- ライター
- 紀平 真理子
オランダ大学院にて、開発学(農村部におけるイノベーション・コミュニケーション専攻)修士卒業。農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートやイベントコーディネートなどを行うmaru communicate代表。
食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫農業経営アドバイザー試験合格。
農業専門誌など、他メディアでも執筆中。…続きを読む
写真提供:紀平真理子
【新規就農者や、すでに営農しているもののつまずいてしまっている人へ】 株式会社久松農園 久松達央さんによる、豊かな農業者になるためのメッセージを伝える連載。 新規就農者の離農率についての詳細な調査はありませんが、新規就農者向けである農業次世代人材投資資金を交付する事業の利用者のうち2.5%、農の雇用事業の利用者のうち39.5%が離農しています。新規就農者だけでなく、現在営農している人にとっても「農業を続ける」ということについて思案することがあるのではないでしょうか。第12回は、20年以上農業を続けている久松さんに、農業を続けるための秘訣(ひけつ)を教えてもらいました。 出典:農業労働力の確保に関する行政評価・監視―新規就農の促進対策を中心として−結果に基づく勧告(総務省)
写真提供:紀平真理子
プロフィール 株式会社 久松農園 代表 久松達央(ひさまつ たつおう) 1970年茨城県生まれ。1994年慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人株式会社を経て、1998年に茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を有機栽培し、個人消費者や飲食店に直接販売。補助金や大組織に頼らない「小さくて強い農業」を模索している。さらに、他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行っている。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)
農業を続けている=やめていない
写真提供:久松達央
久松さんは、なぜ20年以上も農業を続けることができているのでしょうか。農業をやめようと考えたことはあるのでしょうか。
いつも楽しいわけではなかった
久松さんが就農したのはいつでしょうか。
1998年に就農しました。20年以上、農業をしています。
長いですね!農業を続ける秘訣を教えてください。
農業を続ける秘訣は、農業をやめないことですね。能動的や積極的な理由だけで、農業を続けられている人はいないですよ。「仕事が大好きで幸せ!」というときばかりではありません。
今までに農業をやめようと思ったことはありますか。
ありますね。最初の何年かは「うまくいかなかったら都会でまたサラリーマンをしよう。何をやろうかな」と常に頭にありました。そもそも、会社員が楽しくなくなったから農業を始めたのに、また組織で勤められるということが幻想だったのですが(笑)。やめるというより、ちゃんと始めていませんでした。そのあとも、やめようと思ったことは数え切れないほどあります。
やめない仕掛けを覚えた
農業をやめずに続けられているのはなぜですか。
ずるずる続けているだけの瞬間もたくさんあります。いつも100対0で続ける方を選択し続けたのではなく、99対1で続けた日もあれば、51対49で続けた日もあります。過去に辛いな、続けられないなと思ったことは何度もありますが、自らに仕掛けてやめない工夫を覚えました。
辛かったことの一例を教えていただけますか。
従業員がやめたとか、お客さんが定着しないとか、栽培がうまくいかないとか。今考えると、よくあることです。
今回は、農業を続けるために久松さんが行っていることを教えてください。
はい、久松流「農業を続ける=やめないための仕掛けや工夫」を伝授します。
久松流やめない仕掛けその1|リラックス&トレーニング
写真提供:紀平真理子
農業をやめないための仕掛けその1は、リラックス&トレーニングです。休息や体をケアすることが、なぜ農業を続けられるのことにつながるのでしょうか。
上手に休む技術を身につける
農業を続けるためにしていることは何かありますか。
上手に休んでリラックスすることと、体をケアすることですね。
休むことは大切ですね。自営業者や経営者は、仕事とプライベートの切り替えが難しい気がします。
嫌々仕事をしている人には働く技術が必要ですが、僕を含めて好きで農業をはじめた人は、放っておいたら仕事をしてしまいます。その人たちは、休む技術を身につけないといけません。休んじゃいけないと思ってるから休めないんです。農業は頑張る人がもてはやされる傾向はあるけれど、自分を大切にしないと長持ちしないですよ。
久松さんは休んでいますか。
