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- AGRI PICK 編集部
AGRI PICKの運営・編集スタッフ。農業者や家庭菜園・ガーデニングを楽しむ方に向けて、栽培のコツや便利な農作業グッズなどのお役立ち情報を配信しています。これから農業を始めたい・学びたい方に向けた、栽培の基礎知識や、農業の求人・就農に関する情報も。…続きを読む
農業を志す人が知っておきたい、就農後の現実やサクセスストーリー。実際に農家に転身した人へのインタビューから、就農後のリアルを鮮やかにお伝えします。
今回は、愛知県の渥美半島(田原市)で、主に個人向けに野菜を生産している中川貴文さんにお話を伺いました!
中川 貴文さんプロフィール
1983年生まれ
2007年名古屋大学大学院卒
2007~2013年 DIC(株)大阪支店にて塗料用樹脂の営業担当
2013~2015年 ダウ・ケミカル(株)福岡支店にて農薬の営業担当
2015年5月 田原市にUターンして新規就農
当初から消費者への直販を考え、栽培期間中農薬不使用で、地元産の堆肥を主な肥料とする。
| 農園名/所在地 | Patch Farm/愛知県田原市 |
| 栽培面積 | 約1.5ヘクタール |
| 栽培品目 | ジャガイモ、カボチャなど、年間50種類以上 |
| 販路 | 主に個人宅 |
| 家族構成 | 妻、長女、長男 |
| 従業員数 | なし |
| 就農時の年齢 | 32歳 |
就農前|なりたい農家のイメージから戦略を立てる
農薬を使わない農業を目指して農薬メーカーに転職
中川さんは大学院でバイオテクノロジーを研究し、卒業後就職しましたが、漠然と将来的にはモノづくりで独立したいと思っていました。就職して6年目に農家になろうと決めて、農薬を扱う外資系化学メーカーの日本法人に転職。3年間、農薬の販売を担当しました。
農薬メーカーに勤めた理由は、植物や病害虫のことを学ぶためでした。

大量生産大量消費ではなく、個人に焦点を当ててつくるという流れは先に工業の方であったので、農業もいずれ同じ流れがくるだろうと思っていた、と中川さん。ゆくゆくは個人向けの農産物販売のプラットフォームもできると予想していたそうです。
農薬の販売先で農作業を手伝う
農薬の販売では、農家を訪問します。中川さんは宮崎県と鹿児島県を担当。特に宮崎県ではいろいろな野菜を作っている農家を訪れることができました。訪問先では、農家の人と一緒に田んぼに入ったり、ハウスの中で農薬を撒いたりする作業をしたりしました。

先祖が築いてきた地元とのつながり
中川さんの実家は、祖父と父母が教員をしており、祖母は代々続く商店を営んでいました。農家ではありませんでしたが、30aの田んぼと、50aの畑を所有しており、中川さんが就農するにあたって、人に貸していたそれらの農地を徐々に返してもらいました。最初はそのうちの30aの耕作から始めて、現在は近所から農地を借りて1.5haまで規模を拡大しています。
進学を機に18歳から32歳までは地元を離れていた中川さん。隣の畑の人も知らなかったといいます。しかし、近所の人は祖父や父母の教え子だったり、祖母の商店のお客さんだったり。自分は知らなくても周囲の人たちは中川さんのことを知っていて、声をかけてくれたそうです。

農業書を参考に生産計画を立てる
野菜の栽培にあたり、中川さんは本を参考に生産計画を立てました。主に参考にしたのは、『有機野菜ビックリ教室』(東山広幸著・農山漁村文化協会刊)と『農家が教える 桐島畑の絶品野菜づくり1: 基本技術と果菜類・豆類の育て方』(桐島正一著・農山漁村文化協会刊)の2冊。今でも読み返すことがあるそうです。

作物を育てるうえで、一番大変なのは「風」、次に「草」
地形的に海風の影響を受けやすい渥美半島で野菜を栽培していて、一番大変なことは風だと中川さんはいいます。強風で作物が倒れて全滅することがあるからです。
そして次に大変なのが、草。就農1年目、水をあげていれば作物が育つだろうと思っていたら、雑草がどんどん育って、除草剤を使用しない中川さんの畑はあっという間に草むらに。畑に入れなくならないように草取りをしていると、それだけで作業がおしまいという状態でした。経験を重ねるうちに、草の勢いがわかるようになって、必要なときだけ雑草抑制用のマルチシートを使うようになりました。

野菜のお世話とは、例えばナスなら苗が大きくなったら支柱にしばること、できた実を傷つけないように周りの葉を切ること、枝が複数出てきたら一つにそろえることなど、野菜の生長に合わせて行ういくつもの作業。この作業の一つひとつに時間をかけられるようになって、出荷できる野菜の数が増えていきました。
味をよくするために大事なこととは?
おいしくなければ食べてもらえない
ほかの農家との差別化を図るために、農薬を使わない農業を選択した中川さんですが、実際には、農薬を使わないことはセールスポイントにならないといいます。

化学肥料は使わずに、地元の堆肥を使う
通常、農家はサイズの大きいものを作ったり、量をたくさん作ったりする方が利益が上がります。そのために多くの農家が、即効性があり、作物の生長をコントロールしやすい化学肥料を使って効率的に栽培を行いますが、肥料に入っている窒素成分は、野菜のえぐみにつながることもあるという中川さん。

