統計で知る農作業事故の件数と特徴|死亡事故も少なくない
農業機械作業に関する死亡事故件数が多い
農林水産省の発表によると、2019年に全国で発生した農作業事故死亡者数は281人でした。事故区分別に見ると、「農業機械作業に係る事故」が最も多くなっています。事故区分 | 死亡者数 | 全体に占める割合 | |
1 | 農業機械作業に係る事故 (機械事故) | 184人 | 65.5% |
2 | 農業用施設作業に係る事故 (施設事故) | 17人 | 6.0% |
3 | 農業機械・施設以外の作業に係る事故 (それ以外の事故) | 80人 | 28.5% |
1. 機械事故で最も多いのは「乗用型トラクター」の事故
機械事故の中で、最も多い機種は「乗用型トラクター」で2019年に80人が命を落としています。そのうち、最も多い事故発生原因が「機械の転落・転倒」でした。乗用型トラクターのほ場や道路からの転落は毎年のように報告されており、山間地の細い農道や、出入口の整備されていないほ場などが事故の現場になりやすいと指摘されています。また、安全フレームやシートベルトが装着されていなかったことで、死亡に至る場合があります。トラクターの事故や保険について
2. 施設事故は「墜落、転落」が多くを占める
施設事故のうち、14人(82.4%)が「墜落、転落」によるものでした。ビニールハウスの屋根など高所からの転落は毎年起きています。3. 熱中症、火傷(やけど)などによる死亡事故も
それ以外の事故のうち、最も多かったのが「熱中症」によるもので29人、次に「稲わら焼却中等の火傷」によるもので16人となっています。高齢者の農作業事故では死亡件数が多い
年齢区分 | 死亡者数 |
30歳未満 | 2人 |
30~39歳 | 1人 |
40~49歳 | 2人 |
50~59歳 | 14人 |
60~64歳 | 14人 |
65~69歳 | 41人 |
70~79歳 | 89人 |
80歳以上 | 118人 |
農作業の事故はなぜ起こるのか?
農作業中の事故はなぜ起こるのでしょうか?事故が発生するメカニズムを考えてみましょう。労働災害が起こる仕組みとして知られているのが「不安全な行動」と「不安全な状態」です。不安全な行動
「不安全な行動」とは、事故の要因となった人の安全を阻害するような行動のことで、知らなくて安全ではない行動をとってしまった場合と、「面倒くさい」「自分は大丈夫だろう」などという理由から、知っていたのに不用意な行動をとった場合に分けられます。厚生労働省では、不安全行動の類型として以下の12項目を挙げています。不安全行動の類型 | 例 | |
1 | 防護・安全装置を無効にする | 安全装置をはずしてしまう。防護物を取り払う |
2 | 安全措置の不履行 | 合図なしに車や機械を動かす |
3 | 不安全な状態を放置 | 機械を不安全な状態のまま放置する。道具やごみなどを不安全な場所に置く |
4 | 危険な状態を作る | 荷などの積み過ぎ |
5 | 機械・装置等の指定外の使用 | 機械などを指定外の用途に使う |
6 | 運転中の機械・装置等の掃除、注油、修理、点検等 | 通電、加熱などの状態で掃除などの作業をしてしまう |
7 | 保護具、服装の欠陥 | 保護具の未着用、不安全な服装をする |
8 | 危険場所への接近 | 動いている機械への接近、危険な場所への侵入 |
9 | その他の不安全な行為 | 適切な道具を使わない。飛び乗り、飛び降り。 |
10 | 運転の失敗(乗物) | スピードの出し過ぎ |
11 | 誤った動作 | 荷などの持ち過ぎ、物の扱い方の誤り |
12 | その他 | そのほかの不安全な行動 |
不安全な状態
農作業環境や機械や物の不安全な状態も農作業事故の原因となります。厚生労働省では、不安全行動の類型として以下の8項目を挙げています。不安全な状態の類型 | 例 | |
1 | 物自体の欠陥 | 設計不良、整備不良、老朽化 |
2 | 防護措置・安全装置の欠陥 | 防護、遮蔽するものがない |
3 | 物の置き方、作業場所の欠陥 | 物の置き方、積み方、立てかけ方が悪い。通路や空間が確保されていない |
4 | 保護具・服装等の欠陥 | 不適切な衣服や靴、保護具を使用していない |
5 | 作業環境の欠陥 | 換気、照明など作業環境が悪い |
6 | 部外的・自然的不安全な状態 | 交通や自然の危険 |
7 | 作業方法の欠陥 | 不適切な機械、工具などの使用、作業手順の誤り |
8 | その他 | その他の不安全な状態 |
農作業事故の事例を知ろう
死亡事故だけではなく、農作業中にはさまざまな事故が起こっています。事故事例を知ることは、新たな事故の未然防止に役立ちます。農林水産省ウェブサイト「こうして起こった農作業事故~農作業事故の対面調査から~」には、事故事例が機械や道具、生き物、熱中症などの原因別に掲載されているので、普段の仕事の内容から自分の身に起こりそうな事例を読んでおき、同じような事故をおこさないように気を付けておくとよいでしょう。いくつか抜粋してご紹介します。トラクターの事故事例
