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「ヨーロッパのオーガニック野菜にはおいしいという概念はない」をどう考える?
「オーガニックは環境にいいと信じてたのに…(No.2)」について「ヨーロッパの場合は、環境によいことが先にくるので、“おいしいオーガニック”という概念があまりなく、ヨーロッパのオーガニック野菜はおいしいとは言えない」というご意見をいただきました。おっしゃる意味は大変よくわかります。今回は、私なりにヨーロッパのオーガニック野菜について思案しました。さっそく「農業と環境」の本筋から逸れてしまいましたが、番外編ということでご容赦ください。
これを考えるにあたり、久松農園 久松達央さんの著書『キレイごとぬきの農業論』より「生鮮野菜の味の8割は品種、栽培時期(旬)、鮮度で決まる」理論に沿って、オランダと日本農業とを照らし合わせて探求してみます。銀河と迷路のはじまり!
品種の選定はどう違う?
まず、味の三要素の一つ目である「品種」についての違いです。オーガニック品種で収量確保
オランダでは、各育種メーカーが有機栽培に適した品種を開発しています。たとえば、有機栽培で起こりやすい病害虫への抵抗性(耐性)をもつ品種を用いることで、収量を可能な限り上げるといった具合です。あくまでも話を聞いてきた中での印象なので、数字は参考程度にしていただきたいのですが、収量も「オーガニック品種(ほぼF1品種)」の場合は低くても慣行の6~7割程度、うまくいくと9~10割。しかし在来種などを使用すると慣行の2~3割です。生産農家では在来種栽培はほぼなく、栽培していてもごく少ない面積でした。「オーガニック品種」が、農業経営の面では貢献していることがわかります。
収量と味で葛藤しながら…
日本の有機栽培の場合は、どちらかというと品種の選定に関しても、栽培のしやすさより味だったり想いに重点を置いているように感じます。有機栽培にF1品種を使用している方もいますが、固定種や在来種などの組み合わせで栽培している方もいることにも驚きました。どこまでストイックなんだ!と。どの品種を選定しているにせよ、収量と味の間で葛藤しつつも、「味」をないがしろにしていない気がします。野菜に対する思いの相違
日本の農家は、慣行、有機問わず野菜に対して愛憎相半ばする思いを感じます。オランダの農家は、もっとさっぱりと野菜を商品として考えているといった感じでしょうか。良し悪しではなく違いです。栽培時期つまり旬をどう考える?
三要素の二番目である「栽培時期」に関しても、オランダではいわゆる有機であっても比較的大規模(50haとか100haとか)で営農し、スーパーマーケットなどに直接販売している場合が多いので、旬のものを栽培するというよりは、慣行栽培と同様に旬をずらして出荷することを目的とする人も多くみられました。その意味では、有機栽培という農法を選択している理由は、環境負荷が少ないことを認証などで示すことができ、かつ少しは高値で販売できるためといった側面があるでしょう。ちなみにオランダ在住時は、ホワイトアスパラガスとハーリング(ニシンの発酵食品)以外で旬を感じたことはありませんでした。
鮮度に影響を与える流通は?
