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地理的表示(GI)保護制度とは
地理的表示(GI)保護制度とは、伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地等の特性が、品質等の特性に結びついている地域の農林水産品を知的財産として登録し、保護する制度です。登録された産品は、地理的表示とともにGIマークの表示が可能になります。この制度により、生産者は他産品との差別化を図れるほか、消費者は産品を信頼することができます。なお、GIとは、「地理的表示」を英語表記したGeographical Indicationの頭文字から使われています。
地理的表示(GI)保護制度(農林水産省ウェブサイト)
この制度に基づき、GIマークを取得したものは、夕張メロン、神戸ビーフ、下関ふくなど96品目に及びます。なかでも絶滅寸前から奇跡の復活を遂げた歴史をもつ福井県鯖江市の吉川ナスは、制度を活用することにより出荷数や売上も大きく伸ばしています。
吉川ナス復活のストーリーとGIマーク取得への道
吉川ナスの歩みや地理的表示(GI)制度登録のメリットについて、「鯖江市伝統野菜等栽培研究会」事務局としてGI登録を推進した福井県の鯖江市役所の担当者に聞きました。教えてくれたのは
今回お話を伺ったのは、鯖江市農林政策課の砂畑達也さん。農林政策課で地理的表示(GI)保護制度に関する手続きのほか、新規就農者や農機具購入時の補助金交付、鯖江市内の農産物の販売拡大のための広報事業やPR、イベントへの出展などを行っています。吉川ナスってどんなナス?
黒紫色の光沢が美しく、ソフトボールのような丸形の吉川ナス。皮が薄くしっかりとした肉質で、甘みのある味わいは油との相性も抜群です。砂畑達也さん
吉川ナスは一言でいうとメイン料理になり得るナスです。ボリュームがあって、ナスステーキや田楽など、食卓の真ん中にドーンと置けます。
一時は栽培農家が1軒になるほど衰退
- 「吉川ナス」の歴史は1,000年以上ともいわれ、かつては関西方面を中心に盛んに出荷されていました。しかし、品種改良がされていないこともあって栽培が難しく、収穫量も少なかったので、一時は栽培農家が1軒にまで減少してしまいました。
- 砂畑達也さん吉川ナスは枝や葉に鋭いトゲがあるので、実に傷をつけないように、きちんと剪定をする必要があります。水やりもたくさん必要ですし、1株からの収穫量も一般的なナスの半分程度です。
このナスを失ってはいけない!
市長からの提案
吉川ナスを地理的表示(GI)保護制度に登録したらどうか、と提案したのは鯖江市長でした。市長から話を聞いた農林政策課の職員が研究会のメンバーに話を持ち掛け、申請にこぎつけました。砂畑達也さん
登録の申請は農林政策課の職員が行いました。登録時に提出書類がたくさんあり、提出後、農林水産省から指摘された事項を修正するのも大変だったと当時の職員から聞いています。
この制度では、公表された明細書(産地、特性、生産の方法等を記載した書類)の基準を満たす産品のみにGIマークを使用することができ、不正使用については、行政が取り締まりを行います。地域産品を守るために制度が厳格に運用されているので、農林水産省の審査には時間がかかり、申請してから1年以上経って登録が決定しました。
登録後の変化
吉川ナスが地理的表示(GI)保護制度に登録されると、市民やメディアからの問い合わせが増加。鯖江市伝統野菜等栽培研究会のメンバーも10名から17名に増え、吉川ナスを栽培したいという農家は現在も増え続けています。砂畑達也さん
地元の青果市場での単価が上がったり、都内のレストランで採用されたり、売上金額も着実にアップしています。
年 | 販売個数 | 売上金額 |
2015年 | 12,096個 | 895,578円 |
2019年 | 35,336個 | 3,310,822円 |
ブランドを維持するために
登録後、農林水産省からは毎年検査が入るため、会員の栽培方法、巡回指導時の記録、出荷時検査内容、収穫量と出荷先など多項目を記録、管理する必要があります。また、生産工程管理業務規程というものがあり、栽培はこの規程のとおりに行わなくてはなりません。研究会では、規程が守られているかをチェックし、守られていない場合には指導を行い、会員に従ってもらう必要があります。砂畑達也さん
吉川ナスの出荷基準は厳格で、黒紫の色、光沢、傷の有り無し、変形や日焼けはないかなど、チェック項目は多岐にわたります。そのうえで、重さと大きさで分けて、重量別に290g以上は大、240g以上290g未満は中、200g以上240g未満は小とし、その中の秀品のみを出荷しています。
より多くの人に吉川ナスのおいしさを届けたい
今後はもっと吉川ナスの知名度を高めたいという砂畑さん。栽培技術の向上もあり6月から11月まで収穫できるようになった吉川ナスのために、地理的表示(GI)保護制度に登録している収穫期間を修正する手続きを行っています。砂畑達也さん
より多くの人に、吉川ナスを味わっていただくために首都圏や関西圏での販売の拡大や、レストランでの採用を目指しています!
