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- Miyuki Tateuchi
アメリカのミシガン州に居住中。海外の農業情報や普段の生活を通して感じた食農トピックを紹介します。祖父が農家だった影響もあり、四季折々の「旬」を大切にしたいと思っています。…続きを読む
そもそもアグリテックとは?
国連の報告書では、2050年に世界の人口は100億人を超えると予測されています。その一方で、農業生産者の減少・高齢化は世界的な課題。人口爆発に伴う食料危機が心配される中で、農業生産の効率化は避けては通れない道なのです。
そこで期待されるのが、新技術を持つスタートアップ企業。キーとなる技術は、センサーやカメラによるデータ取得、IoT、画像解析、AI、機械学習、ドローン、ロボティクス、ゲノム編集などです。
アグリテックの実際
日本におけるアグリテック
日本では、農林水産省による「スマート農業加速化実証プロジェクト」が2019年度(令和元年)よりスタート。「世界トップレベルのスマート農業の実現」を目指し、「⽣産から出荷まで一貫して」という点と「現場での速やかな普及」を重視したプロジェクトを公募しました。初年度では約70のプロジェクトが採択され、日本全国でさまざまな品目の農産物での実証が進められています。世界では
世界でも、アグリテックはホットな話題です。食の新技術まで含めたアグリ・フードテックでの2019年のベンチャーキャピタル投資額は約200億ドルとなっており、2012年比で6倍の伸びとなっています(参考:AgFunder Agri-FoodTech Investing Report)。食は人間にとって不可欠のテーマであり、投資家からの期待も大きいのです。人材面でも、「最先端の技術を農業に活用したい」という気概ある人材が新たに農業界に参入しています。
農業ロボットが活躍する場面
今はまだ研究段階のものも多いですが、既に実用化されているロボットもあります。
1. 収穫
野菜や果物には旬があるため、収穫時期が集中します。ロボットはその人手不足を補うだけでなく、収穫にベストなタイミングを判断する熟練スキルも備えています。2. 除草
広い圃場の除草作業をより短時間で効率的に進めます。ロボットの活用により、除草剤などの費用削減効果も期待されています。3. データ収集
「ビッグデータ」が重要になる時代、基礎データの収集は不可欠です。ロボットがあれば、作物の生育状況も1本ずつ、定期的に観察することが可能です。そのほかにも、種まきや土壌サンプルの採取をするなど、さまざまなタイプのロボットがあります。広義では、自動運転のトラクターや全自動の植物工場、農薬散布や空撮用ドローンを含める場合もあります。ロボットの活用により「機械化」から更に一歩進んだ、新しい農業が可能になるのです。
ここからは実際に各分野で注目されるロボットを見ていきましょう。米国企業3社と日本企業1社を紹介します。
世界のアグリテックベンチャーのロボティックス技術
ここからは実際に各分野で注目されるロボットを見ていきましょう。米国企業3社と日本企業1社を紹介します。
世界初の商用リンゴ収穫ロボット Abundant Robotics
「世界初の商用リンゴ収穫ロボット」をうたっている Abundant Robotics社。2016年に設立されたアメリカの会社ですが、既にニュージーランドの農園で実用化しています。その高い技術力には日本企業も注目しており、ヤマハ発動機やクボタも出資しています。同社のロボットの収穫方法は「吸引式」。レーザー光を用いるセンサー「LiDAR(ライダー)」を使って、機械がリンゴの木が並ぶ列の間を進み、マシンビジョンによって果実のイメージをとらえた後、バキュームチューブを使ってデリケートなリンゴの実を木から吸い取ります。リンゴの色から収穫適期の熟したリンゴを判断する技術は随一で、リンゴの品種に応じて調整も可能です。
アメリカでは既にリンゴのほか、オレンジ、ベリー類でも一部の果実の収穫が機械で行われていますが、従来の方法は「振動型」でした。果樹の幹を振動させ、落ちてきた果実を回収するので、果実に擦れや傷がつきやすく、主に加工用果物が対象でした。果実へのダメージを最小限におさえる収穫機の登場により、新たな道が開けたのです。
