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今回は、中学時代の同級生コンビ宇田川竜児さんと井上祥太さん。現在二人が働いているのは、宇田川さんの実家のいちご農園ですが、そのきっかけを作ったのは、二人で農業をしようと強く説得した井上さん。大学時代に語り合った夢を一歩ずつ叶えている二人のストーリーをどうぞ。
宇田川竜児さんプロフィール
1990年11月、埼玉県本庄市生まれ
農家の長男
大学生のころ、井上祥太さんに誘われ農業をすることを決意
大学卒業後はホームセンターに就職し、店長代行として活躍
2014年の雪害を機に就農するためホームセンターを退社
ホームセンターを退職後は雪害から実家が立ち直るまで外で働きながら休みの日に農業を手伝い、2015年に就農
井上祥太さんプロフィール
1991年1月、埼玉県本庄市生まれ
非農家出身
宇田川竜児さんと中学時代に出会う。
大学時代農業の可能性に気付き、宇田川さんと農業をする事を決意
大学卒業後はハウスメーカーや日本郵便に勤務
2018年に就農
農園名/所在地 | 宇田川いちご農園/埼玉県本庄市 |
栽培面積 | 48a |
栽培品目 | いちご(とちおとめ、あまりん、やよいひめ) |
販路 | 生協出荷 |
宇田川さんの家族構成 | 妻、祖父、母、妹(農業従事者は妻、祖父、母) |
従業員数 | 5名 |
就農時の年齢 | 宇田川さん24歳、井上さん26歳 |
就農前|大学の授業で日本の農業自給率を知って
宇田川さんと井上さんは中学時代の同級生。部活動の卓球でダブルスを組んでいました。高校と大学はそれぞれ別の学校に進学。最初に農業に関心を持ったのは、井上さんでした。井上祥太さん
特に目標のない大学生だったのですが、1年生のとき、授業で日本の食料自給率の話が出て危機感を持ちました。そのときに「自分が農業をやらないと」という使命感が出てきて、農業をやりたいと思うようになりました。でも、私の実家は農家ではないし、土地も技術もトラクターもありません。よく考えたら仲のいい宇田川の実家が農家で。宇田川は公務員になろうかと考えていたようですが、これからは農業の時代だと言い続けました。
二人で農業をすることを決めるも、一旦は就職
井上さんの言葉が宇田川さんに響き、二人で農業をやろうと決めた大学時代。しかし、宇田川さんの家族の了承を得るのに時間がかかるだろうと考えた二人は、農業をする前に他業種で経験を積もうと一旦就職することを決意。就職活動にあたり、就職先の条件として次の3つを考え出しました。・農業に関係があること
・厳しい環境であること
・短期間で人をマネジメントする仕事ができるようになること
宇田川竜児さん
私は自由に、なんでも適当にやってしまうような学生で、強制的に働かなくてはならない環境に身を置いて自分を叩き直さなければという認識がありました。
将来的に農業をすることをイメージして、宇田川さんは農業に関する知識、井上さんは営業力を身につけるという、お互いの得意分野を生かした役割分担を決めました。そして、宇田川さんはホームセンターに、井上さんが不動産会社に入社。二人とも、なかなか休みの取れないような厳しい職場で農業に携わることを夢見ながら仕事に励みました。
友人と一緒に農業をすることに、家族は反対…。実績を作って説得
2年後、まずは宇田川さんが就農。父親を中学時代に亡くした実家の農園は、祖父母と母が営んでいました。宇田川さんが農園を継ぐということを家族は喜んでくれましたが、井上さんと一緒にやりたいということについては、猛反対を受けます。宇田川竜児さん
部活動ではないんだぞ、と家族から総攻撃を受けましたね。
それでも宇田川さんは諦めませんでした。まず取り組んだのは、栽培技術の習得。親元で就農した宇田川さんですが、技術の継承には苦労しました。特に難しかったのは、肥培管理。祖父は長年の経験に基づく感覚で栽培を行っており、宇田川さんにも具体的な数字で示すことはありませんでした。宇田川さんは祖父が与える肥料を量り、3棟だけ自分ひとりでハウスを管理して、祖父が栽培するハウスと生育差を見ました。