最後の要素である「鮮度」についても、オランダと日本では大きく異なります。1990年代以降、国内外問わずコールドチェーンの発達により農産物の長距離輸送ができるようになりました。栽培や消費者の選択の幅は広くなった分、野菜がおいしくなくなったと巷ではいわれています。オランダのオーガニック野菜は、ローカルマーケットでも購入できますが、私のように意識が高くない系の消費者は、スーパーマーケットの有機野菜コーナーやオーガニック専門スーパーで、気が向いたときに手を伸ばしていました。品揃えも充実していて、慣行野菜と比較して価格差もあまりありません。オーガニック野菜の普及という観点では、アクセスしやすいのはいいことだと思います。
余談ですが、今では卸売市場はほぼ解散しているので、輸出であっても農家が他国の小売店と直接やりとりするか、ディーラーに委託しています。環境にいいと謳って有機栽培をしながら、遠方に出荷することに違和感はありますが、まぁ、そこには触れません。
一方で、日本ではこの類の流通はまだ発展途中で、「有機野菜」というと、直接顧客への直送や、直接販売などが比較すると多い印象で、そうなると、日本の方が圧倒的に収穫から消費者の口に入るまでの日数が短いように感じます。当然味に影響を与える「鮮度」に大きな違いが生じます。
この三要素を比較すると、ヨーロッパと日本のオーガニック野菜の「味」について何か見えてくるのではないでしょうか。
食文化の違いを認め合う
最後に、これは久松理論ではなく紀平持論ですが、他国の食を「おいしい/まずい」と定義することに少々懐疑的です。私も移住当初は「オランダの食はまずい」などと言っていたのですが、そもそも食文化、歴史、気候環境、社会情勢、調理方法など味に影響を与える要素が各国で異なるので、「おいしい」「まずい」の尺度のみでは語るべきではなかったと悔恨の情を抱くこともあります。オランダではバケツのようなパッケージに入ったミニトマトやパプリカ、小さい生ニンジンの皮を剥いたものがスーパーなどで販売されており、図書館でボリボリ食べながら勉強します。私も「糖度が高かったらこんなに大量に食べられないな」と思いながら、あまり甘くなく水っぽい野菜をバリボリと食べていました。
またあるオランダの農家に「低温貯蔵して甘みを出して…」と話そうとしたら、「なぜ甘みを出すんだ!甘い野菜なんてクレイジーだ!」と言われたことがあります。
これからは、私たちの物差しで見て「うーん、いまいちだ」と感じたら、「なぜそう思うか」を考えてみるとその国のことを理解できておもしろいかもしれません。
ちなみにこれは、ヨーロッパと日本のオーガニック野菜の比較だけでなく、慣行栽培の野菜についても同じことが言えます。このように味に影響を与える要素は各国で大きく異なりますので、そこを比較することはとても難しいのではないでしょうか。
オーガニックは環境にいいと信じていたのに…(No.2)の訂正
土壌の専門家の先生より「オーガニックは環境にいいと信じてたのに…(No.2)」について以下のコメントをいただきましたので、訂正させていただきます。(編集部注:該当記事は修正済)(誤)「…無機態リン酸として固定化され、土壌中に蓄積します。それらが硝酸化成作用により硝酸となり、地下水に流出することが考えられます。」
(正)「…可給態リン酸として土壌中に蓄積します。硝酸化成作用により硝酸となり、地下水に流出することが考えられます。」
楽しく食べることが一番
味に対していろいろと思いめぐらせましたが、普段はこんなことを考えてはおらず、なんでも楽しくおいしく食べています。最後に告白すると…自分は味音痴ではないかと疑っています。バックナンバーはこちら
毎週水曜日更新おしゃれじゃないサステナブル日記
紀平真理子(きひらまりこ)プロフィール
1985年生まれ。大学ではスペイン・ラテンアメリカ哲学を専攻し、卒業後はコンタクトレンズメーカーにて国内、海外営業に携わる。2011年にオランダ アムステルダムに移住したことをきっかけに、農業界に足を踏み入れる。2013年より雑誌『農業経営者』、ジャガイモ専門誌『ポテカル』にて執筆を開始。『AGRI FACT』編集。取材活動と並行してオランダの大学院にて農村開発(農村部におけるコミュニケーション・イノベーション)を専攻し、修士号取得。2016年に帰国したのち、静岡県浜松市を拠点にmaru communicateを立ち上げ、農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートなどを行う。食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫 農業経営アドバイザー試験合格。著書『FOOD&BABY世界の赤ちゃんとたべもの』
趣味は大相撲観戦と音楽。行ってみたい国はアルゼンチン、ブータン、ルワンダ、南アフリカ。
ウェブサイト:maru communicate