目次
今回は、IT法、IP法(知的財産)、プライバシー法を専門にするChao Legalの弁護士I-Chu Chao(イチュー チャオ)に、IT化が進むオランダの農業や食分野において、顔認識システムにまつわる議論やそれらの考え方について話を聞きました。もちろん国によって法律や規制は異なりますが、このような視点を持ち合わせておくことが大切でしょう。
聞いた人
I-Chu Chaoプロフィール
2007年より、国際的な法律事務所や小売業で法務などを歴任。
2019年に自身の法律事務所Chao Legalを設立。情報技術(IT)法、プライバシー法、知的財産法の分野で、実践的でわかりやすいアドバイスで企業を支援。リーガルトレーナー、登壇者としての経験も豊富で、テクノロジーの法的側面に関するブログ記事を定期的に執筆中。
WEBサイト:Chao Legal
スーパーマーケットでのAIを使った顔認識システムとは?専門家の見解は?
友人であるI-Chuに話を聞こうと思ったきっかけは、彼女がLinkedinで公開した「Facial recognition in supermarkets: is the end in sight?」というオランダのスーパーマーケットにおける顔認識システムについてのブログです。Facial recognition(顔認識)システムとは?
Facial recognition(以下:顔認識システム)とは、人工知能(AI)のアプリケーションです。顔でスマートフォンのロックを解除するときや、SNSの顔にタグ付けするときなど生活のさまざまな場面で活用されています。顔認識は、環境を分析し、特定の目的を達成するためのアクションを実行するシステムです。顔認識の目的別の応用例
顔認識には、目的別に使用するアプリケーションが異なります。識別:既存データベースにある顔のプロファイルから、デジタルの記録に基づいて人物を識別
検証:プロファイル内の1対1で比較し、その人が「正しい(同じ)」人物であるかどうかを判断
マッチング:SNS上の人にタグ付けするため、ほかの画像と比較して人々の写真をマッチング
特性分類:年齢など人々を分類するための特性を検出し分類
感情分類:表情から感情を検出し分類
小売店が顔認識を導入する理由とメリット・デメリット
スーパーマーケットをはじめとした小売店が顔認識システムを導入するメリットは、万引きの防止や買い物客に特売情報などをタイムリーに送信できること、またレジを通さず支払いが完了するなどです。その中でも、「万引き防止」と「警備員や店員、買い物客の安全の確保」が導入の動機になります。デメリットしては、情報が流出した場合に悪用されやすいことや、犯人側がさまざまな方法で顔認識システムをだませてしまうことです。
顔認識システムはスーパーマーケットに導入可能か
顔認識システムを導入したスーパーマーケットに対して、Autoriteit Persoonsgegevens(オランダのデータ保護機関)が警告するという出来事がありました。これは法に反しているのでしょうか。一般データ保護規則(GDPR)では例外に適用できる
オランダの一般データ保護規則(GDPR)では、原則として、顔の画像が技術的に(自動的に)誰かを「識別」したり、誰かの身元を「確認」したりするために使用されることは認められていません。ただし、セキュリティ目的(個人で判断可能)で必要な場合には、例外となる可能性が言及されています。立法よりも厳しいプライバシー保護当局|現段階では合法的利用はできない
一方、オランダのデータ保護機関は、セキュリティとは、原子力発電所など「実質的な公共の利益のための必要性」が不可欠と考えます。もし、スーパーマーケットでの顔認識システムの導入が「超法規的な法的行為」であれば、GDPRの例外規定を直接適用することができますが、法的根拠となる「正当な利益(目的、必要性、利害関係者それぞれの利益・損失バランス)」を考慮すると、現段階ではスーパーマーケットでの顔認識システムの合法的な利用は認められません。顧客に同意を取れば可能?
セオリーとしては、顧客全員から同意を取れば導入はできますが、それは現実的ではないとI-Chuは言います。オランダでは牛や豚にも顔認識(AI)が使われる?
動物の顔認識はどうでしょうか。オランダでも、動物の表情の変化をすべて検出できるセンサーはまだ開発されていません。しかし、推測しながら測定するために部分的にさまざまなセンサーなどが使用されます。 たとえば、赤外線画像、録音、GPS追跡とドローンなどです。 さらなるデータを集積することが重要だとし、現在は動物の感情を顔認識で測定するという取り組みも行われています。参考:Measuring animal emotions – and why it matters
法的には動物には顔認識が使用できるが、実務上は注意も必要!
動物には個人情報保護法は適用されないのでしょうか。生産者も例外ではない。オンライン製品を活用しているからこそ気をつけることは?
I-Chuは、近い将来、AIが人より優れることは間違いないだろうとしながらも、倫理的側面や品質管理の精度向上、間違いの追跡、多大な投資に興味を持つ人は誰かなど議論をすべき項目はたくさんあると言います。ちなみに「顔のない画像認識」については、IT法に関連するマネタイズの方法(販売またはライセンス契約など)など留意すべき点はありますが、法的側面からいうと、比較的取り組みやすいそうです。
最後に、I-Chuは栽培や農業経営にオンライン製品を活用している人に伝えておきたいことがあるそうです。
スマート化が進む=法的視点やリスク管理も忘れずに
私がオランダに引っ越した2011年の時点で、多くのスーパーマーケットにはセルフレジが導入され、現金が使えないお店も多々ありました。また、農業分野でもGPSや搾乳ロボット、施設園芸の環境制御などのシステムが開発・更新、活用され続けています。その発展には、法や倫理観を持ち合わせながらも、ビジネスも理解するI-Chuのような専門家たちの力も大きいのだろうと改めて感じました。スマート農業を推進する上でも、改めて法的視点やリスク管理について考える必要があるのではないでしょうか。バックナンバーはこちらから
おしゃれじゃない世界の農業見聞録
おしゃれじゃないサステナブル日記
紀平真理子(きひらまりこ)プロフィール
1985年生まれ。大学ではスペイン・ラテンアメリカ哲学を専攻し、卒業後はコンタクトレンズメーカーにて国内、海外営業に携わる。2011年にオランダ アムステルダムに移住したことをきっかけに、農業界に足を踏み入れる。2013年より雑誌『農業経営者』、ジャガイモ専門誌『ポテカル』にて執筆を開始。『AGRI FACT』編集。取材活動と並行してオランダの大学院にて農村開発(農村部におけるコミュニケーション・イノベーション)を専攻し、修士号取得。2016年に帰国したのち、静岡県浜松市を拠点にmaru communicateを立ち上げ、農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートなどを行う。食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫 農業経営アドバイザー試験合格。著書『FOOD&BABY世界の赤ちゃんとたべもの』
趣味は大相撲観戦と音楽。行ってみたい国はアルゼンチン、ブータン、ルワンダ、南アフリカ。
ウェブサイト:maru communicate