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マルチワークとは?地方で雇用を生み出す新しい働き方
在宅勤務やテレワーク、リモートワークなど、コロナ禍でオフィスに限らずさまざまな場所で働く勤務形態が定着しました。また、一つの仕事に携わるだけでなく、副業や兼業、パラレルワークなど、複数の仕事に就く働き方も広がっています。マルチワークとは、季節ごとに農業や林業、サービス業など複数の仕事に就く働き方のこと。本業と副業を分けるのではなく、年間を通じて二つ以上の仕事に就くのが特徴です。山形県小国町(おぐにまち)のおぐにマルチワーク事業協同組合では、「山の麓の仕事とともに好きに生きる」をテーマに地域一体となってマルチワーカーを受け入れています。
教えてくれた人
吉田悠斗さん プロフィール
1994年埼玉県上尾市出身。早稲田大学卒業後、東京のベンチャー企業に就職し、2018年から山形県小国町地域おこし協力隊として活動。2021年5月に卒業し、現在はおぐにマルチワーク事業協同組合の代表理事兼事務局長を務める。
マルチワークは古くて新しい働き方
山形県の南西部、新潟県との県境に位置する小国町は737.56平方kmと東京23区の総面積よりも広く、森林がその約9割を占める豊かな自然に囲まれた町です。春は山菜を採り、夏は野菜を育て、秋は米やきのこなどを収穫。雪深い冬の間は、つる細工などの手仕事や日本酒造りをするなど、伝統的に四季を通じてさまざまな仕事を組み合わせてきた歴史があります。地域おこし協力隊として見た「毎月人口が減っていく現実」
小国町の人口は約7,000人。吉田さんは地域おこし協力隊として活動するなかで毎月10人ずつ、年間で100人以上人口が減っている様子を目の当たりにしました。地域おこし協力隊員として農業分野で活動していた吉田さんは、移住当初は就農も一つのゴールとして考えていました。そこで協力隊の最初の2年間は、自分がどんな作物を作りたいのか、米やアスパラガス、キノコなど、さまざまな農作物作りを経験しました。
一方で町づくりにも興味があった吉田さん。協力隊の卒業後にどんな仕事をするか考えていたとき、役場の担当者からマルチワークをしてみないかと声がかかったといいます。3年前からマルチワークという働き方を模索していた小国町は、総務省の特定地域づくり事業協同組合制度を利用しておぐにマルチワーク事業協同組合を設立することにしました。
総務省「特定地域づくり事業協同組合制度」とは
特定地域づくり事業協同組合制度とは
人口急減する地域において、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合が、特定地域づくり事業を行う場合について、都道府県知事が一定の要件を満たすものとして認定したときは、労働者派遣事業(無期雇用職員に限る。)を許可ではなく、届出で実施することを可能とするとともに、組合運営費について財政支援を受けることができるようにする。
総務省「特定地域づくり事業協同組合制度」
季節によって繁忙期と閑散期がある農業や漁業などの一次産業に従事する人が多い地域では、安定した雇用がなく、人口が流出しやすいという点が課題でした。そこで複数の事業者が組合員として集まった「特定地域づくり事業協同組合」を設立し、働きたい人を職員として通年雇用。季節ごとに事業者のもとへ派遣することで、年間を通じた安定的な雇用の場が提供できるようになります。
特定地域づくり事業協同組合は全国で6例
特定地域づくり事業協同組合の仕組みがあるのは、島根県海士町など全国で5例。2021年8月に設立したおぐにマルチワーク事業協同組合は、総務省からの認可が下りれば全国で6例目の事例となり、11月からマルチワーカーの受け入れを予定しています。マルチワークってどんな働き方ができるの?
普通運転免許を持っていて、厚生年金に加入できる人ならだれでも応募できます。その人の希望次第ですが、収入は8〜20万円程度で、雇用期間は最低1年からの無期雇用。おぐにマルチワーク事業協同組合では、3年間をスパンに4つのゴールを想定していると言います。
マルチワーカーの4つのゴール
1 マルチワークの継続
2 マルチワーカーをやめた場合でも、関係人口(※)としてつながりを持ち続ける
3 新規就農や新たに事業を始めるなど独立する
4 地元事業者への就職
マルチワークを継続することはもちろん、自分の肌に合わないと感じたらやめても構いません。その場合は関係人口としてつながりを持ち続けます。また、マルチワークで地域ならではの仕事を経験するなかで、自分で仕事を見つけて独立したり、地元の事業者に就職することもできます。
移住をしたいと考えているけれど、どんな仕事をしたらいいのかわからない人は、まずはマルチワークでいろいろな仕事を試してみるという働き方もできそうです。
マルチワーカーへのサポート|小国町らしい「暮らし方」を提案
一方でこれから解決したい課題もあります。マルチワーカーは会社員ではないため、毎月一定の給料が入ってくるのではなく、その人が働いた分しか収入が入ってきません。例えばマルチワーワーカーが月に20万円以上稼ぎたいと希望した場合、その収入に見合うだけの仕事を組合が確保しなければなりません。おぐにマルチワーク事業協同組合では、農業や製造業、清酒業を組み合わせていますが、その仕事が「小国町に来てよかった」と思える仕事なのか、ほかの地域でもできる仕事ではないのか。マルチワーカーと事業者の双方が満足できる環境を調整していくことが大切だといいます。小国町ならではの補助も
さらにマルチワーカーの住環境を整えるため、空き家の紹介もしています。現在小国町には約300戸の空き家がありますが、町には空き家バンクがありません。空き家バンクから移住先を探す人も多いため、組合では空き家情報をまとめる事業も手がける予定です。また、吉田さんが地域おこし協力隊時代に始めたシェアハウス(上写真)には、お試し期間として2週間無料で滞在することができるほか、米やみそなどがもらえるユニークな補助もあります。マルチワーカーへの各種補助
・空き家紹介(畑・農地付きの場合もあり)
・お試し滞在用ゲストハウス(2週間まで無料)
・米(二人以上世帯:60kg、単身世帯:40kg)
・みそ(二人以上世帯: 3kg、単身世帯 :2kg)
・しょう油(二人以上世帯 :3L、単身世帯:2L)
・交通費補助(隣県から来町:上限4,000 円、それ以外の都道府県から来町:上限8,000 円)
適切なマッチングでマルチワークはもっと広がる
「まだまだ手探りですが、マルチワーカーと事業者が効率よくマッチングする仕組みを考えていきたい」と話す吉田さん。マルチワークに取り組んでいる事業者は少ないですが、マッチングの仕組みさえできればこれからもっと広がっていく可能性があると言います。昔ながらの季節の仕事や生業を組み合わせて働くマルチワーク。通年の仕事が少ない農村だからこそ、その土地らしい仕事を経験することができます。地方移住に興味を持つ人が増える今、マルチワークという働き方は移住者を呼び込む大きな力になるはず。おぐにマルチワーク事業協同組合のこれからの取り組みにも注目です。