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パンデミックから見えてくること
新型コロナウイルス対策として学校は休校になり、イベントや会議も次々と延期やキャンセル。どこかに出かけるのは得策とはいえず、人口密度が低くて濃厚接触する機会がやたらと少ない農村エリアで、いつも通りの暮らしをするのが一番!というわけで、家庭内に労働力はいっぱいあるし(ハッピーファミリーファーマー日記No.3)、これはむしろピンチはチャンスってやつ!?と家族総出で忙しくしていた中、WHOが新型コロナウイルスの感染拡大を「パンデミック(世界的流行)」だと発表したのが2月29日。本当に大変なことになってしまった、とネット情報を見ていたら、100年前に世界で猛威を振るったスペイン風邪の記事が目に留まりました。
ちょうど100年前にもパンデミック
「スペイン風邪 パンデミック」で調べてみると、当時の世界人口のなんと3割にも当たる5億人が感染したとされ、日本では総人口の0.8%強にあたる約45万人が死亡、とあります。終息するまでに約2年間もかかり、ちょうど100年前の1920年に鎮静化したそうです。第一次世界大戦よりも多くの方が亡くなったという事実を初めて知りました。さて、この連載でテーマにしている「持続可能な社会」を考えた時、パンデミックからも見えてくることがありそうです。日本の食料自給率は約4割しかなく、半分以上は輸入されたものを食べている状況。狂牛病や鳥インフルエンザと違って、農産物を介してコロナウイルスの感染が広がるという話はまだ聞きませんが、人や物の出入りが制限されつつある中、この先いったいどうなっていくのだろう、という不安は拭えません。そんな切り口から、最終的には希望が持てる話を書きたいと思います。
SDGs×生物多様性「未来を創る食農ビジネス」というテーマのシンポジウム
2020年2月17日に農水省で開催された、SDGs×生物多様性シンポジウム「未来を創る食農ビジネス」に登壇させていただきました。たいしてもうかってもいなければ、法人化もしてない、しがない「農家の嫁」が、そんなたいそうなタイトルのシンポジウムに出ていいのかな、という気後れと、新型コロナウイルスへの恐怖から、家を出る時はけっこう憂鬱だったんですが…。
結果的にはめっちゃおもしろかったんです。この連載のテーマである「農業なくして持続可能な社会なし」という内容そのもの、でした。この連載では、ゆるい感じでこのテーマを書いていこうと思っていたのですが、今回は忘備録も兼ねて、いろんな専門家の方がおっしゃっていたちょっぴり難しい話も紹介します。
「食と農」に真剣に取り組まなければならない
まずは、日本総研の会長であり、多摩大学の学長でもある寺島実郎さんからのお話。日本は工業生産で外貨を稼ぐ、という成功体験をした国で、「工業で外貨を稼ぎ、食糧は外国から買えばいい」という文化が根付いている。でも工業生産で稼げる時代は既に終わっていて、アメリカをまねてシリコンバレーやウォール街を日本でも再現しようとしているが、大きな違いはアメリカの食料自給率は130%で、日本は40%だということ。日本を再生させるためには、「食と農」に真剣に取り組まなければならない。
新型コロナウイルスの猛威がきっかけとなって、食と農の見直しにつながれば、最終的にはけがの功名になり得るかもしれません。食生活の6割以上が海外に影響を及ぼす
次は、東京大学の橋本禅さん。輸入による他国への影響が大きい国のナンバー2が日本。現在の食生活の6割以上が、海外に影響を及ぼします。
今回のように世界レベルでの非常事態が起きると、リスクと環境負荷をかけてまで輸入しなければいけないのはなぜ?と思ってしまいます。国産の農産物は高く思えるかもしれませんが、田畑を使うことで地下水が保たれていたり、Co2を吸収していたり、生物多様性を育んでいたり、といった効果を考えると、外国産の安い農産物と価格だけで比べられたくないなぁと思うわけです。生物多様性=自然資本
その次は、大和総研の河口真理子さんから、生物多様性=自然資本。それがないと利子(つまり利益)が生めない。
という話があり、投資のことはよくわからないけど、田んぼや畑や山が「自然資本」だとすれば、それらが良い状態にないと作物が育たないから、利益が得られないってことなんだろうな、と理解。その後は、実際に生物多様性の保全に関わる事業に携わっているメンバーが登壇し、ネスレ日本株式会社の阿部純一さん、いきもの株式会社の菊池紳さん、株式会社電通の鈴木純一さん、そして私が話題提供をしました。いやはや、現場で動いている方の話は腹落ちします。
どの方の話も面白過ぎたんですが、中でもおすすめなのが、菊池紳さん。農家と飲食店をつなぐ「プラネット・テーブル」や企業や自治体と農家をつなぐ「ChiQ(チキュウ)」など、「農業×α」を考える限り実行している会社です。
登壇者の集合写真を撮り忘れてしまったので、代わりに壇上から撮った会場の写真を。壇上から撮るんか~い、と突っ込まれそうですが。
変わらない日常=持続可能な暮らし?
