- 原田 佑嗣
京都大学経済学部卒業。在学中に会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに就職。 監査部門にて居酒屋チェーン、ビルメンテナンス、ITなど数多くの業界知識、ビジネスモデルを学び、財務分析、財務調査に従事する。2013年9月トーマツを退職。同年よりアグリイノベーション大学校講師に就任。2015年農業系コンサルティング会社である株式会社 就農・離農コンサルティングを設立し、農業生産者向けの農業経営塾の講師を務める。…続きを読む
第2回は、全国各地でたくさんの農業生産者から法人化の相談を受け、支援を行ってきた会計士の原田佑嗣先生に、農業法人を設立する場合のデメリットもふまえた真のメリットと、事例別に適した法人形態ついて解説してもらいます。
法人化の4つのメリット
農業法人の設立に伴うメリットは、多くの媒体で紹介されています。ここでは公認会計士の原田先生に、法人化の支援をする中で感じている法人化の真のメリットについて解説いただきます。家族労働の対価が適正化されやすい
まず、法人化に伴う大きなメリットは、たとえ家族経営であっても、個人と法人が切り分けられることで、家族にも労働時間に見合う適正な賃金を支払えるということがあげられます。ただ、法人設立後であっても、費用負担を抑えたいという理由で、税法上の扶養親族や健康保険上の被扶養者の維持を目的として給与を低く設定することがあります。このような事情で家族の給与を設定してしまうと、正しい決算書が作成できません。特に手伝ってくれている家族が両親の場合には、先に死亡する可能性が高いでしょう。これをきっかけに、家族以外を雇用しなければならず、結果として人件費が増え、業績が悪化することもめずらしくありません。
法人の設立は、経営管理を見直すよいきっかけになります。不毛な事情に引っ張られず、経営の観点からとらえれば、法人化はメリットになります。
経費の曖昧さを解消する
個人事業主は、経費の範囲が曖昧になりがちです。法人化することで、曖昧さをいくらか解消できます。また、旅費規程を整備することで、出張の多い生産者は非課税で出張手当や日当を得ることも可能です。優秀な人材の確保
さらに、優秀な人材の確保のために、法人化をすることも大きなメリットだといえます。法人は、一般的に「福利厚生が充実していそう」「社会保険(厚生年金)に加入できる」というイメージが先行しています。あくまでも外からみたイメージではありますが、それが人材確保には重要になることがあります。例えば、同一条件で個人事業者と法人が求人を出した場合、上記の理由から法人が選ばれる可能性が高くなります。社会的信用を得る
法人化の最後のメリットは、社会的な信用を得られることです。法人化は、社会的信用を得るための一つの糸口に過ぎません。しかし、これは大きな第一歩です。原田佑嗣先生
以前、卓越した栽培技術を有する個人事業主の生産者に、大企業から『その技術力で手を貸して欲しい』と打診がありました。しかし同時に『うちと取引するなら個人事業者ではなく、法人を設立してほしい』と要望があったそうです。
近年は農業への参入や、生産者と手を組みたいと考える企業も増加傾向にあります。生産者自身が企業と手を組みたいと考えている場合には、社会的な信用を得るためにも法人化は一つのきっかけとなることもあると考えられます。
近年は農業への参入や、生産者と手を組みたいと考える企業も増加傾向にあります。生産者自身が企業と手を組みたいと考えている場合には、社会的な信用を得るためにも法人化は一つのきっかけとなることもあると考えられます。
法人化が経営の安定の一助になったという國中さんの就農体験談
事例から考える最適な法人形態
農業法人には、株式会社や合同会社のような会社法人だけでなく、農事組合法人もあります。農業法人の設立を考える時には、適した法人形態を選択することも大切です。農業法人の形態
会社法人
会社法人は、会社法に基づき営利を目的とした法人形態です。株式会社、合同会社、合名会社、合資会社があります。農事組合法人
農事組合法人は、農業協同組合法に基づき農業生産について協業を図ることで、組合員の共同の利益を増進することを目的としています。このように、農業法人といってもさまざまな法人形態があります。原田先生に、最適な法人形態を探すヒントとして、成功例も交えていくつか事例を挙げてもらいました。
会社法人が適している事例
