目次
今回は市場流通の応用編として、産地リレー栽培やJAなどを経由した系統出荷などによる市場流通の仕組みができた背景、卸売市場での需要と供給の決定方法、市場内での鮮度保持方法など、さらに踏み込んで市場流通への理解を深めます。
なお基本的な市場流通の仕組みについては、「農業者のための市場流通の基礎|卸売市場の現状や仕組み、役割、課題を解説」をご覧ください。
新規就農者だけではなく、市場に農産物を出荷している生産者や、直販(市場外流通)を目指している生産者にも役立つ「市場流通の応用」とは?「食と農のもやもやゼミ10:今さら聞けない市場流通 後編」の資料とゼミの内容を元に主催者の許諾を得てまとめました。
農産物の市場流通システムができた背景
大きな自然災害がなく、気候条件がよい豊作の年は、供給量が需要量を上回り野菜の価格は下落してしまいます。なぜ、頻繁にこのようなことが起こるのでしょうか。市場流通の仕組みができた背景など歴史的な観点からひもとくことで、そのヒントが見えてきます。都市部への人口の移動と離農による空間的・人的へだたりを埋める
流通の役割は、生産者と消費者をつないで、へだたりを埋めることです。具体的な6つのへだたりには、生産者と消費者が同一でない場合の「人的へだたり」、栽培地と消費者が離れている「空間的へだたり」、収穫時期と消費時期が異なる「時間的へだたり」、生産者と消費者が持っている情報が異なる「情報的へだたり」、大量に農産物を栽培する生産者と少量が必要な消費者の「数量的へだたり」、栽培しやすい規格と消費者が求めるものが違う「価値的へだたり」があります。中央卸売市場が設立されたのは、江戸時代だといわれています。しかし、歴史的に卸売市場が重要な役割を果たすようになったのは戦後です。
それまでは増減があまりなかった農業就業人口が、戦後には急降下したのと同時に、戦後以降人口が地方から都市部へ流入しました。つまり、卸売市場は、人口が農村部から都市部へ移動したことによる「空間的へだたり」と、離農が進み生産者と消費者が同一でなくなったことによる「人的へだたり」を縮めるために役割を増していきました。
産地リレー栽培がはじまった理由
都市部への農産物の供給を止めないための仕組みも作られました。1961年に成立した農業基本法により農業構造の改善や規模拡大が推進され、各地で農業協同組合の発足や集荷場が開設されていきます。こうして、各地に「産地」が生まれました。さらに、日本は南北に長く、温暖な地域から寒冷地まで幅広い気候をもつ特徴から、同一の作目であっても収穫時期が数カ月異なるものもあります。この地形を活かして「産地リレー栽培」が始まります。これも、年間通して東京など都市部への農産物の供給を切らさないためにできた仕組みで、生産者の収入の安定化にもつながりました。
産地リレーの例:東京へ供給されるキャベツ
キャベツの場合、春は都市近郊の関東平野部から東京へ供給されます。夏から秋にかけては、冷涼な関東の高冷地から、冬は温暖な愛知県からといったように産地を変えながら年間通して消費地である東京に供給されています。
指定野菜と指定産地とは
野菜の栽培は、天候により収量が変動しやすく、貯蔵もできないものがほとんどです。また、供給量の変動により出荷価格も大きく変わります。品目転換も比較的しやすいため、価格変動に応じて作付面積も変動しやすく、さらに供給量や価格も変動してしまいます。このような特性がありながらも、安定的な供給を実現するために、「指定野菜」を生産する「指定産地」が定められています。
指定野菜とは
指定野菜とは、1966年に施行された野菜生産出荷安定法によって定められた、全国に流通し、消費量が多くて重要な野菜です。現在は14品目の指定野菜のほか、指定野菜に準ずる特定野菜も35品目ほど指定されています。指定野菜|葉茎菜類
キャベツ、ほうれんそう、レタス、ねぎ、たまねぎ、はくさい指定野菜|果菜類
きゅうり、なす、トマト、ピーマン指定野菜|根菜類
だいこん、にんじん、さといも、ばれいしょ指定野菜をつくる指定産地
指定産地とは、国が指定する指定野菜を毎年生産する大規模な産地のことです。安定的に消費者に野菜を供給するために、国は「需給ガイドライン」を策定しています。指定産地は、それをふまえて供給計画をつくり、計画に基づく生産と出荷を推進しています。2019年現在、893の産地が指定産地となっています。指定産地で指定野菜を栽培している生産者は、野菜価格安定制度のもと豊作や凶作の場合には需要調整への協力をしています。また、著しく価格が下落した場合には、指定産地の生産者には補助金が交付されています。
卸売市場での需要と供給の決め方
市場流通をしている生産者は、凶作や豊作に伴う価格の変動に一喜一憂してしまいますが、供給が過剰な時は、市場側も苦慮しています。食と農のもやもやゼミメンバーが市場関係者にヒアリングしたところ、市場法により卸売業者は農産物をすべて受け入れなくてはならず、供給過剰により在庫が増え、廃棄せざるを得ない場合であっても、廃棄コストがかかります。結果として、低価格で販売するという選択肢になってしまいます。では、そもそも需要と供給のバランスはどのように決められているのでしょうか。需要供給ガイドライン
国が5年ごとに需要量と供給量を見通して、需給ガイドラインを策定しています。そのガイドラインに沿って、指定産地は供給過多にならないように供給計画、つまり播種や定植の「当初計画」と出荷前の「確定計画」を提出しています。需要供給ガイドラインは実態と合っている?
