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今回は、宮崎県新富町でピーマンを生産している「NKファーム」甲斐直由生(かい なおゆき)さんにお話を伺いました。
甲斐直由生さんプロフィール
1981年 宮崎県延岡市に生まれる。
車の整備士、半導体工場や印刷会社での勤務を経て
2018年 新富アグリカレッジへ入学。
2020年 宮崎県児湯郡新富町で新規就農。
農園名/所在地 | NKファーム/宮崎県児湯郡新富町 |
栽培面積 | 15a(2021年に30aに拡大) |
栽培品目 | ピーマン |
販路 | JA |
家族構成 | 妻、子ども1人(妻とともに農業に従事) |
従業員数 | パート1人 |
就農時の年齢 | 39歳 |
就農前|祖母の死をきっかけに農業に関心を持つ
甲斐さんは宮崎県延岡市出身。就農前は、印刷会社など複数の企業でキャリアを重ねてきました。初めて就農を考えたのは、祖母が亡くなったときのことでした。もともと祖父母は酪農と稲作を営んでいましたが、甲斐さんが中学のときに祖父が亡くなったことで酪農をやめ、その後、祖母が亡くなったのを機に、田んぼにも手が入らなくなってしまいました。甲斐直由生さん
祖母が亡くなり親戚で集まったときに、草が生い茂った田んぼを見て、従兄弟と「俺たちでできることはないだろうか」と話し合ったことが農業を考えた最初の瞬間でした。
しかし、当時28歳で会社勤めをしていた甲斐さんにできることはなく、結局祖父母の農地は貸し出されることになりました。
それでも、高まる農業への関心。いろいろな情報に接すると「担い手不足」「高齢化」という課題を知るようになりました。それなら自分が担い手になれないのだろうか、という気持ちが強くなり、妻の薫さんにも「農業をしたい」と話していました。一方で、子どもが生まれたこともあり、会社を辞めて農業を始めるきっかけをつかめないまま、毎日の暮らしの中で月日だけが過ぎていきました。
就農フェアで新富アグリカレッジに出会う
当時のことを振り返って、甲斐さんは「農業を始めたくても、どこに相談したらいいかわからなかった」と言います。そんなとき、子どもが所属する野球チームの保護者の中にいたJAの職員に出会います。保護者の飲み会のときに、甲斐さんは話を切り出しました。甲斐直由生さん
自分は農業がやりたいけれど、農業の担い手がいないっていう割には、就農を促すような取り組みがされているだろうか?と話しましたね。
返ってきた答えは、「一度就農フェアに話を聞きに来てほしい」。それを受けて甲斐さんは宮崎県内で開催された就農フェアに足を運びました。
就農フェアでは市・町などのいろいろなブースがあり、取り組み方にそれぞれ違いがありました。甲斐さんが思い描いていたやり方に一番近かったのが新富町の取り組みでした。
甲斐直由生さん
新富町の新富アグリカレッジは先進農家に行って研修を受けられることが特徴で、そこに一番魅力を感じました。
会社を退職し、新富アグリカレッジへの入学を決めた甲斐さん。研修中の生活費は農業次世代人材投資資金(準備型)と妻の薫さんの給与で賄いました。
新規就農者への支援制度はこちら
新富アグリカレッジの研修
ピーマンの産地として知られる新富町。新富アグリカレッジでは、新規就農者にピーマンの栽培方法や経営の知識を座学や実習で教え、地域での就農までサポートします。甲斐直由生さん
もともと栽培品目にこだわりはありませんでした。新富アグリカレッジに入学する前に体験研修に行ったのですが、そのときにお世話になった農家さんからピーマンをいただいたんです。私も息子もピーマンは苦手で当時はあまり食べなかったのですが、いただいたピーマンがとてもおいしくて。このピーマンはいいな、と思いました。
そして、新富アグリカレッジのカリキュラムにある先進農家への研修では、研修生一人ひとりがそれぞれ別の農家に研修に行きます。どの農家も規模の大きな農家でした。
甲斐直由生さん
私が行った先進農家は7反を超えるほ場があり、ハウスが3棟あって、従業員も8人いました。規模が大きいので、与えられた作業をしていると、ほかの人が何をしているかがわからなくて困ったこともありましたが、大きなほ場を運営するのはどういうことなのかということを直接見ることができてよかったです。
また、新富アグリカレッジで得た貴重なものの一つに、同期の存在がありました。
甲斐直由生さん