生産者が上場企業と手を組みたいと考えている場合は、株式会社が適しています。その理由は、企業側はガバナンス(組織管理・企業統治)を重視し、一株につき一つの議決権をもつ株式会社と提携を望む傾向にあるためです。農事組合法人の場合は、組合員一人につき一つの議決権があります。そのため、5人組合員がいれば、議決権は5つあり、企業はガバナンスの視点から提携を諦めてしまう場合があります。
農事組合法人が適している事例
また、農事組合法人が適している事例もあります。農事組合法人の目的
農事組合法人は、所属する組合員が共同の利益を増進することを目的とした組織です。そのため、構成員資格や、構成員数が3名以上など規定があります。また、1号法人は事業内容も限定されていて、農業に係る共同利用施設の設置や農作業の共同化に関することのみが適用されます。誰か一人が中心的役割を果たす場合は、株式会社が向いていますが、この1号法人は、地域の生産者で農機や施設を共同で購入・使用する時に適した法人形態です。つまり、構成員の力関係がフラットな場合に適しています。
農事組合法人で農地の集約化
原田佑嗣先生
例えば、飛び地で、総圃場面積が5ha程度で水田作をしている地域があるとします。5ha前後の稲作経営面積だと、十分な利益を得られていないことが多く見られます。しかし、農事組合法人としてまとまった数の生産者(農地)を集結させることができれば、農地集約をすることができます。
農地集約によって水田の面積を10aから1ha以上にできれば、大型機械を導入でき、栽培の効率化を図ることができます。また、農事組合法人で乾燥機を共同で購入すれば、収穫物の乾燥や保管のためにJAに委託する際にかかる手数料を削減でき、規模の経済のメリットを享受できる期待もあります。
法人形態を決める時の留意点
いずれにしても、地域や、特性によって最適な法人形態は異なります。十分に議論したのちに、法人形態を決定することが重要です。また、複数の生産者と法人化を検討する際は、さらに注意が必要です。原田佑嗣先生
個人事業者である生産者が何名かで一緒に事業を始める場合には、法人形態を農事組合法人か株式会社のいずれにするのか入念に検討しなければいけません。
特に株式会社の場合は、誰が何株ずつ株式を保有して、それぞれの役職はどうするのか、誰がどの程度の議決権を持つのかなどの座組み(組織やプロジェクトに参加するメンバー構成や体制)を決めることが不可欠です。
この組み方が甘いと、トラブルが発生した場合に経営が継続できなくなってしまいます。
特に株式会社の場合は、誰が何株ずつ株式を保有して、それぞれの役職はどうするのか、誰がどの程度の議決権を持つのかなどの座組み(組織やプロジェクトに参加するメンバー構成や体制)を決めることが不可欠です。
この組み方が甘いと、トラブルが発生した場合に経営が継続できなくなってしまいます。
農業法人を設立したいと思ったら考えること
明確な目的や目標がないまま周囲の法人化の流れを受けて、法人化を目指すと、それ自体が目的となってしまうことがあります。法人を設立する是非は、税率や節税の側面だけでなく、さまざまなメリット、デメリットを考慮したうえで決定するしかありません。「法人化を実現するために、売上高〇〇万円を目指す!」などの目標を持つことは大切ですが、農業法人を設立するためには、売上ではなく継続した一定水準の営業利益を出すことが最低条件です。売上高だけではなく、経費など支出の削減も考え、一定水準の利益を出し続け、優良な経営を行いましょう。さらに、これらの利益もあくまでも法人化の目安に過ぎず、絶対条件ではありません。
原田佑嗣先生
「周りの生産者が法人化したから」「補助金や助成金の交付要綱に『法人』の要件があるから」など法人化自体が目的になっていませんか。法人化したあとは、メリットだけではなく、費用負担などデメリットもあります。法人化は、実現したい農業経営に近づくための手段に過ぎません。何を目指して農業法人の設立を検討しているのか、一度立ち止まって考えてみてください。
目先の利益にとらわれず、長期的な視点を持とう
法人化にはさまざまなメリットがあります。しかし、目先の利益のみに関心を向け、十分な検討をせず法人化を目指してしまうことはあまり有益ではありません。広い視野と長期的な視点を持ち、検討時点において法人化が妥当かどうかや、法人化のタイミングを見極めましょう。連載「農業法人を設立するには?」バックナンバーはこちら。