宇田川竜児さん
祖父のハウスと自分のハウスでイチゴの実や株自体の大きさに差が出ました。その差は何かと祖父の持っている技術とすりあわせていって、結果的に肥料を与えるタイミングと量が違うことがわかりました。
そして、アルバイトをして環境モニタリング装置(株式会社誠和:プロファインダー)を購入。自動化を進め、2年間で反収を1.5倍に上げました。この実績で井上さんを雇えることを証明して、家族を説得。井上さんも一緒に働き始めることになりました。
環境モニタリング装置導入の理由
宇田川さんが購入したモニタリング装置は株式会社誠和のプロファインダー。価格は20万円ほどでした。宇田川竜児さん
プロファインダーを選んだ理由は、環境モニタリング装置の先駆けであることと、シェアが高く多くのデータを持っていると思われたことです。また、制御する方法を教える研修会なども開催されていたこともありました。この装置を導入することで、植物が求める適切な温度、湿度、二酸化炭素の濃度を保てるようになり、実付きが大幅に良くなりました。
環境モニタリング装置の導入は、井上さんも希望していたことでした。
井上祥太さん
おじいさんが肌感覚でやっていたものを数字で落とし込まないと、自分が就農したときに何もできないのではないかという恐れがありました。長年やっていた農家の人と同じ感覚はどうしても持てないですから。農業の知識がない私が就農しても、環境モニタリング装置のデータがあれば、温度管理や湿度管理ならできるのではないかと考えていました。
そのほかにも、自動換気装置、自動灌水装置などを順次導入していきました。これらの機械の導入で、イチゴの生育がそろうようになり、作業も楽になりました。
バランスの良い経営を目指して
その一方で、最先端技術を駆使して機械化されたイチゴ農家を目指しているのかというと、そうではないそうです。宇田川竜児さん
イチゴの栽培には、土に植えて育てる方法と、高設ベンチという台の上で育てる方法があります。高設ベンチの方がコストが高いので、設備を導入するなら、その分、今やっている土耕栽培で規模を拡大したいですね。
井上祥太さん
高額な投資が必要な栽培方法だと、規模を拡大するのにコストとリスクが伴います。それよりは、昔のやり方のいいところを残しながら、品質のいいものを作って規模を拡大し、収益を上げたいです。
同じように新規就農を希望する人がいても、「大きな初期投資が必要だとみんなが真似できないと思うから」というのも理由の一つ。イチゴ農家を目指す人に、自分たちがうまくいったやり方を惜しみなく共有したいと思っています。また、土で作ったイチゴの方がおいしいというお客様もいるので、そこに付加価値を感じる人がいるなら応えたいといいます。
農地を探すのは大変
2018年、実家が保有していた農地のほかに、50aほどの農地を購入しました。宇田川竜児さん
近くの農家に手あたり次第に土地を売ってくださいと言って回りました。それでも見つからなかったので、近所の司法書士に相談をしたら、その方がたまたま農地を持っていて売ってもらえることになりました。
購入した農地の一部に、農業近代化資金やスーパーL資金などを利用しながら最初3棟のハウスを建て、3年後、4棟のハウスを新たに追加しました。今後も規模を拡大したいと考えていますが、都心へのアクセスが良く、流通のうえでも農業に有利な埼玉県では、立地的に農地が出てもすぐに借りられてしまい、なかなか見つからないそうです。
埼玉農業経営塾に参加、理念を持つ大切さを学ぶ
就農後、宇田川さんは経営を学ぶ必要性を感じるようになりました。宇田川竜児さん
経営を考えないといけないと思ったきっかけは、母の言葉です。井上が入る前から、反収を毎年少しずつ上げていたのですが、母がお金がないと言っていて。収入が増えているはずなのに、なぜお金が足りなくなってしまうんだ?経営を考えないと、売上が上がってもお金がないと言い続けるのではないかと思いました。
