【連載第10回】里山と田園風景を守ること|農業なくして持続可能な社会なし

世界の共通語になろうとしている”SATOYAMA”。里山は、人により適度な管理がされていることで生物多様性が育まれ、手つかずの自然とは違う生態系を支えています。
熊本の女性農家、大津愛梨さんの日々の農作業や環境、子育てや家族の話を中心に、世界で注目を浴びる“SDGs”も絡めた連載。


里山の風景

提供:O2Farm
九州のほぼど真ん中、熊本県南阿蘇村という場所で米農家をしているO2Farm(オーツーファーム)のEriこと大津えりと申します。「農業者こそ“SDGs(持続可能な開発目標)”を達成するための立役者!」という視点で連載をしています。

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農村は生物多様性の宝庫

里山と子どもたち
提供:O2Farm
「里山」という言葉を聞くと、なんとなく懐かしさや愛おしさを感じませんか?
いまや日本の人口の半分以上が都市圏に住み、里山とは縁のない暮らしをしていますが、それでも、いやむしろ「だからこそ」かもしれませんが、里山という言葉に何ともいえない郷愁を覚える気がします。かつての私がそうであったように。

でも、里山は単にノスタルジックな存在ではありません。人により適度な管理がされていることで生物多様性が育まれ、手つかずの自然とは違う生態系を支えています。
実は“SATOYAMA(里山)”は、“MOTTAINAI(もったいない)”と同様、世界共通の用語になりつつある日本語なんですよ。

アカハライモリとコオイムシ
提供:O2Farm
熊本では準絶滅危惧種に指定されているアカハライモリと、オスの背中に卵を産み付けるコオイムシ。農薬を使わない、または微量しか使わない田んぼは、生物多様性の宝庫なのです。

子どもの自然体験は、お金を払ってでもさせておくべし

どろんこになって遊ぶ子どもたち
提供:O2Farm
私は、高校を卒業するまで東京23区を主な生息域として育った都会っ子でした。両親が共働きなうえ、一人っ子。さらに小学校から電車に乗って校区外の学校に通っていて、近所に友人もあまりいませんでした。
自然に触れる機会は、いわゆる自然体験合宿やスキーキャンプといった、夏休みや冬休みの泊りがけのイベントで山や海に行くときだけ。でも、田舎がない私にとって、たとえ「用意されたプログラム」であっても、登山やスキーや海遊びを通じて自然に触れられるのは得難い体験でした。

18年前に就農して農村暮らしを始めることになったとき、あまり抵抗なく移り住めたのは、子ども時代に親が高い参加費を払って農山村に送り込んでくれたからだと思っています。まぁ、そうでもして私を追い出さないと、仕事にならなかったんだとは思いますが(笑)。

草を摘む子どもたち
提供:O2Farm
一方、我が家の子どもたちは生まれたときから農村で育っていて、なんというか、感覚の良さが比になりません。都会育ちの子でも、自然体験や農村体験をしているのとしないのでは大きな違いがあると思うので、ぜひ子どもたちに機会を作ってあげてくださいね!

アバター里山とリアル里山

大津夫妻
提供:O2Farm
予想だにしなかった“運命の出会い(第1回)”によって、熊本県南阿蘇村で農業をすることになってから18年。まぁ、出会いなんてそもそも全部運命なんでしょうし、誰を好きになるかなんて誰も予測できないわけですから、特筆するほどのことでもないですが(笑)。
要するに、ほれた相手が農家の跡取りで、ほれた側の弱みもあって、彼の地元に行って家業を継ぐことになったわけです。といっても、むしろ私の方が積極的に「どうせいつか継がなければいけないのであれば、若いうちからやろうよ」と彼に決断を迫ったのも、今やすっかり思い出話。そして人生初の里山ライフが始まったのでした。

ノスタルジックな里山の裏側

水路を掃除する子どもたち
提供:O2Farm
いざ憧れの里山に移り住んでみたら、優雅に佇む白鳥が水面下で必死に足を動かしているように、里山の美しさや豊かさを保つために大変な努力があることを、20代の終わりになって初めて知ったのでした。

それはどういうことかというと。
九州は気温も湿度も高いので、植物にとっては楽園のような場所。自然の力に任せて放っておけば、あっという間に草木に覆われ、やがてどこもかしこも草だらけ、つるだらけ、やぶだらけになり、森になっていくわけです。「え?自然豊かでいいじゃん」って思いますよね。でも、それは、私たち人間が近寄れる場所ではなくなってしまうということです。サラサラ流れる水路も同じです。“サラサラ流れる”ためには、底にたまった土砂を定期的にかき出さないといけません。
草切り、水路の泥さらい、間伐など、美しい里山を維持するためには多大な労力と努力が必要なのです。

農家は里山の管理人

田んぼで遊ぶ子どもたち
提供:O2Farm
一見、ただの野山や田畑や森林にみえる場所でも、それらが姿をとどめているのは、定期的に草切りをしたり、泥さらいをしたり、種や苗を植えたりしているから。そんな舞台裏の苦労を、大人になるまで知らなかったことを、移住当時は恥ずかしく思っていました。でも今では、知らずに過ごしている人のことを責めることはできないと思っています。だって、知る機会がないだけですから。

反対に、農村の子どもたちは、ものごころがつく前から大人たちの見えない努力をしっかりと見て育ちます。この子たちは本当に日本の宝だなぁと、我が子や近所の子たちをより愛おしく思うようになったのは、自分が母となったからなのでしょう。

