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このシリーズは、サラリーマン家庭出身!独身!女性!という私(はるさん)が農業法人勤務後、独立就農を果たし、自分なりの農園を築いてきた農業漂流記です。一般人には閉ざされてきた農業という大海をいかに進み、その先に何を見たのか…。
第1回は、私が経験した独立就農するまでの小波・荒波をご紹介します。
農業のない農学部で見たもの
そもそも私が農業を始めるきっかけは農学部で土壌学を専攻したことでした。農学部には農業をやっている先生がいて試験農場があると思われがちですが、研究室で試験管の土を分析することがもっぱら。野菜の育つ畑はありませんでした。学会にも出席しましたが、私の思い違いでなければ多くの先生方は畑での野菜栽培歴はほぼゼロでした。そんな環境なのでもちろん農学部の学生は皆、農業に触れることなく、食品、環境分析業界などに就職していったのです。
土掘る女が掘り当てた世界
そんな土壌学研究室で東南アジアや個人的に世界を回っているうちに、土壌断面を掘り、データを丁寧に見ていくと、その土地と会話できたような感覚に陥ることに気づき、土壌学の世界に魅了されていきました。野山や農家さんの畑などをめぐり、気が付けば200穴近く土壌断面を掘るという土マニアに。その頃には試験管の中で土を分析するというスタイルが肌に合わなくなり、実際に現場で生きた土を見たいという願望を抱くようになったのです。
土がないのに風土あり、土があるのに…
就農を決定づけたのは、東南アジアでの農地視察。酸性物質や塩がたまっていたり、コンクリートのような扱いづらい土質だったりと、まさに劣悪な生産条件。そこで出会ったのはほとんど土のない畑でわずかばかりの野菜や痩せた家畜を育てる人たちでした。それでも彼らは羨ましいくらいに助け合い、笑い合い…幸せそうにその日を暮らしていました。土はなくても立派な風土的暮らしがあったのです。帰国後に、恵まれたふかふかの農地が耕作放棄地になり、人のつながりも希薄になった、私のいるこの社会に愕然(がくぜん)としたものでした。
若さ故の感傷に沈んでから少し時間はかかりましたが、断面を掘るスコップを鎌に代え、この社会で風土(food)を作ろう、農業をやろう!と決意したのです。
農業業界で引っ張りだこになる女子力とは
そして、面白そうな農業法人を見つけて即就職を決めた私ですが、入社時はまったく農作業はできませんでした。任されたのは収穫、袋詰め。こんな仕事かと落胆したのもつかの間、女性パートさんの凄腕に完敗、そのレベルに追いつこうと必死になります。40~80代の女性たち、まさに農業女子の強者ぞろい。小松菜の山から瞬時に250gぴったりの束をつかみ、サッと袋に入れたルッコラは根の向きがきっちりそろう、目にも止まらぬ速さで100パック、1000パックの仕事を終わらせます。そのうえ、おしゃべりの速度も早送り状態。訛りも強く、私は耳が慣れるまで「んだ、んだ」というなんだかの合意がなされたのに合わせて、内容はさっぱり不明でもわかったような顔をして相づちを打ってやりすごしました。
このようにおしゃべりしつつも収穫と袋詰めを早く・きれいにこなすことこそ、農業の現場で求められる女子力でした。
就農への道が結婚への道に…農業女子の迷路
つまり女性は裏方を担い、男性が農作業をするという役割分担が長くこの業界で習慣化していたのです。女性が農業をするとき、残念ながらそれが大きな壁になります。「女性にはオートマ車は運転できない」「トラクターの操縦は危ない」「たい肥まきはできない」など都市伝説並みのものから合理的なものまでさまざまでした。独立就農するときは、さらにエスカレートし、相談に行った先の役所や村の人がいつの間にか仲人になっていくという事態が発生。「うちの近くにいい若いのがいる、確かまだ50手前で…」「今いくつ?農業するなら旦那探さねーとな!」など、真面目に農地を探していた私は面食らって、トボトボ逃げ帰ったものです。
田舎は身近な異国!コミニケーション力を帆にして楽しく進もう
そんな助言はすべて、その人からすると正しく、私を心配しての発言でした。実際、農家との結婚を選んで幸せになった女性も多くいます。性別を重視する文化の中では気遣いなので、そこは尊重して、断わったとしてもその思いを否定しないように気を付けましょう。ただ、女性一人で就農した、もしくはそれで失敗したという事例を知っている人はほとんどいなかったのも事実で、正しい情報源のない、まさに羅針盤なしの航海でした。そんな状況では誰かの発言を鵜呑み(うのみ)にしていては進めません。男女別業の意識が薄かった私は、性別は個性の一種と割り切ることにして、自分でやって、できなかったら諦めるという単純なマインドで進んだのです。幸運にも、できないといわれた農作業はすべてできるようになりましたが、かといってどんな女性でもできるとは思いません。男性でも女性でも人には向き不向きがあるということなのでしょう。
このような経験から農家さんからのアドバイスであっても、少し世代や文化が違う場合は真に受け過ぎず、否定せず、楽しく付き合おうと思うようになりました。
次回は農地探し!
シリーズまとめ読み「わたしの農業漂流記」
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