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- Miyuki Tateuchi
アメリカのミシガン州に居住中。海外の農業情報や普段の生活を通して感じた食農トピックを紹介します。祖父が農家だった影響もあり、四季折々の「旬」を大切にしたいと思っています。…続きを読む
前回はアメリカのバレンタイン事情について紹介しました。
今回は、写真にあるメープルシロップが主役です。上品で高級な感じもして、こんなにジャブジャブかけるのがためらわれるメープルシロップ。あのほんのりとした甘さ、焼きたてのパンケーキの香りと相まって、何という幸福感をもたらしてくれるのでしょうか。
3月半ば、地元のメープルシロップツアーに参加して、本当に手間ひまかけて作られる一品であることがよくわかりました。瓶に入っているとあまり実感できませんが、天然の季節の贈り物でもあります。実態があまり知られていないメープルシロップ、旬のものとして注目したいと思います!
世界では70%以上がカナダ産、でもアメリカでも採れるんです
メープルの木といえば、サトウカエデ。その葉の形はカナダの国旗にも使われているため、カナダの特産物のイメージが強いですが、実はアメリカでも採取できる地域があります。具体的には、生産量順にバーモント州、メイン州、ニューヨーク州などの北東部、地理的には一大産地のカナダ・ケベック州に近い地域です。私が住んでいるミシガンも「橋を渡ればもうそこはカナダ」という場所であり、全米8番目の産地となっています(参考:Michigan Maple Syrup Association)なぜ、採取できる場所が限定されているのか?それは、メープルが天然の樹木から採れるものであり、気候が重要な要素になるからです。冬の寒さが厳しい地域のカエデでは、夏の間に生成されたデンプンが冬には糖分となり、樹木の凍結を防ぎます。そして、春の息吹に向けて、細胞内の糖の濃度を下げるべく根から水が押し上げられ、内部の糖が溶け出して樹液となるのです。
夜の気温−4℃、昼の気温7℃くらいまでの期間で、シーズンは10週間ほど。ただし、量が多く採取に最適なのは10〜20日間のみです。幹に小さな穴を開けると外に樹液が出てくるのも、葉がまだ出ていないこの時期に限られます。メープルは場所限定、季節限定のプレミアム品だったのです。
こんな食育大歓迎!メープルツアーで科学と歴史を学ぶ
春の陽射しに誘われて、外出したい気分になってきた時に開催されるのが「メープルシロップツアー」というイベントです。シロップを製造している農園だけでなく、サトウカエデの木があればよいので、地元の公園で開催されていたりもします。主な内容は、メープルの木の見分け方に始まって、植物の光合成、採取法、先住民による製造や開拓当時の交易の様子、樹液の煮詰め方について。メープルシロップたっぷりのパンケーキを食べられるイベントと組み合わせて、学びと食を総合的に楽しめる場にしているものもあります。
私が行ったところでは、3月の毎週末に約1時間のツアー(定員20名)が開催されていて、当日ではチケットが売り切れているほどの大人気ぶりでした。ツアー価格は、食事がついていない場合、5〜10ドルが相場。売店では現地のメープルシロップが売られていて、お土産にすることもできます。
メープルシロップって、どうやってできるの?採取から完成まで
伝統的な採取法がこれ。木にドリルで穴をあけ、採取口を取り付けると、中から「メープルウォーター」という透明な液体が出てきます。この時の糖度は2.5%ほどでさらさらの液体。木の個体差や気温などの条件によって、樹液が出てくるスピードはまちまちですが、1シーズンで1つの穴から10ガロン(約40リットル)ほど採取します。樹木を守るために、樹齢40年、幹の直径が25cm以上の木が選ばれます。採取する樹液は全体の1/10以下なので、その後、木の生長に影響が出ることはないということです。1970年代にはチューブを使った方法が開発され、木と木をつないだ効率的な採取も可能となりました。チューブに穴があくなど、異常時にはすぐに対応できるよう、センサーもつけられています。
集められた透明な樹液は、「シュガーシャック(砂糖小屋)」というところに集められ、ひたすら煮詰められます。完成時の糖度は66%。
煮詰めると量が減ってしまうので、1ガロン(約4リットル)のメープルシロップを作るのに、なんと、その40倍の樹液が必要になります。言ってみれば、完成形は原材料の1/40。ちなみに1ガロンというのは、アメリカで売られている牛乳の通常サイズです。
