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今回は25年間のサラリーマン生活にピリオドを打ち、新潟市で水稲や果樹、野菜を栽培している渡辺隆さんにお話を伺いました。
渡辺隆さんプロフィール
新潟市北区(旧:豊栄市)生まれ。農家の長男として、幼少時代から親が農作業をする姿を見て農業高校に進学。農業実習を通して、つくる喜びと売る喜びを感じる。
より知識を深めるため新潟大学農学部に進学。在学中の他業種のアルバイト経験から農業の体力的な厳しさと不安定な収入を改めて痛感。
金融機関に就職し、農業融資や企業融資、有価証券運用等の業務を経験。農業の厳しい経営状況やリスク管理の重要性について学ぶ。
2018年、父親が80歳になることを契機に家業の農業を継ぐ。父・姉と共に農業に従事。
農園名 | 渡辺農園 |
所在地 | 新潟市北区 |
栽培面積 | 656a(田627a、畑14a、果樹7a、ハウス8a) |
栽培品目 | 水稲(3品種)、 果樹(梨、キウイフルーツ、いちじく、シャインマスカット) 野菜(ミニトマト、小松菜、オータムポエムなど) |
販路 | 米は農協、野菜と果樹は直売所(3カ所)、直接販売 |
家族構成 | 妻と息子二人 |
従業員数 | なし |
農家の長男として、親の高齢化に直面
農業に不安を感じ25年間のサラリーマン生活
渡辺さんは、農家の長男として生まれました。小さいころから農業を営む親の姿を見て、将来は、自分も農業をやらなくてはいけないだろうと思うとともに、家族の期待も感じていたといいます。しかし、大学生になってアルバイトなどを経験してみると、農業の厳しさや収入の不安定さを身に染みて感じるようになりました。また、敷かれた路線に対する反発もあって、金融機関へ就職する道を選択。在職中は、農業融資、企業融資、有価証券運用、地域JAの経営指導などの仕事をしました。25年続けたサラリーマン生活。会社での立場が上がる中、中間管理職として難しい場面に遭遇したり、やりたいことができない状況が増えてきていました。一方、その間に親は高齢となり、このままでは耕作できない田畑が増えるのではないかという懸念が生じてきました。
渡辺 隆さん
何も植えられていない畑に寂しさを感じるようになりました。組織の中では自分の代わりをできる人がいるけれど、家業の代わりをできる人は自分以外にいない。自分の存在意義を考えて就農しました。
就農に家族は心配
安定した金融機関を辞めることに、家族は不安を感じることがあっただろうと渡辺さんはいいます。渡辺 隆さん
妻は表立っては反対しませんでしたが、心のなかではかなり心配だったと思います。特に次男の大学入学が決まったタイミングだったので、これからお金がかかるのに本当に大丈夫なのかと。次男は本当に大学に行っていいのかと心配していたようです。
初期費用や栽培技術の習得方法は?