僕は、今はちゃんと休んでいます。スーパーマンなら休まずにやっていけるかもしれませんが、僕は凡人なので休まないとダメ。従業員を見ていても、疲れるとパフォーマンスが落ちますね。
体を使う農作業だからこそケアが必要
写真提供:久松達央
どのように体のケアをしていますか。
僕は体調管理のためにもっぱらトレーニングをしています。他にも、マッサージに行くとか、ストレッチをするとか、身体をリフレッシュするなどメンテナンスの仕方はいろいろありますよね。楽しく体を動かして、運動することは大事です。
農業は仕事でも体を使っているのに、さらに運動は必要なのでしょうか。
農業は軽作業であっても、一般の人より体を使っている意識を持たないといけませんよ。しっかりとケアをして、ようやく一般の人と同程度の体への負担だと考えてください。
体調改善が業務改善につながる
なぜ休息や体のケアが、農業をやめないことにつながるのでしょうか。
そもそも体を壊してしまったら、続けられません。僕も不調な時期がありましたが、そのときは、仕事を減らして休まないといけないと自分では思えませんでした。でも、体を大事にするようになったら体調がよくなって、そうすると楽にするために機械を買おうと思ったり、やり方を変えてみようと思ったりできるようになったんです。
久松流やめない仕掛けその2|無理やり遊ぶ
写真提供:紀平真理子
農業をやめないための仕掛けその2は、無理やり遊んで、農業から意識を離すことだと久松さんは言います。営農する中で、まったく失敗しないなんてことはあり得ません。失敗したときにどのように気持ちを切り替えるのか、日々の心配事にどのように対処するのか、頭の中が仕事で占有されている場合はどうするのか。久松さんに解決策を教えてもらいました。
失敗してもお金で解決できるならOKとする
どのようなときに、苦しいと感じますか。
農業は、大枠としては苦しいことも多いですが、失敗したときにいつまでも思い悩まないことです。そのためには、無理やり遊ぶことも大切です。
失敗したときなど、くよくよしてしまいがちです。どのように気持ちを切り替えるのでしょうか。
どのようにすればよいのでしょうか。
自分を責めないようにします。従業員が失敗しても責めてはいけないように、自分に対しても責めてはいけません。自分も農園の一員と捉えて同じように接します。自分が見落として起こった失敗などでも、お金で解決できることであればOKだと割り切ります。
意識して農業から離れる時間を作る
失敗までいかなくても、生産者は心配ごとが多いイメージですがいかがでしょうか。
そうですね、天気のことなど心配ごとは後を絶ちません。でも、農業の悩みはたいていずっと解決しないものか、何もせずにそのままにしていても解決するものがほとんどです。例えば、「雹(ひょう)が降るかも」と心配することがありますが、どうしようもできないんですよね。だからこそ、意識して農業から気持ちを離す時間を持つことは大事です。
意識しないと農業から離れられないのでしょうか。
そうです。僕も、何年間も週末は意識して無理やり農業から離れるようにして、ようやく自然に気持ちが離れるようになりました。
農業のことばかり考えてしまうのですね。
そもそも好きで農業をはじめた人は、仕事が趣味みたいなものですからね。隙あらば何かしてやろうと思っちゃうし、どこまでが仕事か定義できないことがたくさんあります。農業を忘れるのは難しいけれど、ほかの楽しいことを考える時間を持つことはできます。
久松さんが「農業から離れられている」と思う瞬間はどんなところにあるのでしょうか。
うちはスタッフたちは土日が休みなので、週末のちょっとした栽培管理は僕が担当しています。その週末に失敗してしまうことも多いのですが、それでいいんです。僕も週末は「仕事から意識が離れられている」と思っています。
意図的に遊ぶ
写真提供:久松達央
具体的に、農業から意識を離すためしていることは何ですか。
僕の場合は、今は映画やラグビーに夢中になっています。いかに農業以外のことに夢中になるかが重要です。意図的にスケジュールを組んで遊ばないと、だらだらと仕事をしてしまって遊べないんです。はじめのうちは、無理やり遊んでいましたが、いつの間にか自然に遊べるようになりました。
久松流やめない仕掛けその3|小さくて下世話な楽しみを作る
写真提供:久松達央
農業をやめないための仕掛けその3は、日々の中に小さな楽しみを作ることです。大きな意義だけでは、日常の作業が苦しくなってしまうと久松さんは言います。小さな楽しみを作ることが、農業を続けるためには大切だという理由は何でしょうか。
小さなモチベーションを持つ工夫
飽きずに農業を続けられているのはなぜでしょうか。
日々の仕事の中に、飽きないための工夫を取り入れているから続けられていると思います。
工夫の一例を教えてください。
下世話な楽しみをたくさん見つけることです(笑)。「このおいしくてやばい野菜を来週このお客さんの野菜セットに入れてやろう!」とかそんなことですが(笑)。
モチベーションというのは、大きな意義ではない場合もあるのですね。
そうです。小さなモチベーションがたくさんあると、日々の農作業を頑張れます。こういう小さい工夫は大切です。