同社のロボット利用には、果樹園の設計変更が求められる場合もあります。本来、リンゴの木には枝や葉が生い茂っていますが、機械による効率的な収穫のためには、背丈が低く平面的な木が向いています。果実用の収穫ロボットについては、日本でも農研機構を中心としたグループが取り組んでおり、2025年までに市販化を目指しています。
除草技術で有名 Blue River Technology
農業ベンチャーの先駆け的存在であるBlue River Technology社。2011年創業の同社は、2017年に農業機械最大手のDeere & Companyに3億ドル強(330億円)で買収され、成功例として取り上げられることも多い企業です。同社の最初の製品は、個々のレタスの発育状況を観察して必要な場所にだけ除草剤を散布・間引きをするLettuce Bot。公表データによると、2017年時点で、「米国のレタス農場の約1割が同社のロボットを利用している」ということです。
ここでは、See & Sprayというピンポイント散布技術が用いられています。画像認識技術とロボティクス、機械学習を組み合わせたものであり、トラクタに牽引されたシステムが作物と雑草のわずかな違いを見分け、除草剤を噴射します。駆除が必要な雑草だけに噴射するため、除草剤の散布を従来の10分の1程度に減らし、除草剤に耐性のある雑草の増加抑止にもつながる効果があるとしています。
この技術は肥料散布にも活用可能ということで、環境に優しいだけでなく、農家の費用削減の面でも期待が持てます。多彩なDeere社の製品に、同社の機械学習の技術がどのように組み込まれ、花開いていくか、今後の展開が楽しみです。
小型ロボットでデータ収集 EarthSense
ラジコンのような車両が作物と作物の間を走行。「いったい何をしているの?」と思わず目を疑ってしまうほどのサイズ(横幅は30.5cm)ですが、このロボットは植物のデータを収集しています。しかも、GPS を利用した自動走行のため、人間による運転やリモコン操作が必要ありません。その名はTerraSentia。一番の強みは、地面に近い距離から葉から下の様子が捉えられること。これは、上空から画像を撮影する衛星やドローンでは捉えきれない部分です。機体には高解像度カメラ、LiDARを含む各センサーが搭載されており、植物1本ずつの茎の太さや全長、葉面積指数(LAI)などの生育状態を計測・記録することができます。
また、データを取得するだけでなく、AIによるソフトウェアも技術の肝です。マシンビジョンや機械学習に基づいた分析により、データの精度は回を重ねる毎に上がっていき、利用者が次のアクションを取るのに役立つ情報となります。
現在、試験的に導入されている作物は、トウモロコシ、大豆、小麦など。ほかにも野菜や果樹園での事例もあり、作物や圃場特性に応じてカスタマイズが可能です。今はまだ研究段階のロボットですが、農学研究者のほか、収量向上をめざす種苗会社や資材メーカーとも共同で研究が進められています。また、作物の病気や肥料不足を早期に発見することが可能。農家にとっても、圃場をくまなく調査してくれるTerraSentiaは、頼りになるパートナーです。
日本での農業ロボット注目企業
ビジネスモデルとしても面白い inaho
農家が新技術を導入したいと考えても、コストが見合わないことは多々あります。そこで注目したいのがinaho株式会社のRaaSモデル(Robot as a Service)です。同社ではロボット自体の販売はしていません。機械は無償でレンタルし、ロボットが収穫した量に応じて利用料が決まる方式でサービスを提供しています。農家にとっては、初期投資がかからず、メンテナンス費用も無料という利点があります。農業ビジネスのモデルとして現実的で、農家のロボット導入促進にも一役買いそうです。
技術的には、AIの画像認識システムに基づいて、ロボットが収穫に適した作物を判断。ロボットアームを伸ばして作物を切断、カゴに入れるまでの一連の作業を自動でやってくれます。対象の作物は、現在はアスパラガスのみですが、将来的にはキュウリ、トマト、ナス、ピーマン、イチゴなどにも広げていく予定です。
農業ロボットが拓く未来
ロボットというと、大規模農業に合わせて機械が大がかりのイメージもありますが、狭い圃場で使える小型ロボットも登場しています。今後、対象となる作物も増えていくことで、利用はますます広がっていくことでしょう。農業ロボットは、従来の農業の形を変え、今までになかった新しい景色を見せてくれるに違いありません。