コストが大きいのは水稲
親元就農のため、大きな初期費用を用意する必要はありませんでした。コストの多くは水稲のもの。種もみが10万円ぐらいなのに対し、野菜の種は数千円。田んぼに水を引くために、土地改良費として年間75万円程度の支払いがありますが、畑は井戸があるためポンプで畑に水を撒くことができ、燃料費は数千円。その他に肥料費、農薬費なども畑の数倍から10倍以上のコストがかかります。水稲は田植え機、トラクター、稲刈り機、乾燥機などが必要で、すべて購入すれば一千万円以上必要となります。そのほかにも動力散布器などの管理に必要な機械や機械の収納庫なども必要となるため、初期投資は高額になる傾向にあります。親元ではなく水稲で新規就農していたら、ハードルが高かったと思います、と渡辺さん。
県の研修に参加、本やインターネットも参考に
就農にあたり、渡辺さんは県が行う研修に参加。特に参考になったのは、農業機械の操作方法でした。栽培方法は、本やインターネットで積極的に調べています。渡辺 隆さん
図書館で、自分が育てている品目の栽培方法が載っている本を複数借りてを調べることが多いです。また、病害虫など、困ったことがあったらその都度インターネットで調べています。
また、何かあったときに渡辺さんが頼りにしているのが、農協の営農センターのセンター長。渡辺さんの同級生で、相談にのってもらうことがあるそうです。
親元就農の難しさも痛感
時にはケンカになることも
親元での就農なので、お父様からいろいろなことを教えてもらえるのでは?と伺うと…。渡辺 隆さん
父に聞くこともありますが、あまり明確な答えはもらえないですね。父は中学を卒業してすぐ就農しているので、農業は自分で学ぶべきものだと思っているようですし、教え方がわからないのかもしれません。私も、農業は経験しないとわからないことが多いので、失敗しながらやっていこうと思っています。
親の立ち位置をどうするかというところに一番悩みを感じると渡辺さん。親をないがしろにもできないし、就農する前の手伝っていたときのように親の言いなりにもなりたくないという気持ちもあります。親子で作業をしていると、時には言い合いになることも…。
渡辺 隆さん
例えば、新しい作物を作ろうとすると頭ごなしに否定されたり、そんなことをしてもだめだとかこうやればいいんだ、といわれてケンカになることもありました。最近は作業の役割分担を明確にすることや、まず自分でやってみてから報告して、必要なときにはアドバイスを求めるようにしています。
就農1年目|慣れない農作業の中で悩む日々
農作業は辛い、収益性が低いと実感する
就農して1年目に抱いた印象について伺うと「本当に農業は儲からないと感じた」と渡辺さん。サラリーマン時代に毎月もらっていた給料分をどうやったら稼げるのかという答えは今も出ていないといいます。渡辺 隆さん
最初は、明確な経営ビジョンを持っていたわけではなく、親のやることを見て、とにかく一緒に作業をしようと思っていました。でも、こんなに暑くて重くてきついのに、なぜこんなに収益性が低いのかというのは感じました。
親のそばでずっと見てきたはずなのに、農作業が毎日続くとやはり辛く、なぜ自分は農業を続けているのだろうと思う日々。一方、米、果樹、野菜を少しずつ作る非効率ともいえるスタイルで、父が三人の子どもを育て上げたという事実がいつも頭の中にありました。渡辺さんはこのような農業を続けた方がいいのか、あるいは大規模化した方がいいのか、自問自答を繰り返しました。
就農2年目|経営ビジョンやマニュアルの策定に取り組む
農業経営塾に参加して、経営ビジョンが固まる
就農2年目のとき、渡辺さんは新潟県の農業経営塾に参加します。経営塾では、将来のビジョンを作ったり、農業で何を実現したいのか考えたりする時間ができました。さまざまな課題を整理する経験をしたことで、分散した栽培品目をより充実させ小さくてもマルシェのような経営をして、人々の食卓を豊かにするという経営ビジョンにたどり着きました。渡辺 隆さん
農業経営塾で経営理念やビジョンを整理できたことを本当に感謝しています。今でも、暑いハウスの中で作業をしていて、何でこんな辛いことをしているんだという気持ちになったときに、経営理念が心の支えになっているんです。お客様においしいっていってもらえるために頑張るんだ、というところに立ち返れます。
新潟県版農業経営塾
作業のマニュアル化と農地の有効化に着手