幸い、Patch Farmの周辺には畜産農家が多いため、牛や豚の堆肥は無料で入手できるのだそう。ダンプで運んでもらえて、畑に広げておいてくれるというから驚きです。
土壌分析はせず、堆肥で育て、野菜の様子を見て必要なら追肥をするスタイル。こうして育てられたPatch Farmの野菜は、野菜ソムリエサミット(野菜ソムリエによる「野菜・果物とその加工品の品評会」)で何度も金賞を受賞しているほか、2019年には航空機のファーストクラスの料理にも採用されました。
Patch Farmの販路|個人向けの販売が伸びている
4つのプラットフォームを利用
Patch Farmの販売先は、個人・スーパーマーケット・飲食店・マルシェなどのイベント業者の4つ。新型コロナウイルスの影響で、一時は飲食店とイベント業者への販売がなくなりましたが、一方で個人向けの販売が大幅に伸びています。
個人販売のために利用しているプラットフォームが4つあります。一つは自社のホームページ。これは通販で利用するお客様にPatch Farmのことを知ってもらい、安心して購入できるように、開設したものだそうです。このページから定期購入をするお客様もいます。
二つ目は楽天株式会社のフリマアプリ「ラクマ」。妻の倫子さんが、農林水産省の農業女子プロジェクトに参加しており、同プロジェクトとラクマが行っている「Rakutenラクマ×農業女子PJ」という取り組みに参加したという経緯があります。
三つ目は、ポケットマルシェ。発送の伝票が運送会社から送られてくる点と、送料と売り上げが分けられているので会計処理が楽な点が気に入っているそうです。
四つ目は、食べチョク。食べチョクは立ち上げ時から、Patch Farmに参加を呼びかけました。お客様が注文した中身を食べチョクが農家に割り振るコンシェルジュ便というプランがあり、助かっています。

レシピや通信文をつける
露地栽培のPatch Farmの野菜セットには、夏場につるむらさきやモロヘイヤなどが入ります。ほうれん草などの一般的な野菜に比べて、食べ方を知らないお客様もいるはず、と妻の倫子さんがレシピや「Patch通信」という通信文を添えていて、これがとても好評なのだそう。「こうして食べるととてもおいしいよ」という食べ方をお知らせすることで、なじみのない野菜でも好きになってもらえるような工夫をしています。
知っておきたかった「税」と「農機」の知識
計画的に就農した中川さんに、もっと就農前に知っておけばよかったということはありますか?と伺うと、「税務関係や機械修理の知識」との答えが返ってきました。現在、Patch Farmの税務は、倫子さんが会計ソフトに日々入力をして、それを税理士さんに見てもらっています。

農業は作物を育てるだけでなく、経営的な視点も大切だということなのでしょう。
また、農機が壊れたらその日にやると決めていた作業ができなくなるので、農機の調子が悪くなったときに畑で直せる能力があれば仕事が遅れないと実感しているといいます。中川さんは、農機が壊れて修理店に持ち込んだときには、なぜ壊れたのか質問をして修理の様子をじっと見て学び、次に同じことが起きたときには自分で修理をするようにしています。また、チェーンソーや草刈り機を分解して直したり、スプリンクラーを自分で組んだりもするようになりました。

今後の目標|雇用、勝負できる野菜、六次産業化、設備の充実
中川さんは地域での信用を積み重ね、空き農地がでたときに声をかけてもらえるようになりました。農地の面積が広がり、だんだん家族だけでは手が回らなくなってきているため、人を雇うことを検討しています。

また、単品で勝負ができる野菜を増やしていきたいという思いもあります。

いずれは、7割をジャガイモやカボチャ、タマネギなどのメジャーでありながら、ほかの農家との差別化が図れる野菜にして、3割をセット販売用の野菜にしていきたいと考えています。
少し先には、六次産業化に取り組んでみたいという気持ちも。

現在は補助金の利用や借入金もなく、堅実な経営を進めている中川さん。作業場を作るなど設備面でほしいものはあるそうですが、まずは低利の借り入れができるようになる田原市の認定農業者になることを目指して、着実に利益を増やしていきたいと考えているそうです。
農家に転身してよかったこと
中川さんに、転職してよかったですか?と伺うと、「楽しいですよ」と答えてくれました。毎日、天気を見ながら段取りを考え、季節によって植え方や育て方も工夫します。すべて自分で決定し、自分の責任で仕事をする毎日。そこには、「これをやってはいけない」という上司はいません。

また、家族と過ごす時間が作れるようになったことも、農業に転職してよかったことの一つだといいます。

その代わり、完全な休みがとりにくいところが申し訳ないんですけどね、と話す中川さんには、家族への優しさがあふれていました。
農薬を使わない農家を目指して、農薬メーカーに勤めるという逆転の発想。消費者へのセールスポイントは味だと思えば、野菜ソムリエサミットに応募して作物のブランド化を図るなど、中川さんの行動には計画性と柔軟性があり、着実にファンの獲得や売り上げの増加に結び付いています。これからも妻の倫子さんや温かく見守る地域の人々とともに、渥美半島の農業を盛り上げていくことでしょう。



