そして、埼玉農業経営塾の第2期に宇田川さんが、第3期に井上さんが参加。農業経営塾では、「経営理念を持つ」ということを学んだことが一番大きかったといいます。
井上祥太さん
宇田川が第2期、私が第3期の塾生となり、自分たちがどこに向かって何を大切にしていくのかということを2年かけてすり合わせたことで、自分たちの核となるものができました。何か迷ったときには、経営理念を見直すだけで判断ができるようになりました。
二人が大切にする経営理念は「農業をずっと持続可能にすること。喜びと幸せをずっと提供すること」。この経営理念に立ち返ると、目先の利益にとらわれず、長い目で見たときに自分たちが望む方向になるのか、という考え方ができるといいます。
宇田川竜児さん
例えば新しい取引先にイチゴを売るときも、農業が持続可能になっていくのか、自分たちのお客さんや従業員が幸せになっていけるのかということを考えます。これでは人は喜ばない、農業が持続可能にならないという選択はしません。
二人でやっているからこそ、経営理念を核に、方向性を一致させておくことはとても重要なのです。
ほかの農家から学ぶこと
二人は、同じ出荷団体に所属する先輩方や、埼玉県農業技術研修センターの人に栽培方法について、アドバイスを受けています。栃木、茨城など農業の先進地域の農家を見学に訪れることも。見学する農家は、周りの人に紹介してもらうことが多いそうです。二人にとっては、栽培技術研修のような意味合いとなっています。宇田川竜児さん
このタイミングで肥料をやると花がいっぱい咲くとか、実が大きくなるとか、温度管理とか。とても勉強になります。とにかくハウスに足を運び、植物の様子を毎日しっかり見続けることが大事だということを学びました。
また、Facebookの全国のいちご農家のグループの投稿から栽培技術を学ぶこともあります。
宇田川竜児さん
栽培技術が高い人の投稿が勉強になります。一株あたり肥料を何グラム入れるというように技術を定量化しているんですよね。それを参考にしてやってみたりしています。
農業経営塾の同期生の集まりも楽しみにしているネットワークの一つ。
宇田川竜児さん
ワンシーズンに1回ぐらい集まって、経営の話をしたりしています。栽培品目はそれぞれ違いますが、経営塾にいた人たちとはモチベーションが同じで話が合います。
井上祥太さん
農業経営塾の仲間は、いろいろなことを率直に教えてくれます。例えば移動販売車を作った人や直売所を作った人に経費を聞いても、包み隠さず丁寧に教えてくれました。
農業経営塾の仲間は、栽培品目がそれぞれ異なることもあり、ライバルというより同志。普通なら聞けないような手の内を明かしてくれることがあるそうです。
販路の拡大|直売できる販路を作る
販路はこれまで生協への出荷しかありませんでしたが、井上さんが営業活動をして、2020年からケーキ店への納品を始めることになりました。宇田川竜児さん
地域では、「とちおとめ」は生協への出荷は全量出荷が当たり前となっていて、生産者団体に単価や出荷規格も決められています。そこで、「とちおとめ」以外の品種を栽培し、直売の販路を開拓したいと考えています。
井上祥太さん
小さい農家は取引先がなくなると困るので、これまで生産者団体に所属し、従ってきたという流れがあると思うのですが、自分たちが大きくなって、力を持てたらその流れも変えられるのではないかと考えています。まずはエリア一番の規模を目指したいです。
また、直売所の開設も検討中。栽培技術と営業力の両輪で、宇田川いちご農園は少しずつ新しい一歩を踏み出しています。
S-GAP実践農場を目指して
宇田川いちご農園は、現在S-GAPの農場評価を申請中(2020年12月14日現在)。S-GAPとは、埼玉県が独自に行っているGAP(農場評価)制度で、県の評価員が農場を訪問して、安全に配慮した持続可能な農業を実践できているか評価するものです。宇田川竜児さん
