保険についてはこちら
農事組合法人設立のための手続き
農事組合法人の設立手引きは以下の通りです。1. 基本事項の検討
定款案を作成します。定款には、事業の目的、業務内容、面積規模などのイメージや、法人形態(1号法人、2号法人) の案を盛り込みます。その後、設立に係る同意書の要求や、発起人会の開催準備を行います。2. 発起人会の開催
発起人会(創立総会)において、定款の作成 、役員の選任 、役員報酬限度額などの設定を決議し、発起人から理事への設立事務の引き渡しを行います。3. 組合員による出資の払込み
出資組合の場合にのみ、組合員による出資の払い込み手順が必要です。4. 設立の登記申請(法人設立)
第一回目の払い込みが完了した日から2週間以内に、登記を行ってください。5. 行政庁への届け出
設立の登記日から2週間以内に、行政庁への届出を完了してください。都道府県の区域内を地区とする農事組合法人の場合は各都道府県庁へ、そのほかは農林水産省へ届け出てください。
出典:農事組合法人とは(設立方法も含む)|農林水産省(https://www.maff.go.jp/j/keiei/sosiki/kyosoka/k_sido/kumiai/)
農地所有適格法人設立のための手続き
農地所有適格法人を設立する場合は、特別に手続きを行う必要はありません。ただし、法人の設立後に農地所有適格法人として農地を取得する場合は、要件を満たしたうえで、農地の取得申請をしてください。法人化のメリット
では、法人化にはどのようなメリットがあるのでしょうか。ここでは、主なメリットを列挙します。経営管理能力の向上
法人の場合は複式簿記での記帳が義務付けられ、正確な財務管理が求められるため家計と経営が分離され、経営管理能力が向上します。そのため、経営者としての意識改革も進みます。対外信用度の向上
財務諸表の作成が義務付けられるため、金融機関や取引先からの信用が増します。農事従事者の福利厚生面の充実による人材確保
従業員の健康保険や厚生年金保険への加入や、労働時間や給与額などの就業規則も明文化されるため、従業員が安心して働ける労働環境が整備されます。そのため、求人の際に人材の確保がしやすいというメリットもあります。経営継承の円滑化
構成員や従業員にも経営を継承することができるため、意欲があり有能な後継者を確保できる可能性があります。また、法人が農地を所有していれば、相続が発生せず、経営継承が円滑に行えます。節税
個人事業主の場合、所得に一律に「所得税」が課せられ、最高で45%の累進課税が適用されます。一方で法人化すると20%程度の「法人税」が適用されます。また、役員報酬の給与所得化による節税や、欠損金の繰越控除が9年間(青色申告に限る、個人事業主は3年間)まで認められます。つまり、所得が高い経営体ほど、法人化にメリットがあります。融資限度額の拡大
融資限度額の拡大もメリットの一つです。農業経営基盤強化資金(スーパーL資金)の貸付限度額が、個人では3億円(特別認定6億円)であるのに対し、法人では10億円(特別認定20億円)です。経営規模の拡大や、経営の多角化を考えている方には法人化はメリットだといえます。農業経営基盤強化資金(スーパーL資金)とは?
税理士・会計士の原田佑嗣先生が解説する、農業法人化の真のメリットはこちら。
法人化のデメリット
ただし、法人化にはデメリットもあります。設立費用が必要なこともさることながら、法人化後は、健康保険、厚生年金保険など福利厚生費などのコストが増えることに加え、税理士への顧問料が必要になる可能性もあります。また、法人住民税は個人住民税とは異なり、赤字であっても納めなければいけません。法人化の要否を吟味しよう
法人形態の違いや、法人化のメリット、デメリットを把握し、現在の経営状況や、将来的に目指したい経営の形に法人化という選択が適しているか、また、どの法人形態が適しているのかをいま一度よく考えて判断することが望ましいでしょう。出典:公益社団法人日本農業法人協会
農業法人について|農林水産省(https://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/n_seido/seido_houzin.html)
農業計理士教科書【税務編】|大原出版
連載「農業法人を設立するには」続きはこちら。