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銘柄豚「JAPAN X」を生産する丸山株式会社
お話を伺ったのは
丸山株式会社 佐藤智之常務にお話を伺いました。佐藤さんは、2014年から「JAPAN X」の営業を一手に引き受けてきました。これまでの道のりとともに、「JAPAN X」の魅力や地元への想いを聞かせていただきました。佐藤智之さんプロフィール
1982年宮城県刈田郡蔵王町生まれ。仙台市在住。
宮城大学大学院 事業構想学研究科 在学中
宮城県蔵王町で創業。幅広い事業展開
丸山株式会社は1958年創業。宮城県刈田郡蔵王町で青果・雑穀業を営んだのを皮切りに、飼料、畜産、石油、観光など幅広く事業を展開し、現在ではグループ会社10社を持つ企業に成長しています。養豚部門は1988年に農事組合法人蔵王ファームを設立。農場は宮城県に2カ所、山形県と岩手県に各1カ所あり、1日あたり200~250頭、年間約7万頭の豚を出荷し、売上高は30億円に達しています。
「JAPAN X」誕生秘話|東日本大震災の発生、TPP協定交渉開始の中で
「JAPAN X」に込められた想い
2011年3月11日に発生した東日本大震災は、宮城県に甚大な被害をもたらしました。また、そのころTPP(環太平洋パートナーシップ)協定交渉が進展。アメリカ、カナダから低価格の豚肉の輸入が増え、価格競争に巻き込まれることが予想されていました。逆風が続く中、丸山株式会社ではどのようにこの危機を乗り越えるのか、検討が重ねられました。佐藤智之さん
蔵王町でこの状況を傍観しているだけでいいのかという想いが募り、むしろ、私たちは蔵王町から世界に向けて発信していこうと決意したのです。
自信を持って生産している豚肉。価格ではなく、この品質で世界と勝負していきたい。そして、日本を代表する豚肉として世界に発信していきたいという想いをこめて、代表取締役社長の佐藤義信氏が「JAPAN X」と命名。2012年9月商標登録されました。
佐藤智之さん
商標登録は、「日本を代表する豚肉でありたい」という私たちの想いの終着点を公表したものです。商標登録自体は知的財産保護以外の価値はありませんが、公にすることで自らを奮い立たせる「覚悟」が芽生えました。
生産、加工、販売、飲食まで一貫経営を実現
2014年10月、スライスカットやベーコン、ハム、ソーセージなどへの加工を委託していた事業者から事業譲渡を受け、2次加工場として運営するようになりました。このときから蔵王ファームは、生産、加工、販売、飲食と自らの手で行うようになり、6次産業化を実現させました。佐藤智之さん
それまで、丹精込めて育てた豚肉が自分たちのメッセージとともに売れないこと、自分たちの熱い思いが消費者にどこまで伝わっているのかがわからないことに歯がゆさを感じていましたし、商品の特長を伝えられないために価格競争にさらされていました。しかし、2次加工場を備えたことで、自分たちの手で加工してお客様の口まで持って行くことができるようになりました。一気通貫で入口から出口までやっているのはほかの生産者にはない強みだと思っています。
6次産業化の基礎知識についてはこちら
一人でも多くのお客様に食べてもらうために
「JAPAN X」の営業は佐藤さんが担うことになりました。まずは宮城県で最も大きな商圏である仙台市での認知度を高めることを目指し、仙台市内の店を1軒1軒訪問。まさに苦難の日々だったと言います。佐藤智之さん
営業の電話をして怒鳴られることもありましたが、肉を肩に担いで、片手に見積もりを持って、仙台市内は行く店がなくなるくらい訪ね回りました。今の取引先も、すべて自分で足を運んだお店ばかりです。2014年から営業を始めて、最近は宮城県内では「市民権を得た」ように思っています。
海外のお客様にも食べていただきたいという想いから、2019年には香港に初出荷し、有名なレストランに採用されました。
「JAPAN X」のおいしさとその理由
生産効率が落ちても品質を最優先に