需要供給ガイドラインを更新するための需要の計算方法は、過去10年間の1人あたりの消費量の推移から1人あたりの需要量を推計します。そこに推計人口を乗じて需要量を計算します。しかし、10年間という比較的長期間で考えてしまうと、野菜の消費量も人口も減少し続けていることや、消費動向の大きく変動している可能性もあるので、ガイドライン自体が実態から離れてしまうのではという懸念もあります。卸売市場での鮮度管理方法
産直ECなどの市場外流通は、市場流通と比較して「鮮度がよくておいしい」といわれることがあります。市場流通の場合、最速であれば収穫された農産物を翌日に小売店などの店頭に並べることもできますが、需給を調整しながら、卸売市場や小売店はそれぞれ在庫を保有するため、日数という視点で見ると鮮度が落ちている可能性もあります。しかし、鮮度保持の方法は、日数だけではありません。鮮度ができるだけ落ちないようにするために、市場流通ではさまざまな手法が取られています。具体的にはどのように対応しているのでしょうか。鮮度はどのように保持している?
そもそも、なぜ鮮度は落ちるのでしょうか。その大きな理由は「呼吸」です。野菜などの作物は収穫後も呼吸し続けているため、何も対応しなければ植物内の栄養素が消費され、鮮度が落ち続けます。そのため鮮度保持するためには、呼吸を抑えることが重要です。呼吸を抑える主な方法は「冷蔵庫で冷やす」「包装で酸素供給量を少なくする」ことです。鮮度管理のための設備
実際に、卸売市場にはどのような鮮度管理のための設備があり、どの程度管理が行われているのでしょうか。食と農のもやもやゼミメンバーが市場関係者へ行ったヒアリングをもとに説明します。冷蔵車の使用
卸売市場から飲食店・小売店へは冷蔵車で農産物が運ばれることが多いですが、産地から卸売市場への輸送は、費用面で冷蔵車で運ぶことはあまり多くありません。卸売市場内の冷蔵庫
卸市場内に冷蔵庫は設置されています。ただし、費用やスペースの制約により、主にイチゴやトウモロコシなど比較的腐りやすい農産物が入る場合が多いそうです。低温卸売場
市場全体を低温化する「低温卸売市場」の仕組みも、中央卸売市場を中心に増加傾向にあります。豊洲市場は、市場全体を一定の温度で管理しています。プラスチック包装の活用
プラスチック包装は、小売店や消費者からの要望が強いことに加え、鮮度の保持に役立っています。貯蔵用に開発された高性能な包装もあります。輸送の現状と課題
農産物の輸送に段ボールは欠かせません。現在では、青果物の流通で年間に段ボール箱は約1,000平方キロメートル(東京都の約半分の面積に相当)ほど消費され、使用後は廃棄されています。この現状は、環境配慮の観点から課題があると考えられています。そこで、以前から市場流通においても、段ボールの代替となり得る「通い容器(通いコンテナ)」の普及が検討されています。通い容器が導入された場合のメリットと、導入時の課題をみていきましょう。何度でも使える通い容器のメリット
コンテナなどの通い容器が普及すると、以下のようなメリットが考えられます。取り扱いが容易で効率化が図れる
共通の通い容器を使用する場合には、高く積み上げることができます。また段ボールより固いため、荷傷みの防止になり、ぬれても問題ないため、取り扱いも容易になります。さらに、箱づくりやふたを閉める作業が不要なため効率化を実現できます。環境負荷の低減
通い容器が普及すると、段ボール箱を捨てずにすむので、比較的大きいサイズの容器で、かつ近距離輸送の場合は二酸化炭素の排出量が削減されるという研究もあります。ただし、これには輸送効率や大きい容器に入れたゆえに青果物の品質低下が起こるロス率などは含まれていないため、慎重に考える必要がありそうです。品質保持の効率アップ
通い容器は、メッシュ状に穴が空いているため通気性も予冷効果も高く、呼吸を抑え品質保持に一役買います。通い容器の利用が進まない理由は?
