1種とは、日本語で1世代交配(Filial 1 hybrid)のことで、一代雑種、ハイブリット種とも表現されます。「両親の形質のうち次に生まれた一世代には顕性(優性)遺伝子だけが発現する」という特徴を持ちます。
F1種の現状について、種子の販売を行う「株式会社グリーンフィールドプロジェクト」代表取締役・松崎英(ひで)氏に詳しいお話を伺いました。
F1種を栽培するメリットと固定種との違い
農産物の種子には、大きく分けてF1種、固定種、在来種の3種があります。F1種とは、後述する「顕性(優性)の法則」によって一世代目には一定の形質だけが発現するように、形質の異なる種子を交配して作った種子のことです。F1種と固定種(在来種)の違いや作り方は?
固定種は代々同じ形質が受け継がれている種で、野菜の味や形など遺伝する形質が固定されているのが特徴です。古くから栽培されてきた在来種も、形質が固定された固定種といえます。固定種には、自然淘汰によって生まれた種子と、人間が求める形質を持つ作物にするために人為的に選抜を行って生まれた種子の2種類があります。松崎氏「交配によって生まれたF1種も、人が選抜を行い形質を固定させた固定種も、人間が作り上げたという点では共通しています。自然淘汰によって生まれた固定種や、自然栽培を行う農家が独自に育て採種した自家採種固定種のイメージが強いためか、”固定種=自然”という印象を持つ方も多いようです。」
F1種と固定種それぞれのメリット・デメリット
異なる特徴を持つF1種と固定種。種子の特徴の違いは、農家から見たメリットとデメリットにも表れています。F1種のメリット・デメリット
F1種のメリット | ・発芽・生育・収穫がすべて同時期になるため栽培スケジュールが立てやすい ・常に改良されており、特定の病気に強い ・味や形が均一で市場に出荷しやすい ・形質が同じなので大量生産しやすい ・雑種強勢で収量の増加が期待できる |
F1種のデメリット | ・二世代目からは形質にばらつきが出てしまう ・毎年種苗会社から種子を購入する必要がある |
松崎氏「F1種のメリットは、発芽や育成にばらつきが生じず、栽培管理がしやすい点にあります。収穫も同時期になることから、販売計画も立てやすく、慣行栽培を行う農家には大変扱いやすい種子です。
また、見た目や味といった形質にも差が表れないことから、一定の規格内で大量に出荷できるのもメリットです。」
固定種のメリット・デメリット
固定種のメリット | ・種子を自家採取して循環型の農業を実践できる ・味や形に特徴があり、野菜本来の味わいを持つ ・F1種に比べて発芽や生育にばらつきがあるため、長く収穫を楽しめる |
固定種のデメリット | ・生育にばらつきがあるため栽培に手間がかかる |
どちらの種が向いているのかは農家それぞれ
松崎氏「F1種と固定種、どちらがよくてどちらが悪いということではなく、それぞれの持つ特徴を知って、自分の農業に必要な種を選択していくことが大切だと考えます。
同じ品種の野菜を広い圃場で一度に栽培するのならF1種が、家族に必要な分だけを収穫したい家庭菜園なら、一つの品種でも長い期間収穫を楽しめる固定種が向いているでしょう。」
メンデルの顕性(優性)の法則の意味とF1種の安全性
F1種の最大の特徴は、生育が早く均一な作物が育つ点にあります。これはメンデルの「顕性(優性)の法則」によるものです。顕性(優性)の法則でF1種の第一世代には潜性(劣性)形質が現れない
学生の頃、理科の授業で習った「メンデルの法則」と「顕性(優性)の法則」。メンデルがエンドウで行った実験では、丸い種子の純系と、しわの種子の純系を掛け合わせてできた子は、すべて丸い種子になりました。このように、対立する形質を持つ純系同士を掛け合わせると、子にはどちらか一方の顕性(優性)形質だけが現れます。エンドウの場合は、丸い種子が顕性(優性)形質を持っていたということです。
松崎氏「F1種は、異なる性質を持つ両親それぞれを限りなく純系に近づけて、それを交配させて作ります。『同じ性質を持つものをかけ合わせていくと特異な形質が出やすくなる』という話は人間にもありますが、種子も同じです。『ここまでくるともう次は特異な形質しかでなくなる』というぐらいまで純系に近づけた種子同士を交配させると、とてもいいF1種ができあがります。」
注)日本遺伝学会では、遺伝用語の改訂を提案しており、「優性」を「顕性」、「劣性」を「潜性」にするなど、いくつかの用語が変更される見通しです。F2世代(2代目)以降、形質がそろわないのは欠点ではない
しかし、F1種から採種したF2世代からは潜性(劣性)の形質も現れるため、F1種子のように形がそろいません。さらに代を重ねていくと、どんどん形質はバラバラになっていきます。松崎氏「F1種は”形質の異なる純系を掛け合わせると必ず同じ形質の子が現れる”顕性(優性)の法則を利用して、農産物の大量生産・大量流通を可能にしています。例えば、スーパーにある大根。同じような色形の大根が商品として陳列されているそのほとんどがF1種です。
F1種はもう一つの性質である”2世代目から形質がそろわなくなってしまうためF1種からは種が採れない”という特徴から、F1種があたかも不自然であるかのような話が出ることもありますが、F1種から種が全く採れないわけではありませんし、『生まれた子どもの性質が同じではない』というのはごく自然なことなのではないでしょうか。
さらにいえば、F1種を選抜していき固定種を作ることも可能です。さまざまな遺伝情報が集まるF1種子の2世代目以降の種を選抜していけば、また新しい形質を持った野菜が誕生するかもしれません。」
ただし、種苗法で自家増殖(採取)は制限されている
F1種の種子を栽培して選抜を繰り返せば、新しい固定種を作ることもできるとのこと。ただし、現在の種苗法では、農家の自家増殖(採取)に制限が設けられており、育成権者が定められた登録品種については自家増殖(採取)が禁止されています。ヨーロッパでは有機のF1種も種取りされている
野菜に有機栽培があるように、種子にも有機のものと有機ではないものがあるのをご存知でしょうか。松崎氏が代表を務める株式会社グリーンフィールドプロジェクトでは、有機種子も販売しています。松崎氏「ヨーロッパでは、『有機の作物を作るのなら、種も有機であるべき』という概念があるため、有機種子は日本よりも一般的で多くの農家が利用しています。さらに、有機栽培でも大量生産したい農家も多く、その流れの中で有機F1種子が普及した背景があります。」
国内ではほとんど生産されていない有機F1種子
松崎氏「日本では、有機栽培・自然栽培というと多品目少量栽培が主流で、有機栽培で大量生産をしようとする考え方自体がほとんどありません。
現状では、当社が取り扱う有機F1種子は輸入品のみです。国内では大学などが開発に取り組んでいますが、普及はしていません。その理由の一つに、採種のための栽培にかかる期間がとても長いことが挙げられます。栽培の期間が長くなることで、病気のリスクも高まり、有機で栽培するのはとても難しいのです。
しかし今後、”持続可能な農業”を追い求める中で、環境に負荷をかけない有機栽培での大量生産を可能にする有機F1種子が国内でも認知されていくのではないでしょうか。」