「JAPAN X」の飼育方法は、豚にストレスを与えないことが最も重視されています。豚にとっての一番の大敵は害鳥、害虫。それを防ぐために、豚舎は窓がない「ウインドウレス設計」となっており、空気は環境制御システムによって新鮮な外気が取り入れられるようになっています。営業担当の佐藤さん自身が今まで2度しか豚舎に入ったことがないというほど防疫体制にも気を配っているため、これまで豚が豚熱などの病気にかかったことがありません。温度管理もしっかりしており、子豚のときには床暖房を入れるほど。飼育のスペースも1頭あたり1.5平方メートルを確保。これは多くの養豚場の飼育スペースの約1.5倍にあたります。佐藤智之さん
飼育スペースを広くすると生産効率は下がります。でも、人間だって四畳半と3LDKのどちらがいいでしょうか?人間も家畜も同じですよね。ストレスの度合いは肉質に影響してきます。生産効率よりも品質を最優先にしたいと考えているのです。
生きている間は快適に過ごしてもらいたい
豚が食べる餌についても、いろいろな飼料を試行錯誤したうえで、豚にとってストレスがなく健康に育つものを与えています。佐藤智之さん
自然界の豚が好む餌しか与えていません。具体的にはトウモロコシ、大豆かす、魚粉などです。腸内環境をよくするために、ビフィズス菌も与えます。私たちの会社は飼料の販売を手掛けていますので、自分たちで配合したものを使っています。豚さんはいずれ豚肉となって食べられてしまう運命なんですが、生きている間は快適に過ごしてもらいたいと思っているのです。
豚の飼料によく使われるのは肉骨粉だといいます。その方がコストはかからないのですが、丸山株式会社では、豚の健康と肉の品質を考え、今の飼料にたどりつきました。飼育方法は徹底してアニマルウェルフェアに配慮されています。
やわらかい、臭みがない、調理しやすい
ストレスを与えないように細心の注意を払って育てられた豚は、およそ生後150日で出荷されます。通常、豚の出荷は生後180日程度なので、「JAPAN X」は飼育期間を約1カ月短縮していることになります。これは短い期間に高品質なたんぱく質ができるような給餌をしているからこそできること。若い豚肉のため柔らかく、その柔らかさがおいしさにつながっています。佐藤智之さん
「JAPAN X」の味の特長は、お肉の柔らかさと脂の甘さです。また、家畜特有の臭みが皆無で、調理中にあくがほとんど出ません。しゃぶしゃぶなら5秒で食べていただけます。
なぜそのような豚肉ができるのでしょうか?「JAPAN X」の豚はとても健康に育っているので血流が良く、食肉として解体されるときに血抜きの処理がしっかりできます。そのため、うま味成分も凝縮され、調理中のあくが少なくなるのです。
数々の受賞歴、国内線ファーストクラスでの採用
「JAPAN X」はこれまで、「食材王国みやぎ」「富県宮城グランプリ」「フード・アクション・ニッポンアワード」など、数々の受賞歴があります。これらの賞は佐藤さんが自らエントリーしたもの。そして、エントリーした賞はすべて何らかの賞を受賞しています。佐藤智之さん
一人でずっと営業活動をしてきて、誰かに褒めてもらいたかったんですよね(笑)。それに「JAPAN X」が対外的にどの位置にあるのか見てみたいという気持ちもありました。
受賞をすることで、県が主催する商談会に声をかけられたり、有益な情報が入ったりするようになりました。また、テレビなどメディアの取材も増えたと言います。大手ホテルチェーンをはじめ、国内線のファーストクラスの食材にも採用されました。
コロナ禍の影響を受けて
学校給食、飲食店の需要がゼロに
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、「JAPAN X」の出荷も大きな影響を受けました。佐藤智之さん
地元の子どもたちにすくすく育ってほしいという想いから、「JAPAN X」を地元の学校給食に出しているのですが、コロナ禍の初期に学校が休校になりました。また、仙台の繁華街の多くのお店からいただいていた注文もすべてなくなりました。
ECサイトの立ち上げ、さらなる飛躍に向けて
何か新しい手を打たなくてはならない。そう考えた佐藤さんは、2021年3月、IT導入補助金を活用してインターネット販売を開始しました。開設したオンラインストアでは、新鮮な豚肉を顧客に届けられるよう、14時までの注文で加工場から即日発送しています。また、送料無料のお試しセットを設けるなど、多くの人に「JAPAN X」のおいしさを知ってもらうための取り組みを推進中です。オンラインストア:JAPAN X
