株式会社久松農園 久松達央さんによる、豊かな農業者になるためのメッセージを伝える連載。
最終回は、久松農園からだけでなく、さまざまな方法や取り組みによって数々の豊かな農業者を輩出してきた久松さんに、豊かな農業者になるために必要な条件や資質について解説してもらいました。
新規就農者や若手農業者が農業をはじめる前後で知っておきたい内容です。また、従業員を雇用する経営者にとっても、豊かな人材を育てていくために必要なエッセンスが凝縮されています。
プロフィール
株式会社 久松農園 代表 久松達央(ひさまつ たつおう)
1970年茨城県生まれ。1994年慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人株式会社を経て、1998年に茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を有機栽培し、個人消費者や飲食店に直接販売。補助金や大組織に頼らない「小さくて強い農業」を模索している。さらに、他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行っている。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)
よい農業者が育つ3条件|スキル向上に起因するのは資質より環境
豊かな農業者になるためには、さまざまなスキルを日々向上させることが必須です。特に、若手の生産者にとって、栽培を含めた技術の向上はさしせまった課題で、それを磨き続けることは避けては通れません。久松さんは、スキルの習得は、本人の資質ではなく、置かれている環境に起因するところが大きいと言います。よい農業者が育つために必要な3つの条件について解説してもらいました。3条件は「近くの手本」「回っている現場」「習熟の時間」
よい農業者が育つためには、何が必要でしょうか。
久松達央さん
豊かな農業者が育つために必要な3つの条件があります。それは、近くの手本、回っている現場、習熟の時間です。
3つの条件について詳しく教えてください。
久松達央さん
何かを習得するには手本が必須です。とりわけ、体を使う仕事はそうです。頻繁に見に行ける距離にある「近くの手本」から見よう見まねで学び、ときには一緒に作業して覚えていくことが大切です。それと同時に、実際にヒリヒリとした緊張感の中で「回っている現場」があることが大事。これがないと学校になってしまい、練習を重ねても実際の現場で使える技術が身につきません。この2つが満たされた上で、その人にとって十分な「習熟の時間」を確保することが必要です。人によって成長のスピードは違うので、習熟までにかかる時間の長さもまちまちです。
豊かな農業者が育つ3条件
・近くの手本:頻繁に見に行ける距離の師匠、先輩、仲間など
・回っている現場:実際に栽培と経営が資金や人の力を借りながら回っている状態
・習熟の時間:育成し、技術が身につくまでにかかる時間
生産者本人の資質ではなく、まわりの環境が大切なのですね。
久松達央さん
そうです。農業でうまくいくために、100mを9秒台で走るような特殊能力は必要ありません。実は農業における成果や結果は、本人の資質より大きな割合を占めるのは、その人が置かれる環境です。
3条件が満たされたら技術が向上した
久松さんは、農業を始めたころは3条件が満たされていましたか。
久松達央さん
満たされていませんでした。僕の場合は、農業を始めたときに手本が近くになかったので、マルチの張り方の一つをとっても、具体的なやり方もスピード感もわかりませんでした。同じようなことをやっている有機農業者の先輩が多い地域に、頻繁に見学に行くようになり、そこで、手本を見つけてからは、急に上手になりました。
いい手本を選ぶコツは何かありますか。
久松達央さん
必ずしも同じ品目や栽培方法であればいい手本だというわけではありません。手本の良し悪しの選び方は、その人の感性かもしれません。僕の場合は、近くに手本がなかったからこそ「何が自分にとって正しい手本なのか」と考えるようになりました。
経営者視点で、人を雇用し育成するときにも3条件を
久松さんは、よい農業者が育つための3条件は、新規就農者や若手農業者のみならず、若手農業者を育成する経営者にとっても知っておくべき重要なことだと話します。久松さんは、経営者として3条件をどのように見ていますか。
久松達央さん
従業員のことを「使えない」と嘆く経営者たちは、この3つの条件をきちんと満たしてあげているのでしょうか。どんな農家でも、今に至るまでには練習する期間も必要だったはずですが、従業員にはその時間を確保せず「仕事ができない」と言うのは、責める相手が違います。従業員が習熟するための時間の確保は経営力そのものです。
