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久松達央さんのジツロク農業論【実践編No.5】多品目こそ入念な計画立案で管理面積を減らし、栽培技術の向上へ


久松農園 久松達央さんによる「新規就農者が、豊かな農業者になる」ためのメッセージ。実践編の第5回は、岩手県滝沢市で多品目栽培をする由井野菜園の由井和正さんです。栽培技術が不足していると悩んでいる由井さんに、久松さんが合理的なアドバイスをします。

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Avatar photo ライター
紀平 真理子

オランダ大学院にて、開発学(農村部におけるイノベーション・コミュニケーション専攻)修士卒業。農業・食コミュニケーターとして、農業関連事業サポートやイベントコーディネートなどを行うmaru communicate代表。 食の6次産業化プロデュ ーサーレベル3認定。日本政策金融公庫農業経営アドバイザー試験合格。 農業専門誌など、他メディアでも執筆中。…続きを読む

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野菜の直売所

写真提供:由井和正
株式会社久松農園 久松達央さんによる、豊かな農業者になるためのメッセージを伝える連載。
実践編では、若手就農者の悩みや課題に久松さんがアドバイスをします。
久松達央さんのジツロク農業論【実践編】バックナンバーはこちらから

第5回は、新規就農6年目、岩手県滝沢市で野菜の多品目栽培や、冬の間は石焼き芋の販売をしている由井野菜園の由井和正さんに、久松さんがオンラインでアドバイスをしました。
久松達央
撮影:紀平真理子

プロフィール
株式会社 久松農園 代表 久松達央(ひさまつ たつおう)
1970年茨城県生まれ。1994年慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人株式会社を経て、1998年に茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を有機栽培し、個人消費者や飲食店に直接販売。補助金や大組織に頼らない「小さくて強い農業」を模索している。さらに、他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行っている。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)

由井野菜園 由井和正さんの相談内容

農業経営相談
出典:Pixabay
由井野菜園の由井和正さんは、27歳で脱サラ後、野菜や果樹、稲作農家での研修を経て、地元の岩手県滝沢市で新規就農しました。

配偶者と2人で栽培と販売をしています。販路は、畑の近くにある直売所など消費者への直接販売がメインで、就農以来、客数や売上は順調に伸びています。現在の野菜の売上は500万円、冬期の石焼き芋販売は250万円ほどです。

今回の相談者

由井野菜園
写真提供:由井和正

プロフィール
由井野菜園 由井和正(ゆい かずまさ)さん
岩手県滝沢市出身。大規模野菜農家や果樹農家、稲作農家での研修を経て地元で新規就農して6年目。春から秋は露地2haで野菜の多品目栽培をして、畑の近くにある自園の直売所、スーパーの産直コーナー、消費者や飲食店などへの直接販売。冬は石焼き芋を販売。
Webサイト:由井野菜園

由井さんは、堆肥を含め肥料を基本的に施用せず、また化学合成農薬を使わずに野菜を栽培しています。現状では、栽培上の大きな問題は生じていませんが、「このまま野菜をちゃんと作り続けられるのか?」という不安があると話します。また、安定的においしい野菜を栽培するための技術不足も感じているそうです。

・なぜ栽培がうまくいっているのかわからない。
・安定的においしい野菜を作るための栽培技術が不足している。
・野菜で650万円、焼き芋で530万円の売上を夫婦二人で実現したい。


基礎を学び、現状を知り、人を見て自身の課題をクリアにする

有機栽培土壌
写真提供:由井和正
就農6年目になる由井さんは、お客さんから「おいしい」とうれしい反応をいただけるものの、なぜおいしい野菜が作れているのかわからず、いつかおいしい野菜が作れなくなってしまうのではないかと不安に感じていると言います。