「日々が苦痛ではない」のも続けるためには必要
その日々の楽しみは、スタッフにも共有していますか。
はい。一番長く過ごすのは、職場の人たちです。雑談が楽しい人たちと一緒にやっているときは、やっぱり楽しいですよ。大きい目的を掲げてチームを作ることも大切ですが、そればかりだとしんどくなってしまいます。「日々がただ楽しい=苦痛じゃない」というのも、続けるためには必要ですね。
一緒に働く人や環境についてはどのように考えていますか。
会社に勤めていると、環境や一緒に働く人を自由に選べませんが、経営者は選べます。僕の場合は、選択基準が楽しさであることが多いです。たとえば、学生時代も「無理しない!背伸びしない!格好つけない!楽!」な参考書がいいと考えていました。もし、その参考書がもの足りなかったら新しいものを買おうと考えていたくらいです。
久松流やめない仕掛けその4|元気がないときは反省なんかしない
写真提供:紀平真理子
農業をやめないための仕掛けその4は、反省は元気なときだけで十分!久松さんは、相談や悩みを打ち明ける相手も就農当初から変わったと言います。どのような経験から、そのように考えるようになったのでしょうか。
心のモードに合わせた友人を持つ
悩みがあるときはどのように解消していますか。
具体的な悩みではなく、漠然とモヤモヤした悩みがあるときには、ただ仲間と楽しく過ごします。
久松さんが、生産者仲間と連絡をとるのは、プライベートですか、仕事ですか。
仕事とプライベートがなだらかで、はっきり線引きはしていません。
どういうことをどんな人と話すのでしょうか。
話したい人と話したいことを話しますね。まったく戦略的ではありません。
生産者仲間に悩みを打ち明けることもありますか。
うーん。かつてすごい頑張っている仲間がいて、僕が弱音を吐くと辛い方向ばかりに持って行く人がいました。その時間は、学びも大きかったし、自分自身も頑張れたのですが、離れてみたら、自分がとてもしんどかったことに気がつきました。だから、今は悩みを打ち明けるなら、甘やかしてくれる人がいいですね。
確かに、アドバイスがほしいときと、ただ聞いてもらいたいときがありますよね。
そうですね。2009年ごろにしんどい時期があったのですが、携帯電話の電話帳を見たら、聞き流してくれそうな友達が誰も見つからなかったんです。なので、そこから農業関係者以外で、話を聞いてくれる友達を心のモードに合わせて作っていきました。
反省は健康なときにすればいい
友人は農業関係者以外のほうがいいのでしょうか。
農業界の輪の中にいて、自分のネットワークが農業以外ともつながっていないと危ないですよ。関係者に悩みを打ち明けると、具体的なアドバイスや業界の話になりますよね。弱っているときには追い打ちをかけられます。同業者の強固なネットワークの脆弱性(ぜいじゃくせい)も知っておいた方がいいです。聞き流してくれる業界以外の友人も持ったほうがいいですね。
弱っているときには、人に甘えることも続ける秘訣なのですね。
反省は健康なときにするものです。元気がないときは、反省しなくてもいいと思いますよ。ウルフルズは『反省なんかしない』という曲の中で、「反省なんかしない。俺はそんなに強くない」と歌っていますが、本当にその通り。
久松さんが「やめなくてよかった」と思う瞬間
写真提供:紀平真理子
「やめたい瞬間」が数え切れないほどありながらも、工夫し、変化しながら、20年以上農業を続けている久松さんが、「やめなくてよかった」と思うのは、どのようなときでしょうか。
やめなかったことで得た喜びが重石になる
22年間で久松さんご自身も久松農園も変化があったと思います。変わることは怖くないですか。
変化を恐れてはいけません。自分が過去に思っていたことや発言したことと、今やりたいことに矛盾があると苦しんでやめてしまう人もいますが、それはもったいないです。環境も顧客も変わるのに、企業や農家だけが変わらないのはおかしいですよね。変化していいんです。
やめなくてよかったと思うのは、どんなときですか。
日々淡々と続ける中で、たとえばキャベツの栽培がうまくいったとしたら、やめたいときを振り返って「あーあのときやめなくてよかった。あんなつまらないことでやめていたら、この喜びを逃してたな」って思うんです。そうなると、次は似たような嫌なことがあってもやめようと思いません。やめなかったことで得た喜びや学び、楽しみが何十万回と積み重なって重石になって、今ではやめることのハードルが上がりましたね。
久松さんのように、20年以上も心身ともに健康で、農業へのモチベーションを維持し続けることは、そんなに簡単なことではありません。新規就農者や若手生産者は、ついつい頑張りすぎてしまうと思いますが、その中でも自分自身を大切にすることや、ささいな楽しみを見つけていくことを思い出して、フッと力を抜く瞬間を作ってもらいたいと思います。
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久松達央さんのジツロク農業論