株式会社久松農園 久松達央さんによる、豊かな農業者になるためのメッセージの連載第2回。新規就農者が、機械投資に二の足を踏む理由は「効果測定と資金調達に考えが及びにくいこと」でした。機械購入時の効果測定に関する久松さんのアドバイスは、「自分の時給を決めよう」「相談相手を作ろう」でした。
後編では、新規就農者が機械を導入する効果を見極め、機械への投資を決定した場合でも、手元の資金が不十分という理由で機械が購入できないときの投資計画や資金調達について、久松さんに解説していただきました。
プロフィール
株式会社 久松農園 代表 久松達央(ひさまつ たつおう)
1970年茨城県生まれ。1994年慶応義塾大学経済学部卒業後、帝人株式会社を経て、1998年に茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を有機栽培し、個人消費者や飲食店に直接販売。補助金や大組織に頼らない「小さくて強い農業」を模索している。さらに、他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行っている。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)
機械投資のための「資金」とは
新規就農者などが機械投資をためらう理由は、手元にある資金の不足です。機械化による効果がわかり、購入したいと考えても、十分な現金が手元になければ購入まで至りません。その場合、その資金を外部から調達する必要がありますが、資金調達のための知識や実績が不十分だとためらってしまう方も多いでしょう。久松さんも、かつて購入した大根の播種機は35,000円だったといいます。その播種機の価格がいくらであっても、久松さんは購入していたのでしょうか。「手元のキャッシュでまかなえるか」という視点を捨てる
もし、播種機が何百万という価格だったら、購入していましたか。
久松達央さん
買わない!検討すらしなかったです。「いくらであれば買うか?」は、その人の金銭感覚と現在の予算規模によりますよね。新規就農者は、特に「出せるかも」と考えられる価格が低いことが多いと思います。僕もすっごく低かった。でも、今ある現金でまかなえるかどうか、ではなく「手元に十分な資金がなかったとしても、機械の投資を検討していいんだ」と思えるようになってから、急にいろいろなものが検討できるようになりました。
購入したら、それがまかなえる経営になる
機械化を検討できるようになったとしても、手元に資金がないという状況は変わらないですよね。
久松達央さん
そう、やっぱり手元のキャッシュしか見えないんです。僕も「買えるようになったら、買う」っていっていましたが、それは逆で、買ったらそれがまかなえるような経営になるんですよ。
ただ、闇雲に買えばいいというわけでもないですよね。
久松達央さん
自分が目指しているところに行くためには、どうすればいいか考えないといけません。たとえば、「今の売上が300万円だけど1,000万円にしたい」と思うじゃないですか。そこに到達するためには、経営規模2ヘクタールが必要だと考えると仮定します。
その経営規模を拡大するためには何が必要ですか。
久松達央さん
機械ですね。たとえば、トラクターを購入して、5時間かかる作業を1時間に短縮できれば、2ヘクタール分の作業ができるということがわかったとします。当然、トラクターを購入する必要がありますよね。でも、その新車のトラクターが250万円する場合、新規就農者の中には手元に現金がないという理由で、どう買ったらいいかわからない人もいるでしょう。
仲間を参考にしながら経営目標を立てる
どのタイミングで、規模拡大や機械化を検討し始める人が多いのでしょうか。
久松達央さん
農協の部会に所属している人は、同じ作物や似たような経営規模で営農している「参照できる人」が近くにいるので、経営の目標を立てやすく、面積の拡大や機械化についても自然と考えるようになるんですけど、僕みたいに多品目かつ一人でやっていると、それがなかなかわかりにくいんですよね。
「借入」をどのように考える?
作物ごとに面積に応じた平均売上データは出ており、経営面積の拡大なしで、売上のみを急激に上げることはなかなか難しいことが現実です。そうなると、規模を拡大することが売上目標に近づく手段になり、ある程度以上の圃場面積で経営するためには、機械化も必要になります。しかし、借入することを不安に思う方もいるでしょう。久松さんの借入にまつわるお話を聞きました。就農12年目ではじめて借入
久松さんは初期から機械投資の際は借入もしていたのですか。
久松達央さん
「資金の調達をすればいい」と今では普通にいっていますが、キャリアの12年目まで自分は借入をしたことがなくて、その時も手探りでした。今、そこに戻れたら、もっと上手なお金の借り方ができるけど、しょうがないですよね。やってみて覚えるしかありません。
それまでは借入していなかったんですね。
久松達央さん
その前に一度、親から借りています。無借金でやろう!と思っていたんですけど、2011年に震災で売上が下がったうえに、トラクターが盗まれたことがあって。そのころは、貯金を使い果たして家も建てたのに、にっちもさっちもいかなくなってしまいました。ペライチの計画書を持っていき、親にお願いしました。今考えれば、2年間で完済しましたし、金利もほとんどかからないので、その時点で金融機関から借り入れても大丈夫だったんですけどね。その時は、借り方がわかりませんでした。
投資したらどうなるか?という未来を明らかにする
無借金経営がしたいと、機械投資なしで経営目標の達成を目指す方もいますが、難しいのでしょうか。