栽培や土壌の勉強をする

久松さんは、それらの不安は勉強すれば解消できると話します。

土壌分析をして、その意味を考える

なぜ栽培がうまくいっているのかを知るためには、土壌分析(化学性診断)をして、冷静に今の土の状態を観察してみるのもいいのではないかと提案しました。
由井和正さん
由井和正さん
土壌分析をしたことはありません。
土壌分析はひとつの目安に過ぎませんが、勉強会などを開き、仲間と数値を比較し、話し合うと、今の土壌に不十分なもの、過剰なものが見えてきます。仲間と比較することで、自分の畑の特徴もわかります。不十分なものは補う必要があるのですが、自分たちで決めている栽培ルールの中で「これなら入れられる」、「これは入れたくない」などを探していってはいかがでしょうか。一度きりで終わらず、時系列で変化を見ていくことが大事です。
久松達央さん
久松達央さん

植物生理と土づくりを学ぶ

また、これから先もおいしい野菜を作り続けるためには、基本的な生物学の勉強が理解を深めます。
植物生理と土づくりに関する土壌医検定3級のテキスト『土づくりと作物生産』(日本土壌協会編)は、どの立場の農業者でも納得できる基礎的な内容だと思います。
久松達央さん
久松達央さん

おいしい野菜を作っている人の畑へ見学に行く

農業経営相談
撮影:紀平真理子
さらに、久松さんは、有機や慣行などの栽培方法にこだわらず、元気でおいしい野菜を作っている人の畑を見に行くことは勉強になると言います。
由井さんと同じ多品目で作っていて上手な人を近くで探して、冬場に通ったり、相談できる関係を築くといいのではないでしょうか。ご自身の課題もクリアになると思います。
久松達央さん
久松達央さん

納得するためには比較栽培も

由井和正さん
由井和正さん
投入する有機資材によって味は変わるのでしょうか。
入れる肥料成分による要因より、気温や日射、水分などの環境要因の方が寄与率が高くなるので、理論上は、単年度で人間が何を与えようともなんら影響はありません。さらに言えば、理想の施肥をすれば、有機質肥料でなくても、どんな栽培方法でも同じことが再現できるはずです。ただ、滝沢市の気候パターン、由井さんの作業パターン、入手できる肥料などがある種の野菜にマッチすることはあり得ます。でもそれは、特定の有機資材だからおいしいわけではないと僕は考えています。
久松達央さん
久松達央さん

久松さんは、由井さんが自分自身で納得するためには、比較栽培をして、どのように味が変わるのかを体感してみてもいいのではないかと提案しました。

納得するための比較栽培とは
一例は、大きい鉢や肥料袋に、肥料成分が含まれていないピートモスなどを入れた隔離土耕を作り、露地と同じ作物を植え、与えているものがどのように効いているのかを実験する。

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栽培期間が限られているからこそ計画を詳細に立てる

久松農園の作業計画
撮影:紀平真理子(久松農園の様子)
岩手県滝沢市では、冬場は降雪のため、畑に入れる期間は5〜11月と限られています。また、夏場は30℃を超え、作業の平準化が難しい地域です。久松さんは、由井さんが栽培技術が不足していると感じる理由の一つに、作業が追いついていないのではないかと言い、岩手県のように作期の短い場所で多品目栽培を行う場合には、ほかの地域よりさらに効率的に栽培を回す計画を作り込む必要があると説明します。

綿密に計画を立てる

栽培期間が半年しかない岩手県の由井さんの場合は、1年間栽培が可能な茨城県土浦市の久松農園の栽培・出荷計画よりさらに作り込み、日単位で綿密に計画を立てるメリットはあると久松さんは説明します。

設計図を細かく作ることが安心につながる

化学合成農薬を使用しない場合には、適期に播種(はしゅ)・定植することも収穫の確実性を上げるためには重要です。
久松農園の場合は、栽培適期から計算して計画を立てています。たとえば、ナスを例年より2週間遅い5月中旬に定植したいと考えるとします。そうなると、6月上旬ごろに出荷するものが足りなくなるぞということがわかったら、その時期まで引っ張れるほかの作目は何かあるだろうかと探して、計画に組み込みます。由井さんも、ある程度設計図を細かく作ると安心できると思いますよ。6年目ならこれをやることに意味があるし、大事です。
久松達央さん
久松達央さん

