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農業に関わるためには、新規就農や親元就農以外に農業経営体や農業法人などに就職し、従業員として働く方法もあります。雇用される形で農業に関わる人の中にも、新規就農を目指して就職する場合と、継続的に雇用される形で従業員として農業に関わりたいと考える場合があります。
そごう農園の十川英和(そごうひでかず)さんは、新規就農を目指して研修生として農業法人に入りましたが、途中で一度独立を諦め、農業法人の正社員として働くことになりました。そのうちに、再度自分で農業経営をしたいという思いが募り、2020年に独立しました。十川さんに、これまでの経緯や従業員のときに感じていた気持ちやその変化、また、経営者になったからこそ気がついたことについて話を聞きました。
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新規就農を目指していたが、独立する自信も理由もなくなってしまった
お話を聞いた人
プロフィール:そごう農園 十川英和(そごうひでかず)さん
所在地:茨城県土浦市
栽培品目:多品目野菜(露地、ハウス)
従業員:アルバイト2、3名
販売:地域の直売所
SNS:そごう農園
略歴:大学では農学系の学部を専攻
外食事業などを手がける会社から転職し、10年間遺伝子解析関係のベンチャーで技術営業に従事したのち
茨城県つくば市の株式会社農業法人みずほで農業研修
2014年茨城県土浦市の株式会社 久松農園に研修生として入社、2015年夏に正社員となる
2020年1月に茨城県土浦市で新規就農
独立を目指して農業法人へ
十川さんは、会社員として働く中で次第に自分で会社を起こしたいと考えるようになりました。大学で農学系の勉強をしていたことから、起業するなら農業だと決意します。将来的に独立することを見越して、茨城県つくば市で直売所を経営する株式会社農業法人みずほの付属農園の研修生として修業をはじめました。

失ってしまった「独立したい気持ち」とその理由
研修をはじめると、十川さんは、消費者へ直接販売する販売形態に興味を持つようになり、途中で茨城県土浦市の株式会社久松農園の門をたたきました。十川さんは、久松農園での2年間の研修ののちに独立就農する予定でしたが、研修中に独立する自信がなくなってしまったと言います。
自分は従業員タイプだと思った
もともと、十川さんは自分自身を従業員タイプだと自己分析していました。それでも、「独立したい」という強い思いがありましたが、研修先を訪れるさまざまな経営者を目にして「みんな自分と違うタイプだ」と感じてしまったと話します。
作りたいもの・やりたい農業の形がないなら独立する必要はない
当時、つくりたいものや、やりたい農業の形が、十川さんの中に明確にあったわけではありませんでした。

栽培や現場を仕切ることが怖くなった
久松農園での研修を開始してから半年ほど経過したときに、独立を見越して栽培を仕切るリーダーを任されました。十川さんは、前職でもほかの従業員に指示をして現場を回すという経験があまりなかったこともあり、露地栽培で年間に多くの品目・品種を栽培するがゆえの複雑な作業を頭の中でイメージして、組み立てて、順番にほかの従業員に仕事を振っていくことがうまくできませんでした。

研修生から正社員へ|雇用される形で農業に関わる
独立を見越して研修をしていた十川さんですが、そのころには栽培管理に怖さを感じ、独立する自信も気持ちも失ってしまっていました。そこで十川さんに研修先の農業法人から出された提案は、研修生から正社員へ雇用形態を切り替えて、栽培リーダーから販売事務系の業務を主とすることでした。
メインステージが栽培から販売管理へ
研修開始から約1年後の2015年の夏に、十川さんの雇用形態は研修生から正社員へと変わり、雇用される形で農業に関わることになりました。

具体的な業務は、出荷チームのパート従業員たちと一緒に販売管理をしたり、営業活動を行ったりすることや、新たな受発注システムのツールを実際に運用して改善を重ねていくことなどでした。十川さんは、栽培以外の業務を遂行し、組織の中でもキーパーソンになっていきました。
他の仕事が与えられる余力や環境があるとは限らない
十川さんは当時を振り返り、「栽培が怖くなってしまったときに、販売の仕事が与えられたことで、農業を諦めずに続けられたのかもしれない」と話します。

再び「新規就農」の文字が浮かぶ
正社員として、販売という形で農業に携わるうちに、十川さんの中でじわじわと「新規就農」の文字が再び浮かぶようになりました。どのような心境の変化があったのでしょうか。
やっぱり栽培をしたい
販売や事務系の仕事に邁進(まいしん)していましたが、畑を遠目から見ているうちに、再び栽培をしたいという気持ちが湧き上がりました。2018年ごろに「栽培をやりたい」と相談し、一部果菜類を担当することになり、2019年には、まる一年畑に入りました。

