株式会社久松農園 久松達央さんによる、豊かな農業者になるためのメッセージを伝える連載。
若手の生産者の中には、「どのタイミング」「どの程度の売上」「どのような経営内容」になったら法人化すべきか考える人もいるでしょう。そのような人たちのために、第9回は、久松さんが法人化に至った経緯や、法人化をしたことにより起こった変化などについて教えてもらいました。
プロフィール
株式会社 久松農園 代表 久松達央(ひさまつ たつおう)
1970年茨城県生まれ。1994年慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人株式会社を経て、1998年に茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を有機栽培し、個人消費者や飲食店に直接販売。補助金や大組織に頼らない「小さくて強い農業」を模索している。さらに、他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行っている。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)
法人化は誰でも簡単にできる
「農業法人」とは、法人の形態をとって農業を営む経営体で、株式会社などの「会社法人」と「農事組合法人」に分類されます。一般的に法人化するメリットは、「節税や融資限度額の拡大などの金銭面」や「対外信用度の向上」などがあげられますが、久松さんは、法人化のメリットについてどのように考えているのでしょうか。法人化には直接的なメリットはない
久松さんは、法人化のメリットは何だと考えていますか。
久松達央さん
そうですね、社長って呼ばれることくらいですかね。
それだけなのですか。
久松達央さん
そうです、それだけです。役員報酬に給与所得控除が使えるなどの細かい利点はありますが、大したメリットではないですね。
法人化することで、社会の一員の証として社会的な信用も得られますよね。
久松達央さん
いろいろやって積み重ねてきた証が実績となり、その結果が信用につながります。法人格を持ったから信用されるわけでありません。信用を得ることを目的として法人化するのは間違いですね。
法人化するのは難しいですよね。
久松達央さん
そんなことありませんよ、誰でも今日、1円あれば法人格を取ることはできます。法人化するのに、ハードルは存在しません。
久松さんが法人化した理由
久松さんは1998年に就農後、法人化に直接的なメリットはないと考えていましたが、2014年に法人化し、株式会社 久松農園となっています。なぜ法人格を持つことにメリットを感じていなかったのにも関わらず、法人化に踏み切ったのでしょうか。また、現在は法人化したことをどのように思っているのかを聞きました。スタッフに対してお金の流れを明確にしたかった
でも実際、久松さんは法人化していますよね。それはなぜですか。
久松達央さん
僕が法人化した理由は二つあります。一つ目は社内のお金の流れを当時のスタッフに明確にしたかったためです。二つ目は、その当時、行政や大きな会社との仕事を始めたためです。
一つ目の理由について詳しく教えてください。
久松達央さん
個人事業の場合は、売上から人件費を含めた各種経費を引いて、その残りが自分のお金になります。でも、法人は会社と個人がまったく別会計です。法人になると、僕の給与は経費でしかありません。そうなると、事業全体としてお金の流れが見えやすくなります。僕は、自分も会社のメンバーの一員として、お金の流れをつまびらかにして、スタッフと一緒に考えたいと思いました。
お金の流れが見えやすい具体例を教えてください。
久松達央さん
個人事業の場合は、事業の予算と家計が同じ財布から出ているので、「3万円でよい除草機買えるな、あ!でもそろそろ掃除機を買い換えなきゃ」とお金の流れが複雑になってしまいます。しかも、家計はいくらでも使うところがあるから、明らかに効果がわかっている事業への投資に対しても、二の足を踏んでしまいます。でも、法人化すると事業用の予算を個人的な消費と切り離して考えられるので、思い切って投資しやすいです。
チーム久松農園として外部と仕事をしたかった
二つ目の理由について詳しく教えてください。
久松達央さん
行政や大きな企業と仕事をすると、法人の方が相手にとってパートナーとしてやりやすいんです。具体的にいうと、契約を締結しやすいんです。それだけでなく、僕は、個人である久松達央としての仕事ではなく、チーム久松農園として仕事している自負があったので、対外的にもそれを見せるためにも法人化しました。
では、この二点がなければ、今でも法人化していませんか。