うちの農園は物が散乱していて、探し物に時間がかかったり、持っている農薬をもう1回買ってしまったりしていたのですが、これではいけないと思って、S-GAPの農場評価を受けようと申請しました。
井上祥太さん
S-GAPを目指すことで、整理整頓を行うようになり、作業場が本当にきれいになりました。清潔感があるし、動線が確保できて、物を探す時間もなくなり、作業スピードが上がりました。
外部の評価が入ることで、物を捨てることをためらっていた宇田川さんの家族を説得することにも役立ったといいます。
農業の魅力|まだまだ発展の余地がある
今後は規模の拡大、直売比率の増加により、利益率を上げたいと考えている二人。土地の確保や集約化は難しく、悩みは尽きませんが、それでも就農してよかったといいます。井上祥太さん
人間が人間である以上、食べることは絶対に必要ですよね。絶対に需要がなくならない、需要がなくならなければ仕事には困らないと思っています。それに日本の農業人口の平均年齢は60歳を超えています。今後、日本の農業はどうなるのか、という問題意識が根底にあって、日本の農業を良くして誰かに喜ばれたい、人から求められたいという気持ちがあります。平均年齢が高いからこそ、自分たち若い世代が新しいことをしやすい環境なのではないかと思いますし、第一人者になれる可能性があると思っています。
宇田川竜児さん
農業はまだまだアナログ過ぎて、産業として発展する余地があると考えています。未開拓なところがあるから、将来性と、無限の可能性があると思うのです。目標をもって人生をかけてやっているので、今日も生きてるぜ、という実感が持てています。自由度が高く、自分たちのやりたいようにできるので、毎日仕事が楽しいです。それに毎日健康的で、ごはんがおいしく食べられます(笑)。
将来のビジョン|この時代の農業にこの人あり
今後、二人は、2年以内の法人化も視野に入れ、さらに経営力や利益の向上を目指しています。そして、「この時代の農業にこの人あり」といわれるような人物になりたいのだそうです。宇田川竜児さん
二人とも生まれてきた意味を考えてしまうタイプなんです(笑)。生まれてきたからには何かことをなさなきゃと思ってしまう。やるからには上を目指し続けて、やりたいことをやって後悔のない人生を送りたいです。
井上祥太さん
日本をよくしたいという愛国心のような気持ちって、誰でも1回は持つような気がします。若いときに抱いたそんな気持ちから農業を目指しましたが、やり方次第で収入も増やすことも可能ですし、そのためにも今後は法人化を目指していきたいですね。
仲良きことは美しきかな…そんな言葉を思い浮かべた今回のインタビュー。二人の仲の良さが伝わって、こちらまで笑顔になってしまうほどでした。学生時代の二人でやっているからこその楽しみがあるのでは?という質問に、二人は同時に深くうなずいていました。
宇田川竜児さん
青春の続きをやっているような気がします。
井上祥太さん
一人では農業をやらなかったと思います。二人だからやれています。二人なら苦労も半分、喜びは倍ですよね。
当初、宇田川さんの家族は、二人のいうことになかなか首を縦に振らなかったそうです。それは「子どもの言うこと」と捉えていたから。確かに、にこやかな笑顔の二人は若いです。一方、日本の農業に抱いた危機感となんとかしたいという熱い気持ち。何年もの時間をかけて、必要な能力を身につける努力をし、実績を重ねて家族を説得する粘り強さ。このような深い思考と前に進む力を持った農業者がいることを知ると、日本の農業の未来はきっと明るくなるような気がしてきます。
宇田川いちご農園は、二人の熱い気持ちと友情とともに、将来日本の農業を牽引する存在になっていくのではないでしょうか。
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