久松達央さん
もともと貯金があればいいですが、上記のケースだと、難しいですね。トラクター(機械投資)なしでは、365日24時間働いても2ヘクタール分の作業ができないのであれば、経営目標の1,000万に到達することは、物理的に不可能ですよね。収益性が3倍の作物に変えることでもしない限り、機械を買うしかないです。ここまで未来が描けたら、なんとかして資金調達をしようと思いますよね。「機械を買ったら経営がどうなるか?どういう経営がしたいのか?」という未来を明らかにしたうえで、それを実現するための資金を外部から調達する方法を考えることが大切です。
どうやって資金を捻出できるか考える必要がありますね。
久松達央さん
そうです。投資が必要なのであれば、手元の現金だけが制約になるのはもったいないです。「借入して、機械を購入したらどうなるか?」という未来の収益からさかのぼって考えないといけません。ただ、未来は100%保証されることはないので、一定程度の「賭け」にはなります。投資とはリスクを取ることで、それ自体を恐れてはいけません。リスクを小さくする工夫が必要で、そのためのシミュレーションが「計画」というものです。
自分で考えてから相談することが大事
そもそも、就農したばかりでまだ収益を上げていない場合でも、簡単に資金を借りられるものなのですか。
久松達央さん
実は、借入は機械化の効果を可視化するよりずっと難しいです。基本的には、実績がないと借入はできません。ただ、ここまで考えたうえで金融機関だけでなく、先輩、師匠、友人などに相談すれば、もっと具体的なアドバイスが受けられると思います。例えば、機械のスペックを落とすとか、月々のローン支払いにするとか、いろいろな方法があります。わからなくてもグルグルと自分で考えているうちに、気持ちは固まってくるものです。そのうえで相談すると、課題が言葉になるので、一気にはっきりします。
無利子の融資などは、どのように利用すればよいのでしょうか。
久松達央さん
農業は良くも悪くも他の産業と比べて借入がしやすいんです。茨城県を例に出すと、認定農業者なら個人でも500万円まで無利子で借りられる制度があります。将来、投資をする予定があるなら、先延ばしにする理由がないということです。もったいないのは時間です。
失敗することを恐れず一歩を踏み出す
機械投資を決めるまでに、十分に検討し、借入の返却を含めた計画をきちんと策定していたとしても、機械など高い資金をかけて投資をする場合には、失敗を恐れてなかなか一歩を踏み出せないこともあります。借入する場合はなおさらです。合理的な久松さんであっても、いつも大正解の買い物をしているわけではないそうです。買い物に失敗したら、手放して修正する
2011年にトラクターが盗まれたときは、どのようなトラクターを買ったのですか。
久松達央さん
中古のトラクターを買ったんですが、それが状態が悪くて大変でした。その4年後に新車のトラクターを買ったら、もう全然違う!今だったら盗まれた時点で、新車を買いますね。無知でした。まあ、不具合を知っているからこそ今のトラクターの良さがわかるので無駄なことはないけど、その時の選択としては間違ってましたね。
いつも大成功の買い物というわけではないのですね。
久松達央さん
そうとうな数「失敗しちゃったな」という買い物をしています。1個正しい買い物するのに、10個は失敗しています。買ってしまうと、たとえ「あー、しまったな」と思っても、どうにかしてうまく使おうと考えてしまうんですよ。失敗だったと気づいた時点で、違うものに切り替える方がいい場合もあると思います。でも、過去に投資した額が大きいほど、そこに固執してしまうんですよ。切り替えた方が、累積損失はないんですけどね。
失敗すると、次の投資が怖くなりませんか。
久松達央さん
僕は、嫌なことを忘れるのは得意なんです(笑)農業でガンガン大きくする人は、慎重過ぎる人ではないと思いますよ。やってみよう、というジャンプが早いし、失敗しても修正が早いような気がします。一歩が早い人は、次の一歩も早いということですね。
久松流極意|機械投資(資金調達編)
最後に、機械投資のために資金を調達するときのポイントです。1. 参照できる人を見つけよう
遠くに出かけていってでも、同じ作物や似たような経営規模で営農している「参照できる人」を見つけましょう。参照すると、自身の経営目標を立てやすく、目標から面積の拡大や機械化について検討しやすくなります。2. 未来の目標から計画を立てよう
参照できる仲間の経営や作物ごとのデータなどから、売上などの経営目標を立てましょう。そのうえで、目標を達成するために必要な経営面積を算出し、その規模で営農するために必要な機械があるか考えてみましょう。3. 手元にある現金の範囲のみで考えないようにしよう
目標を達成するためには、機械投資が必要だと判断した場合は、手元のキャッシュでまかなえる範囲で考えるのではなく、借入も含めて広く検討しましょう。未来の経営像をシミュレーションして、必要があれば借入も
新規就農者が、機械投資に二の足を踏む二つ目の理由は「資金調達ができない」ことです。それに対する久松さんのアドバイスは、「参照できる人から自身の未来の経営像をシミュレーション」して、それを達成するために「機械への投資が必要であれば、借入も含めて資金調達を考える」ことです。また、事業計画まで練り、さらに借入などについて不安や不明な点があれば、「信頼できる人や機関に相談する」ことも大切です。ただし、機械投資も、そのために必要な借入も、あくまでも経営をよくしていくための手段に過ぎません。きちんと返済計画を立てたうえで借入をしましょう。