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今回は、企業の農業参入の成功事例として、岡山県瀬戸内市でマンゴー栽培をしている株式会社神宝あぐりサービスの井上雄介さんにお話を伺いました。
マンゴー栽培に取り組む 株式会社神宝あぐりサービスの会社概要
会社名:株式会社神宝あぐりサービス(親会社:シンポー工業株式会社)
所在地:岡山県瀬戸内市
設立:2009年
圃場面積:4,700平方メートル(内3,000平方メートル稼働)
栽培品目:マンゴー(品種:アーウィン)
売上高:約1,000万円(粗利率50〜60%)
流通:顧客への直接販売9割以上、卸業者や食品メーカーへの販売1割以下
雇用人数:シンポー工業の兼業スタッフ3名(収穫時の梱包時のみパート雇用)(2020年現在)
教えてくれたのは| 井上雄介さん
大学卒業後、金融機関やIT企業で勤務ののち、シンポー工業株式会社に入社。入社後は、同社と株式会社神宝あぐりサービスで圃場管理と経営管理に携わる。
農業に参入したきっかけは?
2009年に、株式会社神宝あぐりサービスの親会社、シンポー工業株式会社は、異業種である農業に参入しました。同社は、建設工事業や水道工事業をはじめ、川から畑に水を供給する畑かんがい用水工事も公共事業として請け負っています。近年、瀬戸内市では離農の増加に伴い、使用しない畑かんがい用水の閉栓工事が急増しています。井上雄介さん
我が社が山を切り拓いて引っ張ってきた、農業用の水道管がどんどん締められていく。この地域の未来の農業は大丈夫なのかという憂いがありました。
そこで、瀬戸内市内の農業振興の一端を担おうと、シンポー工業株式会社はマンゴー栽培に着手したのです。マンゴーはメディアなどからも注目度が高く、人を集める力があると感じ、減少する農地の代わりの一手として選択されたそうです。
農業参入にあたり準備したことや資金調達の方法は?
では、実際に就農にあたり何をどのように準備したのでしょうか。法人形態は株式会社と農地所有適格法人
企業が農業に参入し、かつ土地を所有したい場合は、農地所有適格法人の要件を満たさなければなりません。その要件として、法人形態は株式会社(公開会社でないもの)、農事組合法人または持分会社である必要があります。同社も、農業生産法人(現:農地所有適格法人)の要件を満たしていたことから、将来的に土地を所有することを想定し、栽培を担う子会社について、当初より法人形態は親会社と同様の株式会社で検討していました。
現在、農作業に従事するスタッフはシンポー工業所属の扱いになっています。当初は、神宝あぐりサービスの専任スタッフが2名所属していましたが、栽培を続ける中で、あまり人手がかからず、農作業は2名ですべてできることがわかってきました。例えば、収穫後に剪定して新芽を待つ間は、天窓も開けっ放しでそのまま放置して、ほぼ無人でも問題ないのです。
新規就農のための資金調達は農業近代化資金を活用
新規就農に伴い、認定新規就農者を市役所に申請しました。認定新規就農者は、法人の場合は「原則、18歳以上45歳未満」または「効率的かつ安定的な農業ができる知識・技能を身に着けている場合は65歳未満」の者が役員の過半数を占めている必要があります。そして、認定新規就農者として農業近代化資金の融資を受け資金調達をしました。この資金は、長期かつ低利の資金で、農業を営む者の場合は認定農業者、認定新規就農者、主業農業者、集落営農組織、農業を営む任意団体などが対象です。
JGAPでノウハウを得る
就農時のメンバーは、全員が農業の未経験者だったので、正しい運営ノウハウを身につけるためにJGAP認証を取得しました。これにより、農薬や肥料の資材管理方法から、契約書や証書の締結方法など仕入れや販売まで、栽培以外の農業ビジネスの運営方法を学びました。基本を習得したため、現在はJGAPを継続していません。企業の農業参入だからこその利点や苦労した点は?
農業参入にあたり、苦労したことや、企業だからこそ享受できた利点もありました。栽培指導者探し
苦労したことの一つ目は、栽培指導者を見つけることです。見つかるまでに、1年半もの期間を要しました。国内にマンゴー栽培農家は多くないうえに、地植えではなく鉢植えをする農家はさらに少なくなります。同社の場合は、やっと見つけた宮崎県の鉢植えマンゴー農家を師として仰ぐことになりました。農地探し
農地探しにも苦労しました。最終的に、地域の農事組合法人に参加していた農家の農地を使用させてもらうことができましたが、農事組合法人はその後解体。神宝あぐりサービスは、引き続きその農地を借りて栽培を行っています。流通の課題
岡山県で有名なモモやブドウの場合は、栽培方法が確立されており、販売先もある程度決まっています。マンゴーの場合は出荷個数も少なく、商社が相手にしてくれませんでした。そうなると、販売先は個人か産直か、また市場に持っていくしかなくなります。同社の場合、戦略的に顧客を岡山県内にしぼり、口コミなどで贈答用として販売しています。設備の不具合は見逃されがち?