販売方法や対象顧客でジレンマ
正社員として働くうちに、少しずつ自我が出てきたと十川さんは言います。特に雇用先の久松農園とは違う販売方法や対象客に野菜を売りたいという気持ちが芽生えたそうです。

地元の人においしい野菜を食べてほしいと考えた十川さんは、地元で開催されるマルシェへの出店を提案して、久松農園の従業員としてやりたいことを実行しようとしました。
やりたいことが全部通るわけではない
マルシェは、週末に開催されていました。久松農園は土日休みだったこともあり、仕事ではなく趣味としてマルシェへの参加を許可してもらいました。しかし、一人ではできないことも多く、結局は雇用先の土日休みという方針と合わずに立ち消えとなってしまいました。

従業員時代には考えられなかった自分の姿
「自分がやりたいことをしたい」と強く思った十川さんは、2020年の1月に茨城県土浦市で独立就農しました。自らを従業員タイプだと語っていた十川さんですが、就農して経営者となったことで心境の変化があったそうです。
自分には無理だと思っていた姿になれている
十川さんが新規就農の夢を一度諦めた理由の一つが、「リスクを顧みずガンガン進んでいくほかの農業経営者たちのようにはなれない」と思ったことです。

仕事は苦しいものだと思っていたけれど…
農業法人に限らず、会社員として働いているときには、「仕事が楽しいとは言い切れなかった」と十川さんは話します。

従業員視点と経営者視点のジレンマ
従業員として働いていたときには、不満を持つこともあったと十川さんは話します。しかし、今度は経営者として従業員と接するようになり、経営者と従業員両方の気持ちがわかる十川さんは、ジレンマを抱えています。
従業員のモチベーションを上げることも経営者の仕事?
十川さんは、よい組織、よい商品を作るためには、従業員のモチベーションを高く保つことが何よりも重要だと考えています。就農当初に一人で作業をしていたときには、全部自分で決めて、すべて自分の手で作り上げるので、精神的なストレスがありませんでした。しかし、アルバイト従業員を雇用するようになってからは、油断すると従業員たちのモチベーションを下げることをしかねないことに気がつきました。

従業員に任せる?指示通りにやってほしい?
十川さんは、就農前は従業員に細かい作業をすべて指示するのではなく、ゴールだけを決めて、そのアプローチは何でもいいと考えていました。しかし、自分ではじめた今、複雑な思いが顔をのぞかせています。

従業員としての視点も過分に残っている十川さんは、経営者の視点との間で揺れ動いています。

「すぐ諦めるんだ」と思っていたけれど…
元々慎重だった十川さんが、従業員として働き続ける中で学んだことのひとつは、「諦めることや変わることは怖くない」ということです。

経営者は直感で動くが、従業員は費用対効果の説明を求められる
十川さんは、従業員の時代には、農業経営体や農業法人に雇用される中でやりたいことを実現するためには、それをやることの意義、ほかのあらゆる選択肢との比較、考えられる可能性を洗い出したのかなどを経営者に理路整然と説明できないと、取り組むことが困難でした。また、そのアイデアには費用対効果の視点も不可欠です。
一方、経営者自身は、理論的に説明できなかったとしても、直感でやった方がいいと感じることや、のちのち利益につながる可能性があることならば、経営者の意志で自由に決定ができるので、それをうらやましく感じていました。しかし、経営者になった今、その気持ちが痛いほどわかるそうです。

雇用就農を経て独立したことで見えたこと
農業法人の正社員として約5年間の勤務経験を持つ十川さんは、農業法人や農業経営体などの組織の中で農業をするには、従業員が組織の理念に共感でき、組織が持つ目標に向かっていくことを本人が楽しめるかどうかが大きいと考えています。さらに、雇用される形で農業に関わるうちに、「自分がやりたい農業の形」が見え、それが組織と異なるのであれば、独立するタイミングだと十川さんは話します。

従業員として働いていたときに経営者に対して感じていた不満や違和感は、自分が経営者になってみてはじめて理解や共感ができたとも言います。従業員と経営者の視点を持ち、それらを客観的に見られる十川さんだからこそ、ジレンマを抱えながらも新しい農業経営の形を模索し、おいしい野菜で地元の人たちを笑顔にするでしょう。


