また、渡辺さんは作業のマニュアル化と農地の有効化に取り組みました。親元就農とはいえ、これまでの経験と勘がある親からは、作業手順や作業が必要な理由など細かいことを教わることはなく、文書があるわけでもありませんでした。栽培方法がよくわからなくて困った経験から、渡辺さんは自らマニュアルを作成し、作業ごとに必要な資材や設置方法などを少しずつ書き足しています。
渡辺 隆さん
マニュアルの作成は、自分のためでもありますし、農業を辞めざるを得なくなったときや作物の栽培を誰かにお願いしなくてはならないときのためにも役立つと思っています。
稲作などで1年に1度しかない作業は、次の作業は翌年にならないとできません。作業方法を記録しておくことは、来年の自分にとっても貴重な資料となるのでしょう。
また、無耕作農地の有効利用を目指し、栽培品目の拡大や見直しを行うとともに、土耕養液栽培を導入しました。
就農3年目|農業経営への思いの変化
自分の商品が全部売れたときに思うこと
農業を始めて間もないころ、渡辺さんは自分の作物を500円で売りたいと思っても、周りが同じものを300円で売っていれば、近い値段にしないと買ってもらえないことに悔しさを感じていました。でも、最近は考え方が変わり、別の悔しい思いができたといいます。渡辺 隆さん
以前は直売所で自分の商品が全部売れたら、ただ喜んでいました。でも、最近は申し訳ないと思うようになったんです。おいしいといって買ってくれる人がいて、商品がなくなったということは、足りないのではないか。例えば100個あれば、みんなに渡すことができたのではないかと。その人たちに商品を届けられなかったということは、自分が目標とする食卓を豊かにするというビジョンが達成できていないのではないかと考えるようになりました。
自然災害は想定内
一方、自然災害などによる被害については覚悟ができている、と渡辺さん。渡辺 隆さん
農業は自然とともに営むもの。災害で作物に被害を受けることについては想定内だし、そこを悔やむなら農業を続けることはできないと思います。小さいときから、台風で梨が落ちて、それを拾って処分をしていた親の寂しそうな姿を見ていたから慣れている部分もあるのかもしれないですね。
自然災害が発生することも考えて栽培品目は分散しています。自然災害や病害虫の発生などで作物が収穫できないことがあっても、それは自分の管理が悪いことに理由があると考えるといいます。
これから目指したいビジョン
経営理念を胸に目指す目標
渡辺さんの経営理念は、「『食』を通して、生活者に豊かな食生活と笑顔を届ける」。この経営理念を胸に、旬の農産物を生活者の食卓に届けて、感動を共有したいと考えています。そのためには、米・果樹・野菜の栽培を基に、安定した経営をしていく必要があるため、栽培品目の割合の見直しや顧客数を増やすという目標を掲げています。渡辺 隆さん
現状の経営では、稲作が売上げの約80%で、直接取引する顧客数が約20名ですが、市場価格の変動の影響を大きく受けるという課題があります。そのため、2023年までに部門別売上割合=米6:果樹2:野菜2にし、顧客数を50名にするという目標を掲げています。目標が達成できれば、天候リスク・価格変動リスクを最小限に抑え、一年を通して、生活者に健康で豊かな食生活と笑顔を届けることができると考えています。
目標の達成には、作業量の増加や栽培技術の習得、栽培面積の拡大などの課題もありますが、目標に一歩でも近づけるように努力は続いていきます。
新規就農を目指す人に伝えたいこと
農業は自由、現実の厳しさを覚悟すればやりがいも
これから新規就農をする人へのアドバイスを伺うと、次のことを話してくれました。渡辺 隆さん
農業は楽しいけれど厳しいですね。サラリーマンから農業に転身する人は、夢を抱いて入ってくると思います。確かに、農業って本当に自由で、何を作ってもいいし、自分のやりたいようにいくらでもできるし、うまくいけば消費者に喜んでもらえるのですが、自然が相手なので、非常に厳しいし、残酷な部分もあります。でも現実の農業の厳しさを覚悟してやれば、やりがいもあって楽しいものだと思います。
サラリーマン時代に農業融資や不良債権処理の経験もあり、農業経営の厳しさについてはよく知っていたにもかかわらず、自分の存在意義を感じて実家の農業を継いだ渡辺さん。親元就農で恵まれている部分もあれば、親元就農だからこその苦労もあるのでしょう。それでも、農業は自然とともに営むものだとしっかりと納得している強さは、子どものころから働いている両親の姿を見て育まれたものなのかもしれません。自身が学んで築いた経営理念や栽培方法を基に、渡辺さんの農場がどこまで発展を遂げていくのか楽しみです。