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成功者に学ぶ農業ビジネス【第4回】強い信念をもって難題に向き合い、太く甘いネギを極める


新規独立就農から困難を乗り越えビジネスとしての成功をつかみ取った農業経営者の声とその道のりをお伝えする連載「成功者に学ぶ農業ビジネス」。今回は「初代葱師」ねぎびとカンパニー社長の清水寅さんにお話を伺いました。

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n.yokoyama

農業生産現場を活動フィールドとするライター兼フォトグラファー。25年の活動で取材実績は延べ約400件。撮影時は田んぼや畑の中を一眼レフ2台持ちで移動しながら最適なアングルを求めるのが私のスタイルです。…続きを読む

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新規就農者の中でも非農家出身者による新規独立就農は農地取得や開業資金、栽培技術など多くの課題があり、成功へのハードルをクリアするのは簡単ではありません。本シリーズでは新規独立就農から困難を乗り越えビジネスとしての成功をつかみ取った農業経営者の声とその道のりをお伝えします。

シリーズ第4弾となる今回は、山形県天童市で自社ブランド「寅ちゃんねぎ」を生産・販売している清水寅さんです。

ねぎびとカンパニー株式会社
代表取締役 清水 寅さん(41歳)

ねぎびとカンパニー株式会社 清水社長
撮影:横山ナヲト
20代は地元長崎市と東京で金融マンとして7社の関連会社の経営を任され、30歳のとき奥様の実家がある天童市で就農。就農2年目には新規就農者としては最短でネギの栽培面積日本一に。2014年、ネギの生産販売に特化した法人を設立。自社ブランド「寅ちゃんねぎ」は2Lのサイズを中心に年間6万ケースを出荷している。

【会社概要】
・設立:2014年
・生産品目:ネギ、ネギ苗、タマネギ苗
・従業員:約50名(パート含む)
・経営面積:8.5ha
・Webサイト:https://negibito.com/

全ての作業を適期にできるかどうかが大きな差になってくる

果樹園の中にあるねぎびとカンパニーのネギ畑
撮影:横山ナヲト
― 栽培品目としてネギを選択した理由は?

清水:農業を始めるときに3年で日本一になることをめざしていました。当初はサクランボとかラフランスといった話もありましたが、調べてみるとその分野では3年で日本一になることはできない。僕の得意分野って何なんだろうと振り返ってみたときに、人をまとめて何かをすることだと気づきました。そこから農産物の中でも味がわかりにくいものを人を使って大量につくるのが自分には向いていると考えました。

― 最初から雇用ありきの起業ですね。初年度は何人?

清水:7~8人だったと思います。

― 人を集めるのは大変だったのでは?

清水:面接に来た人は全員採用しますという条件でハローワークに求人を出したら結構来ました。やる気があれば採用になるのでハローワークさんとしても斡旋しやすかったのだと思います。

― ネギの栽培技術はどこで習得されたのですか?

清水:この地域のネギづくりの名人のところに毎日通いました。今でもわからないことがあれば聞きに行きます。

― ネギ栽培で難しいことは何ですか?

清水:雑草ですね。最初は師匠に言われる通りにやりました。師匠は絶対に雑草を生やさないので。

― ねぎびとカンパニーさんの圃場も雑草がないですね。

清水:ここに至るまでにものすごく研究しました。いちばんの対策は適期作業です。草だけでなく、育苗、定植、土寄せ、収穫、すべての作業を適期にできるかどうかでものすごく大きな差になってきます。だから一番の技術って何ですか?って聞かれたら、僕は迷わず適期作業と答えます。それができたら本当にいい野菜が穫れると思います。

「畑探しています」のキャンペーンを展開

「畑探しています」の折り込みチラシ
撮影:横山ナヲト
― 農地の取得はどうされましたか?

清水:農地を集めるのは本当に大変でした。初めは耕作放棄地しか回ってこない。JAさん、農業委員会さん、知り合いにとにかく当たって当たって当たって…。田んぼでも耕作放棄地でも植えられるところは植えていました。

― 新規就農1年目(2012年)はどれくらい集まりましたか?

清水:2.7haでした。

― 期間はどのくらいかかりましたか?

清水:天童に来てすぐに始めて1年目の定植が終わるぎりぎりまで探していました。苗はまだあと50a分あるけれど、その畑がない。50aを必死に探しました。探しきれなかったら苗を捨てるしかないので。

― 畑にこだわるようになったのはいつごろから?

清水:4年目か5年目くらいだったと思います。とにかく田んぼではダメだということがわかってきたので。梅雨になると水が溜まって、それがネギにはダメなんです。それで田んぼは全部返して畑一本でつくることにしました。

― 田んぼを全部返しちゃったら農地が足りなくなるじゃないですか。

清水:「畑探しています」の新聞折り込みチラシを地元紙から全国紙まで、このエリア全域に配りました。今でも年2回やっています。当時はスタッフ全員に「畑探しています」のバックプリントTシャツを着せてました。これマジですよ。

― そこまでやりますか。

清水:僕らが畑を探していることを知ってもらうことがまず必要なので。その結果、少しずつ声をかけてもらえるようになりました。

― 天童という土地柄、果樹園からの転用が多いですね。

清水:抜根したりパイプハウスを解体したりと危険で大変な作業がついてきます。その費用も全部当社持ちですが、10aあたりの収支を計算したうえで合うと踏んだので果樹園でやり始めたら、農地をばんばん借りられるようになってきました。

1年目が終わった年明けには運転資金がゼロに

ネギ苗を新たな収入源に
撮影:横山ナヲト
― 開業資金はどうされましたか?

清水:自己資金1,000万と補助金。当初の借り入れは1,500万だったと思います。

― 初期投資はどうされましたか?