ふるさと納税では、約2万点の商品の中で売り上げ1位をになったこともある「JAPAN X」ですが、自社のECサイトの販売では、まだ苦戦中。インターネット上では豚肉が多く販売されており、単純な価格競争では「JAPAN X」は不利な立場に立たされます。佐藤さんは、「JAPAN X」が消費者から選択されるための方法をより深く追求する必要性を感じはじめました。
佐藤智之さん
まず「JAPAN X」の魅力を日本全国に知ってもらう必要があります。これまでおいしさに自信をもってやってきましたが、国内で生産している限り、もう「うまい」は当たり前なのです。どこでその差別化をはかっていくのか、お客様が求めているのは何なのかということに焦点をあてていきたいと考えています。
これまでは生肉だけを販売してきたけれど、忙しい現代人にとっては、もっと調理がしやすい商品開発が必要なのではないか。SNSや動画共有サイトなどをもっと活用できるのではないか。よりいっそうの飛躍に向けて、佐藤さんは宮城大学大学院事業構想学研究科に所属し、マーケティングなどを研究しています。これまで、おいしさへの自信から「食べてもらえばわかるだろう」と思ってきましたが、一歩進んで食べて知る以外のおいしさとは何なのか、おいしさを決定づける要因をマーケティングに近いところから追求したいと考えています。
魅力ある商品づくりと地元への恩返し
強みを生かして魅力ある商品づくりを
佐藤さんはこれまで、無名だった「JAPAN X」を一生懸命に営業してきましたが、味に自信があったからこそブランディングはしてきませんでした。しかし、これからは、生産、加工、販売、飲食まで手掛ける自社の強みを生かして、より魅力ある商品づくりをしていきたいと考えています。佐藤智之さん
弊社では、生産、加工、販売の各部門から情報の伝達が毎日あります。顧客の声や加工場の声が直に入ってくるので、アクションを早く起こすことができます。この強みを活かしながら、新しい切り口の魅力ある商品を作り続けていきたいですね。お客様には「JAPAN X」のウェブサイトを訪れること自体が楽しいと思っていただけるように、常に新しいチャレンジをしたいと思っています。
顧客との交流が商品の価値を高める
また、佐藤さんは日々の営業活動における顧客との交流の中で、「JAPAN X」の価値を高めていきたいと言います。佐藤智之さん
常にアンテナを張り続けて発信する中でお客様との交流が生まれます。常に発信し続ける。お客様の声に耳を傾ける。そしてそのお客様にできる限り寄り添っていく。そんな日々キャッチボールが私達とお客様の距離を縮めていき、お互いの理解の向こうにある何かを探す、いわば永遠の旅のようなものだと感じています。それが結果として誰も奪い去ることの出来ない私達とお客様の心の内に生き続ける大きな「価値」を創生すると信じています。
「JAPAN X」のブランディングと地元への恩返しができる場所
佐藤さんにはもう一つ大きな構想があります。それは蔵王町に所有する東京ドーム2個分ほどの広大な敷地を活用して、「JAPAN X」のブランドを表現できるような場をつくるというもの。佐藤智之さん
防疫の観点から、「JAPAN X」の実際の農場や加工場の中を見ていただくのは難しいので、その代わりに「JAPAN X」のブランディングができて、都市部の方々にも農業を体験できるような場を作りたいと思っています。豚の放牧、ソーセージづくり、バーベキュー、貸農園やさまざまな野外体験ができて、地元にも恩返しができるような場所になればいいなと思っています。
「JAPAN X」は蔵王町とともに
蔵王町から世界へ、という志から生まれた「JAPAN X」。佐藤さんは「おいしい豚肉を食べて幸せになってもらいたい」との気持ちで営業を重ねて「JAPAN X」を育ててきました。コロナ禍においても新しいチャレンジを続け、お客様の心に寄り添った新たな商品づくりを目指しています。また、佐藤さんは、いろいろな苦難を経て、とりあえずやれるものはやってやろう、失うものはないという気持ちで賞にエントリーしてきました。そして、蔵王町のほかの生産者を思い浮かべながら、外から見ると魅力があるのに、その魅力に生産者自身が気づいていないことが多いのではないかと話します。
「いつも心は蔵王町にあります」と言う佐藤さん。蔵王町の人々やほかの生産者にまで想いを巡らせて、新たな事業を生み出そうとしています。数々の危機に直面しながらも地域とともに成長を目指す姿勢には、多くの生産者が励まされるに違いありません。