実際には、通い容器の普及にはさまざま課題もあり、現状ではなかなか普及していません。具体的にどのような課題が考えられるでしょうか。回収拠点の整備が必須
小売店の物流センターや卸売市場内で通い容器を保管する場所を整備し、レンタル業者が回収する仕組みを構築しなければいけません。また、卸売市場内に十分なスペースがない場合には、回収拠点を施設外に開設する必要があります。通い容器に対応できる選果場の整備
産地にある選果場では、選果や梱包が機械で行われていると、多くの設備が段ボール箱に合わせて設定されている場合が多いそうです。通い容器に変更する場合は、それに対応できる選果場のラインを整えなければいけない可能性があります。安価ではないレンタル料金
品目や時期によっては、回収拠点に通い容器が滞留してしまいます。そのため、年間を通じて回転率がいいとはいえず、レンタル料金があまり安くなりません。紛失防止のための費用負担
通い容器を導入する際、紛失防止のためのデポジットや補償金などを利用者が負担したり、数量の管理などの事務的な負担も必要になると、取り入れたいというモチベーションが低減してしまいます。ピッキングに時間がかかる
通い容器は、外観が同じなので、あまり慣れていない従業員がピッキングするのに時間がかかったり、間違えたりする可能性が懸念されています。卸売市場のデジタル化の状況は?
卸売市場では、毎日数え切れないほど多くの取引がされています。その取引はどのように行われているのでしょうか。流通業界全体でデジタル化が推進されている今、市場流通の現状は?流通で使用される技術
デジタル技術を導入した効率化が、流通業界で推進されています。具体的に現場で導入されている技術の一例を以下にあげます。EDI
EDI(Electronic Data Interchange=電子データ交換)は、注文書や請求書をインターネットなどの通信回線を使ってやりとりする仕組みです。電子タグ(RFID)
電波で情報のやりとりをするので、バーコードより、遠方からでも一度に多くの情報を読み取れるタグです。食品の卸売市場のデジタル化の現状
卸売市場では、デジタル化の推進は十分だとはいえません。2013年の調査ではありますが、中央卸売市場の中で、一部であってもEDIや電子タグを導入している業者は17%にとどまります。食と農のもやもやゼミのメンバーが市場関係者に実施したヒアリングによると、2020年でも産地と卸売業者間や、卸売業者と仲卸業者間の受発注は、一部若手の担当者間でのLINEの活用を除き、基本的には電話やFAXで行われています。また、産地の品目や単価などの情報を手で入力しているケースもまだまだ主流です。新しい取り組みとして、取引情報をデータ化・分析する販売管理システムを導入している卸売業者・仲卸業者や、花き市場を中心に電子せりのシステムが導入されている市場が一部ありますが、現状では、卸売市場のデジタル化が十分に進んでいるとはいえません。
大きな仕組みを理解することが、個々の戦略形成につながる
現在の市場流通の仕組みは、都市部へ継続的に農産物を供給するために構築されました。産地の形成や産地リレー栽培なども同様の理由です。都市部に住む消費者が年間を通じて新鮮な野菜を食べられるのは、この仕組みが大きく寄与します。市場流通はネガティブなイメージを持たれがちですが、生産者側にとってもまとめて一度に出荷ができるなどさまざまなメリットもあります。一方で、日々少しずつ改善はされていますが、完成された仕組みであるがゆえに大きく変革することが難しいこともうかがえます。市場に出荷している生産者も、直販を検討している生産者もこの大きなシステムを理解したうえで、個々の販路の戦略を練ってみてはいかがでしょうか。
参考:野菜をめぐる情勢(農林水産省)
多様化するニーズへの的確な対応(農林水産省)
卸売市場を含めた流通構造について(農林水産省)