井上雄介さん
栽培の指導者から、一般論として、6、7年目までは大成功。マンゴー栽培は、そこからが難しくて本当の勝負だ、といわれていました。
その言葉通り、豊作だった6年目を頂点に徐々に収量が減少していきました。鉢植えマンゴーの木の寿命に関してはまだわかっておらず、栽培方法に問題があるのではないかと、試行錯誤の日々を過ごしました。転機となったのは、機械整備の専門家がスタッフとして参加するようになったことです。
井上雄介さん
設備の点検をしたところ、点滴灌水のチューブに藻が詰まっていて、ある鉢にはほとんど灌水できていないにもかかわらず、隣には大量に出ていることがわかりました。そのほかに、室温が30℃に達したら天窓が開くセンサーがうまく機能していないこともわかりました。
このように、数々の詳細な不具合が多々見つかり、栽培にムラが出ていることがわかりました。これらは、設備をメンテナンスしたことで解決したといいます。
井上雄介さん
農家は、栽培がうまくいかないと、病気かな?寿命かな?というところにまず考えが及びますが、設備についても改めて点検してみると良いと思います。そして点検や修理ができる人に頼るか、自分で勉強することをおすすめします。
企業が農業参入するメリットと相性のよい作目の選定
企業が農業に参入をするメリットや、気をつける点はあるのでしょうか。井上さんは、自身の中の「栽培者」と「経営者」のバランスを取ることが重要と話します。どのように栽培の技術者と経営者のバランスをとる?
井上雄介さん
答えのないマンゴー栽培をする中で、経験とそれに基づいた予想、そして実行したことを検証します。毎日が発見の連続で、自分の好奇心が脳内を自由に飛び回っている気がします。栽培技術に関する論文まで読みこんでいます。採算など考えずに、自分の好奇心のまま、どこまでも追求したくなる自分を、もう一人の自分が電卓を叩いて手綱を引く、これがなかなかきついです。
井上さんの中の栽培者と経営者のバランスを伺ったところ、圃場にいる時は90%は栽培者で、帰宅途中に収支など経営者としての考えをまとめるそうです。
井上雄介さん
栽培者と経営者が半々なら素晴らしい経営者ですよ。栽培に特化していると、経営者としての仕事との切り替えが難しいのではないでしょうか。栽培技術を追求していくことは面白いですが、技術に偏り過ぎてはいけません。
企業による新規就農の場合は、圃場と自宅が離れていることや、会社員であるがゆえのジレンマもありますが、栽培技術偏向の抑止力になるという点では栽培者と経営者のバランスをうまく保つことができるのではないでしょうか。
建設業×マンゴーの相性
農業経営に新規参入した一般企業のうち、建設業が10%を占めます。それは、畑灌水の設置や、施設の整備が親会社で行え、就農時の初期投資や管理費用を押さえることができるためです。また、井上さんは建設業がマンゴーで農業参入するケースが増えていると感じるそうです。施設園芸の中でもマンゴーの栽培サイクルが、建設業と相性がよいことが理由です。例えば、トマトの場合は、周年で栽培するため手間や時間がかかりますが、マンゴーは建設業の閑散期である初夏に、1回だけ収穫すればよいので都合がよいです。
鉢植えマンゴーの場合は、苗木を定植してから収穫までに4年もの年月を要します。地植えの場合、さらに収穫までに年月を要します。その間は収入がなく、同社の場合も親会社から人件費を捻出していました。これも、企業だからこそ参入できる作目だといえます。
新規就農のジレンマ
新規就農者や企業参入の担当者としてやる気を出すがゆえに、周りが見えなくなってしまうことがあります。井上さんにもその経験があり、新規就農者や企業の農業参入の担当者に伝えたい想いを伺いました。最初から欲張り過ぎないこと
井上さん本人も、はじめは「日本で唯一のマンゴーを作ってみせる!俺にしか作れないマンゴーを作る!」と欲が出たと話します。また井上さんの元に相談に訪れる新規就農者の中にも、新規就農時に我(が)が前面に出てしまう人が多いそうです。しかもそのタイミングで、農業資材などの売り込みがきたら、誘惑に乗ってどんどん購入してしまうということが現実に起こっているといいます。
井上雄介さん
本当はマンゴーの木が主役で、木にとってベストな状態にしてあげることが大切。その人が特別なマンゴーを作るぞというのは、人間のエゴイズムなところがあります。
自分の理想にこだわったことで、1、2年を無駄にしてしまい、業績が悪化し撤退してしまう企業もあるといいます。
新規就農者が“生き残る”ためには
今、井上さんは、余分なことをいかにそぎ落とし、やらなければいけないことをきちんと押さえるかに重点を置いています。新規就農者が営農を続けていくために、井上さんが必要だと考えているのは「栽培と帳簿のバランス」です。マンゴー栽培でありがちなのは、小規模経営で栽培したいという相談です。栽培がすべて完璧で、大豊作だったとしても赤字になる計画を立てている人が多いと指摘します。スタートラインの段階できちんと設計すること、栽培の師匠を探すこと、バッファーも考慮し、さらに売れ残った場合の対処方法も準備することが大切だといいます。
井上雄介さん
収穫してから販売しよう、と販売先を確保しないのは危険です。マンゴーを作りたい!という気持ちだけでスタートすると借金だけが増えてしまいます。
今後は作業負担の変化なく、工夫で経営を安定化する
現在の農業は、環境に左右される農産物の販売で対価を得ており、収益も不安定です。井上さんは、現在の農作業は変えず、その中の価値を切り取って提供していけば、今後の農業界にとってヒントのなるのではないかと考えています。視野に入れているのは、消費者が自宅でマンゴー栽培をするための映像コンテンツ事業や、企業の法定外福利厚生に合わせたマンゴーのオーナー制度です。少人数で農作業に携わっている井上さんは、上記のような「現在の農作業負担が増えることなく、販売方法の工夫をするだけで、経営の安定にもつながる方法」を採用が重要だと考えています。このような仕組みができると、企業の農業参入や、新規就農者もより就農しやすくなると見ています。