自然とともに生きる

かつては山から薪(たきぎ)を採り、山菜やタケノコを採り、竹細工や土木工事のために竹を採っていました。そして来年も再来年も採れるように、適度な量と頻度で自然の恵みを使っていた日本。
大陸は発想や歴史がまた少し違いますが、「限られた資源を工夫しながら使い続ける」という文化は、島国に共通しています。その結果、「半自然」とか「二次自然」といわれる里山が長きにわたって守られ、日本人のDNAに「里山」の存在が刷り込まれたんじゃないかと私は勝手に思っています。
今では、薪や山の幸はよほど好きな人しか使いません。手間も時間もかかるからです。

野焼きの大切さ

草原と牛
提供:O2Farm
阿蘇の場合、草原に牛を放牧させるために年に一度、春先に「野焼き」という火入れ作業を続けています。地表の枯れた草を焼き払うだけの野焼きは、地中の温度が上がらず、植物の根や種、昆虫のタマゴなどが死滅しないのだそう。それが生物多様性の保全につながって、結果的に1,000年以上も青々とした美しい草原の維持につながっているのです。
その草原も荒れてきています。命の危険を伴う火入れ作業をできる人が減っているからです。材価が安いので、山も手入れされにくくなっています。

こんな風に里山や田畑や森林が荒れてきていることに対して、少しずつではありますが、「このままじゃヤバイ」という認識が広まりつつあります。それは、「生物多様性」というワードが、国際的に重要視されるようになってきたからです。

新農林水産省生物多様性戦略会議に出席しました

田んぼとススキ
提供:O2Farm

世界の動きと日本の動き

1992年に、世界は「気候変動に関する国際連合枠組条約」を採択し、地球温暖化対策に世界全体で取り組んでいくことに合意しました。また、1997年に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)では、「京都議定書」(Kyoto Protocol)に合意することに成功し、拘束力のある削減目標(京都議定書では先進国のみ)を打ち出しました。
さらに2010年には愛知で、生物多様性条約第10回締約国会議(通称COP10)が開催され、「愛知目標」が採択されました。ところが10年たった今年、そのとき作られた20個の目標が1つも達成できていない、という厳しい現実を突きつけられています。

それを踏まえて、2021年に中国で開催されるCOP15で新たな目標が決定される予定で、その後、日本政府が「生物多様性国家戦略」を改定、さらに農林水産省が「農林水産省生物多様性戦略」を改定するのだそう。その改定作業のために結成された検討チームに、なぜか私も加わっています。
座長をされている東京都市大学特別教授の涌井先生が「現場の意見を大事にしたい」といって、私と「リアル農家」のもう1人のメンバーにとても好意的に接してくださるので、自由に発言させていただいています。いやぁ、国の戦略づくりにもの申すなんて、畏れ多くて会議のたびにビビっていますが(笑)。

里山は国民みんなで守るべきもの

次期戦略の改定方針案と本文案について 10月に2回目が開催され、いよいよ本文についての議論が始まったのですが、農水省から国にされる予定の提案は、「このまま里山が荒れていったら、国民の健康や安全が脅かされちゃうよ!農家や農村の住民だけに任せておくんじゃなくて、国民みんなで守る努力をしましょうね」というもの(会議に使われた資料はこちら)。
8月に開催された1回目の検討会については、会議の議事録が水産省「農林水産省生物多様性戦略」ページで公表されています。有識者の方々がそれはそれは鋭い指摘を国に対して投げかけているので、議事録が公表されたら、ぜひ見てみてくださいね。

国の戦略に関わる責任が重い会議なので神経を使いますが、たまには現場を離れて、違う立場の皆さんと意見を交わしあうのはいいものです。コロナ禍で会議がオンライン化したのも、私たち田舎者にとってはありがたいこと。地球温暖化や新型コロナウイルスで、世界的に人間の命が危険にさらされている今、農業現場でもやれることはまだまだたくさんありそうです。

農家のおじちゃんの美学

あぜ草を刈る人
提供:O2Farm
稲刈りが終わったあとの田んぼで、畦草を切っているおじいちゃんに聞いたことがあります。「なんで草を切るの?」と。
すでに稲刈りは終わっていて、畦草が稲の生長を妨げるわけでも、作業のじゃまになるわけでもないからです。するとおじいちゃんは、「見苦しかけんたい(熊本弁で、見苦しいからだよ)」と答えました。
家の掃除をするのと同じ感覚で、田んぼの周りの草を切る。これが先代たちの美学であり、田園風景が美しさを保っている理由なのだとそのときに悟りました。南阿蘇の美しい風景を守ってきた先代たちに感謝しつつ、私たちがそれを荒らさずに引き継げるよう、元気な限りはがんばっていこうと改めて思いました。

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大津 愛梨(おおつ えり)プロフィール
1974年ドイツ生まれ東京育ち。慶応大学環境情報学部卒業後、熊本出身の夫と結婚し、共にミュンヘン工科大学で修士号取得。2003年より夫の郷里である南阿蘇で農業後継者として就農し、有機肥料を使った無農薬・減農薬の米を栽培し、全国の一般家庭に産直販売している。
女性農家を中心としたNPO法人田舎のヒロインズ理事長を務めるほか、里山エナジー株式会社の代表取締役社長、一般社団法人GIAHSライフ阿蘇の理事長などを兼任。日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」やオーライニッポン「ライフスタイル賞」のほか、2017年には国連の機関(FAO)から「模範農業者賞」を受賞した。農業、農村の価値や魅力について発信を続けている4児の母。
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大津 愛梨
大津 愛梨

慶応大学環境情報学部卒業後、夫と共にミュンヘン工科大学で修士号取得。2003年より夫の郷里の南阿蘇で農業後継者として就農、有機肥料を使った無農薬・減農薬の米を栽培している。女性農家を中心としたNPO法人田舎のヒロインズ理事長、里山エナジー(株)の代表取締役社長、一般社団法人GIAHSライフ阿蘇の理事長などを兼任。農業、農村の価値や魅力について発信を続ける4児の母。

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