自立と自走|前に進み続けるために不可欠な資質
豊かな農業者になるためには、スキルの向上が不可欠ですが、久松さんは、それだけではなく、自立し自走できる資質も、前を向きながら農業を続けていくためには必要だと話します。3条件で技術を磨いた上で、自立と自走ができる資質が必要
3条件が整った環境に加えて、豊かな農業者が育つために必要なものはありますか。
久松達央さん
3条件で基本的なスキルが身についても、それだけでは豊かな農業者は育ちません。個々の農業者が前に進み続けるために必要な資質があります。僕はそれを自立と自走と呼んでいます。僕は、有機農家だとか、もうかる農家だとかの個別のやり方や栽培方法にはあまり興味がありません。でも、自立・自走する農業者が多くなると世の中がおもしろくなると考えています。
経済的にも精神的にも依存しない「自立」
自立している生産者とはどのような人でしょうか。
久松達央さん
経済的・精神的にほかに依存せず、自分の足で立って、自分の人生をコントロールできている人です。まわりの状況に流されず、自分のやりたいことを貫くためには自立している必要があります。その力がない人は、大切にしているものを守ることができません。
何かにけん引されるのではなく、内燃機関で走る「自走」
自走している生産者とはどのような人でしょうか。
久松達央さん
けん引式ではなく自走式で、自分の中にエンジンを持っている人ですね。株式会社リワイヤード代表の仙石太郎さんは、『企業変革を牽引する新世代リーダー ダイナモ人を呼び起こせ』の中で、こういう人のことを「ダイナモ人(発電機型人材という意味)」と呼んでいます。自分の中のエンジンを自分でふかして、自律的、精力的に動ける人でないと、ほかの人も巻き込んで課題を解決し続けることはできません。
つまずきに向き合うことで感性は磨かれる
自立や自走ができる人の具体的な例を教えてください。
久松達央さん
たとえいい風が吹かなかったり、まわりを傷つけてしまうことがあったとしても、自分のいいと思うものに向けて己を貫ける人だと思います。「調整」や「調和」は大切な資質ですが、それだけでは時代の状況に流されてしまいます。今の時点で最適な答えを出すことよりも、自分がこうあるべきだと思うものを追求する人が、新しいものを生み出します。
自立や自走する力は、練習すれば身につくのでしょうか。
久松達央さん
僕は、もともと備わっている資質や感性によるところが大きいと考えています。訓練で身につくかどうかはわかりませんが、磨くことはできます。
農業に必要な資質や感性をどのように磨けばよいのでしょうか。
久松達央さん
農業はそもそもやりたいことが思い通りにいかず、想定外のことが起こりやすいです。うまくいかないことが起こったときに、課題にきちんと向き合い、解決策を見つけるために考え続ければ、感性が磨かれると思っています。
技術と情熱、どちらが欠けても豊かな農業者は育たない
新規就農者や若手生産者のために「豊かな農業者になるために必要な心得」について、解説してもらいました。久松理論|豊かな農業者になるために必要な心得
よい農業者が育つ3条件でスキル向上!
よい農業者が育つために必要な栽培技術も含めたスキルの向上のためには、「近くの手本」、「回っている現場」、「習熟の時間」の環境を整えることが重要です。また、経営者視点でも、人材育成のために3条件を整えることが必要です。前に進み続けるためには自立と自走できる資質が必要!
3条件を整えた上で、豊かな農業者になるためには、経済的、精神的にほかに依存せず、自分の人生をコントロールできる自立と、誰かにけん引されるのを待つのではなく、自分の中にあるエンジンで自走できる資質が必要です。つまずいたときこそ感性が磨かれる!
農業はうまくいかないことが多々あります。そのつまずきに向き合い、考え続けることで感性が磨かれます。それこそが真の知性です。久松さんからメッセージ|情熱だけではつくれない、技術だけではつまらない
最後に久松さんから、新規就農者や若手農業者にメッセージをいただきました。久松達央さん
体の中からわき出る熱がなければ、何も始められません。一方で、思いを形にするスキルがなければ、ものづくりはできません。情熱と技術の両方が必要だというのが僕の考えです。
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久松達央さんのジツロク農業論久松さんが若手農業者たちのお悩みをひも解き、課題を解決する「実践編」
久松達央さんのジツロク農業論実践編