地理的表示(GI)保護制度に登録するメリット
GIマークによる他産品との差別化
この制度に登録すると、登録内容を満たす産品には、「GIマーク」を使用することができます。冒頭の吉川ナスの写真にもありますが、GIマークをつけることでほかの産品との差別化をはかることができます。また、品質の守られたものだけが市場に流通することになります。不正表示は行政が取り締まり
類似産品が虚偽の表示をした場合などは、行政が取り締まりを行います。生産者が訴訟などを自ら行わなくても、いわゆる偽物を排除することができ、登録商品の価値を維持することができます。地域の財産になる
地理的表示(GI)保護制度の登録は個人が行うのではなく、生産・加工業者の団体が行います。登録される産品には、生産地との結びつきが強く求められていることから、産品、そしてその名称が地域共有の財産となります。産品が市場に流通することで、その名前を通して地域が知られるようになるケースもあるでしょう。海外展開でも有利に
地理的表示(GI)保護制度の登録をすると、産品を輸出するときにもメリットがあります。輸出先でも日本の真正な地域ブランド産品であることが明示されることで、信用度が高まります。日本の産品が輸出先国でも保護されるよう、日本の地理的表示(GI)保護制度と同等の制度を持つ外国との間で国際協定を結ぶことで、相手国と相互にGIを保護することが可能となっています。現在、日本とEUはEPA(経済連携協定)を結び、日本のGI48産品、EUのGI71産品が相互に保護されています。地理的表示(GI)保護制度に登録するには
申請書と添付書類を提出
地理的表示(GI)保護制度の登録申請は、生産・加工業者の団体が、申請書や明細書、生産行程管理業務規程などの添付書類を農林水産大臣に提出します。登録される産品には、品質や社会的評価などの「産品の特性」と、生産地の気候や風土・土壌などの「自然的な特性」や伝統的な製法・文化などの「人的な特性」が結び付いていることが求められ、その状態で、対象となる産品が一定期間(概ね25年)継続して生産されていることが必要です。
登録申請手続(農林水産省ウェブサイト)
申請団体は生産の管理ができる団体であること
地理的表示(GI)保護制度の申請団体は、生産の管理ができる団体であることが必要です。また、吉川ナスの「鯖江市伝統野菜等栽培研究会」事務局に鯖江市農林政策課が入っているように、生産行程管理業務を実施するために必要な人員体制を有することも重要です。なお、複数の団体で申請することもできます。申請団体はそれまで培ってきた作物の歴史や独自の栽培方法の工夫を地域で話し合い、申請書を作成して農林水産省に提出します。
申請から登録までは最低でも6カ月
登録申請後、農林水産省では、申請内容をウェブサイトに公示して、3カ月間にわたり第三者からの意見書提出を受け付けます。その後、学識経験者の意見を聞くなどして、登録可否の判断が行われます。農林水産省は、登録申請から登録まで最短でも6カ月程度かかるとしています。決定後は、産品の地理的表示、生産者団体や品質等の基準が登録され、農林水産省ウェブサイトにも公示されます。
登録の相談は「GIサポートデスク」へ
農林水産省は登録申請に係る産地からの相談を一元的に受け付ける支援窓口として、「地理的表示保護制度活用支援中央窓口」(GIサポートデスク)を設置しています。フリーダイヤルの電話相談のほか、フォームによる問い合わせ、地域の専門家によるアドバイスなどのメニューがありますので、利用するとよいでしょう。GIサポートデスク
デメリットは手続きの煩雑さ?登録後に気をつけること
地理的表示(GI)保護制度に登録後、生産者団体には、各生産者が基準通りに生産を行っているか、また地理的表示やGI マークが適正に使⽤されているかを確認し、毎年1回以上、国に報告する義務があります。適切な⽣産⾏程管理が⾏われていないと認められる場合には、法律に基づき登録が取り消されることもあります。また、登録後に登録⽣産者団体の追加や登録事項の変更などを行う場合には、所定の⼿続が必要です。砂畑さんも吉川ナスの収穫期間の修正手続を行っているといっていましたが、登録後にはこのような手続が発生することがあります。
地域を輝かせる生産者の熱意を形にしよう!
吉川ナスは栽培する農家が1軒になってしまうという、まさに危機的な状況でした。このときに生産者が立ち上がらなければ、私たちは二度と吉川ナスを食べることができなかったかもしれません。生産者の熱意、行政のリーダーシップや支援が吉川ナスの復活、地理的表示(GI)保護制度への登録につながったといえるでしょう。登録手続には煩雑な面もあり、また登録後も報告などの事務が発生しますが、地域産品のブランド化、知名度や売上高の向上、農業の活性化、地域資源の創造など多くのメリットがあります。また、登録申請にあたって、一つの産品について掘り下げて話し合うことは、かかわる地域の人たちの結びつきも強くするのではないでしょうか。まだ広く知られていないような産品が、この制度を通して大きく成長することがあるかもしれません。