透明の樹液から私達が見慣れている茶色いトロリとしたメープルシロップができるまでに、こんな苦労があったとは…。混ぜものなしのメープルシロップ、本当にありがたいです。
実はさまざまな種類があるメープルシロップ
瓶に入っていないとわかりづらいのですが、メープルシロップの色は多彩です。メープルウォーターに近い透明なものから、茶色が濃いものまで、4種類に分けられています。色の違いは、品質の違いではなく、採取時期の違いなので、自分が気に入るものが見つかるまで、テイスティングしてみるのも面白いかもしれません。こうやって並べてみると、ウィスキーのようにも見えますね。メープルシロップの種類
ゴールデン(デリケートテイスト)
光の透過率75~100%。最も採取の時期が早い樹液で作られたもの。色味は淡く、あっさりとしたデリケートな風味。砂糖の代わりにおすすめ。アンバー(リッチテイスト)
光の透過率50~74.9%。透明感のある琥珀(こはく)色。ゴールデンの次に集められた樹液で、マイルドな風味。最も一般的で癖がない。ダーク(ロバストテイスト)
光の透過率25~49.9%。アンバーよりも濃い茶色。アンバーの次に集められた樹液で、メープルシロップ独特の風味が強い。バターとの相性がよい。ベリーダーク(ストロングテイスト)
光の透過率0~24.9%。麦茶のような色合い。最も遅い時期の採取で、濃厚な味。パンケーキだけじゃない!ほかにもあるメープルシロップの使い方
ちょっと驚くかもしれませんが、アメリカの朝食メニューでよく見かけるのが、ベーコンとパンケーキの組み合わせです。別々に食べるのではなく、脇にあるベーコンを上にのせ、ここにたっぷりのメープルシロップをかけると…。ベーコンの塩気とシロップの甘さが妙にマッチするメープルベーコンの完成です!市販品もメープル風味でやさしい甘さのベーコンが売られていますし、ドーナッツ生地にベーコンを埋め込んだ「メープル・ベーコン・ドーナッツ」なるものも存在します。アメリカでは、「ベーコン×メープル」は定番の味なのです。
ほかにも工夫次第でいろいろな使い方があるメープルシロップ。肉料理では、照りを出すのにも使われます。はちみつほどの甘さはいらないけれど、ちょっと風味を足したい時にも。
ケベック・メープルシロップ生産者協会のサイトのレシピが参考になります。
日本産のメープルシロップも。持続可能な林業の形として
海外ではサトウカエデの木が使われますが、気候が合えば樹液は採れるため、日本でもイタヤカエデやヤマモミジの樹液を使って、国産のシロップやメープルシュガーを作るという取り組みがされています。日本のイタヤカエデのメープルシロップは、サトウカエデよりは糖度が若干低いものの、カルシウムやカリウム分がより多く含まれているという特徴もあります。有名なのが、埼玉県の秩父や山形県金山町。もともと、山間で林業が盛んだった地域ですが、林業に携わる人の高齢化や仕事の厳しさから産業の衰退が進む中、「伐らない林業のモデル」として、新しい取り組みをしています。
このほかの地域でも、採取と食両方の体験ができる「メープルシロップツアー」が雪国を中心とした各地で増えてきています。日本だと、まだ雪が残る2月に開催されることが多いようです。来年、ぜひ参加してみてください。
メープルシロップ、こんな本もあります
メープルシロップの採取で思い出したのがこの本。メープルシロップツアーの追体験ができます。テレビアニメの方も、期待通り、ジョージのいつものドタバタぶりが面白いです。ネタばれになるのでここには書きませんが、鍋が吹きこぼれそうになった時のお助けアイテムも教えてくれます!少しはメープルシロップが身近に感じられるようになったでしょうか。こういう季節を感じられる食べ物はいいですね。
次回は春のイベント「イースター」にちなんで、卵をテーマにします。卵かけご飯、ミシガンでも食べられると聞くのですが、生食だけにちょっと不安でまだ試せていません。どんな卵だと安全なのか、卵についての知識や最近、耳にすることも増えた「ケージフリー」について取り上げます。
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「アメリカ生活アグリ日誌」Miyuki Tateuchi プロフィール
就職情報会社、外資系人事コンサルティング会社を経て、2017年よりアグリコネクト株式会社でリサーチ業務に従事。2019年より夫の転勤に伴い、アメリカのミシガン州在住。成長期真っ只中の2児の母。農業と地域、世界の料理などへの興味を元に、情報発信していきます。