「ちょっと多めに作っておこう」が自分の首をしめる|管理面積を減らす

収量があまり多くない場合、「怖いから少し多めに植えておこう」という心理が働くと久松さんは言います。その「少し多め」が作業負担を増していることも指摘します。特に化学合成農薬を使用しない栽培の場合は、防除や除草など、より手間がかかるので、管理面積が増えることで作業が追いつかなくなることも起こり得ます。
多品目栽培の場合、必要な分だけを作付けし、確実に収穫することで管理面積を減らしていく方向へ努力をした方がいいです。難しいですけれど。そうなると、どれだけ植えたらどれだけ収穫できるのかという計画を事前に綿密に立てることには大きな意味があります。
久松達央さん
久松達央さん

栽培品目|惰性で作るのはやめて得意なものにしぼる

石焼き芋販売
写真提供:由井和正
現在、由井さんは半年という短い栽培期間で50〜60品目(2ha)を栽培しています。一方、久松農園は12カ月で60〜70品目(6ha)です。久松さんは、売上を上げていくためには、栽培パターンにうまくはまらないものや、惰性で作っている作目があれば、大胆にやめ、得意なことを伸ばしていくことが合理的だと言います。


作期が短いからこそ1時間あたりの生産性を上げる

作期が短いからこそ、ある程度作目をしぼって、機械や資材などに投資して1時間あたりの生産性を上げたほうがいいとアドバイスします。
労働生産性を上げるためには機械や資材への投資も必要ですが、多品目栽培の場合、一品目についてはそこまで面積が多くないので、いいスペックの機械や道具だと償却できない場合があります。全体の栽培計画の組み立ての中で何をどのように買って、どう活用していくのかを考える必要はありそうですね。
久松達央さん
久松達央さん


機械投資についてはこちら

枠の中でできることを追求していく

畑の近くにある直売所兼出荷場での販売や、野菜のセット販売、産直コーナーなどの直売系の売り方は、融通がきく方法でもあるので栽培品目も得意なものにしぼって、大胆に変えてみてもいいのではないかと提案します。
由井和正さん
由井和正さん
枝豆の栽培は得意ですし、お客さんからも好評です。うちの畑にカメムシがいないことも大きいです。
農薬なしで枝豆が安定して栽培できることはすごいことですし、地域の条件に合っているとも言えます。直売だといい状態のものを提供できるし、お客さんも喜びますよね。何でもかんでも種類を増やせばいいわけではありません。今できる以上の作付けをしたとしても、100点の栽培はできません。由井さんの農地や売り方で、今年できることを追求していけばいいのではないでしょうか。
久松達央さん
久松達央さん

売り伸ばすために資金調達の検討も

由井和正さん
由井和正さん
栽培ができない冬の間は、原料を仕入れて焼き芋販売をしています。冬場は自分たちの余力もあるので、売り伸ばす余地があると考えています。ボトルネックは、貯蔵設備がなく、原料が不足しがちなことです。
原料を秋に仕入れて、春まで貯蔵しながら売ることに確実性を感じるなら、貯蔵設備は投資してもいいかもしれませんね。農業は無利子でお金を借りられる場合もあるので、貯蔵庫で売り伸ばせるのなら、5年かけて返済することは何でもありません。人間はやってしまえば、何とかしますよ。
久松達央さん
久松達央さん

資金調達についてはこちらから

与えられた条件の中で、時系列でやりたいことの実現を

久松達央
撮影:紀平真理子
最後に、久松さんから由井さんへのメッセージです。
自園の直売所は由井さんがやりたいと思っていたことだし、お客さんも増えているとのことなのでとても良いと思います。農業をしている場所によって、作期が短いなど条件がそれぞれ異なるので、全国どこでも同じことはできません。その枠の中で、今年の100点を目指してきっちり追求していき、来年はその少し上を目指していくしかありません。栽培条件に合わなかったり、得意ではなかったりする作目を減らすなど退くのも勇気です。何も恥ずかしいことはありません。宮崎駿監督の「創りたい作品へ、創る人達が、可能な限りの到達点へとにじりよっていく。その全過程が、作品を創るということなのだ」という言葉の通り、時系列で由井さんがやりたいことを実現していってほしいと思います。
久松達央さん
久松達央さん

「久松達央さんのジツロク農業論」バックナンバーはこちら

久松達央さんのジツロク農業論

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