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成功者に学ぶ農業ビジネス【第1回】周到な準備のもとに進めたIT業界からの転身

新規独立就農から困難を乗り越えビジネスとしての成功をつかみ取った農業経営者の声とその道のりをお伝えする連載「成功者に学ぶ農業ビジネス」。第一弾となる今回は、静岡県菊川市の農業経営者、株式会社ソイルパッションの代表・深川知久さんにお話を伺いました。


新規就農者の中でも非農家出身者による新規独立就農は農地取得や開業資金、栽培技術など多くの課題があり、成功へのハードルをクリアするのは簡単ではありません。就農約10年以内の新規参入者のうち生計が成り立っているのは約25%という統計もあります(「新規就農者の就農実態に関する調査結果-平成28年度-」より)。本シリーズでは新規独立就農から困難を乗り越えビジネスとしての成功をつかみ取った農業経営者の声とその道のりをお伝えしていきます。

シリーズ第1弾となる今回は、静岡県菊川市の農業経営者、深川知久さんにお話を伺いました。

株式会社ソイルパッション
代表取締役社長 深川 知久さん(43歳)

北海道大学農学部、大学院からNEC(日本電気株式会社) を経て新規独立就農。IT業界から農業へフィールドを移した理系男子は、株式会社野菜くらぶ(以下「野菜くらぶ」)独立支援プログラムでの研修をはじめとした周到な準備を重ね、作付面積6ha、スタッフ5名での船出となりました。開業から12年、作付面積で7倍以上の成長を遂げた経営者は次を見据え、企業体質の転換を模索しています。

【会社概要】
■設立:2009年
■生産品目:レタス類20ha、ブロッコリー11ha、枝豆12ha、ブルーベリー(ハウス)30a
■従業員:社員4名、技能実習生(タイ)8名、アルバイト8名
■売上:1億6千万円(2020年度)

ITエリートから農業経営者へ

― 大学は農学部なんですね。

深川:環境問題を学びたくて森林科学科に進みたかったのですが、希望がかなわず、流れ流れてたどり着いたのが農業工学でした。「下町ロケット」のモデルにもなったロボットトラクタの研究室です。私の研究はロボットではなく、産業用無人ヘリコプタの下にカメラをつけて圃場センシングをするというものでしたが、まだ研究のための研究という段階でした。もう少し実社会に落とし込めるようにかみ砕くことができないかなと思っているところに「それならうちでやってみないか」と誘ってくれたのがNECでした。

― 野菜くらぶとの出会いは?

深川:JAとNEC、IBMの三者でITの共同研究をやっているところに野菜くらぶ(群馬県昭和村)の澤浦彰治社長が講演にいらして、そのときのお話が面白かったので名刺交換したのが最初です。当時、私は大規模なトレーサビリティシステムを構築する目的で動いていて、生産から消費まで一連の流れの中で生産の部分について野菜くらぶにご協力いただけないかなと最初は営業として昭和村に伺いました。

― そこで農業との接点が生まれた。

深川:そのとき澤浦社長から「農業をやってみれば」と勧められました。本気で農業をやろうと考えるようになったのはそれから1年後。さらにそこから会深川:社を辞めるまでに1~2年かかりました。抱えていたプロジェクトがいくつもあったので、それらが一段落するまではということで。

― 大企業を辞めるのは大きな決断だったのでは?

安定していて仕事のやりがいもありましたが、私の場合、都会に疲れ始めていたんです(勤務先は東京都港区)。実家は富山県滑川市、田んぼに囲まれた田舎なので。

野菜くらぶ独立支援プログラムの研修で就農準備

― NECを退職してすぐに野菜くらぶ独立支援プログラムの研修を受けたのですか?

深川:はい。独立支援プログラムの5期生として群馬県と静岡県の生産者のところで栽培技術などをみっちり勉強させていただきました。研修しながら農地の借り入れなど独立の準備も進めました。

― 研修時から露地野菜のイメージだったのですか?

深川:もともと野菜くらぶからレタスをつくってほしいという要望があったので。初期投資のことを考えると、ハウスは怖いなという意識もありました。

― 富山県のご出身ですよね。なぜ静岡で?

深川:野菜くらぶのある群馬県昭和村が夏の産地なので、冬の産地をつくる目的で私の独立は静岡でということでした。

― 静岡県の中でもなぜ菊川?

深川:土地が借りられそうなのが菊川だった。いろいろ経緯はあったみたいですけれど、野菜くらぶの先輩方が素地をつくってくれていたおかげで農地の取得はスムーズに進みました。

― それで初年度から6haの経営が可能だったのですね。

深川:当時はお茶も米も産地としてまだ元気だったので、独力では難しかったと思います。ただ、レタスは田んぼの裏作なので、農地を借りるというよりも米をつくっている方に裏でつくらせてもらうという感じ。通年で借りるわけではなく、交渉相手は地主さんよりも耕作者。その点では話がしやすかったと思います。初年度の6haもほとんどが田んぼの裏。通年で借りていたのは1haだけでした。

初年度から社員・パート合わせて5名を雇用

株式会社ソイルパッション代表 深川知久さん
撮影:横山ナヲト
― 開業資金はどうされましたか?