トラクターからロータリを外すときに、3点リンクヒッチを外してからユニバーサルジョイントを外そうとしたところ、ロータリがトラクタ方向にずれ動き、左手の指を挟んだ。
草刈り機の事故事例
雨の中、畦畔の法面を草刈中、水路に転落。その際刈払機の刃で足を切った。
脚立の事故事例
7段の三脚の4段目に乗り、りんごの摘果を行おうと上った瞬間、足が滑り仰向けに落下し、地面に背中を強打した。
農作業の事故防止のための5つのポイント
どんな事故が起きているかを知る
実際の事故事例を知ることが事故防止に役立ちます。農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)の農作業安全情報センターのウェブサイトには、機械別、作業別、作物別に事故事例やコラムが掲載されています。eラーニングも掲載されているので、わかりやすく農作業事故について学ぶことができます。また、自由に利用できる農作業安全啓発用のポスターも掲載されているので、印刷して目につくところに掲示しておいたり、チラシとして従業員に配ったりすると農作業事故に関する意識が高まります。KYT(危険予知トレーニング)
KYTとは、危険のK、予知のY、トレーニングのTをとってできた言葉で、危険予知能力を高めるトレーニングのことです。グループで行う研修などでは、作業の様子が描かれたイラストなどを見ながら、危険がどこに潜んでいるかを話し合って共有することで、危険を予知する力を高めます。作業開始前などに、農地や作業のどこにどのような危険があるのかを話し合うことが有効です。また、その危険を避けるために、どのような行動をとるべきかを共有しましょう。特に、新しく人を雇い入れたときなどは、意識して行いましょう。
ヒヤリ・ハット調査
事故には至らなかったものの、ひやっとしたり、はっとするような「災害の芽」といえるような出来事について、情報を集めましょう。なぜ、そのような小さな危険や事故が起きたのか、原因を追究することで、大きな事故を未然に防ぐことができます。一人が感じたヒヤリ・ハット事例について、同じ作業を行う全員で共有しましょう。事例を残しておくために、ノートや入力フォームを用意して、気づいた人がいつでも記入したり、閲覧できるようにしておくと便利です。整理整頓
整理整頓は重要な事故防止対策の一つです。散らかっているとつまずいたり、物が転倒してきたりして、けがをすることがあります。特に、農作業では物を運ぶことが多く、足元が見えなかったり、両手がふさがったりしている状態で移動しなくてはならない場面があり、整理整頓ができていないと思わぬ事故につながります。整理整頓は事故防止だけでなく、作業効率の向上にもつながるでしょう。前述の農作業安全情報センターの農作業現場改善チェックリストには、農作業の環境の具体的な改善策が明記されています。また、GAP(農業生産工程管理)への取り組みも、農園内の整理整頓の習慣化に役立ちそうです。
GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)についてはこちら
疲労をためこまない
どんなに環境を整えても、作業をする人が疲労のたまっている状態にあると、注意が散漫になり、作業ミスや操作ミスなどを起こしやすくなり、事故が発生するリスクが高まります。自分や従業員がどのくらい疲労しているのか、客観的な指標を取り入れてみましょう。中央労働災害防止協会のウェブサイトには、「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」が掲載されており、簡単な質問に答えるとウェブ上で現在の疲労度を知ることができます。また、日本産業衛生学会産業疲労研究会のウェブサイトにも「自覚症しらべ」「疲労部位しらべ」という疲労状況をチェックできるツールが掲載されていますので、参考にしてみましょう。疲労をためこまないようにするには、個人の体力や能力に応じた作業分担にすることや、作業中に適切な休憩をとることが大切です。また、精神的な疲労を少なくするために、職場の人間関係が良好であることも重要なポイントになります。
事故防止を心がけて、安全な農業を
事故は思わぬときに起こるものです。そして、起きたあとにいくら後悔しても、取り返しのつかないことがあります。そのため、未然に防止をすることが何より大切ですね。農業は作業が時期や天候に左右されるので、疲労をため込んだり、時間に追われたりすることが発生しやすい職種です。そのようなタイミングで事故が起きることがないよう、日ごろから身近な人と声をかけあって、安全への意識を高めましょう。また、事故に備える一つの手段は労災保険への加入です。小規模な農林水産事業者には労災保険の任意加入が、農薬散布や家畜に接触する作業を行う特定作業従事者には特別加入が認められています。仮に事故が発生しても損害を最小限に抑えることができるよう、必要な備えをしておきましょう。