一緒に学んだ同期とは歳も近く、農業以外のことも話せるし、就農後も近い場所にいて情報交換ができるので心強いですね。
就農1年目|JAのトレーニングハウスで不安だらけのスタート
新富アグリカレッジでは研修終了後に希望すれば、農機や設備が整っているJAのトレーニングハウスで1年間就農することができます。甲斐さんは15aのトレーニングハウスでピーマン栽培を始めました。先進農家で研修を行ない、栽培の流れはわかっているつもりでしたが、農業の難しさに直面したと言います。甲斐直由生さん
研修で説明を受けてわかっているつもりでしたが、水やりや防除の仕方、液肥の与え方など、一つひとつが難しかったです。
新富アグリカレッジの研修でマニュアルが与えられ、一通りの栽培をした経験があっても、やはり植物は生き物。マニュアル通りにいくわけではありませんでした。
甲斐直由生さん
研修中に言われていたことなのですが、土地によって水はけの良さに違いがありますし、ほ場内でも左側と右側で違いがあります。
1年間やり遂げられるのだろうか、枯れてしまわないだろうか。甲斐さんは不安だらけでした。
わからないことは、すぐに聞くことが大切
そんなときに心がけていたのは、「わからないことは、すぐに確認する」ということでした。ベテランの農家に聞くのが一番早いと思った甲斐さんは、選果場などで声をかけて、わからないことを質問していきました。甲斐直由生さん
みんな、声をかけると応えてくれます。先輩や仲間から声をかけてもらうこともありました。仲良くなって、いろいろなことを教えてもらいました。
わからないことをすぐに聞き、適切なアドバイスを得ることで、何かあっても早い段階で軌道修正をすることができました。そして、新富町の人の温かさは、これだけではありませんでした。
甲斐直由生さん
近所のピーマン農家さんや研修先の人、JAの人が1~2週間に一度、私のほ場を見に来てくれたのです。わからないことを聞いたり、取り組んだことを報告したりして様子を見てもらいました。
多くの人に支えられて1年間が過ぎたとき、甲斐さんのほ場では新富町のピーマン農家の平均以上の収穫があったことがわかりました。
農業の魅力|自分が考えていることができる
JAのトレーニングハウスでの1年間を終え、新たに2反と1反のハウスを借りることが決定しました。農地探しにも新富アグリカレッジの大きな支援がありました。甲斐直由生さん
新富アグリカレッジに相談して、借りられる農地を紹介してもらいました。そこまで面倒を見てもらえるシステムがあって、本当にありがたかったです。
自分自身の農地を確保して、また新たな一歩を踏み出した甲斐さん。農業の魅力について伺うと、「自分が考えていることができること」と話してくれました。
甲斐直由生さん
農業は自分でやっただけの結果になるし、サラリーマンと違って逐一管理されることもないです。自分がやらないと何もできませんが、自分が考えているようにできるというのは良いと思っています。
また、以前勤務していた会社では夜勤があり生活が不規則だったのが、今はある程度規則正しい生活ができているのがうれしいそうです。一緒に働く妻の薫さんにも、「楽しそうだね」と言われるのだとか。
今後の展望|規模拡大と環境制御システムの導入を目指す
真摯に農業と向き合い、地域の人たちの温かいバックアップも得て、甲斐さんの就農は順調に滑り出しています。今後はどのような展望を考えているのでしょうか?甲斐直由生さん
まずは、栽培技術を上げて反収が15、16tとなってきたら、片方のハウスを建て替えて規模を拡大したいですね。近隣でやめていく農家があるようなので、自分が担い手になっていきたいとも考えています。また、将来的には先進農家が導入している環境制御やCO2発生装置を取り入れていきたいです。
子どもが中学校を卒業したら、現在宮崎市内にある自宅も新富町に移したいという考えもあり、甲斐さんは公私ともに新富町に根を下ろすことになりそうです。
初めて就農を考えたときから実際に就農するまでの10年間、甲斐さんが持ち続けた「農業をやりたい」という気持ち。それがいくつもの出会いと重なって、新富町での就農につながりました。トレーニングハウスを出て、これからがいよいよ農業経営者としての新たなスタート。新富アグリカレッジや先輩農家、JAの職員などの皆さんが町ぐるみで温かく支え、歩き出した甲斐さんの背中を押しています。地域の雰囲気は長い期間をかかけて培われて巡り、いつかは甲斐さんが先輩農家になって、新規就農者を支える日がくるのかもしれません。