深川:野菜くらぶが150万出資、自己資金150万で資本金は300万円。借入は政策金融公庫から1,200万円。合わせて1,500万円の開業資金でした。

― 初期投資の使い道は?

深川:トラクタやトラックなどの機械装備に加えて、うちの場合、冬レタスがメインなので最も大きかったのがトンネル資材です。700~800万くらいかかりました。

― トラクタとトラックは中古ですね?

深川:当然中古です。今でも全部中古です。

― 初年度からスタッフを雇用していますね。

深川:社員3名、パート2名、合わせて5名でスタートしました。

― 初年度といえども6haやろうとするとこれくらいの人数は必要になりますね。採用はどうされたのですか?

深川:ハローワークなど一般的なルートで。

― 普通の求人活動ですね。ここは野菜クラブのサポートはなかったのですか?

深川:ないですね。

― 人件費も1,500万の中からですか?

深川:1,500万のうち運転資金が500万くらいでした。

― 社名の由来は?

深川:「土(ソイル)作りに情熱(パッション)を持って農業をやっていこう」という思いを込めました。

自分の得意分野で成功をめざす

― 契約栽培が経営の柱になっているのですね。

深川:基本的に野菜くらぶが取ってきてくれた契約に則って栽培しているので、価格の上下に翻弄されない強みがあります。ちゃんとした物をつくればちゃんと売れる。自分が営業回りすることはありません。餅は餅屋ということだと思います。

― 作目と面積はどのような基準で決定していますか?

深川:その年の経営規模と経営指数、売れる売れないの判断などで毎年変えています。

― その結果として現在の作目になっているのですね。

深川:得意不得意もあります。自分の性格上、ナスやキュウリのような生り物が得意ではない。毎日変化のない畑に行くのが苦痛なんです。逆に作物が生長して畑がどんどん変化していくのが好き。枝豆は生り物かもしれないけれど穫ったらゴールなので。

― 自分の得意不得意の見極めは重要ですね。深川さんはどんなタイミングでわかったのですか?

深川:実際に作ってみて。やってみないとわからないです。

― 新規参入者の場合、最初に不得意の方に行ってしまうとそこがつまずきの原因になるのでは?

深川:設備投資の小さい露地野菜なら引き返すのは容易なので、何とでもなると思います。施設に投資した後に「あれ?」ってなると厳しいかもしれません。

新規参入に必要なものは根性と自己資金

― 農業経営者になろうと決意したときの将来像と現状を比べてどうですか?

深川:思いのほかちゃんと食べることができているなと思っています。

― 農業で食べていけると手応えを感じたのは何年目ですか?

深川:結婚しても大丈夫だなと思ったのは3年目か4年目くらいだったと思います。

― やめようと思ったことはないですか?

深川:何度もあります。わりとメンタル弱いので。思ったようにつくれないとき、物が悪くてお客様の信頼を失ったとき…、自問自答することはけっこうあります。

― 経営することの魅力とは何ですか?

深川:良くも悪くも自由。自分の決めたことが全てなので、全て自分で責任を負わなければいけない、また、負うことができるところです。

― 天候など農業ならではのリスクもありますよね。

深川:業種によっては為替リスクがあったり、流行や廃りがあったり、それぞれにリスクを抱えて企業経営をしている。農業の場合はそれが天候なのであって、我々はそこに対してリスクヘッジしていくだけ。独立するときの事業計画でしっかりリスクの部分を加味しておかないと経営が成り立たなくなることがあります。何もなければもうけものくらいに思っていてちょうどいい。

― これから新規参入をめざす人に必要なものは何ですか?

深川:根性と自己資金。自己資金がないと不安でつぶされちゃうので、ちゃんと用意してからやりましょう。

― 農業経営者として12年、ここまで順風満帆のように見えますが、現在の経営についてどのように自己評価しますか?

深川:今が一番どん底だと思っています。今までは時代の流れに乗っていけいけどんどんで面積を拡大してきたけれど、品質や歩留まりの部分をもっとしっかりと突き詰めていかないと会社は立ちゆかなくなるという危機感をもっています。黒字のうちに経営の体質と方向性を変えていきたい。そのためにはまず自分が変わらなければいけない。立ち止まっていろいろなところで見直しをかけているところです。

今回の取材も受けるかどうかすごく悩んだと話してくださった深川さん。状況に応じて経営体質を変えていく意識は、農業に限らずどのような企業・組織にも求められることですが、やろうとしてもなかなかできないもの。それを深川さんはやろうとしている。AGRI PICKとしてはむしろこのようなタイミングにお話が聞けて良かったと思っています。
この企画を通じて経営者の方々が真剣に農業に向き合っている姿勢を読者の皆さんに伝えていきたいと考えています。

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n.yokoyama

農業生産現場を活動フィールドとするライター兼フォトグラファー。25年の活動で取材実績は延べ約400件。撮影時は田んぼや畑の中を一眼レフ2台持ちで移動しながら最適なアングルを求めるのが私のスタイルです。

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