久松達央さん
はい、していませんね。必要があったのでしただけです。先ほども言いましたが、法人化して直接得られたことは社長と呼ばれた事くらいですが、それも別に大してうれしくありません。
法人化自体には意味がないが、やってよかった
本当にいいことは何もないのですか。
久松達央さん
いいことは何もないです。簡単に言うと、法人になるとちゃんとしなくちゃいけないんです(笑)。スタッフを社会保険に入れて、労務管理もしっかりして…。個人が法人成りしただけで、実態としては何も変わらないのに、急に大企業と同じ土俵の上に立たされます。正直なところ「流れで法人になっただけだから勘弁してよ」と思ったこともありますよ。
その気持ちは今も変わらないままですか。
久松達央さん
いえ、ある本のある言葉を読んで気持ちが変わりました。僕は、法人格とること自体には何の意味もなく、決意表明でしかないと思っています。でも、その決意表明には大きな意味があって、世間の見る目が厳しくなります。法人化した途端に「ちゃんとした会社なんでしょ」と言われるようになります。そこで、「いえいえ、自分なんか」と逃げていると、だらしないままです。
久松さんがハッとした言葉
「一流企業は一流になってから一流の経営をしていたわけでなく、名もない三流の企業のころから一流の経営をしてたから一流企業になった。」
マイケル・E・ガーバー『はじめの一歩を踏み出そうー成功する人たちの起業術』
「だらしなかったな」と思うエピソードは何かありますか。
久松達央さん
ありますね。自分の周りの小さい農家の中では、久松農園はいち早く週休2日制を取り入れて、できるだけ残業をなくしました。「農業をやっているのに労働条件がいい!」と自慢気だったんですよ。でも、法人化して大企業とつきあうと…わかっちゃったんです。例えば、イオンアグリなどの企業参入農場は、ほかのイオングループと人事制度も同等で、農業参入時から当たり前に労働条件が整っています。周りの農家と比べて鼻高々だった自分が恥ずかしくなりました。
久松さんは法人化してよかったと思っていますか。
久松達央さん
はい。法人格を持つこと自体には何も意味はないと思っていますが、僕は法人化してよかったと思っています。
それはなぜですか。
久松達央さん
どんなに小さい組織でも、社会から課されているものもわかったし、社会保険など負担にはなるけれど、このルールの中でできなければ、継続するビジネスとして認められないのだろうなと思えるようになったからです。目先のことだけでなく、長期視点が持てるようになりましたね。
法人化すべき・すべきでないを決めるのは専門家でなく経営者
一定の売上規模になったら法人化を検討し、専門家にすすめられたという理由で法人化に踏み切る人がいます。しかし、専門家はあくまでもサポーターで、法人化をする・しないを考えて決めるのは経営者自身だと久松さんは指摘します。久松さんは、法人化をすべき/しないべき、どのように考えていますか。
久松達央さん
「あるステージにいったから法人化」ではなく、経営者自身がやりたかったらやればいいと思っています。法人化すると、金銭的にはメリットもデメリットもありますよ。
専門家に相談するメリットは何ですか。
久松達央さん
相談するメリットは、気づくことですね。法人化を検討して専門家に相談すると、「記録を取っていますか」と聞かれます。一段上の経営や管理レベルにいくためには、法人化する・しないより、お金の収支をしっかり見ることですね。
反対に、専門家に相談するデメリットはありますか。
久松達央さん
専門家は会社にとって必要な提案をしてくれますが、それが時にしばりを生み、チーム作りの足かせになる場合もあります。そういった時も、経営者として専門家にどのような意図でやらないのかということをきちんと説明し、助言をくれるパートナーとしてとことん話し合いますね。
専門家はあくまでサポーターで、決めるのは経営者ということですか。
久松達央さん
そうです。専門家はあくまでもサポーターやパートナーです。自分の会社のことなので、助言をもらったうえで、自分で考えて自分で決めることが大事です。
意志を持たないといけないのは大変ですね。
久松達央さん
たしかにとても苦しいですね。でも、誰かに言われたままやってしまうと、例えばうまくいかなかったときに、「税理士が言ったから」と税理士のせいにしてしまいます。経営者は、自分で決めなきゃいけない立場の人です。
現時点で法人化を迷っている人にどのようにアドバイスしますか。
久松達央さん
もし、現時点で法人化をすべきかわからないのなら、先送りにすればいいんですよ。そのうちわかってきます。誰かの意見に寄せて、無理してする必要はありません。自分で決めてください。