脳は刺激されたけど、難しい話をたくさん聞いたので、帰ってからゆっくり頭の整理をしようと思っていたのに、帰宅後に待っていたのはシンクからあふれる皿とおなかがすいている子どもたち。彼らはこんな非常時でもよく遊びよく働いてくれますが、食べ盛りの息子3人がどこにもいかずに家にいるわけですから、6~7人の食事が1日3回+おやつの賄いは大変。家政婦さんを雇う経済力がないなら、手伝いに来てくれる愛人とか2号さんでもいないの?と半ば本気で夫に尋ねてみたりして(笑)。
とはいえ、冒頭にも書きましたが、感染リスクは極端に少ないと思われる環境の中、マスクもしないで笑顔で過ごせているのは、「これこそ”持続可能な暮らし”なんじゃないの?」とさえ思う次第です。
採れたて&漬けたてのタカナもあるし、ちょっと気分を変えて、塩漬けしていないタカナの葉っぱをペースト状にしてあか牛と混ぜた「タカナとあか牛のリゾット」なんぞを作ってみたり。自給自足とまで言えないですが、米と野菜は常にあるので、ニワトリの平飼いでも再開させれば、サプライチェーンが止まっても、しばらくは生きていけるんじゃないかと思います。
顔の見える生産者、というだけで価値になる時代
まとめとして。農家は付加価値をつけることに必死にならなくても、顔の見える生産者というだけで価値になる時代は既に始まっています。
むしろ私たち農家の表面上じゃない、地に足をつけた生き方とか、自然に対するリスペクトとか、そういうことが価値なんだし、それが今後ますますきちんと評価されていくようになるだろうな、とシンポジウムに出てみて感じました。輸入が自由にできなくなったら国産の農産物に頼るほかないですし。完全なる私見で、何の説得力もないですが。
週間連載のコラムも掲載中!
【週間連載】家族経営農家の日常を配信「ハッピーファミリーファーマー日記」【毎月更新!】月間連載アーカイブ「農業なくして持続可能な社会なし」
大津 愛梨(おおつ えり)プロフィール
1974年ドイツ生まれ東京育ち。慶応大学環境情報学部卒業後、熊本出身の夫と結婚し、共にミュンヘン工科大学で修士号取得。2003年より夫の郷里である南阿蘇で農業後継者として就農し、有機肥料を使った無農薬・減農薬の米を栽培し、全国の一般家庭に産直販売している。
女性農家を中心としたNPO法人田舎のヒロインズ理事長を務めるほか、里山エナジー株式会社の代表取締役社長、一般社団法人GIAHSライフ阿蘇の理事長などを兼任。日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」やオーライニッポン「ライフスタイル賞」のほか、2017年には国連の機関(FAO)から「模範農業者賞」を受賞した。農業、農村の価値や魅力について発信を続けている4児の母。
ブログ「o2farm’s blog」