清水:まず作業場です。それから皮むき器やコンプレッサ、軽トラなど。作業場はちっちゃいハウスです。トイレと手洗いは近くの公園。水はポリ容器にまとめて汲んできて使っていました。雨が降ったらハウスの中はぐっちゃぐちゃで「こんなところで仕事ができるか!」って怒号が飛び交っていました。

― 開業資金は運転資金も含まれますよね

清水:もちろん。自己資金の1,000万はほぼ運転資金です。人件費のほかに管理機や作業機を買わなければいけないけれど、そのころはJAに出荷していてお金にならない。1年目が終わった年明けにはゼロになりました。

― ゼロになったときはどう思いましたか?

清水:お金をどうやって集めるかだけで頭がいっぱい。元金融マンなりにいろいろ知恵を絞って工面しました。

― 資金が回転するようになってきたのは何年目くらいですか?

清水:3年目くらいですね。それでも春になるとお金がないので冬にお金になりそうなことはいろんなことをやりました。今年は秋植え春穫りのネギをやりましたが、一年で撤退しました。本来うちのネギはみずみずしさが売りなのに、春ネギって堅いんです。これを寅ちゃんねぎとして出すことはできない。

― こうしたチャレンジはこれからも続けていきますか?

清水:はい。今はカネコ種苗さんと提携してネギとタマネギの苗にチャレンジしています。

単価を上げるために太くておいしいネギを追求

ネギ掘りのスペシャリスト
撮影:横山ナヲト
― 今のように太くて大きいサイズのネギをつくるようになったのはなぜですか?

清水:5haでLサイズを30年つくり続けた場合と、2Lを30年つくり続けた場合、シミュレーションした結果、約11億円の差が出ることがわかりました。それなら絶対2Lだって決めたんです。太くするには技術が必要だったのでそこを突き詰めていきました。

― ネギを選んだ元々の理由は味の違いがわかりにくいからということでしたが、品質へのこだわりをもつようになったのはなぜですか?

清水:単価を上げるためにはそうせざるを得なかった。単価を上げてもお客さんがついてくれるには市場にないものをつくらなければならない。市場にあるようなものなら市場で買えばいいのですから。そうなるとおいしいものをつくるしかない。いろいろな有機資材を試しつつ味を追求しました。

― 初めは市場出荷していたのですよね?

清水:初めて出荷したころは価格が暴落していたんです。今となってはそれが良かったと思っています。暴落していたから営業に行ったんです。

― 営業はどこに行きましたか?

清水:まずは地元のそば屋さんラーメン屋さん中華料理屋さん。天童市と山形市間の麺を扱うお店は一軒一軒チラシ1枚もって飛び込みで回りました。

― 成果は?

清水:40~50件くらい。

― かなりの成功体験ですね。

清水:次は地元のスーパーです。電話でアポをとろうとしたら12回切られて、13回目に「おまえしつこいな」って言いながら会ってもらえました。即契約しました。

― そこから先は?

清水:破竹の勢いですね。だいたいの勝手がわかりましたから。バイヤーさんが何を求めているのかとか、いくらで仕入れていくらで売っているとか、そういうことが実際に会ってみて初めて知ることができたので、県外のスーパーにも営業をかけて取引先を増やしました。東京や大阪にも行って大口契約を結びました。

農業は成功と失敗の原因を見つけにくい職業

法人化した際に立てた生産・調整・出荷施設
撮影:横山ナヲト
― 人材育成で重視することはありますか?

清水:その人に向いていること伸びることに適した場所に配置することだと思います。この会社は、僕よりも長けている部分をもっている人たちが集まって力を発揮してくれているから、ちゃんと成り立っているんです。例えばネギ掘りの人たち。筋肉の付き方や歩き方、責任感も含めて僕は勝てない。ここの敷地や建物が全部できたことが成功というならば、それは僕以外の人がつくったものだと言い切れます。

― 農業経営の魅力ってどこにありますか?

清水:栽培の魅力であれば言いたいことはたくさん出てくるのですが、経営となるとあまり思い浮かぶことがない。言葉に詰まってしまうんです。すっと出てこないということは、僕が魅力を語れるほど成功していないのでしょう。今の自分には経営者として苦しいところしか思い浮かばない。でも苦しみを伴わないとその先に行けないということも自分なりにわかっています。

― これから農業を志す人、思い通りにいっていない人たちにアドバイスをいただけますか。

清水:二つあります。一つは単価を上げることのできる売り先を見つけることです。現状10aあたりの売上が50万だったとします。経費率が50%だとしたら原価は25万。原価を少し減らして20万でつくったとすると利益は30万になります。でも売り先を変えることで売上が100万になったら、原価はそのままで75万の利益になる。これを経営面積で考えるとものすごい差になるということの重要さに気づいてください。

― もう一つは?

清水:農業は成功と失敗の原因をとても見つけにくい職業です。なぜ良かったのか、なぜ悪かったのか、明確に答えられる人は少ない。農業は一年に一回しかできないことなのでどうしても成長効率が悪い。何が悪かったかもわからないまま翌年を迎えることになります。卵焼きは失敗してもすぐに次のを焼けるけれど、農業は次の年になっちゃう。困ったときや作物がダメだったときはいろんな人に聞きに行ってほしい。他県の農場を見に行ってほしい。必ず答えを知っている人がいます。何で自分が失敗したのかを追求していかないと成長することはできません。この2点は強く言いたいです。

テレビ番組出演をはじめ各種メディアへの露出が多く派手な側面に注目が集まりがちな清水さんですが、実際にお目にかかってお話を伺うと少しイメージが異なります。その素顔は強い信念をもって生産技術を追求するストイックな農業生産者であり、さまざまな難題に苦悩しながら向き合う生真面目な農業経営者でした。

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